[特選一席]
○ 本棚を見たいと思うきっともうあなたの全てを知りたくなってる (岐阜県池田町) 太田宣子
他人の「本棚を見たいと思う」欲望は誰にでもある。
但し、私の場合は、朝日歌壇の選者・加藤治郎氏とか馬場あき子氏とか、と、その対象は限られている。
察するに、本作の作者・太田宣子さんの場合は、憎からず思っている男性の「本棚を見たいと思う」のでありましょう。
だとしたら、、これはまさしく恋愛感情の第一歩であり、この感情が二歩、三歩、四歩と進めば、「きっともうあなたの全てを知りたくなってる」に違いない、ということにもなりましょう。
それはそうとして、本作の内容は格別な異常心理を述べたものでも無いし、飛躍的発想とか、言葉の冒険といった要素が全く見当たらない。
それなのに何故、この作品が<朝日歌壇>の<特選一席>に選ばれたのであろうか?と、先刻から私は不思議な気持ちに囚われているのである。
実を申すと、本文の冒頭に続く部分で、私が、「『朝日歌壇の選者・加藤治郎氏』の『本棚を見たいと思う』」と書いたのは、その事と密接に関わっているのであり、同じ選者の馬場あき子氏の「本棚を見たいと思う」気持ちとは、その質を全く異にしている。
即ち、かかる平々凡々たる作品を「特選一席」に選ぶ選者・加藤治郎氏は、一体どんな本を読んで勉強しているのだろうか、と、其処のところに大いなる興味を感じたからなのである。
〔返〕 本棚より先に見たいと思うもの彼の心と給料袋 鳥羽省三
[同二席]
○ 君の名を貸出カードに追いかけてあの秋読んだ太宰全集 (帯広市) 石畑由紀子
これ亦、平凡な作品である。
図書館の蔵書のブックポケットに入っている「貸出カード」を調べて、自分の好きな男性にアプローチするという内容の先行作品は一首や二首では無い。
また、そのアプローチ対象となった男性の好きな本の著者が太宰治であったなどと言うに至っては、まさしく噴飯物なのである。
かくして、<加藤次郎選>は、毎回毎回、私の心を悩ませるのである。
〔返〕 彼の名を返済記録に照らし見て断念したる結婚願望 鳥羽省三
但し、この場合の「返済記録」とは、公立図書館のそれでは無く、<サラ金>のそれなのかも知れない。
[同三席]
○ 大空に未完のままの本たちがさみしく眠る図書館がある (神戸市) 飯田和馬
前二作と比較した場合、本作には言葉の飛躍があり、それは同時に心の飛躍にも繋がっていると思われる。
先ず、「大空に」「図書館がある」という表現には、言葉の大胆な解放と飛躍が見られ、その「大空」の「図書館」に、「未完のままの本たちがさみしく眠る」と表現するに至っては、<和馬空を行く>とでも称すべき大飛躍なのである。
但し、あの飯田和馬さんにして<千慮の一失>有り。
その<一失>とは、この秀作を「大空に未完のままの本たちがさみしく眠る図書館がある」として、「大空に未刊のままの本たちがさみしく眠る図書館がある」としなかったことである。
如何でありましょうか?
請うコメント。
〔返〕 大空は蜜柑の色に染まりたり今日の一日もやがて暮れなむ 鳥羽省三
冬空に未刊のままに凍えたる歌集並べた図書館がある 々
ブックオフの105円棚に捨てられた歌集百冊遺恨百年 々
[入選]
○ 磨り減った本のページにある秘密知りたいような閉じたいような (唐津市) 大野一由
「磨り減った」のは、「本」なのでしょうか、それとも、その本の中の特定の「ページ」なのでしょうか?
