臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

一首を切り裂く(099:惑・吾の闇にやさしきリルケの手紙)

2012年04月30日 | 題詠blog短歌
(紫苑)
〇  未だ視えぬ「詠ふこころ」に惑う吾の闇にやさしきリルケの手紙

 何方にだって「詠ふこころ」が「視え」て来ることはありません。
 ごくたまに「近頃の私には、詠ふこころが視えて来た!」などと嘯いている歌人が居たりしますが、彼こそは稀代の詐欺師と言うべき存在でありましょう。
 作中の「リルケ」、即ちライナー・マリア・リルケ(1875年~1926年)は、オーストリアの詩人及び作家であり、シュテファン・ゲオルゲやフーゴ・フォン・ホーフマンスタールなどと共に二十世紀前半を代表するドイツ語詩人として知られる。
 また、彼はよく手紙を書いたことでも知られ、知人や文学者仲間や出版業者や資金援助者などに宛てた膨大な数の手紙が刊行されている。
 リルケが書いた手紙の中でも、セザンヌの絵画への感銘を綴った妻クララへの一連の手紙、即ち『セザンヌ書簡』や、詩人志望の青年フランツ・カプスからの手紙に答えての文通書簡『若き詩人への手紙』、我が子との貧しい生活を支える為に働きながらリルケの詩を読んでいた女性リーザ・ハイゼとの文通書簡『若き女性への手紙』は、リルケの誠実な人柄や芸術についての鋭い考察などを知る資料としてよく読まれ、多くの人々に深い感銘と影響を与えた。
 本作の作者・紫苑さんも亦、「リルケの手紙」に支えられながら、短歌道に勤しむ若き女性でありましょうか?
 〔返〕  未だ視えぬゴール地点を目指しつつ紫苑さんは今年も歌詠む   鳥羽省三
      若き女性とはけして言えませんけど紫苑さんは佳き歌を詠む


(船坂圭之介)
〇  春昏るる茜あざやか浮かび来る詩片ひとひら惑ひつつ詠む

 此処にも一人の迷える人間が居て、「春」の暮れ方を象徴するような「茜」色をした「あざやか」な夕焼け雲の彼方に「浮かび来る」「ひとひら」の「詩片」を夢想しながら、一心に短歌を詠んでいるのである。
 しかしながら、彼の詠む短歌は、やや技巧に走る嫌いがあり、私・鳥羽省三を初めとした(必ずしも、鳥羽省三を初めにしなければならない、というものではありませんが)多くの方々の支持を得る所とはなっておりません。
 〔返〕  春真昼降り来る黄砂に悩みつつ短歌一首をどうにか詠んだ   鳥羽省三


(南葦太)
〇  われという惑星があり鉄塔を中心として回る ぐるぐる

 本作の作者・南葦太さんは、今でも大阪にお住まいなのかしら?
 だとしたら、本作中の「鉄塔」とは、あの浪花のシンボルの「通天閣」であり、彼・南葦太さんは、ナナハンのヤマハ「YZF750SP」に乗って、まるで、太陽の周りを回る「惑星」にでもなったような気分で、通天閣の周りを「ぐるぐる」回っているのでありましょう。
 〔返〕  彼の塔の高さはわずか百メートル通天閣と聞いて呆れる   鳥羽省三


(飯田和馬)
〇  ブルーベリージャムの色した困惑がうすくひろがる夜間飛行は

 「ブルーベリージャムの色した困惑」などと言うと、何かよほど高級な「困惑」感情のように思われますが、要するに伊丹空港を離陸したばかりの全日空機「YS-11A-CARGO」の前方に揺曳し、その航行を妨げる雨雲を指して言うのである。
 また、「YS-11A-CARGO」は、文字通りの貨物専用機なので、仮に墜落しても乗組員以外の死者はありませんから、一般の方々が心配するほどのことはありません。
 このような作風の短歌を「虚仮脅かし的な短歌」と謂うのであり、本作の作者・飯田和馬さんはその方面の短歌の熟練者として“知る人ぞ知る”存在である。
 また、作者の方に好意的な視点に立って本作を評すると、「ブルーベリージャムの色」から「困惑」という言葉に発展させる詠み方も、蕉風俳諧で謂う「匂ひ付け」の一種でありましょうか?
 〔返〕  無花果ジャム色した疑惑に囲まれて身動き出来ぬ飯田和馬氏   鳥羽省三


(奈良絵里子)
〇  誘惑に勝つのではなく欲望がもともと無いなら淋しいことね

 それは全く「淋しいこと」ですね。
 それでは、治療不可能なインポではありませんか?
 〔返〕  奈良絵本『寝覚物語』の姫御寮の陰穂男に悩める時節   鳥羽省三


(藤田美香)
〇  戸惑いが落ちているのはいつだってはじめて渡る橋の前だね

 さりげない語り口ながら人生の真実を言い当てている傑作である。
 「戸惑い」こそはまさしく、「はじめて渡る橋の前」に「落ちている」ものである。
 〔返〕  ためらいが揺れているのはいつだって祖谷の葛橋を渡る前だね   鳥羽省三


(鮎美)
〇  甘やかな困惑を思慕に変へながら淡きすみれの花ひらきゆく

 本作に於いて、作者の鮎美さんは、ご自身自らを「淡きすみれの花」に擬えているのでありましょうか?
 そうです。
 仰る通りです。
 異性に対する「思慕」の情というものは、いつだって「甘やかな困惑」を土壌として芽を出すものです。
 〔返〕  暴力への恐怖の情を種として花を咲かする女もあらむ   鳥羽省三

