心理セラピストのひとりごと

日々『トラウマ統合療法』という心理療法を行っています。
日常やセッションで気づいたことなどを書いていきたいと思います。

とにかく、まず自分を大切にし、喜ばす

2018年10月29日 | おすすめ


久しぶりのブログです。ここ3ヶ月ほど、統合医療の関係や豪雨被災地の炊き出しボランティアなどの活動に関わっていました。もうずいぶん長いこと仕事のことばかりになっていましたので、色んな人との触れ合いでたくさんの気づきがありました。

人の心地よさ、あたたかさ、そして、私自身の長所も短所も、長年の仕事で気づかない間にはまっていた思考など、ほんとに色々でした(^_^)

久々に深い気づきの経験をさせて頂きました。関わりを持たせて頂いた皆様、ありがとうございました。

一番に気づいたことは、外に出て色んなものに触れることは大切ですが、今は「自分の内側を感じて、クリアにして、喜びで満たす」ことが大事ということでした。

改めてそう感じて実行していると、先日あるクライアントさんが大変に興味深いお話をしてくれました。

血液検査をしたら、中性脂肪が485になっていたそうです。当然びっくりされたそうですが、ちょうどアニータ・ムアジャーニという全身の末期癌で一度死んで、強烈な臨死体験後に蘇生してから末期の全身癌が1ヶ月ほどで瞬く間に消えてなくなってしまったという体験をされた方が書かれた本『「喜びから人生を生きる!」ナチュラルスピリット』を読んでいて、「神様(宇宙)が生かしてくれているから大丈夫」、「ありのままの自分を受け入れ、愛して、自分を喜ばすだけでいい」と感じて、このクライアントさんは安心して、「自分はまだ死なない」と思い、食べることが好きなので、血液数値のことは気にせずに、自分を優先して心から喜びながら食べたい物を食べたいだけ食べられたそうです。

そして、食べたい物を食べたその1ヶ月後、再検査で血液検査をすると、なんと中性脂肪が182に下がっていて、お医者さんもすごく驚かれたそうでした。

食事については、いつもいつもそうしているのは体には良くないと思いますが、この方はその時には無意識にもストレスを満たすために食べるのではなく、心からの喜びの中で食事をされたことで数値が改善されたのだと思います。

この心の置き方、自分の受け入れ方の効果は、身体や健康ということだけではなく、また自分自身の幸せだけでもなくて、人類全体に波及していくものだと感じています。

アニータさんもおっしゃっています。「ただ存在するだけで愛される価値があるのです。必要だったのはただありのままの自分でいること。自分の本当の姿である“愛”でいれば、自分も他人も癒せるのです」、「外側で起こっていることが内側に影響するのではなく、内側にあるものが外側に反映するのだ」・・・と。

科学的には、TM瞑想という瞑想の組織が1970年代に実験した結果から導き出された「1%効果」という理論があります。人口の1%の人が瞑想をして心が穏やかで静かな状態になった都市は、他の都市と比較して犯罪率が16.5%減ったという実験データがあります。

また、私のホームページの「こころのこと」にも書いていますが、スタンフォード大学の研究機関であるハートマス研究所の実験では、人体の電場、磁場を測定してみると、「心臓」から発せられる電場や磁場が人間の身体の中で最も強いことがわかりました。「心臓」から放出されていている電場や磁場は、心臓を中心にしてドーナッツの形のようなトーラスの形状になっているようです。

心臓と脳のエネルギーを比較してみると、心臓の電場は脳の60倍、磁場は脳の100倍も大きなエネルギーを放出していることがわかってきました。そしてそれは、自分の体よりも遠くまで放出されていることが測定からわかりました。地球の電磁場にも何らかの形でつながっていて、そこから私たち自身や地球上の他の生物ともつながっている可能性があるといいます。

一人の人が心から安らぎ、喜び、安定した状態になると、それは人類が共有する意識である集合意識にも伝わり、また物理的な電磁気場としても伝わって、その安定は周りの人々に伝播していくのです。これこそが、世界が平和へと至る究極的な方法なのではないかと感じています。

アニータさんは、このことも臨死体験中に強烈に感じたのでした。アニータさんの本はこのブログでもかつて少しだけ紹介させて頂きましたが、やはりこの方も主張されているやり方がこれからの時代に必要な最適な方法だと感じますので、ここに再度紹介させて頂きます。超おすすめの本です。病気の方にも読んで頂きたいです。

少し内容を転載しますね。


(転載開始)------------------------------------------------------------
私は、どんどん外へと広がっていき、周囲の物理的環境から引き離されていくのを感じました。そこにはもはや空間や時間の拘束はなく、どんどん拡大し続けて、より大きな意識と一つになっていくようでした。身体を持っていたときには体験したことのない、自由や解放感がありました。それは、歓喜や幸福が散りばめられた、至福感としか言いようのないものでした。

向こう側の世界に深く入っていき、拡大しながらすべての人や物と一つになるにつれて、愛する人たちや周囲の状況への愛着がゆっくりと消えていきました。その間、すばらしい“無条件の愛”としか表現できないものが私を取り囲み、しっかりと包んでくれたのです。でも、その感覚は、“無条件の愛”という言葉では十分に表せるものではありません。それはあまりにも乱用されすぎて、言葉の持つ強烈さが失われているからです。ともあれ、長い身体的闘いからやっと解放された私は、この自由というすばらしい体験を楽しんでいました。

それは、身体的にどこか別の場所へ行ったというよりも、むしろ目覚めたような感覚でした。おそらく、悪夢からやっと目覚めたのかもしれません。私の魂は、その真のすばらしさをやっと悟ったのです。それは次第に、私の身体や物質世界を超えて遠くへと広がっていき、この世の存在だけでなく、時間や空間を超えた別の領域までも広がり、同時にその一部になりました。

愛、喜び、恍惚感、畏敬の念が私に注がれ、私の中を流れ、私を飲み込みました。そして、これまで存在していることさえ知らなかった大きな愛に包まれました。これほど大きな自由や生きているという実感を味わったのは初めてでした。

このような強烈な感覚は、この世のものとは違い、それを正確に表すための言葉は見つかりません。これほど完全で、純粋な、無条件の愛は、私がこれまでまったく知らなかったものでした。何の資格も要求されず、何の判断もされず・・・・・・まったく差別もありませんでした。その愛を得るために何もする必要がなく、何の証明もしなくてよかったのです。

