心理セラピストのひとりごと

日々『トラウマ統合療法』という心理療法を行っています。
日常やセッションで気づいたことなどを書いていきたいと思います。

心身の周波数(波動)を上げる方法① ~「与えられたものへの感謝」と「見返りを求めずただ与える」~

2020年06月02日 | 生き方


今回から「心身の波動を上げる」ということについて、私なりの感じていることを書いていきます。


こういう機会があると、自分の頭や心にあったものをハッキリと言語化できるので、私自身の整理が進みますのでうれしいです。わかっていることもわかってないこともハッキリしますから、今現在の自分に気づくことにもなります。私の心身を感じながら書いていきたいと思います。ちょっと汗(^_^;)


このシリーズは長くなるかもしれませんが、しばしお付き合い下さいませ。


上の絵は、私が本物の方だと敬愛させて頂いている立花大敬先生が描かれたものです。いい絵と言葉だなあと感じて、許可を頂いて載せております。皆さん、何があったとしても、浮くように出来ていますから、大丈夫ですよ(*^_^*)


「心身の波動を上げる」ということについては、今も昔からも多くの方が言及されてきたと思います。そして、その方法も様々です。人にはそれぞれにあったやり方がありますので、これから書いていこうと思っているいくつかの方法をしなければならないということは当然ありません。ご自分がやりたいなと思われた方法をお取り頂ければと思います。


あるいは、波動を上げるということ自体もしなくていいのかもしれません。意図せず、ありのままの自然な状態で、自分の心に意識を向け、体験したいと感じることを体験していくことがベストなのではないかとも思います。


いずれにしても、私は「自分で体験したことをお伝えする」ということをモットーにしていますので、今回もそれを忘れないように出来るだけ、体験したこと、自分の内側の反応を感じながら試したこと、完全に体験できていないが自分の内側が「そうそう。これが大切だよ」と伝えてくるものを私の言葉でお伝えしていきたいと思います。


「波動」でいえば、私たちは元々生まれた時には心身の波動は今よりも遙かに高かったのだと思います。それは、赤ちゃんや小さな子どもたちを見ているとすぐにわかりますよね。


では、どうして下がっていってしまったのでしょうか?


私の実体験理論では「トラウマ」を負ったということがその中心なのですが、別な表現をすると、「バランスを崩してしまった」、「本来の自然な状態から離れてしまった」というのが根本原因だといえると思います。


ということは、「バランスをとること」、「自然な状態になること」が大切であるということになります。


それは自分の内側(心)のことも、外側(身体、環境)のことも、その両方においてが理想です。


前回のブログからのテーマの一つである「経済」についても、お金というものが「自然な状態ではない」というところから起因しているように思います。


このことは前にもこのブログ(メルマガからの転載記事)で書きましたが、『お金はある意味自然の法則に反しているものだといえます。本来の自然から発生しているものはすべて、置いておくと劣化していくのが自然な状態ですが、お金は銀行に入れて貯めておいても劣化もせずなくなりもしません。逆に少しずつでも増えていきます。だから、過剰に蓄えるという自然界の中では起こりようのないやり方が普通になっています。』ということです。


話を戻します。では、自然な状態(自然な状態になると発露するもの)とはどのようなことをいうのでしょうか?


人間の営みでいいますと、「与えられたものに感謝する」ということだと思っています。そして、「見返りを求めずにただ与える」ということもそうだと感じています。


バランスがとれてくる(安心し、安定してくる)と、自然にそうするのだと感じます。これが人間の本来の姿ではないでしょうか。


バランスのとれた本来の人間の姿が現れた時、それに立ち返れた時には、その人がやることは周りと調和しているので、それがうまく流れて行きます。


自慢話になるようで大変恐縮なのですが、そういった私の体験をお話します。


「与えられたものに感謝する」については、私は『ありがとう』という言葉を日常生活でかなりたくさん使います。一日何十回、時には百回以上普通に言葉にしています。それは、言葉だけでなく、心も伴っていると自分では思っています。(妻に聞いてみると、「心が伝わってくるよ」と言ってくれるのでよかったです( ^o^)ノ )


この習慣は思い返せば、子どもの頃に身につけていきました。特に、言葉にし出したのは大人になってからです。


やはりおもしろいことに、「ありがとう」をたくさん言葉にしていますと、物事がうまくいくようになりました。


今わかるのは、「ありがとう」の与えられたものへの感謝により、私の波動が上がったのだということだと思います。


「ありがとう」の効果については、他の方も本に書かれたり、話されていると思いますが、私はそういうものがブームになる前から行っていて効果が出ていましたので、我が意を得たりという感じでした。この方法は大変有効なものです。


有効と表現すると、恩恵を受けるため、運がよくなるためにするという感じになってしまうかもしれませんが、初めはそれでもいいと思います。そして、次第に心を込められるところは意識して込めていけば、自然にそれが習慣づいていくようになると思います。人間の脳はまったくの機械的なもので融通が利かないという特性がありますから、習慣というのはとても大切です。


私は今の心理療法の仕事は34歳から始めましたが、「ありがとう」の感謝をよくしているお陰で、仕事も宣伝もしないのに(ホームページだけは作りました)、なぜかお客さんがたくさん来られるようになりました。それは、今もそうですが、いつも私が望んでいる通りの人数の方が来られるのです。


また、10年ほど前から始めた、お話会や講演会も「やりたい」と誰かに言った訳ではなく、私の中で『講演会を始めよう。させて下さい』と天に向かって宣言した(この方法も立花大敬先生から学びました)1週間後に、お会いしたことがない人から電話がかかってきて何百人も集まる会の講演を依頼されました。驚きでした。


それからも、ずっと宣伝をしないのに依頼を頂いていましたが1年半ほどした頃、私の中で『もう少し伝え切れないものを感じるので、一旦止めよう』と思った時には、2つのほとんど決まりかけていた保育園でのお話会が急になくなりました。


もうこれは、明らかに「ありがとう」の感謝の効果としか思えない流れでした。(そこには、天に向かって行った感謝しながら「決断して宣言する」ということの効果もありました)


それから、数年たったある年の1月頃に、『今年の半ば頃から今年いっぱい、また講演会をしよう!』と思っていると、また誰にも言っていないのに(あっ、ブログを見返してみるとこの年の元旦の記事には書いていました)、急に6月から12月までの思っていた通りの期間でいくつもの講演依頼を頂きました。


もうここまで来ると、疑いの余地はありませんでした。


そしてそこには、「見返りを求めずに、ただ与える」ということの効果もあったと思います。お話会、講演会をさせて頂くことで、お金をたくさんもらえるかどうかなどは意識していなくて(まったくないかと言われるとそうではありませんが f(^_^;) )、とにかく『ただただ今まで長年やってきて本当にわかったことがたくさんあるので、それを皆さんにお伝えしたい!!』という腹の底から湧きあがる強い思いがありました。


この「見返りを求めずに、ただ与える」ということについての強烈な実体験は他にもあります。


大変に恥ずかしい話ですが、人に何かを伝える時には、まず自分をさらけ出すことが必要と感じていますので、以前にも書いたことですが少し詳しく書きます。


私は大学を卒業して入社した会社で、入社早々就労中交通事故を起こしました。それも自損で、車は廃車にしてしまい、私自身も歯が折れ口の中も二十数針縫う大けがをし、数日入院しました。


会社に迷惑をかけた申し訳なさと恥ずかしさや自分を責める思いで、会社に復帰しても私の心の中はもう本当に大変でした。特に、自分のことで誰かに迷惑をかけることが私にとって一番イヤなことでした。(これが母子家庭という環境に育ったゆえに強く抱いた「母に迷惑をかけてはいけない」という私の思い込み・観念およびトラウマに関係していました)


そのつらさがかなり長い間続いたある日、思いました。


『こんな思いで日々を過ごしていても何もならない。もう自分がつらいとか何とかと思う自分にかかずらわる思いはもう止めて、自分を忘れて完全に人のために生きよう!!』と決意しました。


それから、まったく見返りも何もなく、自分のことは忘れて、完全にただただ人(社内にも社外にも)のために生きるようになりました。


そうすると、次第に周りから(社内からも社外からも)ものすごく大切にされるようになり、絶大な信頼を得るようになりました。さらにはプライベートで立ち寄ったお店などでも特別扱いされるようになりました。明らかに周りの人との扱いと違いました。ほんとうに行く先々で、特別な扱いなのです。


その時に感じました。「見返りを求めず、ただただ与える」ということを完全にやっていると、「自分の体の周り(オーラ)が輝き出して、運がすごくよくなる」ということを。


これが極度に波動が上がった状態だったと思います。


そして、原因結果の法則で、「与えている」ので、自然に「与えられる」ということも起こります。


このような「ただ与える」という方法で、波動が上がった状態になりたいという方がされるといいのは、不特定多数の人に会いその人たちみんなに、自分の行動や気持ちや思いやエネルギーのすべてを自分のことを一旦忘れて、目の前にいる相手の人を慈しんで、その人のためにただただ自分が出来ることを全力で行うという感じの行為です。


私は、健康診断を行う会社にいましたので、特定検診などで地域のセンターに出向いた時には、50~100人ぐらいの人たちにお会いしますので、短時間でも会ったその人たちが例えイライラしたり、怒っていたとしても、どのような状態であったとしても、目の前に来られたその人のすべてを愛し、慈しんで自分をすべて与える感じで接していました。(これもいい体験をさせて頂けました)


ですから、例えばお仕事で不特定多数の人に会われる方は、やり方次第でご自分の波動をすごく上げる絶好のチャンスになります(^_-)-☆


そして、ここで大切なことは、「見返りを求めず」に行うには、自分がそうしたいから、そうすることが心地よいから、楽しいからただそうするということだと思います。どんな人に対してもジャッジせずに、無条件に自分の思いやエネルギーを出し続けていると、とにかく自分が一番に驚くほど清々しくなります。


ただ、私の場合にはかなり普通の人とは違う人生を歩み、色んな体験をすることを目的に生まれてきたと感じていますので、そのような清々しさの体験を数年味わった後、その真逆なものも体験しようと今度は自分をおとしめていく作業も行いました。


それは、『愛される状態で人を愛することはとても簡単だ。だから、まったく愛されない状態になった時に、自分を嫌う人を愛することができるようになった時こそ、無条件の愛が完成する』という魂の奥底からの思いが出て来ました。そうやって『無条件の愛を体現する』という決意でした。


そのために、『誰からも相手にされなくなり、誰からも嫌われよう』と思い、望んでその通りの体験をしました。


今思えば、何と極端な体験をして来たんだろうと(他にもいろいろあります)、自分でも可笑しくなります。これにより大変苦しみましたが、滅多に出来ない「光」と「闇」の両極の体験が出来て、本心からおもしろかったなあと今は感じています。


私は実は、今のような心理療法の仕事をしようとは思ったことはありませんでした。これは不思議な流れでまったく自然にこのような仕事をすることになりました。クライアントさんと向き合う上で、この両極の実体験はものすごく強力な力となってくれています。人間という存在自体のことや人間が内在しているものの意味が明らかとなって見えてきます。


やはり、自分の心が向くことをするということと自然な流れに身を任せるということも大切なことなのだと感じます。


恥ずかしながら色んなことを書きましたが、そろそろこの記事も終わりにしようと思います。では最後に、「与えられたものに感謝する」ことについて、もう少しだけ深めていきたいと思います。


私たちが与えられているもの・・・。そこへの感謝・・・。



『太陽があり、その光が降りそそぐこと』

まず、これがないと植物も育たないので空気も作られません。気温もまったく上がらないので、生き物すべて凍えて死んでしまいます。昔の人は「お天道様が見ているから正しく生きよう」と言っていました。私も祖母からそう教えられました。波動ということでいうと、特に、日の出の太陽の光には当たるといいようです。

太古から、太陽信仰が盛んにありましたが、そこに感謝するという行為はとても自然なことだったんだなと思います。何かに悩んだ時、不安や怖れを感じる時には、太陽に手を合わせて「ありがとうございます」と感謝するのもいいと思います。これは「与えられたものに感謝する」の典型で、とても大切なことと今改めて感じます。


『大地があること』

母なる大地が私たちを受けとめてくれています。地球が私たちの家です。そこに土があることで、自然な状態で生育する食物を頂けます。そこには、ものすごい数の微生物が生きていて、見えないところでも生態系のバランスをとってくれています。これからの時代、この微生物(体内でいえば腸内細菌)が健康へのすべてのカギになるでしょう。