仮に「本」だとしたら、その「本」は既に読み終わっているはずであるし、仮に、その「本」の中の特定の「ページ」だとしても、その特定の「ページ」が「磨り減っ」ているくらいなら、その「秘密」は既に「秘密」でなくなっているはずである。
したがって、「知りたいような」「閉じたいような」という<七七句>は賢しらぶっての付け足しに過ぎないと思われます。
いずれにしろ、推敲不足の誹りは免れない。
〔返〕 まだ裁たぬフランス装に秘密在り裁ちたくもあり裁ちたくもなし 鳥羽省三
○ こっそりと鞄の中に忍び込み貴方の時間少し下さい (堺市) 柳本朋子
「こっそりと鞄の中に忍び込み」とせずに、「こっそりと鞄の中に忍び込む」としたらいかがでしょうか。
そうでなかったら、「こっそりと鞄の中に忍び込み、私は貴方に『貴方の時間少し下さい』とお願いした」といったような、チンケな内容になってしまいます。
かくして、<加藤治郎選>の入選作の多くは、推敲不足気味であると思われる。
〔返〕 こっそりと貴方の胸に忍び込みあなたの宿題手伝いたいの 鳥羽省三
○ 読み終へて閉ぢれば汽車は緩やかに湖西線へと進路を変へる (京都市) 大石悦子
何を読んでいたのでしょうか?
『湖西線鈍行列車殺人事件』かな?
〔返〕 折りも折り探偵ポアロ氏乗り合わせさしもの事件即座に解決 鳥羽省三
○ 新しいインクの香り少しして教科書配る花の咲く頃 (城陽市) 下岡昌美
何を詠いたいのかが分からない。
「新しいインクの香りが少し」することを詠いたいのか?
「教科書」を「配る」ことを詠いたいのか?
「花の咲く頃」を詠いたいのか?
恐らくは、「新しいインクの香り」が「少し」する中を教科書を配ることによって味わえる感動を詠いたいのでありましょう。
だとすれば、「花の咲く頃」は一種の<逃げ>である。
季節や時間を意味する語句を五句目に付けて逃げるのは、三流短歌特有の悪癖である。
それを<逃げ>と思わない選者は盆暗。
評者は、<加藤治郎選>の作品に、格別なダイナミズムや重厚さや奥深さを期待してはいないが、それにしても、余りにも浅薄に過ぎるのではないでしょうか?
〔返〕 教室に青きインクの香り居てガリ版刷りの教科書配る 鳥羽省三
○ ページ繰る音のみ響く夜の部屋穏やかな沈黙がふたりを包む (岡崎市) 安川道子
「穏やかな沈黙が」という四句目の大幅な字余りが気になるが、それ以上に気になるのは、「穏やかな沈黙がふたりを包む」という、安直な下の句である。
〔返〕 ページ繰る音のみ響く夜の部屋ぼんぼん時計も今日はお休み 鳥羽省三
T-falのケトルの湯気に曇る部屋ぼんぼん時計は今夜も鳴らぬ 々
○ ぽつぽつと言葉の雨が降り注ぎやがて書物は海となります (江戸川区) 中森 舞
「海」となって、その後どうなるのか?
