臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

『NHK短歌』観賞(東直子選・10月17日放送)

2010年11月06日 | 今週のNHK短歌から
[特選一席]
○ 明日よりも今日だ今だと言う君はカスタネットのように笑えり  (結城市) 山内佳織

 「カタカタカタカタ」と笑ったのでしょうか?
 「ケタケタケタケタ」と笑ったのでしょうか?
 と、まあ、ふざけ半分に質問してはみましたが、話者(=本作の作者)が「君はカスタネットのように笑えり」と言っているのは、笑っている「君」の音声もそうであるが、それ以外に顔付きや身体全体の表情が「カスタネット」を思わせたからでありましょう。
 と、言うことは、とりも直さず、「君」に対する話者の評価、即ち、「この『男』は非情かつ軽躁・軽薄な男に違いない。三十六計捨てるに如かず」という思いを言い表そうとしたものでありましょう。
 一見して、軽薄そのもののようなこの作品を、ほかならぬ東直子さんが、どんな理由で<特選一席>とまで推奨したのであろう、と、当初は不思議に思いましたが、「カスタネットのように笑えり」という直喩にいくらかの新味を感じられたのかと思って、半ば納得しました。
  〔返〕 男性はベースのようにあるべきと思うは女性の身勝手なのか?   鳥羽省三
   

[同二席]
○ ゆがむ音を古墳うましと吸い込みぬ風土記の丘のたんぽぽの笛  (船橋市) 矢澤春美

 数年前のことであるが、島崎藤村ゆかりの地・信州小諸城跡に草笛を吹く老人が居て、マスコミの話題になったことがあったが、本作の題材となったのは、現在、日本全国に十七箇所の多きを数える「風土記の丘」と称する観光地に於いて、地元の古老が吹いていた、必ずしも上手とは言えない「たんぽぽの笛」を耳にして、作者は、「この『たんぽぽの笛』の『ゆがむ音』こそ、風土記時代の音楽に違いない」と思ったら、その「ゆがむ音」だけでは無くて、「古墳」の周りに吹いている風さえも「うまし」と感じられたのでありましょう。
 聴覚的感覚を味覚的感覚に還元して表現したところが宜しいのでありましょうか?
 ところで、作中の「風土記」とは、奈良時代初期・元明天皇の詔勅によって各国の国庁が編纂した官撰の地誌であり、主に<和臭漢文>と呼ばれる変則的な漢文体で書かれている。
 現在、完本として発見されたものは無いが、『出雲国風土記』がほぼ完本の形で残っており、『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した形で残っている。
 元明天皇の名で編纂の詔勅が下された経過から考えて、上記五国以外の国の「風土記」も存在したはずだが、現在では、後世の書物に引用されている逸文からその一部が窺われるのみであり、その<逸文>すら、果たして奈良時代の「風土記」の記述であるかどうか、疑問が持たれているものすら在る。
 もう一言すれば、前述の通り、官撰地誌「風土記」にあやかって「風土記の丘」と名付けられた観光施設が、現在、日本全国で十七箇所の多きを数え、巷間の噂によると、いわゆる<道の駅>ブームなどと関連して、その数は益々増えて行くだろうと予測されているが、それらは一種の<箱物行政>と断言しても宜しく、税金や交付金を当て込んでの「風土記の丘」建設ブームが再来するとしたら、即刻、<事業仕分け>の対象とされなければならない、と評者は判断する。
  〔返〕 場所ゆへに人の旨しと思ほゆる風土記の丘で飲んだコーラも   鳥羽省三


[同三席]
○ 背の吾子をでんでん太鼓で眠らせしその子五十路の機微にふれたり  (岩見沢市) 千葉まゆみ

 本作の作者・千葉まゆみさんが、かつて、背中に背負って「でんでん太鼓」を懸命に振ってあやして、やっとこさ眠らせた駄々っ子の「その子」ちゃんが、今「五十路」に立って、何か人情の「機微」に触れるような出来事に遭遇したのでありましょう。
 そこで、その「その子」ちゃん母親たる千葉まゆみさんは、「ああ、あの駄々っ子だった<その子>も、やっと一人前になったのか。あの時、私が経験したと同じようなことを、私にその経験をさせた他ならぬ<その子>が、『五十路』になった今になって経験しているのだなー。我が子の成長は嬉しいと言えば、嬉しいことであるが、決してそればかりでは無いんだなー」と感じているのでありましょう。
 「五十路」に立って、人情の「機微にふれたり」と、母親の千葉まゆみさんを嬉しがらせたり、淋しがらせたりしている、本作中の晩熟(おくて)の人物のお名前が「その子」さんで無いことは、一見、晩熟そうにも見える、この鳥羽省三とて、とっくの昔に承知して居りますから、ご心配ご無用に願います。
  〔返〕 千葉その子いいえ間違い男です今は五十路で孫さえも居る   鳥羽省三


[入選]
○ 気の弱き孫が最後にバンと打つ夏の帽子のようなシンバル  (徳島市) 武市尋子

 「シンバル」という打楽器は、あの通りの大きな図体をしていますから、一見すると、オーケストラや鼓笛隊の中の一番重要な役割りを担う楽器と見做され勝ちではあるが、プロのオーケストラはともかく、幼稚園児や小学生などの鼓笛隊などに於いては、有力者を親に持つ、図体の大きい木偶の坊の児童に担当させるのだ、という話を聴いたことがあります。
 本当かどうかは知りませんが。
 それかあらぬか、本作の作者・武市尋子さんのお「孫」さんの、何と真剣そうなことよ。
  〔返〕 一曲の終りを狙ってバンと打つ一打ち太郎は彼のことかな   鳥羽省三


○ 夫の生家訪ふたび迷ふ古い路地さうさうここよ三味線の鳴る  (赤穂市) 根来玲子

 




○ 亡き友に徐々に似てきた陽子ちゃんチェロ工房にチェロと取り組む  (茨木市) 瀬川幸子




○ 妻の琴は「夕焼け小焼け」歌ひをり老人ホームの笑顔や真顔と  (東海市) 伊藤英夫


○ 酒飲めば一本指にて「荒城の月」をピアノで弾き語る父  (世田谷区) 田村敦子



○ 親つばめ餌持ちくればいっせいに五つのトランペット鳴りはじむ見ゆ  (八王子市) 猪俣重哉




○ 灼熱の長き長き夏無事に過ぎただハモニカの鉄の匂ひ吹く  (千葉市) 小林正寿



○ 厚紙は昭和の匂いストロベリーチョコ食べ終えて鳴らす箱笛  (ひたちなか市) 平野十南



○ めいめいの身体が楽器で幸せと合唱団はどこでも歌いき  (郡山市) 畠山理恵子