天(上)はよく見えても、地(足下)は見落とすこともありますから、「地球さん、ありがとうございます」という感謝も、大切なものではないでしょうか。


『空気があること』、『息が出来ること』

今すぐのことでいいますと、空気がないと誰をも数分で死んでしまいます。私は中1の時にぜんそくになったことがありました。発作が出た時には息もたくさん吐けないし、特には、吸うのがほとんど吸えませんでした。横にいた祖母が「この子は朝までもたない」と思ったぐらいでした。夜中中、とりあえず一息一息、全力で息を一つつくことだけに集中するしかありませんでした。私にとって、これはすごく苦しいことでしたが、「息が普通に出来ることのありがたさ」を感じられ、これも貴重な経験が出来たと思っています。


『動植物がいること』

特に、植物(樹木)がいてくれることで、二酸化炭素を吸収し、酸素を生成してくれます(植物については、また書きます)。動植物がいてくれることで、私たちが食べて体を保っていくこと以外にも、動植物により生態系のバランスがとられています。ミクロの視点で見ると、自然界は一見、弱肉強食の怖ろしい世界にしか見えませんが、マクロの視点で見ると、一種類だけの生き物が増えすぎず、減りすぎないようにして、全体が循環するように生態系バランスをとっているのです。ミクロの視点だけに陥ってしまうと、明らかにそこにあるのに、その真実が見えなくなってしまいます。


『雨が降ること』

晴れの日は気持ちがいいので、誰もが晴天は好きだと思います。その分、雨が好きでないという人も多いですよね。でも、雨が降るから作物も出来るし、生きていくのに大事な飲み水も得ることが出来ます。


『心臓が動くこと』、『体が動くこと』、『五感など感覚を感じられること』

五体満足あるいは動かせる、感じられる部分があるだけでも、うれしいことだと思います。そして、生まれた時から心臓を自分で止めることが出来ないという事実は、何か大きな自然の意志というか、サムシング・グレートというべき人間を超えた大いなるものが存在していることの証になるのではないでしょうか。我々は生かされているのだと感じます。


『食べられること』

食べられることって、うれしいですよね。おいしいものを味わえるのは貴重な経験だと思っています。誰もが気軽に味わうことが出来る、喜びだと思います。


『産んでもらえたこと』

私はこのブログでもよく書いていますように、私たちが親と生まれる日時と生育環境を選んで生まれてくると確信しています。そうやって、体験項目を決めて生まれてくるのですが、母親の母体から栄養をもらい、子宮の中で守られながら育ち、そして産んでもらえなければ、今の私たちは存在できません。私たちは、ほんとうは例外なく(認めることがイヤな人もおられるかもしれませんが)、この母親を深く愛しているのです。


『家族がいること』、『一人ではないこと』

私たちは、一人ではありません。家族との関係性は人によっては、よりよいものとはいえない場合もあります。でも、私は家族は同じ環境を選んできて、似た体験をする縁の深い魂には違いないと思っています。そう思っても、自分は一人だと感じられる方は、もしもサムシング・グレートに生かされているのだったら、自分にはサムシング・グレートがいるので一人ではないと感じてみるのもいいかもしれませんね。

心を寄せる人と一緒におられる方、あるいはそう思える人がおられる方は、自分が自分の足でまっすぐ立ちながら、その人もまっすぐ立っているところをイメージして(依存、共依存にならないように)、ただただそういう人がそばにいる心地よさを味わうのもいいと思います。


『雨風をしのげる家があること』

とにかく、先のことを考えずに、今のこの瞬間に意識を向けると、雨風をしのげて、とりあえず心地よく居られる屋根のある家があるだけでも、もう十分ですね。


『安全であること』、『戦争がないこと』

安全を脅かされないことは、人間の心、生存本能にとっては、大変にうれしい、ありがたい、安心することです。


『「害虫」がいること』

えっ、何でこれ?と思われるかもしれません。以前にもこのブログで書きました奇跡のリンゴを作られている木村秋則さんが本に書かれていました。

『山へ行くと、農家の方たちが、畑や田んぼとして利用している周辺だけに、虫が多いことに気づくはずです。「無農薬をやったら、虫が来て大変だよ」とよくいわれますが、これも大きな間違いです。土が虫を呼んでいるのです。人が食べちゃいけないものを、代わりに食べてくれているのが、虫なのです。
腐敗実験をするとよくわかります。害虫が来る野菜は、腐りやすい。しかし、農薬を散布していないのに、虫がつかない野菜は腐らないのです。』


「悪」に見えるものも本当は「悪」なのではありません。マクロの視点を持って見ると、世の中には「悪」は存在しないのだと感じています。私たちは、よく観察せずに、自分の頭で考えずに、教えられたままのもの(この場合には「害虫は悪いことしかしない」)を真実だと思い込んできたのだと思います。

自分で観察すること、自分で感じること、自分の頭で考えることは、特に、これからの時代ものすごく大切になると思います。

害虫は人間が勝手に「害虫」と決めただけで、その虫にも役割があるから、必要があるから、存在しているのです。



以上拙い表現ですが、思いつくままに、「与えられているもの」について書いてみました。よろしければ、ないもの足りないものに意識を向けるのではなく、今あるものへの感謝をしてみませんか。


私たち人間は今まで、お金があるから、自分が稼いで買ったものだからと、好き勝手をしてきました。例えば、(これからの時代、農業がとても大切なものになりますのでちょっと書きますが、)畑や田んぼも自分や先祖がお金で買った自分の土地だから、より収穫量を増やしてお金を儲けるために、体に悪いとわかっている農薬や化学肥料を過度に使ってきたりもしていたと思います。


ここには社会制度により、生きていくためには仕方がない理由がありますが、そうやって、自分の土地だからと言って、実った植物たちは単なる売れる物として扱い、害虫と思う虫や土中の小さな生き物や見えない微生物たちも殺してきたのです。


そして、これは何も、農家の方だけに限りません。ほとんどの人が自分がお金を出して買ったものだからと、食べ物でいえば残して捨てようと、どれだけたくさん食べようと自分の勝手だと思っていました。しかし、そこには人間のために命を犠牲にした生き物たちがいるのです。


かく言う私にも、そんな思いがありました。お金を払って買ったものだから、自分のものだからと・・・。


あるネイティブ・アメリカンが言い伝えられてきた教えを伝えてくれています。


『それがなにであれ、あなたが自分のものだと思っているものはすべて、ほんとうはあなたのものではない』

『だからあなたは自分が手にしたものを、みんなと分けあわなければならない』



太陽と地球から頂いたものをただただすべての命と分けあっていく・・・。そういう世の中を実現していきたいと心から思います。


私たち人間は今まで、自分のことばかり、自分の我欲や不満、不安や怖れを満たすことばかり、もらうこと、奪うことばかりを考えて生きてきました。本当は多くのものに生かせて頂いてきているのに・・・。


さあ、世界が変化しようとしていく時、これから私たちが呪縛、洗脳から外れて、人間のほんとうの生き方を取り戻していくことが出来る時が来ました。


今あるものへの「感謝」を忘れず、周りからもらうこと、自分を満たすことばかりではなく、「与える」ことにも意識を向けて、ありのままの本来の自分として生きていきませんか。私もそのように意識して生きていこうと思っています。


これから、本来の生き方に変えていく絶好のチャンスが来ます。


力を抜いて、頭と心、感覚をクリアにしていれば、何も心配はいりません(*^_^*)


心配いらん 浮くように できている


ホリスティック・セラピー研究所 http://holistic-ti.com



コメント

新型コロナウイルス流行の裏に隠されている流れについての考察

2020年05月20日 | 世界の動き



このブログへの投稿は、本当に久しぶりになります。


心理療法の仕事での長年の疲れが出ていましたが、少しゆっくり出来て、かなり回復してきました(^_^)


皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか?お元気でお過ごしですか?


今、予想もしていなかったことが起こり、不安を感じている方が多いと思います。しんどいことも色々あると思います。気がつかない内にもフラストレーションも溜まりますよね。


気分に関しては、心と体は繋がっていますので、首が凝ると気分は落ちますから、ふと気づいた時にはゆっくりと無理なく首回しを行ってみて下さい。また、下ばかりを見ていると、これも気分が落ちてきますので、上を向いて空を見る時間も増やしてみて下さい。それから、眉間にしわを寄せたり、そこを重たくしないように意識して緩めることも有効ですよ。


そして、今こそ、ご自分に意識を向けて下さい。また、ご家族と一緒に住まわれている方は、家族にも意識を向けて下さい。そして、明るい方に意識を向けて下さい。


あなた自身、そしてその家族と、これからどのようになっていきたいかなどと、向かいたい未来を意識してみて下さい。


この世では、『「意識」が「現実」を創っていく』という法則があります。これからの時代においては、このことが非常に重要になってきます。どうぞ、あなたが意識を向けたい方向を明確にしてみて下さいませ。


今回の記事は、登録した人しか見ることの出来ない完全クローズドのメルマガでつい先日書いたものから、オープンにしても大丈夫と感じる部分だけを転載しています。


この内容は、妄想話しとして捉えて頂いても結構です(^_^)


また、「何がどうなっているのか」を明確にするのが私の一つの役割だと感じていますので、途中重たいと感じられる表現もあると思いますから、一番お伝えしたいことを書いている最後の方まですっ飛ばして頂いてもよろしいですよ。


ただ、色々調べてみて驚いたのですが、公的な証拠というか、公的に発表されていることがたくさんありますので、これから説明する「超々富裕層を中心とした勢力からの世界への操作がある」ことは事実だと感じています。公表されている事実なので、陰謀論ではありません。以下、公表されているものについては【公表】と明記します。


ご存じのように、今、武漢発の新型コロナウイルス(以降、新型コロナ)の蔓延で世界が大混乱に陥っています。たくさんの感染者そして死者が出ています。


亡くなられた方には、心よりご冥福をお祈りいたします。

感染されている方の一日も早いご快復をお祈りいたします。


多くの方が不安と怖れの中におられると思いますが、少し新型コロナに関しての私見を書いていきたいと思います。


私はこの度のことで、個人的に一番に引っかかっていることがあります。それは『新型コロナがまだ蔓延していない初期の頃から現時点においても、感染者数、死亡者数はインフルエンザの方が多いのに、(特に、その初期の段階で)なぜ過剰な報道と規制を行ったのか?』ということです。


インフルエンザについてのデータを示しますと、世界ではインフルエンザで毎年20~50万人が亡くなっており、関連死を含めると100万人を越えるようです。感染者数は14億~21億人です。インフルエンザもコロナウイルス同様新型が出てくるので、それが流行した年には死亡率はぐんと上がります。上限の数字、感染者数21億人、死亡者数100万人がそうです。


インフルエンザでは、日本でも、毎年約1万人の方が亡くなっています。


一方、世界全体での新型コロナは5月18日時点で、感染者数471万人、死亡者数31万5千人となっています。日本では、感染者数16,340人、死亡者数756人です。


インフルエンザの新型が出た時の感染者数と死亡者数よりも、新型コロナの方がまだかなり低いです。


ただ、新型コロナの場合は、世界全体の死亡率を5月18日時点で計算すると、約6.6%とかなり高いパーセンテージとなります。日本では、4.6%です。無症状感染などを考慮すると、パーセンテージは下がりますが、それでもかなりの死亡率です。


説明していく上で、最初に誤解なきようお伝えしておきますが、私は“新型コロナはたいしたものではないので過剰に自粛して注意をする必要はない”と言っている訳ではありません。


何が言いたいかといいますと、インフルエンザは季節性のものも、新型が出た時も死亡率こそ新型コロナに比べると低いものの、感染者数と死亡者数は膨大な数になるのに、この度のような過剰な報道や自粛やロックダウンなど行われたことは一度もないという事実です。


新型コロナは、死亡率も高く大変なもので注意も必要ですが、でもなぜ、新型コロナだけを特別視するのでしょうか?これはいったいどういうことなのでしょうか?


