青少年育成連合会 | 日本の未来を【夢と希望に満ちた国】にする為に日本人の心に訴えたい
子どもは日本国の宝|私たちは【子どもをいじめと虐待、性犯罪から守る】為にあらゆる方法を講じ解決にあたります



 
皆さん、今日2年近く前に川崎市多摩区の南菅中学校で起きた篠原真矢君のいじめ自殺の問題を皆さんに聞いてもらいたいと思います

まず最初に子どものいじめ自殺の事件のきっかけを作った、東京の中野・富士見中学いじめ自殺事件(=葬式ごっこ事件、鹿川裕史君いじめ自殺事件)この事件をきっかけにいじめによる子どもの自殺が数多く発覚

日本中の子どもを持つ親に大きな衝撃を与えた有名な事件。その当時の文部省は大騒ぎになり収拾がつかなかったほどだ。自殺をした鹿川裕史君の父親鹿川雅弘さんを連合会の副副理事長になってもらい九州北海道を除き、いじめ撲滅運動を開始

数々のいじめによって自殺をした遺族と一緒にマスコミも協力してくれたが教育委員会や学校の壁が厚く未だ自殺をする生徒が多い。連合会の本部が川崎にある関係上、20数人の教師の協力によって川崎市の学校の内部情報が入ってくるのでいくら学校が事件を隠しても我々には筒抜けだ。

今回の川崎市多摩区の南菅中学で起きたいじめ自殺事件は起きた時点で我々のところにすべての情報がは入り、学校も教育委員会も驚き最初は警戒されたが、教育委員会も我々との話し合いの中で今回の事件を細かく調査をしてくれた結果、南菅中学校は学校全体がいじめ状態であった事を認めた事を報道機関が発表。

全国の市の皆さんに伝えたいのは、学校と地域が一体になり風通しの良い環境を作り、お互いに情報交換をしながら子供たちを見守っていくことが一番大事ではないかと思っています。

毎年増え続ける全国の校内暴力に対し学校だけではなく地域には多くのボランティア団体がいるはずです。お互い協力しあい、子ども達を見守って行くことによって校内暴力は必ずおさまります。出来れば正義感の強い力のあるリーダーがいれば一番理想です。

連合会も生徒のいじめ自殺の問題の活動を約26年間やっておりますが、今回ほど我々大人が真剣に考えた事はない。今、全国の学校で起きている校内暴力は毎年増加するばかりか、学校だけでは収拾がつかない状態になっております。

この問題を解決するのは、家庭や学校それに地域が一体になり、真矢君が命を賭けて社会に訴え、自分の命まで懸けて悲惨ないじめのない安心して学校で勉強が出来る環境を作ってくれと云う彼の強い希望に対し、川崎市の公立小中校の教職員達がどれだけ真矢君の気持を受け止めてくれたのか疑問を感じる。

