一僧侶の日常の思いを語る
沙門の法話
再び会える
私がお勤めした人の中に16歳で突然旅立った高校生がいます。サッカーの練習中にグランドで倒れて。
心臓が突然止まってしまう。原因はわからなかったそうです。
とても純粋で素直な好青年。多分、生きていれば誰にも好かれた青年になっていたでしょう。もちろん恋人もできて家族を持っていたかもしれません。
子供の頃から悪いことをしない子供だったそうです。叱ったことも二度しかない。それも彼が悪いのではなく素直さが逆にに誤解を生んでしまうからの注意で。
写真でほほ笑む顔は本当にそのまま彼の人柄の良さがつたわってきます。きっと向こうの世界でも真面目に生活しているに違いありません。
私はご家族に本来は時間という概念は存在しないと伝えました。だから向こうの世界ではこちらの何十年がほんの数か月くらいに感じるのだと。
必ず再び会える日がくるまでこちらは修行の世界なので息子さんのぶんまで生きなくてはなりません。
しかし純粋で良い子ほどこの世の修行は必要がなくてあの世に戻ってしまうこともあります。
生まれてほどなくこの世を去ってしまう赤ちゃんもたった数日でもこの世に来れたことに大きな意味があるそうです。
私たちはまだしなくてはいけないことがあるからこそこうして生きているのです。
写真でほほ笑む彼のまなざしは母親に強くむいているのを感じました。
本当に愛していたのだと思います。
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