ここに、直感的に、隠された意図があることを感じたのです。


私は武漢での新型コロナ感染発生の初期の頃から、これから大変になるという情報が入っていましたので、かなり早めにマスクは購入していました。ですので、アメリカでもそれほど蔓延していない時に、まずアメリカで恐怖を煽るような過剰な報道がされ始めたのもリアルタイムでよく目にしていました。


このことから、新型コロナを取り巻く状況は何かがおかしいと思っていましたが、その背景については、私自身が実体験できない分野、領域ゆえに、ネットの中からの情報を主体にして考察していきました。


ネットの世界は、光も闇も、本物も偽物も、両極が存在しほんとうに雑多なものがひしめき合ったカオス状態ですから、自分の思考と直感をオープンにして、様々な文章や映像に触れていきました。


そうすることで私の中で見えてきた流れがあります。それには「天」「地」「人」の三つの流れがあり、「人(じん)」の流れ(人間の我欲の流れ)では、『今までの経済システムがリーマンショック後から、もううまく立ち行かなくなったので、まずこれを壊すための流れである』というものを感じました。


「地」の流れについては、人間以外の動植物の世界、流れで、特に植物の流れは「無条件の愛に満ちた」、地球と宇宙と繋がった心地のいい、ほんとうに美しい世界を見せてくれています。こういう時だからこそ、私自身も含めてみんながもっとそこに意識を向けたらいいな、そこに触れていくといいなと感じています。


「天」の流れについては後述していきます。この記事では色んなことを書いていきますが、お伝えしたいことはまず「世界の流れは大きく変わってしまう(しまった)」ということ。それと、一番お伝えしたいことはこの「天の流れ」についてです。


「人」の流れについては、このような可能性もあるかもという感じでお読み頂ければと思います。流れとしては、「今までの世界を壊す」というのがその中心目的だと感じていて、それには二つの捉え方があります。


一つは、『世界の基軸通貨のドルを完全に失墜させる必要があるので、新型コロナ発生の混乱に便乗して、まだ初期のそれほど拡大していない時から経済活動を落とすための過剰報道と規制を行った』という捉え方。


さらに深読みした二つ目は、『世界の基軸通貨のドルを完全に失墜させる必要があるので、遺伝子を操作した新型コロナウイルスを“アメリカ”が作り、武漢で撒いて春節で移動する感染した中国人も使って、世界各地に拡げる』という捉え方です。


なぜドルを失墜させて世界経済を壊す必要があるかは、後で説明します。まずどうして、深読みバージョンの捉え方をするようになったか、その経緯を説明しましょう。


まず、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が5年ほど前の2015年に、「もし次の数十年で1000万人以上が亡くなる災害があるとしたら、それは戦争よりもむしろ『感染性の高いウイルス』の可能性が高い」、「もし次の疫病大流行(アウトブレイク)が来たら?私たちの準備はまだ出来ていない」という内容の講演【公表】を行っています。(これは、TEDでも話しをされています。次のサイトで視聴できます。https://www.ted.com/talks/bill_gates_the_next_outbreak_we_re_not_ready?language=ja#t-4021


そして、昨年2019年9月18日には、【公表】ゲイツ氏の支援したイギリスの細菌研究所が新型コロナのワクチンの世界特許を取得しています。これはおわかりのように、まだ新型コロナが武漢で発生する3ヶ月ほど前のことです。(これに関しては、別の新型コロナワクチンの特許であるという話もありますが・・・)


さらに、その前日9月17日には、【公表】アメリカの医学、公衆衛生学の権威であるジョンズ・ホプキンス大学で新型コロナが発症したことを想定したシミュレーションが軍と合衆国政府の専門家たちによって行われています。(ゲイツ氏支援)


そして、さらには新型コロナウイルスワクチンの特許が取られた同日の9月18日に、【公表】軍人スポーツ選手のための総合競技大会であるミリタリーワールドゲームズ開催前の中国武漢市の武漢国際空港で、新型コロナが多発したことを想定したシミュレーションが行われています。(ゲイツ氏支援)


ただし、もしもゲイツ氏が良くない形で関わっていたとしても、私はゲイツ氏を悪者にして攻撃するつもりはまったくありません。


なぜなら、私たちはこの地上で楽しいことも苦しいことも様々な体験をするために生まれてきていると感じているからです。大変なことが起こるのはつらいことですが、私たちの潜在意識はその体験をすることを意図して、選択していることが長年の心理療法の現場からハッキリとわかりました。


その一見頭ではわからないようにしている意図が認識出来ると、人は心から本来の進みたい方向、選びたいものを選び、人生を変容させて行くことが出来るようになります。


本題に戻ります。また、今をず~っと遡ること1981年にリリースされたアメリカの作家Dean KoontzによるSF小説「The Eyes of Darkness」という本の中には、驚くべきことが書かれています。


In around 2020 a severe pneumonia-like illness will spread throughout the globe, attacking the lungs and the bronchial tubes and resisting all known treatments.
「2020年頃には、肺および気管支を攻撃し、すべての既知の治療に抵抗し、重度の肺炎のような病気が世界中に広がります。」


They call the stuff "Wuhan-400",because it was developed at the RDNA labs outside of city of Wuhan, and it was four hundredth viable strain of man-made microorganisms created at the research center.
「武漢市外のRDNA研究所で開発されたもので、「武漢-400」と呼ばれています。そして、それは"研究センター"で作られた人工微生物の400番目の実行可能な株でした。」


と、書かれています。これは何でしょうか!いったいこの流れは何なのでしょうか?


考えられることは、予言がされたというよりも、元々大きなスパンで物事の流れが計画されていたことを示唆しているように思います。


そうであれば、いったいこの世界は誰に動かされているのでしょうか?


これを主導している人たちが、このブログの以前の記事『ハートを開いて、周りとの調和・共生に意識を向ける』で書きました超々富裕層の人たちだと思っています。億万長者であるビル・ゲイツ氏もその一人です。


「人」の流れには、常にお金、経済がつきまとっています。今までの経済の流れは、各国の中央銀行が通貨価値の安定化などの様々な金融政策を執り行い維持されてきました。この経済、お金の流れをコントロールするための中央銀行制度を作ったのがロスチャイルド一族だといわれています。


18世紀から銀行家ロスチャイルド一族はまたたく間に目覚ましい成功を遂げたため、ロスチャイルド帝国はすでに二世代のうちに、国家経済に匹敵する規模に成長しています。したがって、今は更なる成長です。


アメリカでは、石油業を中心に軍事産業、金融業、医療・医薬業、教育機関など様々な業種の企業を傘下に収めるロックフェラー一族が代表です。


文字通り、この超々富裕層が世界の富のほとんどを所有しています。


では次に、なぜ世界の富の大部分を手にしているのに世界経済を壊し、基軸通貨のドルを失墜させる必要があるのでしょうか?


それは、超々富裕層の人たちは、最終的には世界をすべて管理できるように、世界政府(世界統一国家)を作りたいようです。そのために、基軸通貨であるドルを失墜させることで、次には基軸を世界統一デジタル通貨にしていきたいようです。


これらのことも、公式に発表されています。


IMF(国際通貨基金)は、このことをもう構想していることが発表されています。それに至るまでは、まず各国の中央銀行がそれぞれのデジタル通貨を発行していくのかもしれませんが・・・。


それは、今から6年前の2014年1月下旬の【公表】世界最大の経済フォーラムの年次総会である通称「ダボス会議」で、IMF専務理事のクリスティーヌ・ラガルド氏が「(世界経済を持続的に発展させるためには)国際通貨のリセットは避けて通れないので、基軸通貨であるドルを終わらせるか、ドルの基軸通貨としての力を減衰させることによって、ドルに代わる新しい基軸通貨の発行が必要」なことについて発表しています。


ちなみに、ダボス会議は、「ビルダーバーグ会議」と並んで、世界政府の樹立を目指しているグローバル・エリートたちが、未来の地球の設計図について話し合う最大規模の会合として知られています。


ビルダーバーグ会議は、参加メンバーが欧州の王族・貴族の血流につながる人々で占められ、北米とヨーロッパの支配権を彼らの血流内で永続的に継承させようとしています。これこそが、世界を手中にしている超々富裕層の中心の人たちで、その表向きの会議です。


ダボス会議は、世界経済の運営に関して多岐にわたる分野の問題について議論するための会議であり、この会議で決まったことは、世界経済の運営方針そのもので、全世界の政界、経済界、学界の重鎮たちが、その流れに沿って努力することを確認する場でもあります。日本の首相や日銀総裁、財務大臣や他の閣僚も、毎年参加する恒例行事となっています。


また、超々富裕層は世界政府を樹立するに当たって、世界の人口は爆発的に増えていっているので、世界人口の削減も必要だと考えています。その役割の一端をビル・ゲイツ氏も担っています。「私たちが新たなワクチンや健康管理や生殖に関する健康への管理について真に取り組めば、人口を10~15%削減することが出来ます」と発表【公表】しています。


超々富裕層は国際デジタル通貨を発行するにしても、結局お金で人々を管理したい、縛りたいということです。資本主義ではお金を使って、大量生産、大量消費しないとシステム全体が機能しない構造になっています。だから、過剰に購買意欲を煽り、刺激するのです。


人々にとっては、お金持ちになって物をたくさん所有することがステータスになり、それによってお金の奴隷と化していきました。たくさん持っている人は「勝ち組」となり、優越感、特別感を感じ、持っていない人は「負け組」となり、劣等感、屈辱感を感じ、そのどちらにしても結局資本主義下のお金という枠の中にどっぷりとはまり込んできました。


しかし、いくらたくさんお金や物を所有しても、心の安定はありません。それは、所有することでしあわせ感や心が満たされることに意識を向けるのではなく、ほとんどの場合、自分でも気づいていませんが根底には「不安と怖れ」がありますので、それを避けるため、感じないようするため、少しでも安心するために、過剰にお金や物に固執(依存)していったのだと感じています。


この人々の根底にある「不安と怖れ」の根本原因が、処理されないまま心の内に残っている「トラウマ」です。私が行っているトラウマ統合療法は、この心の根底にある「不安と怖れ」を解放していく手法です。洗脳による眠りから覚めて、今までの奴隷化され、コントロールされていた世界から自由になるための手法ともいえます。


お金があって物が買えて生活が安定し、便利になるということは、望ましいことですが、それが過剰になりすぎることで、自然の中に生きる自然の一部としての人間の本質的な本能を失っていっていることを危惧しています。


そうやって過剰にお金に固執(依存)することで、本当のしあわせ、満たされた感じがどのようなものだったかを忘れていったのではないでしょうか。


本当のしあわせ、純粋なしあわせとは、

ただここに自分が存在することの感謝やよろこび。

生かされていることの感謝やよろこび。

息が出来ることの感謝やよろこび。

食べられることの感謝やよろこび。

五感などで感じられることの感謝やよろこび。

・・・・・・。


そんな生きることの本来の純粋なよろこびが、不安や怖れを埋めるためのお金を手にすることで、とりあえずのよろこびに取って代わったのが近代だったように感じています。


そして今から、コントロールシステムだったお金というものが今までの形から変わっていく時代に入っていきますので、一時期混乱はありますが、これを機に私たちが本来の本当の生き方に戻っていく最大のチャンスです。


この経済のリセットの流れが、「天」の流れだと感じています。


そして「天」の流れには、もう一つあります。私たち地球人が心身の周波数(波動)を上げて、使える次元を増やしていくという流れです。今は、この大いなる流れも重なっていますから、大きな希望が持てるのです。


二次元では縦と横の平面しか使えません。例えば、蟻はこの次元にいます。地面に砂糖が置かれていると蟻はそれに群がります。そこに高さという要素が加わっている三次元を使っている人間が、その砂糖をひゅっと少し上に持ち上げただけで、蟻さんたちは一瞬で砂糖が消えたので驚き慌てます。


こんな感じで、縦横高さの三次元から時間を加えた四次元を我々人間は肉体を持ちながら、まずはここを使える状態になっていくのだと感じています。それは、時間の流れは今自分がいるこの空間に重なるように同時に存在しているので、過去にも未来にもアクセスできる次元です。


ということは、過去も未来もなく、今という流れがあるだけという感じで、集合意識や大いなる意識ともつながるので、自分という感覚が希薄になるように感じています。


みんなが一つ、みんなで一つという感覚です。


またそれ以外にも使える領域が増えると思います。なんか、ゲームで知力、体力、経験値などが増えてアップグレードして、ステージが変わるという感じかもしれませんね。


それぐらい私たち人類は、今までもう大変なこと、苦しいこと、悲しいことなどなど、人間としてこの地球でしか体験できないことを十分に体験してきて、もう味わい切り体験が完了したのだと感じています。


これは前にも説明しましたように、私たちが自分で体験しようと、選択してそれぞれの親の元に、環境に、どのようなトラウマを負うかも決めて、この時代に生まれてきたのです。あっ、そうそう、誕生日も生まれる時間も決めて、です。


皆さん(私自身も)、よく体験しました!大変だったですね。よくがんばりました。でも、本当に貴重な体験が出来ましたね。大変でしたが、滅多に出来ない体験が出来てとても興味深かったですね(*^_^*)


もし、こう思えない方がおられましたら、ぜひ「ああ、そうだったんだ。選んできて体験し切きったんだ」と思って下さい。ご自分をねぎらってあげて下さい。


しかしそう思ってみても、「自分はまだ体験し切っていない」とか「楽になることへの抵抗がある」となぜだかふっと思われる方は、ぜひ「体験しようと選んだもの」が何だったかを感じて書き出して行ってみて下さい。


それは、「悲しい」などというネガティブな感情だったかもしれませんし、「自分はダメだ」というネガティブな自己イメージだったかもしれませんし、人によって様々です。


そして、「それを自分はまだ体験したいのか?もう十分体験したから完了させたいのか?」と、どちらを選びたいか、頭(思考)ではなく、ご自分の深~~いところの思いを静か~~に感じようとしてみて下さい。


「完了したい」のであれば、無理なくでいいですから、怖がらずにその感情や思いを感じてみて下さい。


それを感じても絶対に大丈夫ですよ。なぜなら、自分でそれを味わうことを決めて生まれてきたのですから。意識して、味わえると、もうそれだけで体験は完了していくのです。


それでも、そんなものを感じるのはしんどいからイヤと思われる方は、それでいいのです(*^_^*) そこは置いておいて、とにかく進みたい明るい未来を想像して、そうなっている喜びや心地よさも想像(創造)して感じてみて下さい。


では(本題の)、心身の周波数(波動)を上げて行くには、どのようにしていくのがいいのでしょうか?