(中略)

私たち全員がつながっているということにも気づきました。その織り込まれた総合体は、人間や生物の範囲を超えて、もっと外へと拡大していき、すべての人間、動物、植物、昆虫、山、海、生命のないもの、そして宇宙全体まで含んでいるように感じられました。宇宙は生きていて、意識で満たされており、すべての生命や自然を包み込んでいるのだと悟ったのです。あらゆるものが、無限の“全体”に属していました。私も、すべての生命と複雑に絡まり合っていました。私たちはみんな、その統合体の一つの側面なのです。すなわち、私たちは一つであり、一人一人が集合的“全体”に影響を与えているのです。

(中略)

残念ながら、自分のすばらしさに気づけなければ、単に喪失感を覚える以上の、大きな影響があります。でも、そこで感じるどんな感情も、すべて本質は同じなのです。臨死体験の中で、批判や憎しみ、嫉妬や恐れなどは、自らの真の偉大さに気づいていない人たちから生じているのだとわかりました。自分の完全さに気づいていないと、自分は小さくつまらない存在だと感じ、私たちの真の姿である生命エネルギーの自然な流れに逆らうことになります。

もし自分の真の姿を表現するように励まされたら、私たちは誰でも愛に満ちた存在となり、それぞれの個性を世の中にもたらすことができるでしょう。問題や衝突は、ほんとうの自分を知らず、自らの内なる美を示せないことから生まれます。私たちはいつも、何が“完璧”かという判断をしており、それが疑いや競争心へと導くのです。自分は充分ではないと感じているために、次々に行動で示そうとするのです。けれど、一人一人が自分のすばらしさに気づき、自分のことが好きになれば、私たちは、愛にあふれたやり方で自分のユニークな性質を分かち合えるようになるでしょう。

そうすると、私たちが問題だと思っているものは、他人への批判や憎しみからではなく、自分に対する批判や憎しみから起こっているということになります。私の治療の鍵が、恐れを取り除いてくれた自分への無条件の愛だったように、よりよい世界への鍵は、誰もが同じように自分自身を大切にして、自分の真価を理解することなのです。自分を批判するのをやめれば、自然に他人を非難する必要もなくなるでしょう。そして、彼らの完璧さに気づき始めます。宇宙は私たちの内側に存在しており、私たちが外側で体験するものは、内側を映し出したものにすぎません。(中略)

もしすべての人が一人残らず自分の完璧さやすばらしさに気づくようになったら----地球上の全員がスピリチュアルな変化を体験したら----外の世界も、内面の新しい状態を反映して変化するでしょう。人々はもっと力を与えられ、恐れや競争はずっと少なくなり、その結果、お互いに寛容になります。犯罪率は劇的に減少するでしょう。ストレスや恐れが少ない分、免疫力が高まり、病気も少なくなります。恐れの一面である貪欲さに最早駆り立てられていないので、優先順位も変化します。子どもたちは愛の存在へと成長し、もっと強く、健康で、信頼できる人間になるでしょう。そして地球は、このような生き方に敵対する場所ではなく、それを支持するような場所に変わるのです。

私は、このようなビジョンを持っていますが、世の中はもちろん、他の人を変えなければいけないとは感じていません。外に出て物事を変えようとするのは、私が彼らを悪いと判断しており、彼らのビジョンや考え方を修正する必要があるということだからです。あらゆるものは、今この時点で、すでに本来あるべき姿であり、自分の努めはただ存在することだとわかっています。ここでの私の仕事は、自分自身でいることです。つまり、愛の表現でいて、物質世界で生き続けながら、自分や他人や周囲の世界の中に完璧さを見いだすことです。私たちに必要なのはそれだけなのです。

(中略)

私たち個人の考えや感情が、それぞれの人生の一瞬一瞬を創造してるように、私たちの集合的な思いが、人間の力でできることとそうでないことを決めています。また、私たちは道徳的な観念や価値感を絶対的なものだと思っていますが、実際には、長い間自分が真実だと受け入れてきた考えや思い込みにすぎません。それらは私たちの思考が構築したもので、文化的な産物です。若い頃に私の思考を形成していた、性別による期待のようなものです。当時の私はこれらの価値感が絶対的な真実だと信じていたので、結果として、私という人間に大きな影響を与えました。全体的に、私たちが創造した現実は、このような無知を反映しています。もしみんなの考えや思い込みが異なれば、まったく違う地球を創造していたことでしょう。

この世界は、私たちの集合的な思考や思い込みが実を結んだもののように思えます。私たちは、個人的あるいは集合的に、その時に対処できるレベルでしか、拡大できません。

私たちが、最大の敵の目を覗き込んだ時、そこに映る自分の目を見ることができれば、人類に真の変化が訪れるでしょう。そして、集合的な思い込みや思考から生まれたものに盲目的に従うのではなく、自分の真実にもとづいた現実を自分自身のために創造しようとするはずです。個人レベルでの気づきが拡大されれば、宇宙レベルの変化が生み出されるでしょう。

(中略)

私は、自分と他人のためにできる最善のことは、意識的に自分をうきうきした気分にさせて、幸せを感じることだと固く信じていますが、“プラス思考”という考えにはあまり賛成ではないと言えば、驚くかもしれません。すべての生命はつながっているので、自分が上機嫌でいれば、全体にも大きな影響があるのは確かです。

でも、もしネガティブな考えが忍び込んできたら、それを批判せずに受け入れて、ただ通り過ぎるのを待っている方がいいように思うのです。感情は、抑圧したり追い出そうとしたりすればするほど、押し返してくるでしょう。そうではなく、何の判断もせずに、ただ自分の中を流れるのを許していれば、思考や感情は通り過ぎていくのです。その結果、正しい道が自然に目の前に開かれ、真の自分でいられるようになるでしょう。

「ネガティブな考えが、人生にネガティブなものを引き寄せる」という大雑把な説は、必ずしも真実ではありません。この説のせいで、すでに苦しみを経験している人たちが一層ひどい思いをしているのです。さらに、自分の考え次第で、もっとネガティブな状況を引き寄せるかもしれないという恐怖感も生み出します。この考え方をやみくもに主張すれば、つらい時期を過ごしてくる人たちに、彼ら自らがその出来事を引き寄せたと思わせてしまうでしょう。それはまったくの偽りです。もし不愉快な状況を生み出したのが自分のネガティブな思考だと信じれば、私たちはびくびくするようになるに違いありません。けれど、そのような状況は、実際には、思考よりもむしろ感情と関係しているのです。特に、自分自身についてどう感じているかが大切です。

