(紫苑)
〇 未だ視えぬ「詠ふこころ」に惑う吾の闇にやさしきリルケの手紙
何方にだって「詠ふこころ」が「視え」て来ることはありません。
ごくたまに「近頃の私には、詠ふこころが視えて来た!」などと嘯いている歌人が居たりしますが、彼こそは稀代の詐欺師と言うべき存在でありましょう。
作中の「リルケ」、即ちライナー・マリア・リルケ(1875年~1926年)は、オーストリアの詩人及び作家であり、シュテファン・ゲオルゲやフーゴ・フォン・ホーフマンスタールなどと共に二十世紀前半を代表するドイツ語詩人として知られる。
また、彼はよく手紙を書いたことでも知られ、知人や文学者仲間や出版業者や資金援助者などに宛てた膨大な数の手紙が刊行されている。
リルケが書いた手紙の中でも、セザンヌの絵画への感銘を綴った妻クララへの一連の手紙、即ち『セザンヌ書簡』や、詩人志望の青年フランツ・カプスからの手紙に答えての文通書簡『若き詩人への手紙』、我が子との貧しい生活を支える為に働きながらリルケの詩を読んでいた女性リーザ・ハイゼとの文通書簡『若き女性への手紙』は、リルケの誠実な人柄や芸術についての鋭い考察などを知る資料としてよく読まれ、多くの人々に深い感銘と影響を与えた。
本作の作者・紫苑さんも亦、「リルケの手紙」に支えられながら、短歌道に勤しむ若き女性でありましょうか?
〔返〕 未だ視えぬゴール地点を目指しつつ紫苑さんは今年も歌詠む 鳥羽省三
若き女性とはけして言えませんけど紫苑さんは佳き歌を詠む
(船坂圭之介)
〇 春昏るる茜あざやか浮かび来る詩片ひとひら惑ひつつ詠む
此処にも一人の迷える人間が居て、「春」の暮れ方を象徴するような「茜」色をした「あざやか」な夕焼け雲の彼方に「浮かび来る」「ひとひら」の「詩片」を夢想しながら、一心に短歌を詠んでいるのである。
しかしながら、彼の詠む短歌は、やや技巧に走る嫌いがあり、私・鳥羽省三を初めとした(必ずしも、鳥羽省三を初めにしなければならない、というものではありませんが)多くの方々の支持を得る所とはなっておりません。
〔返〕 春真昼降り来る黄砂に悩みつつ短歌一首をどうにか詠んだ 鳥羽省三
(南葦太)
〇 われという惑星があり鉄塔を中心として回る ぐるぐる
本作の作者・南葦太さんは、今でも大阪にお住まいなのかしら?
だとしたら、本作中の「鉄塔」とは、あの浪花のシンボルの「通天閣」であり、彼・南葦太さんは、ナナハンのヤマハ「YZF750SP」に乗って、まるで、太陽の周りを回る「惑星」にでもなったような気分で、通天閣の周りを「ぐるぐる」回っているのでありましょう。
〔返〕 彼の塔の高さはわずか百メートル通天閣と聞いて呆れる 鳥羽省三
(飯田和馬)
〇 ブルーベリージャムの色した困惑がうすくひろがる夜間飛行は
「ブルーベリージャムの色した困惑」などと言うと、何かよほど高級な「困惑」感情のように思われますが、要するに伊丹空港を離陸したばかりの全日空機「YS-11A-CARGO」の前方に揺曳し、その航行を妨げる雨雲を指して言うのである。
また、「YS-11A-CARGO」は、文字通りの貨物専用機なので、仮に墜落しても乗組員以外の死者はありませんから、一般の方々が心配するほどのことはありません。
このような作風の短歌を「虚仮脅かし的な短歌」と謂うのであり、本作の作者・飯田和馬さんはその方面の短歌の熟練者として“知る人ぞ知る”存在である。
また、作者の方に好意的な視点に立って本作を評すると、「ブルーベリージャムの色」から「困惑」という言葉に発展させる詠み方も、蕉風俳諧で謂う「匂ひ付け」の一種でありましょうか?
〔返〕 無花果ジャム色した疑惑に囲まれて身動き出来ぬ飯田和馬氏 鳥羽省三
(奈良絵里子)
〇 誘惑に勝つのではなく欲望がもともと無いなら淋しいことね
それは全く「淋しいこと」ですね。
それでは、治療不可能なインポではありませんか?
〔返〕 奈良絵本『寝覚物語』の姫御寮の陰穂男に悩める時節 鳥羽省三
(藤田美香)
〇 戸惑いが落ちているのはいつだってはじめて渡る橋の前だね
さりげない語り口ながら人生の真実を言い当てている傑作である。
「戸惑い」こそはまさしく、「はじめて渡る橋の前」に「落ちている」ものである。
〔返〕 ためらいが揺れているのはいつだって祖谷の葛橋を渡る前だね 鳥羽省三
(鮎美)
〇 甘やかな困惑を思慕に変へながら淡きすみれの花ひらきゆく
本作に於いて、作者の鮎美さんは、ご自身自らを「淡きすみれの花」に擬えているのでありましょうか?