次は、この辺りをお伝えしていきたいと思います。

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心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。


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新年のご挨拶

2020年01月01日 | お知らせ



あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願い申し上げます



私にとって、この5年ぐらいの期間は、今までの人生の中でも激動の時といえるものでした。特に昨年はまさにその言葉がぴったりの年でした。

年老いていく母のこと、先祖からの流れの実務的なこと、身寄りの薄い親族のこと等々、大変でしたが妻にも負担をかけながら色んなことをクリアしていった今は、 天の計らいとしか思えない流れで引っ越しもして、人生の晩年一番より良い流れに入っていると感じています。

この間大変ではありましたがそのお陰で、私たち世代の多くの方が直面している老人介護のことや今まで触れることのなかった分野での社会の流れ、仕組み、そこに関わっている人々等々、色んなものを直接肌で感じることができ、とても貴重な体験をさせてもらえたと感じています。

ここには書けない大変さもありましたが、それらを乗り越えてみると、人の心のことに限らず様々な分野においても、さらにその本質的なことが直感的によく観えるようになり、思考としても整理が進みその奥にあることがよくわかるようになりました。

これらのわかったこと、観えてくることを様々な形で、ご縁のある方々へとお伝えしていきたいと思っております。

どうぞよろしくお願いいたします。

ただ、この間の疲れがかなり溜まっているので、少しゆっくりしたいです(^_^;)

どうぞ、すべての命が平安でしあわせでありますように。

令和2年 元旦

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2020年度トラウマ統合療法セラピスト養成講座受講生募集のお知らせ

2019年11月22日 | お知らせ


2020年度もトラウマ統合療法セラピスト養成講座を開催いたします。


トラウマ統合療法は、多くの部分で長年の経験から見つけ出した私独自のテクニックを使って、クライアント自身が自分の心の内側深くにある思いや感情に気づき、クライアント自身の力で安全に根源から癒していくためのサポートをする心理療法です。


人間は、最後には自分自身でしか、自分を癒すことは出来ません。なぜなら、その体験をするために我々はこの地上に生まれてきているからです。体験を完了させられるのは、自分以外に存在しないのです。


人は誰もがみんな、幼少期を主体とした過去の出来事でのその時の感覚と感情を、大人になった今でもそのまま残しています。感覚は脳(思考)に、感情は心に残ります。


このネガティブな感覚と感情であるトラウマが処理できていないと、脳の生存本能が身を守るために本来よりも過剰に働き、その傷(トラウマ)を感じないように回避させて、自分自身を生きるのではなく、無意識のうちにも自分が傷つかないことを目的にした人生を生きるようになってしまいます。


これは、トラウマの強さに比例して、身を守ろうとする(自己防御の)力も強くなります。


簡単な例でいいますと、人間は主観(自分の思いや考え、感覚の中)で生きていますので、それが事実かどうか別として、自分は親や家族から好かれなかった、嫌われたと自分の中で感じた人は、「自分は人から嫌われる」とか「自分は好かれなくて当然」、「人から愛される価値がない」などの自分自身に対しての自己イメージや思い込み・観念をもう子供の頃に完全に決定して持ってしまいます。


そのために、この例の場合この人は、とにかく人から嫌われないように周りを過剰に気にしたり、過剰に人に合わせて生きるようになってしまい、例え好かれたとしても、それでは満足できなかったり、低い自己価値観によりそれを受け取れなかったり、さらにはそれがなくなることへの不安と恐れが逆に強くなってしまいます。そうやって、自分を生きることが出来なくなり、強い生きづらさを感じたままさらに傷つかないように生きるしかなくなります。


この決定してしまった自己イメージ、思い込み・観念は、残念ながら(とりあえずでも)直接処理しなければ一生消えません。それをうまく隠してきて自分は大丈夫と感じている人でも、年齢を重ねるごとに隠しきれなくなり表面化していきます。(これが、認知症であったり、老人の心身の状態が悪化する場合の根本的原因・要因です)


ほとんどの人が自分では気づいていないのですが、多かれ少なかれこのような影響を受けたままになって生きています。


最近は、この部分を思考の書き換えや脳科学的に脳にアプローチをして解消していく手法がいくつも出てきています。ただ、脳(思考)を調整、解放していくことはとても有効で喜ばしいことなのですが、人間は無視することのできない重要な特質である『感情』という大変特殊なものを持っている生き物ですから、この『感情』に浸ることなく(浸りながら解放しようとしても解放できないのです。実はここに多くの人が気づかずにはまっています)、ありのまま受け入れながら解放しなければ、決定した自己イメージや思い込み・観念は根本的に消えていきません。


それは、ネガティブな自己イメージや思い込み・観念が決定される時には、その前にそう扱われた悲しさなどのネガティブな『感情』が必ず自然発生するので、それが起因となっているからです。


トラウマとは、感情の抑圧なのです。もう少しわかりやすくいいますと、自然に湧き上がって来るネガティブな感情を抑えて感じないようにするとその感情は行き場がなくなり心に蓄積していき、それが心の傷=トラウマとなっていきます。


例題の人でいえば、「嫌われて悲しい」というネガティブな感情がまず自然に湧き上がり、人間にとって感情の影響は大変に大きく、その感情が核となり「自分は人から嫌われる」、「自分は好かれなくて当然」、「人から愛される価値がない」というネガティブな自己イメージや思い込み・観念が形成され、「嫌われて悲しい」と感じる出来事が何度も続くと自分はそういうものという自己イメージが完全に決定され、固定化(フリーズ)されてしまいます。


この核の感情をありのまま受け入れて、すべてではなくてもOKなので、ある程度解放できると、その上に乗っている(二次的に発生した)自己イメージ、思い込み・観念もまったく自然に消えていきます。


このネガティブな感覚と感情が解放されるとその人は、心に深い安心感を感じながら、生まれ変わったように自分らしくありのままの人生を生きることができるようになります。


また、自分を心から愛することができるようになり、自分の心の深いところとつながった状態になるので、周りも自然に愛せるようになり、人間同士はもとより、他の動植物や生態系とも調和しやすくなります。


さらに、地球規模の自然環境に意識を向け、そことの共存共生も自然にしやすくなることと思います。(このことは近年の気象異常に陥っている地球の現状を見てもわかる通り、今後とても重要になってきます)


世界全体と調和、共生していくためには、まず自分自身を愛し調和することです。自分を愛し、自分と自分の心の内側と調和し平和にならなければ、自分より外のものを愛し調和することはできません。


今までの時代は「人を許しなさい。愛しなさい」という台詞をよく耳にしてきましたが、これからの時代は「自分を許し、自分を愛する」ことで、自然に自分の人生だけでなく周りとの関係もよりよくなっていくのです。


トラウマ統合療法は、根源的な感情の解放による心の癒しを行う心理療法という意味合い、役割だけではなく、人間本来の人間性とその本来の使命を発露させるための心理療法でもあると思っています。


どうぞ、この手法にご興味のある方はご連絡くださいませ。


詳しくは、以下の私のホームページの「セラピスト養成講座の案内」をご覧ください。
https://holistic-ti.com/youseikouza.html


よろしくお願いいたします。


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自分回帰

2019年09月22日 | ひとりごと
メルマガにも一部書いてきましたように、私は長年自分を使っての様々な人体実験をたくさんしてきました。

自分で意図してやったことなのに、その感情や思いに取り込まれて、本当にしんどい時期もありました。

良きにつけ、悪しきにつけ、色んな経験、体験をさせて頂いたご縁のある皆様、本当にありがとうございました(^o^)

味わい切って満足したので、もう人体実験は完了しました!!

長年やってきましたが、おもしろいことに行き着いたところは、生まれた時から私の中にあったゆるぎのないものを再確認しただけだったように感じています(^_^;)

残りの人生、自分なりの集大成としての『私』を思うままに生きていきたいと思います。

また、来年からは心理セラピーの集大成も、様々な形で表現していけたらと思っています。

壊れることなく、よ~くがんばって味わい切った自分をほめてあげよう(*^_^*)


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心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。



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過去のメルマガから⑮『ハートを開いて、周りとの調和・共生に意識を向ける』

2019年08月26日 | 思うこと
閲覧が出来なくなっている過去のメルマガの記事の主要なものを抜粋して載せていっています。今まで一部の人にしか話していない、伝えることを躊躇していたものもいくつかありますが、このブログでも公開しようと思い立ちました。

ただし、前に書いた文章ですので、今の私の表現とはもうすでに違っているところもありますし、補足、追加したいところもありますから、その部分については加筆しています。

今回で、「過去のメルマガから」の連載は終わりです。

よろしければ、お読み下さいませ(^_^)

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メルマガ しあわせに生きるための「トラウマ心理学」
ハートを開いて、周りとの調和・共生に意識を向ける2019年3月

人間には「欲」があります。人間の本質的な欲は、「食欲」「性欲」「睡眠欲」だといわれていますから、これは生物として生存するために必要なものです。しかしそれが「我欲」となると話は別です。

我欲である「我だけ、自分だけ」になってしまうと全体との共生ができなくなります。一番大きなところでいえば、自然との共生感覚を持つことができなくなるのです。そうなると、人間は大自然にとって地球にとって、いない方がいい邪魔な存在となってしまいます。これは、今の自然環境に対する人類の行動を振り返るとすぐにわかることだと思います。

我々一人一人が共感すること、共有すること、共生することの重要性に心から気づき、そうするように行動することがこれからの時代の人類に求められていることを感じています。

そしてここには隠されたところで、人間がより良く変わらないようにする(本来の共生、共感の感覚を取り戻さないようにする)ための意志も別のところから働いていることを感じています。

世界は、一部の特権階級である超々富裕層によってコントロールされ支配されています。

超々富裕層。それはヨーロッパの王侯貴族をはじめ、銀行というシステムを手中にしたロスチャイルド、石油を手にしたロックフェラーなどを中心にして、その傘下にある企業や軍部および武器製造会社、それに関わる産業の集団である軍産複合体、そして、世界中の多くの人を顧客に持つ今や誰もが知っている会社のトップたちのことです。

(ここでは詳しく書きませんが、除草剤のラウンドアップ[素はベトナム戦争で使われた枯れ葉剤]や遺伝子組み換え作物を造っているモンサントもこの中に含まれ、世界の食物のコントロールをしようとしています。日本の種子法撤廃はここからの圧力のようです)

実は、世界から戦争が完全になくならないのはここに原因があります。戦争で大金を手にしようとするこういったグループが存在しているのです。

元々は古くから存在するこの超々富裕層が、他の99.99%の大衆を洗脳し、支配コントロールしてきたのが今までの時代です。

そしてこれは、産業に関わることだけではなく、学問、教育、医療など我々の一般生活にも深く関わっている分野にも及びます。

洗脳のための一つの手法は、医療でいえば内科、外科、循環器科、脳神経科、心療内科などと人体をバラバラにして扱うことで、生体としての全体性を観ないようにさせるというやり方です。全体を観て本当のことに気づけば、洗脳から外れられてしまうからです。

バラバラにすればつながりが観えなくなるので、根本的な治療も出来なくなるのは極々当たり前のことで、少し考えればすぐにわかることですが、現代医療はそのようになってしまっています。