また、ポジティブなものを引きつけるには、単に陽気でいればいいというのは本当ではありません。これは強調してもしきれないことですが、自分自身についてどう感じているかが、人生の状況を決める上で一番大切なことなのです。つまり、自分自身に正直でいることが、ポジティブでいるよりもずっと重要です。

私は、動揺することが起きた場合、自分がネガティブな気持ちになるのを許しています。なぜなら、本当の感情を封じ込めよりも、体験する方がはるかに良いからです。それは、自分が感じていることと闘うのではなく、受け入れるということです。判断せずに、許すという行為は、まさに自分への愛の行為です。自分に優しくするという行為は、楽天的なふりをしているよりも、喜びに満ちた人生を創造する上で、ずっと役に立つでしょう。
(転載終わり)---------------------------------------------------------


アニータさんは2冊目の本も出されています。『「もしここが天国だったら?あなたを制限する信念から自由になり、本当の自分を生きる」ナチュラルスピリット』です。この本もおすすめです。



私の場合には、幼少期に置かれていた環境から作り上げられた信念ですので、その本当は終わってるけれど、処理されないまま影響が残っている幼少期からのその感覚とその感情に安全に触れていくことで、思考だけでなく、心の奥底をも解放していく方法を心理療法として行っています。

私の表現で説明しますと、人は「恐れと不安」があることで、安心しようとして、身を守るための行動や対処(これが信念とか思い込み、観念といえるもの)に走ります。とにかく「安心感」が強ければ強いほど、人は安定していき、幸せ感も感じられるようになります。

「自分を大切にし、愛して、喜ばす」ことも、言えば『深い安心感』を心の奥底に定着させていくための方法です。

本来、3歳くらいまでに母親から深く安心するような愛情表現をたくさんもらえていれば、それはその子の心に一生定着することになったのですが、親が自分の親からそれをもらえていないと、子供に深く安心する行為(愛情表現)をしっかりと与えることができなくなります。(どの母親にも愛情が必ずあるのですから、このようなすれ違いが起こることは、とても悲しく残念なことです)

深い安心感を感じたことがないまま大人になった人の心の内側について、『子供の頃に愛情をもらえなかった➔恐れや不安を感じ始める』という感じの流れで一般では表現されることも多いですが、小さな子供が愛情をもらえなかった時に一番初めに感じる感情(原初的感情)は、「悲しい」という感情です。ですから、人の心が深く癒される時には、「愛されなくて、悲しい」という原初の感情をありのまま認め、受け入れていくと、まったく自然に心の奥底に『深い安心感』が生まれていきます。

子供の頃から心に秘めてきた「愛されなくて、悲しかった」という叫びにも似た思いは、大人になった今は、もう母親からではなく(あるいは周りの人からでもなく)、その辛さを一番知っている自分自身からこそ、無条件にありのまま受け止めてもらうのを待っているのです。

一人一人の心の奥底に深い安心感が生まれれば、集合意識を介して自然に周りに伝わっていきます。そうすれば、アニータさんをはじめ色んな方がいわれているように、人類及び世界はよりよいものへと変容していきます。というか、幸せに満たされていきます。

こういう意味も含めて、「とにかく、まず自分を大切にし、喜ばす」ことなのです。自分の心からの幸せが世界の幸せにつながるのです(^_^)


それから、このブログでも一度ご紹介させて頂いた姫乃宮亜美さんも自分を心から喜ばせるためのメッセージを毎日発信して下さっています。「グレースファウンテン」というサイトを開かれていますので、ぜひお読み下さいませ。
https://www.la-sophia.jp/

人々の内側とこの世界に、喜びと平安が満たされますように・・・。

ホリスティック・セラピー研究所 http://holistic-ti.com
心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。


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繫がれた命~終戦記念日に思う~

2018年08月15日 | 思うこと
今日は、終戦記念日です。戦後73年が経過しました。

第二次世界大戦で戦死した旧日本軍軍人及び軍属の方々は、約230万人に及ぶそうです。そして、空襲や原子爆弾投下等で死亡した一般市民の方々は、約80万人及ぶそうです。ですから、日本人戦没者の合計は、約310万人にも及びます。

無念にも、戦争で亡くなられた皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

今の私たちの命はたくさんの方々の犠牲の上に成り立っています。戦われた方々によって繫がれた命だともいえます。

特に、東京の南約1080kmに位置する東京都である硫黄島(「いおうじま」ではなく正式名称は「いおうとう」)での戦いは、第2次世界大戦時の最も悲劇的な戦いといわれるほど熾烈なものでした。米軍がここを占領すると、直接日本本土への爆撃が可能になることから米軍による硫黄島攻略が行われたのです。

硫黄島には日本人兵士2万1千人が派兵されていて、この時は戦争の末期だったため、ほとんどの人が職業軍人ではなく、普通の仕事をしている一般市民の方々でした。(30代~40代の男性ばかりで、徴兵で一度戦地に行ったけれど奇跡的に生き延びて帰って来て、ほとんどの人が結婚して子供もいました)

その2万1千人のうち、無事生還出来た方はたったの1033人だったそうです。(ほとんどのご遺骨はいまだに島内に残っています)

当初、米軍は硫黄島の陥落に要する期間を5日間と予定していましたが、日本軍の奮闘で36日間もかかりました。

戦闘人数が圧倒的に違うので、必ず陥落されると分かっていながら、富士山につながる火山島のため灼熱の中で地下壕を堀りました。

この頃の日本軍には充分なスコップ、ツルハシなどは既になく、木製の道具や生爪を剥がしながらの素手での作業を行わなければなりませんでした。また、食料も大幅に不足、そして何より硫黄島には川、湧水の類は一切存在せず、飢えと渇きに耐えながらの重労働を行うこととなったのです。

作業中にも、噴き出す硫黄や気温70℃にも達する地下の環境により、事故や病気などでたくさんの死者や負傷者を出しましたが、最終的には全長28kmにも及ぶ地下陣地を完成させました。

そして、指揮官であった栗林忠道中将は、兵士へ自決の禁止とバンザイ突撃の禁止を命令しました。満身創痍であり、勝つ見込みのない兵士たちにとっては、自決と突撃による名誉ある死こそが救いであったといいます。

しかしながら、日本軍はこのような蒸し風呂状態の壕の中でじっと耐えながら、ゲリラ戦を展開して強力な米軍に立ちはだかったのでした。

こんなことは、生半可な気持ちでできるわけがありません。ではなんのために、日本兵はここまでのことをしたのでしょうか?

