林間教育通信(「東大式個別ゼミ」改め「シリウス英語個別塾」)

私立中高一貫校生徒を対象とする英語個別指導塾。小田急線の東林間駅(相模大野と中央林間の隣駅)から徒歩3分。

英語と日本語の間で(その6)

2010年07月26日 | 教養英語
日本語力を使って英語の文法を説明するというのは、所詮無理のある試みだ。それは分かっている。だが、そうせざるをえないと思われる事情もあるのだ。今回は、そのことをメモ的に書いておこう。

まずは次の説明だ。


私は、○○です。 




I am ○○.

こうして、私=I=主語、○○=○○=補語、です=am(be動詞)と説明する。もちろん批判も予想される。

たとえば、日本語に主語があるといえるのか?というのは、よく言われる話だ。しかも、日本語に補語があるのかとか、「です動詞」とか批判されたら、私たちはさらに非常にキビシくなるわけです(笑)。

さて、広島大学の柳瀬さんの「文法・機能構造に関する日英語比較のための基礎的ノート」をよむと、日英比較の興味深い議論がある。ある意味で、です動詞派にとってはキビシイ議論です。

中学生はしばしば “Today is/was test.”や “Today is/was interesting.”と言う。高校生が、“Matsusaka is Red Sox.”や “Tokyo is many people”といった英文を書く例も珍しくない。あるいは実話か笑い話かは不明だが、何を飲みたいか聞かれたビジネスマンが “I’m coffee.”と言ったとか、自らの専攻を聞かれた英文学者が “I’m Shakespeare.”と答えたなどのエピソードすら聞かれる


だが、ここでは柳瀬論文にコメントするのではなく、教える側からちょっと別の次元からこういった問題の周辺について考えておこうと思う。要するに、きわめて実際的な話である。

「です」が「be動詞」だとおしえたりしたら、「僕は珈琲だ」を直訳して"I am coffee"みたいな文章が生まれてしまうだろうと僕もは思う。本当の問題は、「主語」の問題ではない。むしろ、「補語」の理解の仕方にあるのではないだろうか。補語を「です動詞」によって理解させようとしているのが最大の問題なのだ。 (←とくに「基本にカエル」石崎の説明はそうなっている)

ではなぜ一体「です動詞」などというふざけた概念などによって補語を説明するのか?私の立場からすると簡単だ!

大半の小・中学生は、”=”の記号を理解できないからなのだ 


大半の中学生と、多くの中堅進学校の生徒ですら、”=”の記号の意味が良く理解できないのである。これが現実だ! 逆に、”=”というのを、「は、○○だ」という風にしか理解していないのである。だから英語の授業でも”=”の記号を使うわけにはいかないはずだ。(使っても良いが、生徒は理解できないだろう)。

つまり、
補語は=(等号)の関係だよ、
目的語は≠(不等号)だよ、

と教えるわけにはいかない。

I am a frog.という子に対しては、「お前はカエルか」? え、え、え!といって、一生懸命、補語と目的語の違いを説明しようとはしていますよ。しかし、何度やっても、多くの生徒は、概念的に補語と目的語の違いをよく把握することができない。数学語がわからないので、概念的に理解できないからなのです。仕方ないですね。


まとめです。

(1)主語も大事だけれど、目的語と補語の理解も大事です。
(2)日英語の比較だけでなく、数学語(といってもたいした数学力ではない)理解も大事だ。

と、今回はここまでとしておきます。(今後、文章を修正するかもしれません)

日本企業の英語公用語について

2010年07月26日 | 教養英語
ちょっと前に、日本の企業(自動車関連会社、ユーシン)が英語の話せる社長を公募していること、そして、それを高く評価するEconomistの記事があることを紹介しました。英語を学んでいる中高生、あるいは、大学の専攻で英語的なことを学ぼうかどうかと迷っている高校生にとっては、こういう話も重要かもしれませんね。ということで、社内英語公用語反対論について、もう少し触れてみます。


最近の『週刊現代』(2010年8月07日号)では、「社内公用語が英語って、なんか違うんじゃない?-楽天、ユニクロ、日産-」という4頁ほどの記事がでました。立ち読みしたので、一部ですがその主張をメモしておきます。

成毛眞ーー英語が本当に必要なのは外資系企業や商社などのトップ5%くらいにすぎない。
藤原正彦ーー英語習得は大変で、そのためには読者や詩作の時間が失われてしまう。
トッテンーー石油高騰化でグローバル化の時代が終わる。これからはローカル志向の時代だ
○○(?)ーー定年退職がつづき人材が足りなくなれば、英語至上主義なんて終わるだろう
○○(?)ーーグローバル化するならば、むしろ中国語を使え。
○○(?)ーー英語公用語は、要するに、国際的企業をアピールしたいだけである。


いずれも説得力のある説です。

ただし、社内英語公用語に反対する主張というのは、中高生が英語を勉強しなくても良いと言っているわけではないようです。というのは、日産にせよ、楽天にせよ、入社するためにはある程度以上有名な大学を出ていないと話にならないわけで、たとえば楽天のHPをみると、いわゆる一流大学ばかりだからです。これは英語公用語反対論の有名企業でも同じでしょう。

要するに、一流大学等を出て一流企業に入社する、日本人のごく一部の人たちの間で、英語をさらに重視するのか、あるいは、これ以上重視したりはしないのか。それが問題になっているわけです。

しかしだからといって、中堅校の生徒さんも、英語の勉強を放棄するわけにはいかないでしょう? 苦しいこともあるかもしれませんが、がんばってみませんか。