それはまた、心理の世界においても同様です。発達心理学、社会心理学、行動心理学、認知心理学など心を統合した一つのものとしてではなく、それぞれの特質に特化して分けてしまっています。これが一番大切なところが観えなくなる、わからなくなる、全体性を見失ってしまう根本原因です。

人間の体も心も、「定点観察」(ある事柄を時間軸にそってずっと見続けること)で時間をかけて全体をじ~っと見てしっかりと観察さえしていれば、何がどのように影響して根本原因が何か、どのようにすれば本来の状態に戻るのかが必ずわかります。時間はかかりますが、実はそれは何も難しいことではないのです。
(超々富裕層グループは人間の体についても心についても、何が本当のことかをもうとっくの昔ににすべてを把握しているはずです)

私は心理療法の現場の中で、定点観察を22年間徹底的にすることで、心のこと、トラウマのことについて、その根源的なことがすべてわかりました。

それから、超々富裕層は情報(インテリジェンス)の扱い方にも長けています。その傘下にあるテレビ、新聞、マスコミなどはコントロールされた情報(インフォメーション)しか与えなくなっているのを感じます。

テレビ(地上波)のコメンテーターとして呼ばれたことがある人がいっていました。『テレビの情報番組では台本があって、プロダクションに所属して台本通りのコメントをすれば、出演料にゼロが二つプラスされる』のだそうです。

例えば大学教授という肩書きの人もそれぞれプロダクションに所属していて、局側が作った台本通りの発言しかしていないそうです。そうすれば、数千円~数万円の出演料が数十万円~数百万円になるということです。

このような情報操作、洗脳に関するプログラムは存在し、様々な分野にも及んで今も世界中で行われているようです。

それは、人類が当たり前のものとして認識しているが、実は洗脳されているというものもあります。その一つに「お金」があります。

世界中で使えるお金は大変便利で有効なものですが、人類は過剰にお金に依存していて、お金をたくさん所有することだけが幸せなことだと洗脳されてしまっています。

また、お金という「経済」も株価とか為替とかの刻々と変動するお金の流れによって大きく左右されるものとなっていて、一つ流れが大きく崩れると、世界全体が破綻してしまう危うさを伴う不安定なものに世界は依存しています。

そして、世界中の国々にある「中央銀行」は、驚くことにその国の政府が所有している政府機関ではなく、一つの会社、法人なのです。

日本銀行は「日本銀行券」としてのお札を発行したり、国の預金を受け入れ政府の資金を管理していますが、政府の100%の持ち物ではありません。資本金の45%は政府以外の人が出資しています。

その人たちには株式に相当する出資証券が発行されジャスダックに上場され株式に準じて取引されています。そして、国に関わるものなのに誰がたくさん所有しているかは公表されていません。

建前としては、時の政府による運営への影響を受けないようにするために、わざわざ政府から独立した存在にしているということになっていますが、色々と調べてみると、銀行や中央銀行には不可思議な仕組みがたくさんあることがわかりました。

アメリカの中央銀行制度の最高意思決定機関であるFRB(連邦準備理事会)にいたっては、合衆国政府は連邦準備銀行の株式をまったく所有していません。

この銀行というシステムの権利を手にし、中央銀行制度を広めたのがロスチャイルドだといわれています。

また、お金というもの自体に目を向けてみると、お金はある意味自然の法則に反しているものだといえます。

本来の自然から発生しているものはすべて、置いておくと劣化していくのが自然な状態ですが、お金は銀行に入れて貯めておいても劣化もせずなくなりもしません。逆に少しずつでも増えていきます。

だから、過剰に蓄えるという自然界の中では起こりようのないやり方が普通になっています。【このことからも劣化する、価値が下がるという自然な流れを採用した地域通貨という概念、システムが発生しました。そして、現行のお金については、その価値や流れが一端よくなったと感じたその後、今までに無いほどに激変していく時期が来そうです。お金に限らず、戦後に構築された世界が壊れる(壊される)時だと思います】

自然は循環して常に流れていくことでバランスをとっているので、このような特性のお金に人の「我欲」が結びつくと、自然な状態からかけ離れてしまうということが起きてしまいます。

何事においても理想的なモデルは、根本的に自然界の流れ、自然の法則に沿っているものがベストだと思います。

短絡的な発想になりますが、今世界でお金によって様々なものが流通しているのであれば、お金がなくても流通するということになります。お金が絡まなくても、流通する物とシステムは今の時点で現に存在しているからです。

我欲の根底には、『トラウマ』から来る「不安と恐怖」、過剰な「安心感のなさ」が存在します。そのために、心の奥底を満たそうとして際限のない所有へと人々を駆り立てているのだと感じています。

人間の我欲、所有欲や不安、恐れがなくなり、一人一人の心の中に深い安心感と喜びが満たされたならば、誰か一人だけがたくさんの物を手にしようとすることはなくなると思います。

そうすれば、すべてをできるだけ均等に分け合って持ってる人は溜め込まず、必要な分量だけ持ち、必要にしている人に回して、周り(全体)を意識して過剰な貯蓄や消費をするということもなくなるでしょう。

それにしても、超々富裕層の人たちのように、使えきれないほどの充分すぎるお金や物、権力を手にしていても、さらにもっともっとと欲しがるというのは一体どうしてなのでしょうか?

私は、やはり超々富裕層の人たちにおいても『心の深いところが本当の意味で満たされていない』からそのようになってしまうのだと感じます。

超々富裕層の人の心が安定していて、幸せに満たされていれば、すべてを支配してもっともっとと所有し、溜め込むことなどする気が起こるはずがないと感じます。

このことは人間の心は、お金や物など物質的なものでも、誰もがすべていうことを聞く絶対権力を持った立場でも埋めることは出来ないという証明になるでしょう。

人間にとって大切なことは、どういう経歴、肩書きを持っているか、何を所有しているか、どれだけお金を持っているかではなく、まずはじめに、心が幸せで安定しているかどうかなのです。

本当に安定して、幸せな人は余裕があるから、例えそうしようと思っていなくても、まったく自然に周りに優しくなるのが本来の姿だと感じます。

我々一人一人においても、とっても気分がよく心地のいい時には、自然に笑顔になり、周りに優しくなるのですから・・・。

私は『根源的なトラウマを癒す』ということが、世界を真の平和へと向かわせる一つの大きな原動力になると確信しています。

人間の根源的なトラウマが癒されて、心の奥底に深い安心感が芽生えて(本来あったものが表に出て)くれば、周りをありのまま観て、その奥にあるものも認識することが出来るようになります。

そうすると、巧妙に仕組まれている洗脳にも自然に気づくようになり、望めばそのコントロールから外れることも出来るようになります。

さらに大切なことは、深い安心感が心の奥にいつもあるので、気分は穏やかで何があってもなくてもそれに影響されず、依存もしない満たされた状態で、周りとの調和、共生も自然に出来るようになることです。

世間では、一見安心から派生したような理想的なやり方に見えるプロジェクトもたくさんありますが、よく観察してみると、その根底には「不安と恐れ」が隠れていることが多いです。大変残念ながら、それを主導している人たちはそのことに気づいていません。

その辺りにみんなが気づき、自分の不安と恐れを否定、抑圧するのではなく、それをありのまま受け入れると(信じられない人もおられるかもしれませんが)不思議なことに逆に安心感が出てくるのです。

そして、周りとの調和、共生に意識を向けて少しずつでも行動が出来るようになると、その次には、人類が生きていくことにおいて一番重要な地球と地球の生態系と調和、共生しようとする想いが出てくることでしょう。

我々人類は、まずホームグラウンドである地球と地球環境が整っていなければ、より良く生きていくことは出来きません。この部分が一番大切にしなければならない土台なのです。

超々富裕層は現に存在します(日本においては、近隣諸国の影響も強いです)が、そこを悪者にして戦いを挑んでも、際限のない争いを生み出すだけですからそうするのではなく、まず、我々一人一人が「不安と恐れ」を解消してハートを開き、「深い安心感」とともに身も心も緩ませ、周りの人や自然との調和、共生に意識を向けていくことがとても重要なことなのだと強く感じるのです。

そのために、私もさらに自分自身の内側に向き合っていこうと思っています。

私はこの文章を「不安と恐れ」で書いている訳ではありません(^_^) なぜなら、人間は自分の意志で自分が体験したい人生を選択して、その通りの体験をすることが出来る存在であることがわかっているからです!

あなたがあなたの本当の望みに気づき、あなたの人生を自分から選択して、望む通りの体験をしていかれますことをお祈りいたします。


◆編集後記
近年、以前と比べると、強く「自然」に惹かれる自分がいます。別に、アウトドアが好きということもないのですが、特に植物、樹木に意識が向きます。意識が向くからか、植物たちからのエネルギーも依然よりも強く感じます。

樹木は二酸化炭素を吸収して、酸素を生成してくれます。人間は呼吸が出来ないとすぐに死に至りますから、人間が生きていけられるのは、植物が酸素を生成してくれているからに他ありません。その植物も天候や他の動植物が存在することで生きていけられています。すべては、循環してバランスを取りながら、調和・共生をしています。

我々人類全体の使命という表現でいいますと、人類は地球と地球生態系システムを守り、保全する使命があるといえるでしょう。私も生ある限り少しでもその使命を果たせていけたらなあと思っています(*^_^*)
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過去のメルマガから⑭『私たちは「体験する」ためにこの地上に降りてきた魂である(4)』

2019年08月23日 | 自分の体験からの気づき
閲覧が出来なくなっている過去のメルマガの記事の主要なものを抜粋して載せていっています。今まで一部の人にしか話していない、伝えることを躊躇していたものもいくつかありますが、このブログでも公開しようと思い立ちました。

ただし、前に書いた文章ですので、今の私の表現とはもうすでに違っているところもありますし、補足、追加したいところもありますから、その部分については加筆していきます。

よろしければ、お読み下さいませ(^_^)

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メルマガ しあわせに生きるための「トラウマ心理学」
私たちは「体験する」ためにこの地上に降りてきた魂である(4)2018年4月

私は今までの人生の中で、様々な自分を対象にした人体実験による実体験をしてきました。我ながらかなり特殊な体験をしてきている人生だと思っています。

これらのことは本に詳しく書こうと思っていますが、私の最大の人体実験は24、25歳頃に行った『すべての人から嫌われる』という立場を積極的に体験しようとしたことでした。

こんなことは普通は誰もしないことですから、「そんなことをするなんてどうかしているんじゃないか!」と思う方が多いと思います。ただこの根底には、そうなろうと思ったある強い思いがありました。

その頃はサラリーマンをしていて、仕事においては順調で会社の部署で一緒に働いている人たちからも、得意先の方たちからも、有り難いことにみんなから慕われてとてもとても大切にして頂いていました。

しかし、私の内側ではそのことで満たされることはなく、その中に身を置いている内に、心の奥から思いが湧き上がりまじめたのです。

『自分を愛してくれる相手を愛することは、大変にたやすくて簡単だ。だから、自分を嫌う相手を愛することができた時にこそ、相手がどのような人であれ、誰をも愛する無条件の愛が私の中で完成される』と、精神的・霊的にさらに成長しようというある意味宗教的ともいえる思いが出てきたのでした。

今度は逆のそういう立場に身を置いた時の自分を見たい、体験したいと、実験的に一端自分を嫌われるという立場に身を落とすことを決めたのです。

だけど、いつもいいますように、何かに過剰に反応するときには必ずトラウマの影響がありますので、やはりここにも私のトラウマが関係していました。

幼少期からのトラウマがあると心の中心に深い安心感がないので、自分以外の外側から受け入れてもらって、どんなに心地いいと感じるやり方で扱われ、それをどれだけたくさんもらっても、心の表面上はその時は埋まったように感じますが、心の内側ははまったく満たされないということも、この時の実体験からハッキリとわかりました。

人生は心から強く望んだものは必ず実現しますので、誰からも嫌われるということもしっかりと実現しました。しかし、その体験は自分が予想していたよりも大変長い期間になり、とても苦しみました。

いざその状況になると、あれほど自分が望んだことだったはずなのに、大変に傷ついて自分を嫌う人を受け入れて愛するどころか、その人たちに怒りが湧き上がるようになってしまいました。

これは社会人になるまでの人生でも、とりあえずは大きな問題は無く周りから受け入れてもらえるという立場を体験してきて、その辺りの怒りを感じた経験がほとんどなかった自分からは考えられないことでしたので、そのことでも悩みました。

結局ここには、「誰をも無条件で愛せるようにならなければならない」という思い込み、観念が存在していて、その根底には「深い精神性に至らないといけない」という思いや「それがちゃんとできない自分はダメだ。価値がない」という自分への罪悪感や自己否定感が存在していたのです。