それは、本土にいる女、子供のため、日本と日本人の未来のために、命をなげうって1日でも本土爆撃が遅くなるように、1人でも日本人が生きながらえるように戦ったのでした。

栗林中将は、「人間は必ず死ぬ。だから、死ぬことが問題ではなくて、後世の人のためにどうやって生きて死ぬかが問題だ。だからこのような無防備なバンザイ突撃をするな。そして自ら命を絶つこともしてはならぬ」、「我々の目的は一日でもアメリカの侵攻を足止めすることにある。一日でも我々が生き延びれば、本土に残して来た家族がその分生き延びることが出来るのだ」と、名誉の死を選ぼうとする兵士一人一人に階級を越え説いて聞かせ、この言葉に異論を唱える者はいなかったといわれています。

ここには、懸けられた願いもあったと思います。『日本が平和になって欲しい!』『みんなが幸せでいられるよりよい国であって欲しい!』

今、その彼らがここまでして命を懸けて護った日本はどうなっているでしょうか?

親が子を殺し、子が親を殺し、仲間をいじめて自殺に追い込み、連日のように異常な犯罪ニュースが流れ、自分にしか興味がなく、自分の身を守るためや我欲でしか生きていない人が大変に多いです。

また、国の中枢である国会では、与党も野党もほんとうに国のために動くというよりも、自分たちの票にしか興味がなく、様々な利権とつながり、自分のことだけで動いています。官僚も同様です。

硫黄島で散った兵士の方々、そして、すべての英霊の方々は、我々今の日本人をどのような思いで見ているでしょうか?

繫がれた命、懸けられた願い・・・。

私も含めて、私たちはなんとその命、その願いに気づきもせずに過ごしていることでしょう。

今日は改めて、気づかせて頂きました。

私の活動が少しでも、日本と日本人がよりよい生をまっとうしていくための一助になれることを願います。


日本が平和でありますように。

世界が平和でありますように。

地上に生きるすべての命の本来の使命がまっとうされますように。

人類がよろこびの中で、すべてと共生し、調和の中で過ごせるようなりますように。



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本来の自分とつながり、よりよい人生を生きるための道しるべ

2018年08月14日 | おすすめ
私が実際にお目にかかってみて、この人は本物の方だと感じた人が少ないながら何人かいます。その中の一人のこのブログでもご紹介させて頂いたことがある、姫乃宮亜美さんが最新の本を出版されました。

『「聖母意識~女神の時代の懐かしい生き方~」 姫乃宮亜美著 ビオマガジン』です。



この本の内容には、私が「人がよりよい生き方が出来るようになるためにはこのことが必要である」と思っていたことが、姫乃宮さんの表現でそのまま書かれていました。それに驚いたと同時に、やはり進んでいる道は間違っていないという思いを更に強くしました。

姫乃宮さんは、今地球はアセンション(次元上昇)という大きな変化の真っただ中にあり、世界が、気候が、私たちの暮らしが、そして私たちの心のあり方が変わってくる、惑星規模の転換期にあるとおっしゃっています。確かにそうだと感じます。

そして、惑星規模の次元上昇については、以下のように説明しておられます。要約です。

『3次元は、今まで私たちが慣れ親しんできた物質世界のステージです。目に見える物質世界の次元ですから、「肉体」という器を通すので、肉眼で見る目線が主体になりやすく、自分の立場からの目線で見えるものでしか理解できない、どうしても制限のある、狭い心になりやすい次元です。我々は、今の3次元から、4次元の「目に見えない感情エネルギーの次元」を通って、5次元である「4次元で出会う感情の学びをひとつひとつマスターし理解し、越える経験をつかむことで、自分の魂の行く道を見つけた人の次元」へとこれから至っていきます』とおっしゃっています。ここに関しても、その通りだと感じます。

私がさせて頂いている「トラウマ統合療法」は、次元という表現は使いませんが、まったく同じくそこに至るための手法なのです。

全章に渡って非常に大切なことが書かれているとてもいい内容の本ですので、ぜひ、お買い求めてお読み頂ければと思います。超おすすめです!!

以下に、少しだけ本の内容を転載させて頂きます。(中略)のところでは、実際の本にはさらなるメッセージやわかりやすい具体例が書かれています。ここでは、大まかな流れをつかんで頂くために省いております。

姫乃宮亜美さんプロフィール
聖なる母性のグレースメッセンジャー。1986年に起こった神秘体験より、あらゆる女神たちの起源である大宇宙の聖母意識との魂のふれあいが訪れる。以来、誰もの中に優しさというあたたかな神性が宿されていることに目覚め、天の母性のメッセンジャーとして活躍。

『聖母意識~女神の時代の懐かしい生き方~』第4章宇宙時代の新しい当たり前より一部抜粋
〈転載開始〉--------------------------------------------------------------------------------------------
地球は今、宇宙からの波動を受けて次元上昇の時を迎えているので、かつてないほど高いエネルギーの影響を受けています。
次元上昇とは、物質意識から宇宙意識へと、ものの見方や視点を変えることなのです。(中略)

普段、何気なく暮らしていますと、「惑星の次元上昇」という言葉は、あまり馴染みがないとお感じになる方も多いのでしょう。
それは地球のどこか特別なところか、宇宙の彼方で起こっていて、その余波を私たちは受けるものと思っていらっしゃる方が多いのです。
けれども実は、惑星の5次元化、次元上昇とは、外側ではなく私たち一人一人の心の中から始まっているのです。そして、どこか特別な場所ではなく、私たちの日常の中心でそれは起こってくるのです。(中略)

外側の関係は、自分と自分の源との関係、本当の自分との調和度が映っているだけなのです。そこに不安や憤りがあるとしたら、それは自分自身とのあたたかい調和を今、お勉強中なのですね。
だから、それに気づいて、外にではなくて自分の中に、自分の奥にと心を向け直すと、つながるほどに世界が優しくなって、次元をあげていくのですね。地球にいながらにして、宇宙次元で生きる暮らしが始まっていくのです。(中略)