一首を切り裂く(098:味・いつまでも薄荷の味が消えなくて)

2012年04月30日 | 題詠blog短歌
(五十嵐きよみ)
〇  いつまでも薄荷の味が消えなくて言いたいことが口に出せない

 連句の付合手法の一つとして「匂ひ付け」というものがある。
 主として蕉風俳諧で用いられたもので、前句と付句との間に気分・情趣の照応や調和をはかる付け方。
 「いつまでも薄荷の味が消えなくて」という語句と「言いたいことが口に出せない」という語句とを結び付ける遣り方こそは、まさしく蕉風俳諧で謂うところの「匂ひ付け」でありましょう。
 本作の作者・五十嵐きよみさんの作品の中には、このような俳諧の「匂ひ付け」をご意識なさった作品が多く見られるが、「題詠blog2011」の参加者の中には、五十嵐きよみさん以外にも、伊倉ほたるさんや西中眞二郎さんなど、「匂ひ付け」をご意識なさった作品をお詠みになられる方が居られる。
 〔返〕  うまい棒百本付きの弾帯を腰に巻いてベトナムに往く   鳥羽省三

(伊倉ほたる)
〇  銀紙をうっかり噛んだ後味の悪さのように叱ってしまう

 「銀紙をうっかり噛んだ」時のあの舌触りや歯触りの悪さは、さしたる理由も無く、我が子を「叱って」しまった時の「後味の悪さ」と通い合うものが在る、という感覚的なものに基づいて詠んだ作品、言わば「匂ひ付け」の作品でありましょうが、「銀紙をうっかり噛んだ後味の悪さのように叱ってしまう」と、一文に纏めてしまったのは、宜しくなかったのかも知れません。
 〔返〕  銀紙をうっかり噛んだ腹いせに隣りの旦那を殴ってしまう   鳥羽省三


(浅草大将)
〇  味酒をみわの山よりかぐ山に飲むなと言へど耳なしの山 ※味酒=うまさけ

 畝傍山を詠み込めなかったことが惜しまれる。
 〔返〕  畝傍山天香久山三輪素麺を召せと言っても耳なしの山   鳥羽省三


(西中眞二郎)
〇  意味もなく我を張る友の一人あり古希過ぎてよりの同期の集い

 参加者の方、一人一人が、それぞれ、ご自身が従事してきたお仕事に満足感を覚え、それなりに名を成し遂げたという思いがあっての「古希過ぎてよりの同期の集い」ではありましょうが、数多い参加者の中には、「意味もなく我を張る友」も在り得ましょうか?
 〔返〕  仮面舞踏会にもよく似たり<古希過ぎてよりの同期の集い>   鳥羽省三


(東 徹也)
〇  アルデンテもちろん意味を知ってるさ人と心の距離のことだろ?

 アルデンテ、俺だって食べたことがアルデンテ、入れ歯が少しガタガタしてた。
 〔返〕  アルデンテ「スパゲッティやパスタなどの歯ごたえのある状態だろう」   鳥羽省三


(只野ハル)
〇  味覚など無かった如く生存のための食物摂取をしている

 長く人間稼業をしていれば、ごくたまには、「生存のための食物摂取をしている」場面も在り得ましょう。
 生田緑地への散歩の帰りに「今日は五キロも歩いたから!」という理由で、ついうっかり入ってしまったのが失敗の基でした。
 〔返〕  ネタが悪くしゃりの味もイマイチで昨夜の寿司は美味しくなかった   鳥羽省三


(ひじり純子)
〇  清見柚子檸檬金柑夏蜜柑果汁飛び散る柑橘の味

 柑橘類の名称を五個並べ立てているのである。
 昨年、「清見」も食べてみましたが、なかなかさっぱりした味わいでした。
 〔返〕  慶長八年、藩主・忠恒公が将軍様に献上した桜島小蜜柑   鳥羽省三


(月原真幸)
〇  何にでもしょうゆではなく味ぽんをかける習慣だけが残った

 原因は、愛知県での独身生活が長かったからでありましょうか?
 作中の「味ぽん」とは、 愛知県半田市中村町2-6に本社を置く「ミツカングループ」の主力商品である。
 特定企業の商品ばかりを消費すること無く、国内企業各社の商品をまんべんなく消費することに拠って、内需拡大に協力しましょう。
 〔返〕  納豆に砂糖を掛ける習慣は子供の頃から軽蔑してた   鳥羽省三

 
(今泉洋子)
〇  鯖・秋刀魚・片口鰯に美酒(うまざけ)で味覚から秋を浪費してゆく

 「味覚」と称して、「鯖・秋刀魚・片口鰯」と三種類の魚類を挙げて居られますが、いずれも安価な青魚である。
 本作に接して、私は、作者・今泉洋子さんのお宅の台所事情及び、作者ご本人の健康状態などを垣間見させていただきました。
 かくなる上は「美酒」も程々にしましょう。
 〔返〕  梅・桜・藤に躑躅に花水木、団子などより花が大好き   鳥羽省三


(鳥羽省三)
〇  うまい棒の味に厭きたということも理由の一つに上げときました

 私の従弟の次男が、結婚話に乗り気になった理由を父親から問われた時に上げた理由をそのまま一首の歌に纏めてみました。
 〔返〕  3DKを広く感じた事なども理由の一つに上げときました   鳥羽省三