その当時にはまったく気づいていませんでしたが、私の直感的主観では、ここには幼少期からのトラウマだけでなく、キリスト教的な自分に難を与えるという「受難」に関係した過去世からのトラウマの影響もあり、この人体実験をする前に、もうこういう思いで自分を責めていたということもわかりました。

最初から自分が自分自身を否定して愛していなくて、自分のありのままを受け入れず味方にならずに、自分が自分を責めて嫌っているのに、その上に人から嫌われるという状況が重なってくると、次第に周りを敵にしてしまい怒りの思いが出てきていたことに気づきました。

私は自分自身(インナーチャイルド)に対して「もっと、しっかりと成長しろ!!」と、どこかで突き放して、見捨てていたのでした。

大変苦しみましたが、この体験をしたことで、『ありのままの自分を受け入れ愛し、まず自分が自分の味方になる』ことの重要性というか、その重大性が心の底からわかりました。

自分を愛していなければ、本当の意味で周りの人を愛することは出来ません。無条件の愛を与えるべきは、まず自分自身だったのです。自分が自分自身とつながらないと、自分らしい自分の人生をつくり上げることも出来るはずがありません。

本当の理想は、人間の人生でベストなのは、幼少期に親から無条件の愛をもらえることです。まずそれがあれば、子供の心は安定し、培われた深い安心感は一生心の底に定着します。

それがなければ、人間の心は安定せず「ネガティブな感情」の影響をモロに受けてしまい、生存本能が過剰に活動してしまい、戦うか、逃げるか、フリーズするかになります。

また、そのために不安を感じながら自分の身を守ることが主体となって、安定した精神状態で人生を送ることが出来なくなってしまうことがわかりました。

これが幼少期からであれば、どれだけその子は心を痛め、「怒り」と「恐怖」と「悲しみ」の人生を生きていくしかなくなるだろうかとその苦しみがしっかりと理解できるようになりました。

人間にはこういう性質があるため、その部分を処理していくことが出来るインナーチャイルド療法(や前世療法)という手法は大変に重要なもので、これがインナーチャイルドを癒すことの必要性であり、この療法の存在意義でもあります。

私はこの人体実験からの人から嫌われることでの「怒り」と、その奥にある傷ついてきた「深い悲しみ」をインナーチャイルド療法で癒しました。

そうすると、やはり嫌ってくる相手が自然に気にならなくなりました。同時に怒りを感じることも次第に減っていきました。

すると、面白いことに嫌ってくる人もどんどんと減っていきました。自分が自分を受け入れて愛していくことで、それと同じように周りが受け入れてくれるようになります。

『自分を扱うように周りから扱われる』というのが法則であるということも、この人体実験で改めてよくわかりました。

すべては自分への向き合い方が、外側に反映しているだけです。外側に存在するように見えたのは、ほんとうは自分自身だったのです。

人間はトラウマを負うことで、自然にネガティブな感情や思いを感じるようになりますが、その闇ともいえるネガティブな感情を隠すことなく、嫌うことなく、闇としてありのまま受け止め受け入れると、その闇は自然に光へと変わっていきます。(そう!ここも自分の中の闇への無条件の愛です)

そうすれば、この光は自分の内側から出てきて輝き出しているものですから、外側から光を当て続けなくてももう消えることはなく、たった一人でいても心の底からの安心感がいつもどんな時もそこに存在するようになります。

この三次元世界は二極でできていますので、光ばかりになれば闇と感じるものは悪となり敵とみなすようになります。また、闇ばかりになっても光と感じるものを嫌い敵にしてしまいます。

この安心感は光と闇、その二極の中で、その二つをありのまま全部ひっくるめ包括したその真ん中のゼロ地点(中庸・中道、±0)に静かにバランスよく安定しながらたたずんでいるという感覚だと表現できます。

大変だった闇も処理しているので、闇からのよりよい経験だけが残っていて、その闇と光の間(±0、ゼロ地場)に存在しているという感じです。

今、私の中にもそのような感覚があります。これはとても心地のいいものです。何があってもなくても、もうこの感覚は消えることはないということを静かに感じています。

人体実験中は予想外のことが起きて大変だったですが、その体験があったおかげで様々な心の反応パターンやその奥にある感情に気づき、それを受け入れ癒して、このゼロ地点の感覚を心から味わうことができるようになりました。

目覚めた人を意味するブッダと呼ばれた、ゴータマ・シッダルタさんは、どのようにしても「この世は苦でいっぱいである」ので、そのことを認めなさいといわれました。これが彼が悟った哲学の一つです。

今も昔も、この苦である「病気があること」、「老いること」、「死ぬこと」、「悩みがあること」は、人間から消えることなく続いていきます。ということは、はじめは違っていたと思いますが、人類史のある時期から、「苦」こそが魂が人間存在を体験するときの一つの大きな体験項目となっていったのだと感じるのです。
(なぜなら、前にも書きましたが、我々魂が天と一体であった時には苦というものなどはまったく存在しなかったのですから)

シッダルタさんは、人間が生きるということはそういうものだから、「こだわらなければよい。受け入れなさい!」と悟られたのだと思います。

その後に生まれた救い主の称号の「受膏者」を意味するキリストと呼ばれた、ナザレのイエスさんは、人生とはそういうものだから「そのまますべてを愛したらよい。愛しなさい!」と悟られたのだと思います。

いずれにしろ、『苦をそのまま見て受け止めよう!』というのがお二人の悟りのその根底に流れている哲学であると感じるのです。

苦(闇)は抑圧したり抵抗すると余計に暴れだします。それをありのまま受け入れ受け止める(愛する)ことではじめて、苦は苦でなくなっていきます。

しかし、今まで人類はその苦と戦って、そこから様々なネガティブな感情が発生していき、人生が生存本能からの身を守るための行為となって、死後そこから後悔や罪悪感が鮮明になり、体験しきれなかったという未練、後悔やもっとしっかりと体験したいという欲求などの思いが出てきていたのだと感じます。

それをカルマ(業)として、また肉体に生まれてくる動機にしていくというサイクルに、感情を処理しないことで人類はどんどんとはまっていったのだと感じています。

人間は感情を持ち、強くその影響受けるという特質があるがゆえに、その処理をしないことで解離(感じないように、わからないように)して味わい切ることが出来なくなり、魂の当初の計画よりも転生する(生まれ変わってくる)回数がどんどんと増えてしまったのではないかとも感じています。

私は様々な自分の人体実験経験からも、数多くの心理療法での臨床経験からも、ネガティブな感情(闇)に向き合うことでありのままの自分を愛すること(光)ができるようになることをもうゆるぎなく完全に確認しました。

そうすることで、人間の心は安定し、元々あった共感する能力が発露し、我欲から離れ、自己防衛から外れ大局を見ることができるようになります。さらには、人類主導の地球生態系システムとの共存、共栄が可能になると確信しています。

そして、人間本来の精神性や霊性を発露する鍵も「過去から持ち越している感情を解放する」ということにあります。ただし、そこで重要なのは、ただ解放するのではなく根本・根源からの解放なのです。

悟りとは、解離せずにありのままの事実に正面から向き合い、認識して、受け入れることではないかと思います。それはイコールすべてをありのまま見る「目覚めた人」になることでもあると感じるのです。

実は、ほとんどの人が必要な生存本能としての反応なのですが、子供の頃に「対処のしようがない心地よくないと感じること」から、身を守るためにそれを感じないように自然に解離をしています。

しかし、大人になってもそれを処理しないままでいるとその状態がそのまま続いていて、言葉が悪いですが意識の一部が「眠ったままの状態」にあるといえます。

ここには、子供の頃からはまり込んでしまっているので、自分ではそのことに気づくことは難しい(気づかないようにしている)のですが、本当はそこから人生の根幹に関わる大変大きな影響を受けているのです。

私の活動が、多くの人へのそのような部分を解放し、処理するサポートになれることを心から願っています。そのための心のことやトラウマに関してのことはすべてわかったので、まずはそれを「トラウマ心理学」としてそのすべてを記した本を書いて、世に示していこうと今思っています(*^_^*)


◆編集後記
人の心の深いところがわかってくると、お目にかかったり、声を聞いただけでもかなりの部分がわかるようになりました。それがいいことなのかどうか…という思いは正直あります。わかればわかるほど、生存本能からの「解離」というものの奥深さというか、その影響の大きさに驚くばかりです。

ほとんどというか人間みんなが実は解離をしています。それは私自身もです。ただ、私の場合には様々な経験をさせて頂いたことで、かなりの部分解離から外れていますが、何か心にふっと反応するネガティブと感じる出来事があった時には、自然に解離しようとする思考の働きに気づきます。それぐらい解離というものは自然に働くものです。

簡単にいいますと、トラウマ=感情の抑圧=解離 です。

我々を守るための機能がいつまでも働かせ続けてしまうと、逆に我々を中心から縛るものへと変わってしまいます。

解離に関しては、これだけで一冊の本がかけるぐらい深いです。解離があると、人は洗脳を簡単に受けやすくなります。この部分を利用して、洗脳しようとする勢力がたくさん存在していることも感じます。

解離が外れると、〈自分にとって〉何が本当のことか、何が違うことかが、心からハッキリとわかるようになります。自分にとっての真実がはっきりと見えるように、感じることが出来るようになります。そうすると、人生のすべてにおいて、我欲からではなく真我から、自分にとってのよりよい選択が出来るようになります(^_^)

人類が解離の影響から外れられたら、世界は短期間でよりよいものへと変容していくことでしょう(^o^)/
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ホリスティック・セラピー研究所 http://holistic-ti.com
心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。



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過去のメルマガから⑬『私たちは「体験する」ためにこの地上に降りてきた魂である(3)』

2019年08月19日 | 自分の体験からの気づき
閲覧が出来なくなっている過去のメルマガの記事の主要なものを抜粋して載せていっています。今まで一部の人にしか話していない、伝えることを躊躇していたものもいくつかありますが、このブログでも公開しようと思い立ちました。

ただし、前に書いた文章ですので、今の私の表現とはもうすでに違っているところもありますし、補足、追加したいところもありますから、その部分については加筆していきます。

よろしければ、お読み下さいませ(^_^)

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メルマガ しあわせに生きるための「トラウマ心理学」
『私たちは「体験する」ためにこの地上に降りてきた魂である(3)』2018年3月

前回最後に、『我々魂が(自分から体験項目を選んで)この地上に降りてきた当初は、こんなにも強いトラウマ的体験や重苦しい体験をしようと望んでいなかったのではないかと感じるのです。ここに、人間という存在のある特殊性が深く関係していることがわかりました。』と書きました。

人間の特殊性って何だと思いますか?

肉体というものから離れた外の世界から人間という存在を見ていると想像してみると・・・、何が見えてくるでしょうか?