4次元とは目に見えない感情エネルギーの世界。心の波の世界です。(中略)

ここは感情エネルギーが行き交う領域なので、地球人である私たちは、この4次元を通過しきる知恵を修めることが、どなたにとっても魂の課題なのですね。
「感情」の行き交う宇宙霊界ですから、渡り方を学ばないと、感情的になり、動物的になって、カオス(混乱)になりがちな次元だからです。(中略)

「恐れ」「不安」「嘘」「ごまかし」「虚飾」「優しさに酔うこと」など、負の感情の扱い方をはじめ、感情とは何か、どう扱えばいいかを学んでいないと、揺れに揺れてカオスになり、パニックにもなりやすいのですね。
自らの感情を適切に扱う方法を学び、内なる世界に秩序をもたらすことで、次元が上昇し、4次元のカオスに秩序が生まれて5次元へと上がっていくことになります。
すべての人にとって、この4次元がどうしてもエネルギーが引っかかりやすく、一番の課題です。
4次元を通過して上昇していくためには、感情のクリーニングが必須で、内なる痛みや自己を限定してる思い込みを手放す必要があるのです。

この4次元は、優しくなることを頑張ってるだけでは越えられない次元なのです。なぜなら、自分がやさしい言い方を心がけていても、自分と同じ痛みや怒りを持っている人の怒りに触れると共感して、一緒に怒ってしまうことが起こるのです。(中略)

なんらかの感情に引っ掛かること、のまれることで、それは起こります。つまり、感情が癒されていないと、苦しい感情にひっかかってしまうのです。(中略)

感情とは心の反応であり、実は、幻想です。けれど体感はリアルなので、充分に心の癒しを学んでいないと、落ち込んだら感情のくぼみに深く入りこんでしまい、足をとられてしまいます。怒ったら怒りの中に入ってしまい、その状態からなかなか浮上できないので、やり直しになってしまいます。

ですから、この領域を渡るためには、自らの心身の浄化と感情の解放が大きなカギとなります。クリアになっていれば、感情界の波が穏やかに鎮まるからです。
自分の「感情」を責めたり抑圧したり、罰したりするのではなく、自分をあたたかく受けとめてあげることが大切なのですね。やさしい愛のエネルギーで受けとめられた時に、感情はあたたかくほどけていくようにできているからです。(中略)

どんなひどいと思える感情でも、落ち着いてひとつひとつ愛を学べば、ひとつの感情の学びを越えるたびに魂は楽になり、あたたかくなり、暗かった心が明るくなり、しあわせな気持ちが増してくるでしょう。
私たちが魂の課題を越えるたび、修めるたび、心の世界(4次元)は明るく優しく幸せな波動へと明度をあげて、次なる高い波動に自然に移動し、到達するようになります。
自分が出会うあらゆる感情に「あたたかい愛」という答えを出すたびに、私たちは自分のいのちをどんなことのために使いたいかを、見出すようになります。(中略)

感情はなくなることはありませんが、現れてもどうすればいいかをマスターしているので、心が澄んできます。自分のスピリットを明確に感じられ、自らの魂が自らを導きだしていきます。
そして、大いなる自己(ハイヤーセルフ)がよりリアルになり始めるのです。
だから、自分がどこに向かおうとしているのか、どうしたいか、心の喜びやときめきが感じられるので、魂の声に忠実に従うことができるようになるのです。(中略)

一方、感情がまだからまってる時は、高次元はきつく、むずかしく、落ち着かないと感じます。でも、それさえも私たちは超えて、優しくなれます。感情から学ぶものを学び終えれば、私たちの魂は自然に、心がどちらに動きたがっているかを感じるようになるのです。
誰かにならずに、「あなた」でいること。「あなた」であること。
あなたはあなたであればこそ、かけがえのない愛の波動を地球に、暮らしにもたらすことができるのです。

5次元へ次元が抜けて、あたたかい宇宙時代に入ってきますと、「統合」「和合」「融合」など、ひとつに優しく和合して、元に戻っていく愛の波動が顕著に現れ出してきます。(中略)

例えば、善と悪はどこまでいっても別々のものだと思っていたのに、「悪く見えること」の中には、「よくなっていくため」の気づきや学びが入っていることに気がついていくのです。だから、つまずいた一見悪く見える経験を責めるのではなく、そこから学び善に波動を上げていき、悪を切り捨てるのではなく気づくことで昇華させ、愛に次元上昇させてゆく、天使の翼のようなパワフルな愛の力が現れ出します。
そうやって、自分の中で「よいもの」と「よくないもの」の二極に分けていた心を、「気づき」「学ぶ」という愛の力で統合し、自分の中を調和させてゆきます。そうすることで、愚かさはあたたかい知恵に、痛みは優しい思いやりに、青虫が蝶に昇華していくように心を変容させてあげられるのです。
その統合を学ぶたびに、私たちの心はさらに広く、優しく、自由に、愛に満ちて、心地よくなっていけるのです。
〈転載終わり〉-------------------------------------------------------------------------------------------

今まで私もこのブログやメルマガで、再三同じようなことをお伝えしてきました。改めてお伝えさせて頂きます。

人間は必ず誰もが感情を有していて、いわば、地球は感情の星といえます。

だから、感情というものに触れずして、人間が根底から癒やされ、本来の自分自身そして本来の精神性を取り戻すことはありません。

完全にではなく、ある程度のところまででいいのですから、まずは、(今も心に残っている過去からの)感情を処理することがとても大切なのです。

それが自然に、人間が本来の自分とつながり、よりよい人生を生きるための道しるべ、自動案内となるのです。



あなたがあなたに合った方法で、本来の自分とつながり、よりよい人生を生きるための道しるべを手にされますことをお祈りいたします。

ホリスティック・セラピー研究所 http://holistic-ti.com
心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。



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2019年度トラウマ統合療法 セラピスト養成講座開催のご案内

2018年08月06日 | お知らせ
今、時代が大きく動き始めました。日本だけでなく世界的に地震や火山噴火、気象異常など様々な今までにない異変が起こっています。

その大きな原因は、人間が科学技術や経済を優先することで地球環境のバランスを崩してしまったことにあります。ですから、この異変は地球の自浄作用であるのですが、地上に住んでいる私たちとしては安全を脅かされることが多くなってきました。

ただこれは、辛いですが私たち人間みんなにとっての自浄作用でもあると感じています。私たちの内側を浄化し、本来の精神性へと戻るための一つの流れでもあると感じています。そのためには、まず自分の内側に目を向け、内面にあるものに気づいていかなければなりません。

では、なぜ人間は本来の精神性を見失ってしまったのでしょうか?なぜ大きな流れで地球の環境やそのバランスがどのような状態か、本当に世の中に大切なものが何かということがこんなにもわからなくなってしまったのでしょうか?