何故ならば一向に校内暴力が減らないのは納得出来ない

とにかく今回の多摩区南菅中学校はいじめの巣窟だった。この学校の状態を考えればここに働いていた校長をはじめ教職員全員の責任は大きい。

真矢君は14歳の若さで死を選んだ。こんなことが
許されていいのか。彼はこの学校の無責任な教職員に殺されたと言っても過言ではない。

それに教育委員会の調査で学校全体がいじめ状態であったとの結論に校長をはじめ誰も責任を取らないと云うのはどういう事か。

一般社会ではあり得ない。従来だったら教育長まで責任を取らなくてはならない大きな問題だ。

連合会としては学校内の
いじめは絶対に無くさなければいけないと思っている。こんな状態では真矢君は無駄死にだ。

それに彼は多くの友人に遺言を残していった。
ここまでやる生徒が過去にいたか。

彼の心情を考えると無念としか考えられない。
本当に素晴らしい生徒を失ったばかりではなく

彼をあそこまで育てた、御両親の事を考えるとあの南菅中学校で働いていた校長や教職員に対し腹が煮えくり返る思いだ。

とにかく川崎市の全教職員に対し学校からいじめを一切無くす努力を要求する


2010年09月06日【神奈川】「学校全体がいじめ状態」と結論…

川崎の中3生徒自殺で学校の調査委員会が最終報告書発表

 川崎市多摩区の市立中学3年生の篠原真矢君=当時(14)=が
いじめられた友人を守れなかった」と 遺書を残して今年6月に自殺した問題で、学校の調査委員会は4日までに、最終報告書をまとめた。
生徒が遺書で実名を挙げた4人による生徒と友人へのいじめを認定

同級生や保護者からの指摘を受けてもいじめを 見抜けず、報告体制にも問題があった教員側の対応などを含めて「学校全体がいじめ状態にあった」と結論づけた

報告書によると、友人は2年生だった昨年5月から4人に小突かれるなどのいじめを受け、それを止めよう とした生徒も同様の行為を受けるようになった。

生徒への行為は次第にエスカレートし、下着を下ろされること もあった。

 一方、校長は会見で、
問題発覚後に新たに 2件のいじめが見つかり、校内で現在、4件確認していることを明らかにした。

 
いじめ 教訓生かせず 川崎 中3自殺の学校、以前にも問題

 川崎市多摩区の市立中学校三年の男子生徒=当時(14)=が自宅で七日、友人をいじめから救えなかったと悔やむ遺書を残して自殺した事件で、生徒が通っていた中学校では数年前にもいじめが問題化していたことが二十一日、分かった。

学校や市教育委員会が「いじめ撲滅」を掲げて再発防止に取り組んできた現場で、なぜ教訓が生かされないのか(川崎支局・北条香子)

複数の関係者によると2004年に、当時一年の男子生徒が、同級生たちに眼鏡を隠されたり、下着を切り刻まれるなど悪質ないじめを受け、二年生に進級した05年に不登校になった。

三年生の06年秋、学校に戻ったが、卒業式には出席できなかったという。
 市教委と学校は同年秋、校内に「いじめ撲滅対策委員会」を設置「教職員のいじめに対する認識が薄い」と判断し、どうしたらいじめの兆候に気づき、芽を摘むことができるかを議論。

定期的に教員が生徒と二者面談することを決めた。

 市教委や学校側は、教師が生徒の悩みを聞き出す体制をつくってきたという自負さえあったという。



連合会のコメント

相変わらず多い校内暴力。それに毎年増えているので、
久しぶりに川崎の教育委員会に電話をかけたところ、私がいつも話をしている課長さんと話をしたところ、なかなか校内暴力を無くすのは容易ではないと話した。

確かに普通のマニュアル通りの指導だったら何も進展しないしばらく話をしたが、学校の教師が生徒に気を使うような話し方をすれば、当然校内暴力をなくす事が出来ない。

大体、学校の中にはルールがある
学校の中で騒いだり校舎内にある置物や設備などを壊したり、タバコを吸ったりその他やってはいけないことをやる、言語道断だ。

その行為を注意するのが教師達の仕事ではないのか。例えば授業中に廊下をプラプラ歩いたりタバコを吸ったり、特にいじめをする生徒

こういう生徒達を怖くて注意ひとつ出来ない臆病な教師達。こういう教師達が問題なのだ。

ここに、篠原真矢君が家族へ残した遺書と友人に残した遺言を紹介します。


「俺自身と、友人Fをいじめた4人を絶対に許さない」と書いてある【遺書】
お父さん、お母さん、お兄さん、婆さん、先立つことをどうかお許しください。俺は「困っている人を助ける・人の役に立ち優しくする」それだけを目標に生きてきました。

でも、現実は人に迷惑ばかりかけて、 F のことも護れなかった…
それに俺には思い出が多すぎました。
こんな俺が、人並みに生きて、友達を作って、人生を過ごしていく…そんな事があっていいはずないんです。

