臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

『NHK短歌』鑑賞(坂井修一選・4月22日分・良寛の心の地獄うたに残れり)

2012年04月25日 | 今週のNHK短歌から
[特選一席]

〇  子どもらと手毬遊びの良寛の心の地獄うたに残れり  (世田谷区)  野上 卓

 「良寛の心の地獄うたに残れり」というフレーズに着目し、彼の歌聖・良寛の「心の地獄」を示唆するような歌を探そうとしましたが、残念ながら見つけることが出来ませんでした。
 評者の私としては、「聖僧・良寛の童女拐帯疑惑」乃至は「童女視姦」を意味するような歌の存在を期待していたのでありましたが、貞心尼との間で交わされた相聞歌の中に、やや艶っぽい歌がちらほらしていた程度であり、それらしい気配は全く見られませんでした。
 つきましては、何卒、ご教示賜りたくお願い申し上げます。
 〔返〕  童べと手毬突きつつ後家さんの柔肌思ふ性僧であれ   鳥羽省三


[同二席]

〇  エジプトの路上でビーズを売りし子よアラブの春に砂嵐吹く  (世田谷区) 芹澤弘子

 好みの問題でもありましょうが、上の句に於いて「エジプト」観光と「アラブの春」とを強引に結び付けた挙句、下の二句を「アラブの春に砂嵐吹く」という常套的な表現で纏めただけの作品のように思われ、評者の私としては、あまり高く評価出来ません。
 〔返〕  エジプトの砂漠で眺めた蠍座も目前の蠍座も同じ蠍座   鳥羽省三


[同三席]
〇  では最後に「遺伝子組み換え人間でない」のところの「はい」にチェックを  (大阪市) 牛 隆佑

 鬼才・牛隆佑さんの面目躍如たる傑作である。
 特に末尾の七音「『はい』にチェックを」が、毎日を無為に過ごしている若者らしい趣きが感じられて宜しい。
 〔返〕  お終いに「今の会社でのお仕事に満足している」の「no」にチェックを   鳥羽省三 


[入選]

〇  おさな子をさらい育てて妻にする光源氏もマントヒヒらも  (真庭市) 岡田耕平

 特選一席の野上卓さんの御作に関連して申せば、歌僧・良寛にも「おさな子をさらい育てて妻にする」くらいの甲斐性と元気さが有って欲しかったところである。
 〔返〕  鶴の子を犬君が食べてしまひけり伏せ籠に入れて育てしものを   鳥羽省三


〇  蒲公英に止まりて何を思いをり蝶となりたる荘子の裔か  (高槻市) 奥本健一

 季節柄「蒲公英に止ま」っている「蝶」を目にして、「荘子」の故事を思い出したのでありましょうが、「荘子の裔か」と疑問を呈しただけでは、単なる衒学趣味の発揮に終わってしまいます。
 〔返〕  頬杖を突いたりしてはいけません蝶々のように遊べや遊べ   鳥羽省三


〇  ひまわりが覗こうとする通知表胸に隠して少女は駈ける  (京都市) 麻倉 遙

 一学期末の「通知表」を手にして背丈の高い「ひまわり」の花の下を「駈けて」行く「少女」を目にした時、本作の作者は、「少女」が「胸に隠して」いる「通知表」を「ひまわりが覗こう」としているように、ふと感じたのでありましょう。
 学期末を迎えて一段と背丈が伸びた「少女」と、真夏を前にして草丈が一段と増した「ひまわり」との対比は、若々しい季節感と情感に溢れた新鮮な一首を形作っている。
 〔返〕  通知表はあひるの行列気にもせず元気いっぱい遊べや遊べ   鳥羽省三


〇  あの子への想い沈める春とする桜舞い散る京都を歩く  (富山市) 畠山拓郎

 「桜舞い散る京都を歩く」のは、「あの子への想い」を断念し、激しい情念を沈めようとしてのことでありましょう。
 失恋の思いに打ち拉がれている作者の目前で「舞い散る」「桜」は、青春の終りを象徴するものである。
 〔返〕  円山の枝垂れ桜か醍醐寺の花見の宴か桜舞い散る   鳥羽省三


〇  蝶よ蝶よいまこそ遊べオルガンの吹子の風にはるかふかれて  (川崎市) 川辺一穂

 「オルガンの吹子の風」に吹かれて舞い遊ぶ「蝶」という見立てが宜しい。
 〔返〕  オルガンの鞴の風に煽られてひらひらと舞う山吹の花   鳥羽省三


〇  母はわが子どもとなりて目を閉じぬ真昼あかるき湯に浸かりつつ  (東村山市) 岡本和子

 本作の魅力の全ては「真昼あかるき湯に浸かりつつ」という、下の句の七七音に係っているのである。
 〔返〕  吾もまた子供になって目を瞑る妻に剃られる白髪の頭   鳥羽省三 