私はこの根源には、人間の「トラウマ(心的外傷)」からの影響があると感じています。

人間はみんな多かれ少なかれ幼少期にトラウマを負います。発達段階でのわかりやすいところでいえば、まだハイハイをする前の赤ちゃんの時には親(特に母親)は未熟で守るべきその子に授乳をしたり、おしめを替えたり、危険が及ばないように(それをどれくらいしてあげるかは母親によって違いますが)守り、育み、庇護します。

しかし、その子が1歳ぐらいになって立って歩けるようになり、また2歳ぐらいになった時にはしゃべり、おぼつかなくても自由に歩き走り、自分の意思を示し始めます。そうなった時に親は、それまでの動けずにただ庇護されるだけの愛らしい存在の時での対応と、1~2歳ぐらい(特に2歳)の手のかかる存在になった時の対応がまったく変わってしまいます。

『危ない!気をつけなさい』とか『またこぼして~、ちゃんとしなさい』とか『グズグズしないで早くしなさい』等々、例え怒りから出た言葉でなくても、子供からいうと庇護されていたそれまでにはかけられたことがなかった言葉や行為で対応され始めます。(激しい親の場合には怒りの感情を向けたり、手を出す人もいます)

簡単にいうと、まずはじめにこの時期に、多かれ少なかれ人間はみんな「トラウマ」を負うのです(負ったのです)。そして、親や家族との関わりをはじめ、家以外の外界の人たちとの関わりの中で、さらにトラウマを強めていってしまいます。(ちなみに、身体的外傷のトラウマでいいますと、一番初めのそれは母体の産道を通る時の出産時に負います。これがバーストラウマです)

それらの時に感じた「さみしい」とか「悲しい」とか「怖い」などというネガティブな感情を親に受け止めてもらえなくて抑圧してしまうと、それがトラウマとなります。『トラウマ=ネガティブな感情の抑圧=安心感の欠如』です。

それを親から安心できるように対処してもらえなくて安心感がないまま、不安を抱えたまま、それを親には処理してもらえないし、自分でもどのようにしたらいいのかわからなくて処理ができないでいると、まったく自然に脳の生存本能が働いて、ネガティブな感情を感じて不安にならないように無意識のうちにも心を遮断して感じなくするようになります。

これをトラウマ心理学では「解離」と表現しています。

この状態は、幼少期のトラウマ形成時からの解離によってフリーズしたままの状態であり、いわば大人になってもどこかで意識が眠ったままの状態になっているともいえるのです。そうすると、自分の内側においても、生起する様々なことにおいても、客観視することが苦手になり、大きな視点で物事の大局・本質を捉えることも出来なくなります。そして、この状態はとても「洗脳」を受けやすい状態でもあるのです。

また、脳の生存本能を司る部分は脳幹とか大脳辺縁系で、この部分は脳幹は爬虫類脳、大脳辺縁系が哺乳類脳に相当するといわれています。自然界の動物の行動においての大前提は、いかに生き延びるか、いかに生存するかであり、まず自分の身を守ることが生きることの一番の目的になっています。

人間においては、トラウマの影響でこの動物的な部分の脳の働きが活発になると、「今だけ」「自分だけ」「お金だけ」などという思考を持ちやすくなり、自分の身だけを守ろうとし、表面的な安心やそのための快楽を得ようとする傾向が強くなります。

激しい場合には、安心感の欠如から少しでも安心するために、他人を気にして、人から好かれること、受け入れられること、嫌われないことを過剰に意識して完全に自分をなくしてしまう人もいます。

お金や物の所有や地位、名誉などを出来るだけ得ようとしてそれに依存、固執する人もいます。でもそれにより、それらを得られたらとりあえずよろこび、得られなかったら悲しむという、際限のない気分のアップダウンを延々と繰り返すことになります。

あるいは、ただ不安と怖れの中にはまり込んでしまって、それから逃れるために過剰にアルコールや食物の摂取、異性関係、ギャンブル、ドラッグに没頭しはまり込む人もいます。しかし、それらのものでもほんとうの満足は決して得られることはありません。

そこまででなくても、安心感が欠如したままの状態でいると、生きることの根底に不安と怖れが存在するようになりますので、例えば不安を感じる日常の些細な出来事からでも他の人よりも過剰に反応し、心が不安定になりやすくなります。それが、今のように災害など何か不測の事態が起きた時にはさらに大きくなってしまいます。

結局、地球は閉ざされた空間の中で絶妙に様々なものをうまく共生させ循環させてバランスをとっているに過ぎないのに、人間の安心感の欠如から来る不安、怖れを満たそうとする行為が人間の欲によって増幅されどんどんと大きくなって、資本主義経済という名のもと企業や国も取り込まれて、世界全体にとりあえず安心するためだけの行為が蔓延したことが今の現状をつくり出しているのだと思います。

トラウマ統合療法での「トラウマを癒す」とは、ありのままの自分を受け入れ愛して、心の奥に深い安心感を定着させることであります。

大きな物言いをするようですが、それにより、本来の精神性を回復させ、さらにそれを発露させていくことにつながっていくことを確信しています。そうすれば、人間同士だけでなく、地球環境および地球生態系へと共生しながら生きるという本来の人間の役割を全うすることにもつながると感じています。

次の時代のキーワードは、周りのすべてとの共生、調和です。

心理学分野では、特にアドラー心理学のアルフレッド・アドラーさんが『共同体感覚』という言葉でこのことの大切さを提唱されていました。

『共同体感覚とは、「他者信頼」「自己信頼」「所属感(居場所がある)」という思いを感じて、人間が全体の一部であること、全体とともに生きていることを実感し、全体を意識しながら行動しようとする思い、感覚のこと』ですが、この中で一番大切なものは「自己信頼」です。