「ぽつぽつと」→「雨になり」→「海になり」の連想ゲームの中に、「言葉」→「書物」の連想ゲームを介在させた単純浅薄な構成の一首である。
〔返〕 ぼつぼつと恨み重なる選者にてやがて台風洪水となる 鳥羽省三
○ 美しい人だが彼女が本ならば私はきっと読まないだろう (世田谷区) 黒沢 竜
余りにも軽い内容の「本」ですからね。
〔返〕 軽過ぎる短歌に違いないけれど前の人よりいくらか増しね 鳥羽省三
○ さっきから同じ頁で君からのメールの返事待ってるところ (福島県南会津町) 渡部友博
「さっきから同じ頁で」の後に補足されるべき語句を言い切らずに、「君からのメールの返事待ってるところ」と飛躍した点が成功したと思われる。
〔返〕 さっきから君のメールが気になってページ繰る指運動不足 鳥羽省三
○ 目の前で本を読む君ゆっくりと透き通るような沈黙が好き (札幌市) 星ゆう子
「ゆっくりと透き通るような沈黙」という直喩が宜しい。
〔返〕 目前でキスをする君 一瞬に怒り爆発婚約解消 鳥羽省三
○ 本棚を見たいと思うきっともうあなたの全てを知りたくなってる (岐阜県池田町) 太田宣子
他人の「本棚を見たいと思う」欲望は誰にでもある。
但し、私の場合は、朝日歌壇の選者・加藤治郎氏とか馬場あき子氏とか、と、その対象は限られている。
察するに、本作の作者・太田宣子さんの場合は、憎からず思っている男性の「本棚を見たいと思う」のでありましょう。
だとしたら、、これはまさしく恋愛感情の第一歩であり、この感情が二歩、三歩、四歩と進めば、「きっともうあなたの全てを知りたくなってる」に違いない、ということにもなりましょう。
それはそうとして、本作の内容は格別な異常心理を述べたものでも無いし、飛躍的発想とか、言葉の冒険といった要素が全く見当たらない。
それなのに何故、この作品が<朝日歌壇>の<特選一席>に選ばれたのであろうか?と、先刻から私は不思議な気持ちに囚われているのである。
実を申すと、本文の冒頭に続く部分で、私が、「『朝日歌壇の選者・加藤治郎氏』の『本棚を見たいと思う』」と書いたのは、その事と密接に関わっているのであり、同じ選者の馬場あき子氏の「本棚を見たいと思う」気持ちとは、その質を全く異にしている。
即ち、かかる平々凡々たる作品を「特選一席」に選ぶ選者・加藤治郎氏は、一体どんな本を読んで勉強しているのだろうか、と、其処のところに大いなる興味を感じたからなのである。
〔返〕 本棚より先に見たいと思うもの彼の心と給料袋 鳥羽省三
[同二席]
○ 君の名を貸出カードに追いかけてあの秋読んだ太宰全集 (帯広市) 石畑由紀子
これ亦、平凡な作品である。
図書館の蔵書のブックポケットに入っている「貸出カード」を調べて、自分の好きな男性にアプローチするという内容の先行作品は一首や二首では無い。
また、そのアプローチ対象となった男性の好きな本の著者が太宰治であったなどと言うに至っては、まさしく噴飯物なのである。
かくして、<加藤次郎選>は、毎回毎回、私の心を悩ませるのである。
〔返〕 彼の名を返済記録に照らし見て断念したる結婚願望 鳥羽省三
但し、この場合の「返済記録」とは、公立図書館のそれでは無く、<サラ金>のそれなのかも知れない。
[同三席]
○ 大空に未完のままの本たちがさみしく眠る図書館がある (神戸市) 飯田和馬
前二作と比較した場合、本作には言葉の飛躍があり、それは同時に心の飛躍にも繋がっていると思われる。
先ず、「大空に」「図書館がある」という表現には、言葉の大胆な解放と飛躍が見られ、その「大空」の「図書館」に、「未完のままの本たちがさみしく眠る」と表現するに至っては、<和馬空を行く>とでも称すべき大飛躍なのである。
但し、あの飯田和馬さんにして<千慮の一失>有り。
その<一失>とは、この秀作を「大空に未完のままの本たちがさみしく眠る図書館がある」として、「大空に未刊のままの本たちがさみしく眠る図書館がある」としなかったことである。
如何でありましょうか?
請うコメント。
〔返〕 大空は蜜柑の色に染まりたり今日の一日もやがて暮れなむ 鳥羽省三
冬空に未刊のままに凍えたる歌集並べた図書館がある 々
ブックオフの105円棚に捨てられた歌集百冊遺恨百年 々
[入選]
○ 磨り減った本のページにある秘密知りたいような閉じたいような (唐津市) 大野一由
「磨り減った」のは、「本」なのでしょうか、それとも、その本の中の特定の「ページ」なのでしょうか?
