いとゆうの読書日記

本の感想を中心に、日々の雑感、その他をつづります。

日の名残り   カズオ・イシグロ 著  土屋政雄 訳

2011年06月07日 | 小説
 久しぶりの更新となってしまいましたが、謹んで地震災害のお見舞いを申し上げます。

あれほどの災害が起きたというのに、うんざりするような永田町の喧嘩による政局の混乱にはかなり苛立ちを感じておりますが、この3ヶ月は私もより慌ただしい日々を送っておりました。ようやくわずかですがPCに向かってキーポードを打てる時間が持てるようになったところです。

さて、今回は以前の記事に書いた「わたしを離さないで」の作者カズオ・イシグロ氏の作品です。

整然として地味な印象の内容なのですが、物静かに実に深く心の中に浸透していくような感覚に陥るような展開でした。

英国のダーリントン・ホールというお屋敷で長年執事として働いていたスティーブンスは、雇い主(ダーリントン卿)の亡き後、引き続き新しく屋敷の持ち主となったアメリカ人のファラディ氏に仕えます。

物語は、スティーブンスが数日間の旅に出るところから始まります。旅は1956年の設定です。旅の途中、何十年も仕えたダーリントン卿やスティーブンスの心の中に深く刻まれていた女中頭ミスケントンとの思い出を辿ります。同時に過去と現在が複雑に交錯しながら展開する心の旅でもあります。

執事は雇い主に忠実でなければなりません。偉大な執事とは何か。偉大な執事を目指して職務遂行する・・・・しかし、それは雇い主の人間的価値に大きく左右されます。

スティーブンスにとって英国の政界の名士であるダーリントン卿は尊敬すべき雇い主でした。彼は2つの大戦の間にダーリントン・ホールで繰り広げられた大変重要な国際会議に直面します。このとき同時に起きた彼の個人的な人生の展開を黙殺し、自他とも認められる有能な執事として職務に専念します。

回想録の中で繰り広げられる彼の生真面目さは滑稽なほどなのですが、それがまた物悲しさを誘います。生真面目さが有能な執事を作り、一方で恋愛を認めようとしなかったのです。

彼が黙殺した…あるいは気づこうとしなかったずっと昔の恋に老境に入ってから気づいて涙する姿は彼の中に見た人間的な温かみを感じる側面でした。

そしてまた、微妙に物語の中に組み込まれている20世紀の英国の歴史がもう一つのメッセージのようにも感じました。

訳者の邦題も訳もとてもしっくりしています。


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