見えてくるもの・・・・・・、

食欲や性欲などの欲といわれるものがあること。

生存本能というものがあって、身に危険がおよんだり、およぶかもしれないと感じると、逃避したり、攻撃したり、固まったり(フリーズ)などして、生存本能として自己防衛行動を自然にとること。

空気が必要で呼吸ができないと生きていけないこと。

食べ物が必要で食べないと生きていけないこと。

そのために空気を生成する植物や食料となる動植物などなど、地球という生態系システムの中で生かされていること。

「お金」という経済システムを作り出し、その中でほとんどの人間が生きていること。

その活動の中で大量の生産と消費を繰り返して、地球生態系システムを自らで破壊していっていること。

・・・・・・・・・。

人間は大自然の生態系システムの中で生かされているのに、経済活動を優先してその大自然を自分からどんどんと破壊していくというまったく矛盾する自殺的行為を平然と行っている世にも珍しい生き物であるといえます。

この部分においても元々魂はこのようなものへの囚われを持とうとは思っていなかったのではないかと思います。

そして、この囚われの大本となるものが「感情」というものの存在にあると私は思っています。

簡単にいいますと、人間の、肉体をより安定した状態に保ちたいという欲求の根本には、生存本能からも派生する「恐れ」や「不安」が存在します。

そして、その「恐れや不安」が強くなる時には、「怒り」や「さみしさ」、「悲しみ」などの感情がその根底にもれなく付随しています。

私が重要視する人間の特殊性とは、人間は「感情」を持った生き物であるということです。

こうやって人間は生存本能を「ネガティブな感情」によって起動させられて、それが過剰になった時には、いかに安心、安全に生きるかを最優先して、大局を見ることができなくなり、無意識のうちに自己防衛のためだけの生き方をするようになってしまいます。

魂が最初、どのようにして肉体というものに入ってきたのかは想像の域を超えられませんが、たぶん肉体というものの特殊な感覚を楽しむために出入りを繰り返すうちに、次第に物質的な肉体特有の低い振動数に共鳴してそこに絡め取られ、もつれ込んで(エンタングルメント)抜けられなくなっていったのではないかと思っています。

適切な例えではないかもしれませんが、それは以下のようなことに近いかもしれません。

甘いものやお酒やタバコなど嗜好品といわれるものを過剰に欲する人が、それを摂りすぎた時には「もう明日からやめよう!!」と思っていたはずなのに、また欲しくなって摂ってしまうというサイクルを繰り返す場合が多いですが、ある意味肉体というものを味わうために体に入った魂もこのような感じで、肉体に囚われ次第に輪廻というサイクルにはまり込んでしまったのではないかと感じます。

前回にも少し書きましたが、輪廻においてもこの「感情」というものの影響があります。

様々な出来事から自然に感じてしまう「ネガティブな感情」を脳が生存本能で不安定にならないように隠して解離させることで、普段の意識である顕在意識では、はっきりと認識しないようになります。

しかし解離しているだけで「感情」自体は消え去らないので、死んだ後には潜在意識が主体になり、解離状態がなくなりクリアになるために、生前の様々な出来事から本当はどれだけたくさん色んな思いや「感情」を感じていたか、というその全貌に死後になってはっきりと強烈に気づきます。

こうやって、肉体を有する生前に、その思い(思い込み・観念)や「感情」(罪悪感、後悔の念を含む)を心の底に隠してしまい未処理にしてしまったために、それが動機(カルマ)となり、肉体を有するからこその感情体験に、また自分の意思で戻ってくるようになるのだと感じます。

それぐらい人間存在にとって「感情」というものの影響は大変に強く、その処理は大変に重要なものなのです。

ですから、地球という生態系システムの中でしか生きられない私たち人間が、その中で自然と共存しながら、安心安全によりよく自己実現して生きていくためには、この人間の特殊性である「感情」(根本的には「不安と怖れ」、「深い悲しみ」)をどう扱うのかということがとてもとても重要になります。

「感情」を安定させるための方法としては、世の中にはもう様々なやり方が存在しています。

その方法を大きく二つに分けると、ネガティブな感情をポジティブな感情に変えていく方法と、ネガティブな感情を抱きとめて包み込んでいく方法の二つになると思います。

別な言い方をすると、闇に強い光を当てて光に変えていく方法と、闇を闇として受け入れて癒し光に変容させていく方法の二つがあるということもできます。

これはどちらも素晴らしい方法です。

このどちらを選ぶかはその人の性格や特質もありますし、人によって生まれ持ってきた体験するテーマややりたいと感じる方法は違いますので、自分が取りたい方法を取ればいいのだと思っています。

私は世の中には「これしかない!!」というものは、存在しないと思っています。

人により合う合わないは確かにあるので、自分に合った方法をただ選択すればいいのだと思います。

「これしかない!!」、「これこそ正しい!!」にはまってしまうと、それ以外のものは異質なもの、間違ったものとしか認識しなくなってしまいます。

これが世界に争いや戦争が存在する根本的な理由なのだと思います。


話を元に戻しますね(^_^;)

私自身においては、この世に生まれてきたテーマの一つに「何事も自分の感覚で実体験する」というものがあることを感じています。

だから私は、この実体験主義というものをとても大切にしています。

もっと極端な言い方をすると、私は人間という存在を根源から理解し認識して、研究するために自分を被験者とした人体実験をすることを一つの目的にしてこの世に生まれてきた魂なのだろうなと思っています。

今まで55年(2018年時点)の人生の中でも様々な自分を対象にした人体実験、実体験がありました。

その中の一つに、大人になってからの普通は誰もが絶対にしないであろう実験もありました。

そこからの苦しみの経験でも、『「感情」を処理すること』と『自分を癒し、自分とつながること』の大切さがほんとうに・・・骨身に染みてわかったのです。
〈続く〉

◆編集後記
人間にとって、感情体験というものがとても大きな影響を与えるということを示すセッション事例があります。

あるクライアントさんが肉体に宿る前の魂の存在で、魂の計画として「こういう経験をしよう」とはっきりと決めて、お母さんのお腹に入りました。

しかし、お腹の中の胎児という自分の肉体に入ってみると、急にお母さんの考えてる思いや心の声がダイレクトに自分の心の中に入ってきて、そのお母さんの苦しい思いや感情が手に取るように伝わってきて、まるで自分の事のように強烈に感じた人がたくさんおられました。

魂の時には、そういう感情を感じることも計画したことなので冷静に分かっていましたが、いざ肉体というものに入った時の肉体の感情を感じる時の感覚は想像もできないほどの特有のものだということがわかったそうです。

また、自分には強いトラウマはないとか、色んな出来事はあったけどまったく平気だったとか、ごくごく波風のない普通の人生だったと言われる方たちが、個人セッションでご自分の心の内を見ていくと、そこには深い感情が抑圧して隠されていたことに気づき、衝撃を受ける方が大変に多いです。

これぐらい、人間にとっての感情体験というものは特殊で特別なものだということが、その方たちの経験からも私自身の経験からもよくわかりました。

人間は「感情」を有する生き物であり、私たち魂は感情体験をするために地上に降りてきたのではないでしょうか。地球はこの珍しくて特殊な感情体験をするための星であるといえると思います。
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過去のメルマガから⑫『私たちは「体験する」ためにこの地上に降りてきた魂である(2)』

2019年08月16日 | 自分の体験からの気づき
閲覧が出来なくなっている過去のメルマガの記事の主要なものを抜粋して載せていっています。今まで一部の人にしか話していない、伝えることを躊躇していたものもいくつかありますが、このブログでも公開しようと思い立ちました。

ただし、前に書いた文章ですので、今の私の表現とはもうすでに違っているところもありますし、補足、追加したいところもありますから、その部分については加筆していきます。

よろしければ、お読み下さいませ(^_^)

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メルマガ しあわせに生きるための「トラウマ心理学」
私たちは「体験する」ためにこの地上に降りてきた魂である(2)2018年2月

前回、「地球は体験のためのテーマパークであり、人間(地球人)に与えられた(体験したい)アトラクションで、それには限定があって、振動数の遅い肉体というものを持ち、男・女や右脳・左脳などの二極に分断された設定の中で生きる」とお伝えしました。

ここに、もう一つお伝えし忘れていたことがあります。それは、無限の根源的エネルギーの世界には存在しない、肉体は有限で「死」というものがあることも設定されているということです。これは時間という概念を越えた無限の世界からすれば、とても独創的でユニークな体験になることだと思います。


そして、私が、我々人間が「体験する」ため今ここに存在していると思い始めたのは、心理療法の現場でのたくさんの経験から以下のような流れに気づいていったからです。

子供は、幼少期の家庭環境で“自分が満足するやり方での愛情”をもらえないことが度重なるとトラウマ(心的外傷)を負い、その時に感じた感覚や感情を感じるとその家で生きていくことがさらにつらくなるので、感じないように意識をそらせるためにぼ~っとした状態を作り出し「解離」をします。

この解離は、生存本能として脳が司ってその感情に焦点が当たらないようにしっかりと隠すための、子供の頃のその渦中においては絶対に必要な機能です。

「子供は愛情を自分が満足するやり方でもらえないとトラウマを負う」という理論からいうと、トラウマを負っていない人はほとんどいません。ですから、人間はみんな多かれ少なかれ解離をしている存在だといえます。

現に、セッションや講演会などでも、あるイメージワークを使って心の内を見てもらうと、ほとんどの人がその人独自の解離のパターンを持っていることに気づいて驚かれます。

それから、セッションでクライアントさんが自分を癒していく時に、置かれていた幼少期の環境がかなり大変だった人は、なかなかそのトラウマを手放そうとしませんでした。

それはその方がダメだということなどではまったくなくて、そこには幼少期からずっとその状態が普通だったので、そのようなものが処理できるとは到底感じていないし、『トラウマを負ったその時の感覚と感情に触れていくのが怖い』という思いも強く形成されているからです。

それでも、次第にセッションを安全に安心感を感じながら進めていき、インナーチャイルド(トラウマを負った子供の頃の自分の感覚と感情の部分)を癒すと、そのようなクライアントさんも見違えるように楽になっていかれます。

しかしながら、この仕事を始めた初期の頃には、そんな怖れを持った自分でも癒されていくということが実体験でわかられだしても、過去のトラウマに固執して完全に手放そうとしない人が多かったのです。

ではどうしたら、こういったとても強いトラウマを負っているクライアントさんの癒しをより進めることが出来るかと考えているうちに、そういったクライアントさんの心の内には『自分が悪い(親から愛されないのは自分が悪いから)』という自分に対しての「罪悪感」があるということに気づきました。

特に、幼少期の環境が大変だったクライアントさんの心の内には、それが大変強く巣食っていました。

子供(人間)は多かれ少なかれみんな、こういう罪悪感を心の奥に持っています。この罪悪感が強い場合には、楽になったり、しあわせになることを自分に許さないようになってしまいます。

このような強固な罪悪感は、インナーチャイルド療法だけではなかなか取れにくいもので、こういうものを解放していくのに有効なのが(前世というがあるかないかは別にして)前世療法だということに気づきました。

前世での出来事からも、多くの人が自分が悪いという思いを今世に持ち越していることがわかりました。(これも実際の前世からのものかどうかは関係なく、このような手法できちんと焦点を当てると罪悪感が消えてしまうという事実があるのです)

前世療法でこの罪悪感が解放されると、自分に許しが出て心の内を止めるものがなくなり、その後インナーチャイルド療法によりアプローチすると、心の奥深くの幼少期から抑圧してきた感覚と感情を素直に心の底から感じることができはじめます。

この部分が解放されると、その人はまるで別人のように生き方がよりよく変わっていきます。

(ただし、ここで重要なのは最終的な癒しを行うことが出来るのはインナーチャイルド療法においてだということです。なぜなら、今現在の心と体に直接的に強く影響を与えているのは、幼少期からの出来事によってだからです)

そして、さらにわかったのは、この前世からの罪悪感が次に生まれ変わる動機になるということです。ですから、罪悪感=カルマ(業)といえます。

ただこれは、地上で人間として生きている間に自分で持った罪悪感ですから、天からの罰などではなく(そのようなものは存在しません)、自分からそれに見合った体験をしようとまた人間として生まれてくることを選ぶということなのです。

ですから、罪悪感並びに感情をきちんと処理しないでおくと、それがカルマとなって(自分からして)しまう可能性が高くなります。

『自分が悪い』という罪悪感は一つの基本的なものですが、私は長年心理療法の現場で、多くのクライアントさんが前世の出来事から持ったそれぞれのその動機に気づいていくところに同席をさせて頂いてきました。これらの流れは、そこからの実体験でわかったことです。

少しわかりにくいと思いますので、恥ずかしいですが私のことを例に出して、このことを具体的に説明してみますねf(^_^;)

私は両親と3歳離れた兄がいる家庭に生まれました。父は社会人野球の選手で県下でも大変名が知られている有名人でした(高校野球の地区予選のラジオ解説などもしていたそうです)。兄は今でもそうですが、子供ながら周りの子らの目を引く何か独特の強い存在感を放っている目立つ子でした。

残念ながら、この父は私が4歳の時に亡くなりましたので、私には父に関する思い出がほとんどありません。

私がこういった療法の勉強の時の実習で、3歳のチャイルドが出てきて、その子から伝わってきたのは、『パパ大好き!』→『パパはお兄ちゃんをかわいがって、ボクのことは嫌いなんだ』→『嫌われるのは自分がかわいくなくて、悪いからだ』→『この家にはお兄ちゃんがいればいいんだ。ボクはいてもいなくてもいいんだ』→『自分はいる必要のない子。いてもいなくてもいい子』→『そんな自分は嫌いだ!』という思いでした。(これが私の自己イメージになり、思い込み・観念になっていました)

まさかまさか、3歳の記憶はなかったですし、3歳の時点でこのような流れでこんな思いや決定事項を持ったことなんてまったく気づいていませんでした。本当に本当に驚きました。

(これが、私がいう「頭の言い分」と「心の言い分」は違うということです。また、「顕在意識」と「潜在意識」の思いは違うということでもあります。さらには、こうやって私も3歳の時からしっかりと「解離」をしていたのです。これは、こういう療法を行わない限り、一生気づけなかったことだと思います。今も我ながらラッキーだったと思っています)