まず「自己信頼」がなければ、「他者信頼」などすることは出来ませんし、本当の意味での「所属感(居場所がある)」である『私はここにいる。ここにいていい』という思い、感覚を感じることなども出来ません。

人間がこの3つの思いを自然に発露し培うためには、幼少期での親(特に母親)とのつながりが必要不可欠となります。幼少期に母親から自分の心が満足する形での愛情を充分にもらえたら、子供は親から愛されたように自分を愛するようになり、まったく自然に「自己信頼」をするようになります。また、まったく自然にその家庭、家族に「所属感」、居場所を感じるようになります。そして、自分を愛して信頼してくれる生まれて初めて会った他者である親をまったく自然に愛し信頼します。

このように、『共同体感覚』は健全な家庭の中(トラウマのない親の下)では自然に発露し培われていくものですが、まず母親から「自己信頼」に至るための愛情と信頼を与えてもらえなければ、残念ながらその感覚を本当の意味で発露させることは出来なくなります。

でも、『幼少期に親から与えてもらえなかった人はもうどうにもならない』というわけではありません。

トラウマ統合療法の一つの柱であるインナーチャイルド療法で心の奥に触れていき、癒しのための流れを作ることが出来ると、クライアント自身が自分の力で自分自身(インナーチャイルド)を心の底から愛おしく感じて愛することが出来るようになります。そうすると、まったく自然にゆるぎのない「自己信頼」が生まれ、他の2つの思いも自然に発露し始めます。

心とは、このような特質を有しているのです。それを21年間の現場の中で、数限りなく直接目の前で見せて頂いてきました。

今・・・、人間が根底から変わらないといけない時代が来ました。

個人の問題も、家族間の問題も、仕事の問題も、地域、社会の問題も、国の問題も、国家間の問題も、地球環境の問題もすべての問題は元を正せば結局、人間の心の根本的な安定に関わっているのです。

ではどのようにすればトラウマが癒され、心の奥に深い安心感が定着するようになるか、その様々なパターンに対応するための具体的な方法についてはもうすべてわかりましたので、私のトラウマ心理学やトラウマ統合療法セラピスト養成講座がほんの少しでも世のための一助になれればと願っています。

心を安定させたい、さらに自分を癒したい、人がよろこぶ顔を見たい、子供に心からの愛を与えたい、人間の本質を知りたい、よりよいリーダーとして活動したい、社会の役に立ちたい、より大きなものへの役に立ちたいなどと思われる方は、トラウマ統合療法セラピスト養成講座の受講をご検討下さいませ。

詳細につきましては、以下のサイトをご覧下さいませ。どうぞよろしくお願いいたします。
http://holistic-ti.com/youseikouza.html

ホリスティック・セラピー研究所 http://holistic-ti.com
心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。



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心を込める

2018年08月02日 | 思うこと


写真は内容とは関連ありませんが、4月に初めて行った富士山です。どこかに載せたかっただけです(^_^;)


先日、自宅の西側の西日のよく当たる庭の植物たちに水やりをしました。

この連日の猛暑で植物たちもさぞ水を欲していることだろうと容易に想像がつきました。

その中に、新しく植えられた二つの植物がいて、その子たちにとっては新しい土地へと根づくためのとても大切な時期でした。さぞ水が欲しかっただろうその潤いを求める声が聞こえてくるようで、特に二つの植物たちは注意し、他の植物たちも感じながら欲しいところに心を込めて優しくたっぷりと水をまきました。

ただ、単純に水をやる行為だったはずなのに、思いがけず急に胸が温かくなり、自分の中によろこびが湧き上がってきてびっくりしました。

感じてみると・・・。

植物のことを思い、心を込めて思いを流すことからの自分自身の心地よさ、よろこびと、それに応える植物たちからの私に送られるよろこびの波動の二つがそこにありました。(植物に意識など存在するはずがないと言う方もおられると思いますが、私自身は何度もそれを感じる体験をしています。このブログでは、「植物の思い」で一つの体験を書いています)

この二つのよろこびが私の心の奥から湧き出し、また心の奥にたくさん流れ込んできたことがよ~く分かりました。

言ってみるとただの水やりですが、行為への心の込め方でこんなにもしあわせ感を感じられることが体験できて、このこと自体もよろこびでありました。

水やりだけでなく何事においても、一見すると、「与える側」と「与えられる側」という二つの役割しか存在しないように見えます。しかしそこに『心を込める』ことで、言葉で表現するならば、そこには「頂く」という感覚が存在しはじめるのだと思います。

「させて頂く」・・・。

「して頂く」・・・。

「頂く」を意識していければ、人間は自然によろこびという(それこそ)心の頂に達することができるのではないかと思います。

植物たちから、こんな何気ない日常の生活の中で大切にするべきものを教えて頂いた、つい先日の出来事でした。



思えば、こうやってブログを書くのはしばらくぶりのことです。その間に世間では色々なことが起きました。

大阪北部地震並びに西日本豪雨の被害に遭われた皆様へ心よりお見舞い申し上げます。そして、過去のものとして扱われていますが、見えるところでも見えないところでもいまだに影響を受けている阪神・淡路大震災をはじめ、新潟中越地震、東日本大震災、鳥取地震、熊本地震などなど大きな地震により影響を受けられた皆様へも心よりお見舞い申し上げます。

今後、さらなる様々な変動が起こってくると感じています。これからはどこで何があるか予想がつかないことが増えてくると思いますので、一番大切なことは恐怖に取り込まれるのではなく、今頂いているものを意識して、それに感謝しながら、日々の生活を生きることではないかと思います。いつ被災者になるかもしれない私自身もそうやって、日々を過ごして行こうと思っています。

それからまたこの間に、医師を中心にした統合医療と被災された方へのサポートに関わる会へのお声掛けを頂きました。また昨日は、セラピーとは全く別な関わりでお店をされている方から、若いお母さん方が多いのでその方たちにも関わって欲しいというお話を頂きました。

そのようにお声掛け頂けることは、ほんとうにありがたいことです。

行為に心を込めるということでいいますと、日常の些細なことでも、人のサポートにおいても、まず自分がその行為をよろこんでいるということが大切だと感じています。心がよろこんでいなければ、心から思いを込めることができず相手にも伝わりませんし、何より自分がよろこんでいない行為を続けると必ずやいつか自分自身を「犠牲者」としてしまいます。