仮に「本」だとしたら、その「本」は既に読み終わっているはずであるし、仮に、その「本」の中の特定の「ページ」だとしても、その特定の「ページ」が「磨り減っ」ているくらいなら、その「秘密」は既に「秘密」でなくなっているはずである。
したがって、「知りたいような」「閉じたいような」という<七七句>は賢しらぶっての付け足しに過ぎないと思われます。
いずれにしろ、推敲不足の誹りは免れない。
〔返〕 まだ裁たぬフランス装に秘密在り裁ちたくもあり裁ちたくもなし 鳥羽省三
○ こっそりと鞄の中に忍び込み貴方の時間少し下さい (堺市) 柳本朋子
「こっそりと鞄の中に忍び込み」とせずに、「こっそりと鞄の中に忍び込む」としたらいかがでしょうか。
そうでなかったら、「こっそりと鞄の中に忍び込み、私は貴方に『貴方の時間少し下さい』とお願いした」といったような、チンケな内容になってしまいます。
かくして、<加藤治郎選>の入選作の多くは、推敲不足気味であると思われる。
〔返〕 こっそりと貴方の胸に忍び込みあなたの宿題手伝いたいの 鳥羽省三
○ 読み終へて閉ぢれば汽車は緩やかに湖西線へと進路を変へる (京都市) 大石悦子
何を読んでいたのでしょうか?
『湖西線鈍行列車殺人事件』かな?
〔返〕 折りも折り探偵ポアロ氏乗り合わせさしもの事件即座に解決 鳥羽省三
○ 新しいインクの香り少しして教科書配る花の咲く頃 (城陽市) 下岡昌美
何を詠いたいのかが分からない。
「新しいインクの香りが少し」することを詠いたいのか?
「教科書」を「配る」ことを詠いたいのか?
「花の咲く頃」を詠いたいのか?
恐らくは、「新しいインクの香り」が「少し」する中を教科書を配ることによって味わえる感動を詠いたいのでありましょう。
だとすれば、「花の咲く頃」は一種の<逃げ>である。
季節や時間を意味する語句を五句目に付けて逃げるのは、三流短歌特有の悪癖である。
それを<逃げ>と思わない選者は盆暗。
評者は、<加藤治郎選>の作品に、格別なダイナミズムや重厚さや奥深さを期待してはいないが、それにしても、余りにも浅薄に過ぎるのではないでしょうか?
〔返〕 教室に青きインクの香り居てガリ版刷りの教科書配る 鳥羽省三
○ ページ繰る音のみ響く夜の部屋穏やかな沈黙がふたりを包む (岡崎市) 安川道子
「穏やかな沈黙が」という四句目の大幅な字余りが気になるが、それ以上に気になるのは、「穏やかな沈黙がふたりを包む」という、安直な下の句である。
〔返〕 ページ繰る音のみ響く夜の部屋ぼんぼん時計も今日はお休み 鳥羽省三
T-falのケトルの湯気に曇る部屋ぼんぼん時計は今夜も鳴らぬ 々
○ ぽつぽつと言葉の雨が降り注ぎやがて書物は海となります (江戸川区) 中森 舞
「海」となって、その後どうなるのか?
「ぽつぽつと」→「雨になり」→「海になり」の連想ゲームの中に、「言葉」→「書物」の連想ゲームを介在させた単純浅薄な構成の一首である。
〔返〕 ぼつぼつと恨み重なる選者にてやがて台風洪水となる 鳥羽省三
○ 美しい人だが彼女が本ならば私はきっと読まないだろう (世田谷区) 黒沢 竜
余りにも軽い内容の「本」ですからね。
〔返〕 軽過ぎる短歌に違いないけれど前の人よりいくらか増しね 鳥羽省三
○ さっきから同じ頁で君からのメールの返事待ってるところ (福島県南会津町) 渡部友博
「さっきから同じ頁で」の後に補足されるべき語句を言い切らずに、「君からのメールの返事待ってるところ」と飛躍した点が成功したと思われる。
〔返〕 さっきから君のメールが気になってページ繰る指運動不足 鳥羽省三
○ 目の前で本を読む君ゆっくりと透き通るような沈黙が好き (札幌市) 星ゆう子
「ゆっくりと透き通るような沈黙」という直喩が宜しい。
〔返〕 目前でキスをする君 一瞬に怒り爆発婚約解消 鳥羽省三