俺がいて不幸になる人は大勢いる。それと同時に俺が死んで喜ぶ人も大勢いるはずです。でも俺は F をいじめた、 B、 C、 D、 E
を決して許すつもりはありません。
奴等は、例え死人となっても必ず復讐します。
でも、この十四年間楽しいこともたくさんありました。

春は桜が出会いを運び
夏は花火が夜空に消えて
秋は紅葉が空を染め上げ
冬は白雪が乾いた心を潤す

季節が過ぎていく中で色々ありました。それが全ての想い出となって心に残っています。

家族のみんなにはお願いがあります。

1つは、自分達をどうか責めないでください。
俺が死ぬのは家族のせいじゃありません。俺自身と、F をいじめた連中が悪いんです。

大丈夫。

ある日は日の光となり、ある時は雨となって、あなた達の心の中で生きています。
だから哀しまずに、俺の死を糧として、全力で生きていって下さい。

2つは、俺の臓器が無事だったら、それを売ってお金にしたり、お婆ちゃんや爺ちゃんの治療に使って下さい。

それが俺に出来る唯一の罪滅ぼしだから…
それと、爺ちゃんには優しくしてあげて下さい。過去には色々あったと思いますが、それでも大事な家族です。

大切にしてあげて下さい。

そして赤、青のバッティンググローブは形見として下さい。

今まで本当にありがとう
そしてさようなら

君がため 尽くす心は 水の泡
消えにし後は 澄み渡る空


友だちへの遺言

父さん、母さん、婆ちゃん、兄さん、俺が先立つことをどうかお許し下さい。

俺は、自分をさらけ出して生きていくのも、人に迷惑をかけていくのにも疲れました。

俺にはあまりにも思い出が多過ぎました。

最期にはお礼を言いたいと思います。

 (a)、(b) へ

本当に最期まで味方してくれてありがとう。その笑顔が言葉が、どれだけ支えてきてくれたことか…俺は二人のことを誰よりも信頼してました。本当にありがとう。言葉では言い表せないくらい、ありがとう。

 (c) へ

3年間、(c)のおかげで本当に楽しかったよ。部でのことや、野球観戦とか、すごい面白かった。でも「これから野球部を盛り上げる」っていう約束を守れなくてゴメンな。

 (d)、(e) へ

前に行ったカラオケは、思えば最後の思い出だったからな。でも、あの時は自分を忘れるくらい熱くなれたかな。ありがとう。最近、(e)とは喧嘩しちゃってゴメン。(d)はこれからも頑張って野球部を導いて下さい。

 (f) へ

最期まで「相棒」と呼んでくれてありがとう。今回の件には巻き込んじゃって申し訳ないと思ってる。大丈夫。これからも俺とお前は「相棒」同士だから。

 (g)、(h) へ

映画もカラオケもすごく楽しかったよ。二人はいつも面白かったね。二人の楽しげな姿は俺の心に、今だに残っています。

 (i)、(j) へ

二人のコント(?)や突っ込みや行動には笑いが絶えませんでした。そういえば(i)とは昔からの仲だよね。長い間本当にありがとう。(j)はこれからも「クラスの中心」として頑張ってな。

 (k)、(l) へ

生徒会のこと、最期まで果たせなくてゴメンな。(k)は誰よりも優しく、誰よりもお人好しでしたね。俺はそんな(k)を心から尊敬してました。(l)は本当に温かい心の持ち主だった。その優しさで、いろんな困ってる人を助けてあげて下さい。

 (m)、(n) へ

二人との思い出といえば、やっぱり一年の時の駅伝かな。あの時はとにかく何もかも全力だった。「できれば今年は三人で」と思ったんだけど、それも無理だったみたいだ。二人は中学の駅伝を引っ張ってく者として、頑張ってほしいです。