一首を切り裂く(091:債・赤字国債の是非などが議論されたる時なつかしき)

2012年04月25日 | 題詠blog短歌
(西中眞二郎)
〇  今となれば赤字国債の是非などが議論されたる時なつかしき

 一国の浮沈が係っている経済問題を論じるに当たって、卑近な例を引き合いに出して申すのは、真に気の引けることではある。
 しかしながら、鳥羽省三的に申せば、本作の趣旨は、「不見転と言うか、阿婆擦れ娘と言うか、今となっては丸裸同然、なりふり構わずに何もかも許し、失くしてしまった我が国にも、“手ぐらいは握らせるか?”“接吻ぐらいはさせても宜しいか?”“ペッティングまでは許しても宜しいだろう?”などと悩んでいた、処女的な段階が在り、『今となれば』そんなどうでもいいことについて真剣に『議論』していたあの頃が懐かしい」といったところでありましょうか?
 本作の作者・西中眞二郎さんは通産官僚OBとして、未だに我が国経済の振興について苦慮なさって居られるのでありましょう。
 ならば、ややもすれば、私・鳥羽省三如き者から揶揄の対象にされてしまいかねない、このような作品をお詠みになられるに当たっても、万感の思いを込めて居られるのでありましよう。
 大変失礼申し上げました。
 〔返〕  何事も過ぎてしまえば懐かしく捨てた女が夢に出て来る   鳥羽省三  


(小林ちい)
〇  不良債権であろう俺を両親は姉と同じに愛してくれる

 「不良債権であろう俺を両親は姉と同じに愛してくれる」と、他人に言えないような切実なことを、歌に詠んで打ち明ける作者・小林ちいさんが居て、それを良しとして採り上げ、拙いブログで論じる鳥羽省三が居る。
 こうした現実こそ、まさしく「題詠2011ワールド」そのものではありませんか!
 題詠短歌は、このように在らねばなりません!
 〔返〕  自己破産に追い込まれたこの俺を兄弟姉妹は振り向きもせぬ   鳥羽省三


(Yosh)
〇  日本人、債なら債ならバイバイと震災直後に逃げたガイジン

 「債なら債ならバイバイと」というふざけ方がそれなりに宜しい。
 今になって思えば、確かにそんな薄情な「ガイジン」さんも居りましたね。
 あの薄情な「ガイジン」さんたちは、超円高に苦しんで居る今の我が国の経済事情を、どんな目をして観ているのでありましょうか?
 〔返〕 「ニホンジン、ケシテメゲズニガンバルネ!」褒めてくれるか?ガイジンさんは   鳥羽省三


(津野)
〇  世の債務を果たしたものから老いてゆく午睡の後で沸かす湯を呑む

 真に津野さんの仰る通りです。
 私の周囲を見渡しても、「私などからすると、羨ましくて羨ましくてならなく、首を締め上げて殺してしまいたくなるような方、即ち、職業生活を通じて多大なる業績を残し、お子様をご立派に育て上げ、老妻との御仲もご円満、親戚やご近所の方々のご評判も頗る宜しい、言うこと無し」といった方から順序よく「老いて」行かれ、黄泉への道をお辿りになられるようにお見受けします。
 本作の表現について申し上げますと、「午睡の後で沸かす湯を呑む」という下の句のフレーズは、「邯鄲の夢枕」の故事に習った表現でありましょうか?
 〔返〕 過ぎ去ってみれば邯鄲夢枕粟粒一炊たまゆらに過ぐ   鳥羽省三


(松木秀)
〇  日本債券信用銀行のことなども金丸信と共に忘れた...

 「割引金融債・ワリシン」や「利付金融債・リッシン」を発行して一般的にも知られていた「日本債券信用銀行」が、疑惑を伴った諸問題や大量の不良債権を抱えて経営破綻に追い込まれ一時的に国有化されたのは1988年12月のことである。
 この「日本債券信用銀行」と共に、鬼才・松木秀さんによって「忘れた...」と一蹴されている「金丸信」とは、政府自民党の総裁以外のありとあらゆる役職に就き、「キングメーカー」や「政界のドン」というダーティーな尊号を奉られながらも、1992年に発覚した東京佐川急便の経済事件に絡む闇献金問題で起訴されて失脚し、病状悪化に伴う裁判中止後の1996年3月に疑惑に包まれて失意のうちに死亡した人物である。
 彼が疑惑の人とされた理由の一つに、彼の妻が死亡した時に彼が受け取った遺産の脱税問題が在るが、この遺産が作中の「日本債券信用銀行」が発行していた「割引金融債・ワリシン」という形で遺産相続され、その一部が所得申告されていないと言う噂がある。
 歴史的に有名無名な出来事や人物を列挙して、「(あの事やあの人の事などは)忘れた!」或いは「(あの事やあの人の事などは)私と関係ありません!」「(あの事やあの人の事などは)記憶の彼方に飛んで行ってしまった事である!」などという形で放り投げてしまうような形の作品が、一つのパターンとして歌壇に定着しているが、本作に登場する「日本債券信用銀行」と「金丸信」とは、「引金融債・ワリシン」の脱税問題で繋がっているのであり、其処の辺りが本作の微妙な味わいである。
 