そうです。
仰る通りです。
異性に対する「思慕」の情というものは、いつだって「甘やかな困惑」を土壌として芽を出すものです。
〔返〕 暴力への恐怖の情を種として花を咲かする女もあらむ 鳥羽省三
〇 未だ視えぬ「詠ふこころ」に惑う吾の闇にやさしきリルケの手紙
何方にだって「詠ふこころ」が「視え」て来ることはありません。
ごくたまに「近頃の私には、詠ふこころが視えて来た!」などと嘯いている歌人が居たりしますが、彼こそは稀代の詐欺師と言うべき存在でありましょう。
作中の「リルケ」、即ちライナー・マリア・リルケ(1875年~1926年)は、オーストリアの詩人及び作家であり、シュテファン・ゲオルゲやフーゴ・フォン・ホーフマンスタールなどと共に二十世紀前半を代表するドイツ語詩人として知られる。
また、彼はよく手紙を書いたことでも知られ、知人や文学者仲間や出版業者や資金援助者などに宛てた膨大な数の手紙が刊行されている。
リルケが書いた手紙の中でも、セザンヌの絵画への感銘を綴った妻クララへの一連の手紙、即ち『セザンヌ書簡』や、詩人志望の青年フランツ・カプスからの手紙に答えての文通書簡『若き詩人への手紙』、我が子との貧しい生活を支える為に働きながらリルケの詩を読んでいた女性リーザ・ハイゼとの文通書簡『若き女性への手紙』は、リルケの誠実な人柄や芸術についての鋭い考察などを知る資料としてよく読まれ、多くの人々に深い感銘と影響を与えた。
本作の作者・紫苑さんも亦、「リルケの手紙」に支えられながら、短歌道に勤しむ若き女性でありましょうか?
〔返〕 未だ視えぬゴール地点を目指しつつ紫苑さんは今年も歌詠む 鳥羽省三
若き女性とはけして言えませんけど紫苑さんは佳き歌を詠む
(船坂圭之介)
〇 春昏るる茜あざやか浮かび来る詩片ひとひら惑ひつつ詠む
此処にも一人の迷える人間が居て、「春」の暮れ方を象徴するような「茜」色をした「あざやか」な夕焼け雲の彼方に「浮かび来る」「ひとひら」の「詩片」を夢想しながら、一心に短歌を詠んでいるのである。
しかしながら、彼の詠む短歌は、やや技巧に走る嫌いがあり、私・鳥羽省三を初めとした(必ずしも、鳥羽省三を初めにしなければならない、というものではありませんが)多くの方々の支持を得る所とはなっておりません。
〔返〕 春真昼降り来る黄砂に悩みつつ短歌一首をどうにか詠んだ 鳥羽省三
(南葦太)
〇 われという惑星があり鉄塔を中心として回る ぐるぐる
本作の作者・南葦太さんは、今でも大阪にお住まいなのかしら?
だとしたら、本作中の「鉄塔」とは、あの浪花のシンボルの「通天閣」であり、彼・南葦太さんは、ナナハンのヤマハ「YZF750SP」に乗って、まるで、太陽の周りを回る「惑星」にでもなったような気分で、通天閣の周りを「ぐるぐる」回っているのでありましょう。
〔返〕 彼の塔の高さはわずか百メートル通天閣と聞いて呆れる 鳥羽省三
(飯田和馬)
〇 ブルーベリージャムの色した困惑がうすくひろがる夜間飛行は
「ブルーベリージャムの色した困惑」などと言うと、何かよほど高級な「困惑」感情のように思われますが、要するに伊丹空港を離陸したばかりの全日空機「YS-11A-CARGO」の前方に揺曳し、その航行を妨げる雨雲を指して言うのである。
また、「YS-11A-CARGO」は、文字通りの貨物専用機なので、仮に墜落しても乗組員以外の死者はありませんから、一般の方々が心配するほどのことはありません。
このような作風の短歌を「虚仮脅かし的な短歌」と謂うのであり、本作の作者・飯田和馬さんはその方面の短歌の熟練者として“知る人ぞ知る”存在である。
また、作者の方に好意的な視点に立って本作を評すると、「ブルーベリージャムの色」から「困惑」という言葉に発展させる詠み方も、蕉風俳諧で謂う「匂ひ付け」の一種でありましょうか?
〔返〕 無花果ジャム色した疑惑に囲まれて身動き出来ぬ飯田和馬氏 鳥羽省三
(奈良絵里子)
〇 誘惑に勝つのではなく欲望がもともと無いなら淋しいことね
それは全く「淋しいこと」ですね。
それでは、治療不可能なインポではありませんか?
〔返〕 奈良絵本『寝覚物語』の姫御寮の陰穂男に悩める時節 鳥羽省三
(藤田美香)
〇 戸惑いが落ちているのはいつだってはじめて渡る橋の前だね
さりげない語り口ながら人生の真実を言い当てている傑作である。
「戸惑い」こそはまさしく、「はじめて渡る橋の前」に「落ちている」ものである。
〔返〕 ためらいが揺れているのはいつだって祖谷の葛橋を渡る前だね 鳥羽省三
(鮎美)
〇 甘やかな困惑を思慕に変へながら淡きすみれの花ひらきゆく
本作に於いて、作者の鮎美さんは、ご自身自らを「淡きすみれの花」に擬えているのでありましょうか?
そうです。
仰る通りです。
異性に対する「思慕」の情というものは、いつだって「甘やかな困惑」を土壌として芽を出すものです。
〔返〕 暴力への恐怖の情を種として花を咲かする女もあらむ 鳥羽省三