 (o)、(p)、(q) へ

俺ら四人はよく遊んだね。1年の時には「仲良し四人組」とか言われてたっけ(笑) くだらないことばっかしたけど、それが俺にとって一番だった。本当にありがとう。

 (r)、(s) へ

小学生の頃からのなじみだったよね。これが「くされ縁」ってやつなのかな(笑) ヴェルディでサッカーをしてたこともあったっけ。俺は野球に、二人はサッカーという別の道に進んできたけど、人生という名の道では、かなり身近に感じてたよ。

 (t)、(u) へ

(t)はある意味面白かったよ(笑) 時には面白く、時には真面目に。俺はそんな(t)が大好きでした。
(u)は俺にとって最期まで「いい奴」だったよ。ありがとうな。

 

(v)、(w) へ

(v)の言ってたことは正しいと思う。けど俺にはそんな正直なことはできなかった。本当にゴメンな。
(v)は何かと俺を楽しませてくれたね。ありがとう。
(w)のファッションには、いつも驚かされました(笑) 
(w)は何かすごいものを持っていると思うよ。だから頑張れ!

 (F)、(x)へ

(F)は最期まで何もしてやれなかった。本当にゴメンな…。お前は優しいから「誰にも迷惑かけたくない」と思ってるのかもしれないけど、それは違うぞ。人は支え合って生きてくもんだからな。時には人の手を借りて、背負わず生きてほしい。
(x)は本当に面白いし人気者だったな(笑)俺自身も勇気とかもらったし。その笑いのセンスで他の奴を楽しませて。

※ (F)君は、遺書に名前が書いてあった、真矢が「護りたかった友達」です

 そして、

書ききれなかった全ての人たちへ…

本当にありがとう。

 家族には最期のわがままが少しあります。

 1つは、俺の臓器に無事なものがあったら、ためらわず売って金にして、ローン返済や生活費に当てて下さい。それが俺にできる、罪滅ぼしだから…

 2つは、俺の死を哀しまず、それを糧にして生きてほしいということです。

 

大丈夫。

陽が射すうちは、あなたを照らし

雲が陰れば、俺の哀しみは涙となって天地をつなぎ

雪が降れば、哀しみは地に帰り

風が過ぎれば、それは俺の面影だから

 

本当に今までありがとう。だから俺の分まで精一杯生きて下さい。

 ありがとう

そして さよなら

 二つの赤・青のバッティンググローブは俺の宝物です。

これをどうか形見にしてください。


連合会からのコメント
私達大人は、これからの子供たちの未来の為に、このいじめ問題を解決し、楽しく勉強できる学校に変えて、夢と希望の持てる社会を子ども達に残さなければならないと考えています。日本国の為に、子ども達の為に皆さんと共に活動を継続して行きたいと考えております。

皆さまの、ご協力をお願いします。
 
合掌

今日は川久保勲氏からのメールを紹介します

佐藤正久参議院議員(ヒゲの隊長)のトークショーに参加し、帰りの電車でも涙が止まらなかった。
<涙の箇所>
3歳の男の子が見つからなくなったお母さんがいました。
4月下旬になり、自衛隊は、その子と思しき御遺体を収容しました。
なにせ一月半が経過しておりますので、御遺体の損傷は激しい。
自衛隊ではお母さんに御遺体をお見せするのを躊躇った。
お母さんのお子様である確証がないので、まず服をお見せした。
 うちの子に間違えない。
 お母さんは、子供に呼びかけた
「よかったねー。自衛隊さんが助けてくれたんだよ。今度生まれ変わったら自衛隊になって、みんなのお役にたとうねえ」
  それを聞いた隊員達は号泣し、涙が止まらなかったそうです。

 

衝撃の映像 狙撃の瞬間

朝まで生テレビテレビ朝日朝まで熱い討論トーク番組
 

衝撃映像:頭割  私の大親友の森道場の森館長

国旗は日の丸、国歌は君が代