そして、この子からさらに伝わってきたのは、大好きな父から「愛されない深い悲しみ」でした。これが中心の(原初的な)感情です。

それがまったく自然にリアルに伝わってくると、もうこの子がかわいそうでいとおしくて、この頃から自分が嫌いな私でしたが、チャイルドの心の奥の感情が伝わってくることで、まったく自然に嫌いだったはずの自分を抱きしめて大号泣しながら、伝わってくるそのままの思いを受け止めることが出来ました。

受け止めていると、大人の私の中に得も言われぬ安心感、幸福感が猛烈にわき上がってきて、心の底から癒されました。

こうやってチャイルドを癒すとその瞬間から、私の中に3歳からその年齢までずっと持っていた『自分が悪い』、『いてもいなくてもいい自分』、『目立たない力のないダメな自分』などという思いがまったく無くなってしまったのです。

ここから、私の中ではもう別人になったように心地よく自分に自信も出て、人生が劇的によりよく変わり始めました。

それからも、自分の中で気になる思いや感情が出てきた時には心の内を覗いて処理していましたが、ある時、何か自分の中のさらに深いところに、重たいものがあることに気づきだしました。

このタイミングではわかっていませんでしたが、さらに中心にあるものが消えるために浮いてきたのです。これが浮き上がってきて、身体反応も出てきたので腰を据えて、自分のセッションのやり方でその部分にアプローチしようと思いました。

感じていくと、これは前世からのものだとわかりました。

出てきたのは、前世である国の国王か元首をしていて、よりよい国を造ろうと思う思いが強過ぎて、理想の国を造るのにそぐわない愚かな民と感じる人々を粛清して、弾圧したり殺してしまったことに気づいたのです。

このために前世の私は、その人生を終えた後に強烈な罪悪感にとらわれました。(これも、前世があるかないかは別にして、私の中からこのような想像もしていなかったその思いや感覚が自然にはっきりと出てきました)

前世においても、ネガティブな感情を処理しない限り、脳の機能としてそれを隠すために解離をしてしまうので、こういうものは死んだ後になって初めて強烈に感じ始めるものだということもわかりました。

(たぶん、これが死ぬと閻魔大王に閻魔帳で生前の罪状を言い渡されるという表現になったのではないかと感じます。また、走馬燈のように今までの人生が思い出され、その時の思いや感情を強烈に感じるというのもこういうことなのだと思います)

伝わってきたのは、『たくさんの人たちを自分の行き過ぎた理想で抑圧したり、殺してしまった』→『自分は悪い存在。そんな自分が人々の中心に立つのはダメだ』→『目立ってはいけない!権力(力)を持ってはいけない!』→『自分も上から抑えられることでそのつらさを味わおう』という思いを強く持ったことがわかりました。(これが過去世から持ち越した思い込み・観念です)

さらにわかったのは、前世で持ったこの罪悪感が私のカルマとなって、今世の環境を選んで生まれてきたということです。

だから、特別な男性性を強く持っている父と兄(役割としても、父親は社会に出て行く存在で、長男は社会に生まれたことを知らしめてもらえる跡取りとして大事な存在)から愛されず、認めてもらえない、『ダメな自分』、『無力な自分』、『目立つ立場にはなれない』などという本来の自分の力を発揮しないようにするための思い込み・観念を持たざるを得ないというか持つための環境と立場をピンポイントで選んで生まれてきたのです。

(「罪悪感の強さ」と「選ぶ環境の大変さ」は比例しているのだと感じます。ただし、環境を選ぶ根底には、「それを体験したい」という純粋な欲求も存在しています。ですから、しあわせな心地の良い人生体験を選ぶ人もいます)

何度もいいますが、これは罰では無くて、自分の思いで自分から進んで選んだものであるだけです。自分で選んできたものですから、『もうこの体験は味わったので手放そう。もう手放していい』と感じて、心の底から選択を変えようと思えば(思えると)人生は思うように変容していきます。

私はこのような流れに気づき、心(魂)から理解してこの部分を癒してからは、『よし!世のため人のため、この国をよくするため世界をよくするために、自分がわかったことをお伝えさせて頂こう!!』と自然に心の底から強烈な思いが湧き上がってきました。これが、かつて国王、国家元首だった時からの純粋な思い、心からの願いだったのだと今感じます。

そう思っていると、会ったことが無い人から電話がかかってきて、数百人の人が集まる大きな講演会の依頼を受けたのです。そこから不思議なことに、自分が望んだ時期と回数通りにそういったご依頼を頂けるようになりました。

ただし、本当にびっくりするほど、自分が思った通りの流れになるようになりましたが、思い方、思考に気をつけないと良いものだけでなく悪いものもすぐに実現するようになります(-_-;)

私の体験のみではなく、たくさんの方々が目の前で見せて下さった経験で、人間(魂)は自分が望む体験をするために、自分から選んでこの地上に降りてきたということがわかりました。

しかしながら、我々魂がこの地上に降りてきた当初は、こんなにも強いトラウマ的体験や重苦しい体験をしようと望んでいなかったのではないかと感じるのです。

では、一体ここには何が影響しているのでしょうか?・・・・・・

ここに、人間という存在のある特殊性が深く関係していることがわかりました。

〈続く〉

※前世についての理論には、本当はもう少し複雑というか少し違う捉え方があるのですが、長くなってしまうのと本筋は違わないのでここでは省略しています。

◆編集後記

インナーチャイルド療法と前世療法はセットで行っていくべきものだと感じています。(ただし、アカデミックな公的な分野に入っていく時には、この前世療法がネックになるのも事実です)私の場合には、一回のセッションの中でその二つを流れの中で組み合わせながら進めさせて頂くこともよくあります。そうすると、劇的にネガティブな自己イメージや思い込み・観念が外れ、原初的な感情の解放が出来るようになります。

長年の経験から見えてきたのは、人間の心の内には本当に様々な『思い込みや観念』が作り上げられていること、過去から持ち越している『感覚』や『感情』もたくさんたくさんあることです。しかしながら、お伝えしたようにこれも『解離』によってずっと抑圧され隠され続けています。実はほとんどの人が、この解離によってフリーズしたままの状態だといえるのです。

それぐらい、育ちの環境というものは人間にとって、最重要に大切なものだということがわかりました。今世においても前世においても、根本はその生での育ちの環境の中からトラウマを負い、ネガティブな思い込み、観念を持って、心の奥に「不安と怖れ」が棲みつくことで、無意識の内にも、とにかく自分の身を守ることを中心にして生きるようになり、そのための行動でまたトラウマを負い、それらをさらに強化して行ってしまったのです。

大きな視点で見ると、体験するためにではあるのですが、そこにはまりすぎてしまうとそのこともわからなくなって、その人生にただただ翻弄されてしまいます。人間存在とそのアトラクションテーマはその特殊性ゆえに、変な言い方ですが、「宇宙の中でも大変珍しく貴重なものなのだろうなぁ」と感じています(*^_^*;)
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過去のメルマガから⑪『私たちは「体験する」ためにこの地上に降りてきた魂である(1)』

2019年08月15日 | 自分の体験からの気づき
閲覧が出来なくなっている過去のメルマガの記事の主要なものを抜粋して載せていっています。今まで一部の人にしか話していない、伝えることを躊躇していたものもいくつかありますが、このブログでも公開しようと思い立ちました。

ただし、前に書いた文章ですので、今の私の表現とはもうすでに違っているところもありますし、補足、追加したいところもありますから、その部分については加筆していきます。

よろしければ、お読み下さいませ(^_^)

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メルマガ しあわせに生きるための「トラウマ心理学」
私たちは「体験する」ためにこの地上に降りてきた魂である(1)2018年1月

いつも、この拙いメルマガをお読み頂きまして、ありがとうございます。

前回、「私たちの魂は天と一体であった」とお伝えしました。このことは、臨死体験をした方の多くがその体験を語る時に、このような感覚を味わったと証言しています。

そして、「天と一体である」ということは、「私たち個々も元々は一体である」ということであります。

ずいぶん前に、ブログの方でも詳しく紹介していますが、ジル・ボルト・テイラー博士という脳科学者が、自身の左脳に出血が起きて4時間で左脳の機能が失われていき、右脳の活動のみが主体となりました。

脳科学者として、その経過を一部始終観察をしたそうです。その時に、博士が体験したことを講演の中でこう話しています。(著書では『「奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき」新潮文庫』があります)

『私たちの右半球は、すべて現在のこの瞬間にかかわっています。まさに今ここです。私たちの右半球は、画像で考え、 体の動きを通じて身体で学びます。情報は、エネルギーの形をとって、われわれのすべての感覚器官を通って、同時に流れ込んできます。(中略)私は、右半球の意識を通じて、私を取り巻くすべてのエネルギーと繋がったエネルギー的存在です。私たちは、一つの人間家族のように、右半球の意識を通じて互いに繋がったエネルギー的存在です。そしてまさに、今ここで、私たちすべてはこの惑星上で兄弟姉妹であり、世界をより良い処にするためにここにいます。この瞬間、私たちは完全です。私たちは全体です。そして私たちは美しい。・・・』

そう。我々は元々一つのエネルギー存在だったのです。

では、「なぜ人間には、物事を論理的・分析的にしか捉えなくて、意識を過去や未来へと分断してしまう左脳があるのだろうか?」という疑問が浮かび上がってきます。右脳が中心に働いていれば、いつも幸福感だけを感じられて、争いなどなくなり、人生はよろこびでしかなくなるのに・・・。

この疑問に対して、私の今までの経験や自分の直感的感覚から導いてきた仮説は次のようなものです。おとぎ話として聞いて下さっても結構です(^_^)

我々は大いなるエネルギー(天)と一体で、その根源的エネルギー自体でした。

根源的エネルギーには、まったくゆらぎがなく、人間世界での表現でいえば、絶対的安心の中で、平安であたたかく、静寂で、心地よく、心配や不安や孤独などという感覚など微塵もない、たおやかな世界でした。

この次元世界では、時間というものがないので、この心地よさは無限に続くのです。人間世界での表現でいえば、気温の安定した、暖かな湿度の低いさわやかな気候の国で、お金も充分あり、きれいな居心地のいい住居で、何の心配も不自由もなく、いつもいつもしあわせを感じながら生きている、そんな状態といえるでしょう。

感じてみて下さい。この状態が未来永劫永遠に続いていくのです。

いくら心地のいい状態でも、それがず~~~~っとず~~~~っと続いて、そうでない他の感覚を味わうことがないのです。もしも、寿命が1000年あって、ハワイなどの心地のいい土地で何不自由なくずっと暮らしていたら、たまにはちょっと、他の土地や環境も体験してみたいと思うのではないでしょうか?それが根源的エネルギーにおいては、1000年どころではなく、永遠に・・・という感じです。

そのような感じで、根源的エネルギーはもう少し違う感覚も味わうことに決めました。そして、別な体験もすることでさらに自分を進化させ成長しようと思いました。

そのために、自分の意識を分裂させ分身をつくり、一度に色んな体験が出来るようにしました。

その個々の意識は、元々制限のないところにいるので、自分の自由意志で好きな体験をするために自分が味わいたい環境、状況を作り出して、そこでそれを味わいました。

分身たちが自分が体験したくて体験した経験や感じたことは、つながっている根源的エネルギーに自動的に伝わり、根源的エネルギーの体験値、経験値はどんどんと上がってさらなる進化、成長が行われます。

こうして根源的エネルギーの目的は、自身の更なる進化、成長になり、そのために、分身をさらに増やしていきました。

その中で、大変に好奇心旺盛な魂たちが、地球で人間として生まれてくることを選びました。それが、私たち地球人です。この私たちの星、銀河系太陽系第三惑星の地球は、他にはない体験が出来る特別な星です。

それは、地球の人間という存在は、肉体という振動数の遅い物質を持ち、それにより根源的エネルギーや他の分身たちからも隔離されて、分離して、また、男・女、右脳・左脳、善・悪、N極・S極、+・-などの二極性でも元々一つのものが二つに分断された環境の中で生きるのです。

そして特に、摩訶不思議と思える、感情というものも持っています。

これが地球というテーマパークのシステム、形態であり、地球人に与えられた(体験しようと思った)アトラクションではないかと感じています。

私たちは、この滅多にない特殊性を味わい、体験するために、この地上に降りてきた希有な存在なのではないでしょうか。

何の根拠を持って、このような荒唐無稽な仮説を説くのかは、そこに長年心理療法の現場での経験からわかった、こうとしか思えない理由があったからでした。
〈続く〉
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ホリスティック・セラピー研究所 http://holistic-ti.com
心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。



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