〔返〕  日債銀のマスコット貯金箱「サイちゃん」を鳥羽省三は三個も持ってる   鳥羽省三
 日債銀のマスコット貯金箱「サイちゃん」は、硬質ビニール製の犀の形の貯金箱であり、灰色と緑と白で彩色された斬新なデザインの貯金箱である。
 銀行の貯金箱の蒐集を趣味の一つとしていた私が、これを求めて日債銀の本店の在った九段下まで出掛けて行ったのは、私が未だ三十代半ばの夏の事である。
 

(牛隆佑)
〇  ローソンが故郷になる/肉体の全てが負債でも抱きしめる

 「ローソンが故郷になる」と仰り、重ねて「肉体の全てが負債でも抱きしめる」とまで仰る、本作の作者・牛隆佑さんは、俗に謂う「引き篭もり」でありましょうか?
 「ニート」でありましょうか?
 今週の「NHK短歌」に、彼が「では最後に『遺伝子組み換え人間でない』のところの『はい』にチェックを」という斬新な作品を投稿し、坂井修一選の特選三席という栄誉を得ていたことは、私たち短歌ファンにとってのビックニュースの一つとして永遠に記憶されなければならない。
 〔返〕  では次に「この作品は傑作だ」の「yes」のところをチェックしましょう   鳥羽省三


(理阿弥)
〇  雲ひとつなくて淋しい土曜日に債務のような読書はじめる

 理阿弥さんの場合と同様に、私にとっての「読書」も「債務のような」ものである。
 〔返〕  花水木白く侘しき水曜日債鬼に追はれて『阿古父』を読み居り   鳥羽省三


(穂ノ木芽央)
〇  重み増す債を背負ひて水底を覗けば招くあをき手のひら

 作中の「あをき手のひら」は、作者ご自身の「手のひら」が「水底」の鏡に映っているのでありましょうか?
 だとすれば、その奇しき「手のひら」は、「あっちの水は苦いぞ!こっちの水は甘いぞ!」と、「重み増す債を背負ひて水底」を覗いている作者を「水底」に招こうとしているのでありましょう。
 〔返〕  父親の借財代わりに身を沈め怨み重なるお女郎勤め   鳥羽省三


(今泉洋子)
〇  国債を勧むる電話ながながと応対の間に歌ひとつ出づ

 今泉洋子さんは、本作を通じて、ご自身の歌才の豊かさをご自慢なさって居られるのでありましょうか?
 でも、一首の歌が出来上がらなかったら、「国債を勧むる電話」をどこまでもどこまでも「ながながと」引き延ばせばいいのだから、巧拙を別にすれば「国債を勧むる電話」を「ながながと」引き延ばして「応対」している「間」に「歌」を「ひとつ」捻り出すのは、極めて簡単なことである。
 〔返〕  下手糞な歌を一首読みながら返歌を一首詠まねばならぬ   鳥羽省三


(月原真幸)
〇  うすべにの薬を飲んで明日への負債をひとつ抱えて眠る

 催眠導入剤と言わずに「うすべにの薬」と言ったところが手柄である。
 「うすべにの薬」の服用に依存して眠らなければならない生活そのものが、作者の月原真幸さんにとっては、「負債」を抱えた生活でありましょうか?
 〔返〕  薄紅のコスモスの花の咲く庭も負債のかたに取られてしまう   鳥羽省三


(鳥羽省三)
〇  債鬼待つ店子の如く静もれり桜田門より見上ぐる皇居

 あの高貴な方々がお住いの辺りの異様な鎮まりを題材にして、いつか歌を詠んでみたいと思っていたのですが、この度、「桜田門」即ち警視庁の庁舎と組み合わせるとそれなりの歌になることに気付いて、長年の宿願を果たすことが出来ました。
 それにしても、あの高貴な方々のお住いを「債鬼待つ店子」などに例えたのは、あまりにも極端過ぎるとも思います。
 〔返〕  妻子持つ男の責任果たすため必死で頑張らなければならぬ   鳥羽省三