また、行為をすること自体からのよろこびを感じなくて、行為により相手から返ってくるものだけをよろこびとするならば、それは依存であり、相手からエネルギーを奪う行為であるともいえます。

これらのやり方では、当然相手にも(もしかして、表面上は気づかれないかもしれませんが)よりよい影響を与えません。

心は目に見えませんがその向け方一つで、その後の自分自身並びに周りの人たちに与える影響は実は大変に大きいです。

かつて私が、セラピーの仕事を始めて少し経過した時に気づいた大きなことがありました。

『自分自身に傷があって血を流しながら人を助けても、助けられた人は「助けてもらって、ごめんなさい」という罪悪感を抱くだろう。

自分に傷がなくなり元気でよろこんでいたら、助けようと思わなくても助けが必要と感じた人には自然に手が出て軽々と助け上げることが出来るだろう。その時には助けられた人は「助けてくれて、ありがとう!」というよろこびを抱くだろう。

本当の意味で人を助けるためには、まず自分が自分の傷を治し、自分自身が癒やされていることが大切だ!!』


・・・と、その当時のたくさん血を流しながら頑張っていた私が気づきました。(そこから、インナーチャイルド療法を本格的に始めだしました)

今、また天から少しずつ「お前はどうしたいのだ」と、私の向きたい方向を気づかせようとする導きが来ているように感じています。ただ、私の場合、誰かを何かをサポートするという気持ちは趣味のように自分の中心にあります。だからこそ、さらに自分を癒やしていこう、自分をよろこばせていこうと思っています。(うまく出来る時と出来ない時はありますが・・・f(^_^;) ゆっくりと、着実に進んでいくだけでいいのだと思います)

自分への心の込め方が周りの人への心の込め方にもなります。この二つは根本で大きく強くつながっているのですから・・・。

あなたがあなたの心を理解しつながり、そこがよろこびで満たされますことをお祈りいたします。

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子供に伝わるのは、お母さんの心の内の思い

2018年04月26日 | 子育て
以前このブログに書いた記事「子供の授乳期における心理面への影響について」の追記と少し重なるところもありますが、タイムリーに感じる出来事がありましたので文章にしてみました。

先日、セッションでもなく講演会でもなく、別件で小さな子供さんがおられるお母さんと話しをする機会がありました。

雑談からの話しの中で、そこに同席していた私の母が『子供に何かあった時には、しっかりと抱きしめてあげるといいよ』という感じの表現をして抱きしめる仕草をして、その方に伝えていました。

それを隣で見ていて、私の中である思いが自然に出てきました。

私の母は子供を大切にする、身の回りの世話も一生懸命してくれた人です。私に『お前が小さい頃(幼児期)にはしっかりとよく抱きしめていたんだよ』と話してくれていました。

でも・・・、私にはその記憶というか、そのハグをしてくれて心地よかったという感覚が正直ないのです。

これは、今だからこそハッキリとわかることなのですが、ハグしてもらって私が感じていたのは母の心の内側の思いでした。それは、母のさびしさや不安な思いがハグしてもらうことの心地よさよりも、強く私には伝わってきていたのです。

大人は成長の段階での様々な経験から、傷つかないように防御するすべを無意識にしっかりと身につけていますが、小さな子供は始めはみんな心が開いていて無防備な状態にあります。

だからこそ、周りの人から感じるのはその人の表情や仕草から来るものだけではなく、その人が心の内で何を感じているかということも強く伝わってきて感じてしまいます。

小さな子供により強く伝わるのは、特に大好きなお母さんの心の内の思いや感情です。

そして・・・、もう一つ大切なことは、お母さんは自分のおなかから出てきてくれた子供は自分の分身のように感じますので、お母さんの心にトラウマから来る一人の不安やさびしさがあると、この子がいることで一人ではなくなったと思い、それを感じにくくなるために、無意識に子供で自分の心を埋めようと子供に依存するようになるパターンが非常に多いです。

そうやって、お母さんから無意識にも依存された子供は、さらに愛してもらうためにべったりと共依存になる(させられる)子もいます。あるいは、依存されることが自由がなくなり苦しいと感じて反依存になる子もいます。(これは、その子の持って生まれた資質によって変わります)

その子たちが大人になると、人とのつながり方や人との距離感をどうとったらいいのかがわからなくなったり、自分の意志がなく人の言いなりになったり、反対に母親の依存で自由に出来なかった怒りで、人にいうことを聞かせたり、コントロールをするようになったりする確率が依存されなかった子よりもはるかに上がります。

子供に伝わるのは、食事や身の回りの世話をすることからの愛情だけでなく、お母さんの心の内側にある思いや感情もしっかりと伝わってしまいます。

例えば、子供が怪我や事件に巻き込まれてはいけないから、「~に気をつけてね」という思いを言葉として伝えてあげる場合に、ただ「あなたが健康で健やかでいて欲しい」というポジティブな思いがあるときにはいいのですが、そこに「大変なことになったらどうしよう」という不安や心配、怖れなどのネガティブな思いがあるときには、子供にはお母さんのそのネガティブな思いの方がそのまま伝わってしまいます。

お母さんからすると子供への愛情でしかないと思っているのですが、この思いや感情をたくさん向けられた子は、安心感を感じにくくなり次第に怖れや不安をたくさん感じる子へとなっていきます。

これは例え、お母さんが言葉として出さなくても、そばにいる子は自然にお母さんの仕草や雰囲気、そして心から伝わる思いや感情を感じて、そこから母親と同じ思いを共有して感じるようになります。

私の体験例を恥ずかしながらちょっと書きます。これはある程度大きくなってから気づいたことでした。私は子供の頃から引っ込み思案ながら割りと人に対してフレンドリーな方だと思っていましたが、なぜか家にいるときには家の外側にいる通りががりの人や近所の人などをどこかで気にしていることに気づきました。

今になって、このことがよくわかります。大人になってから母からチラッと聞いたことから、私の中でつながりました。母はかつて近所に苦手な人がいたようでした。そのことで母は家の外側を気にしていたので、子供の私はその雰囲気や心の内側にある思いを感じて、それを自分のもののように思って母と同じように「家の外には危険がある」というような感じで、家の外にいる人を気にするようになっていたことがわかりました。

これは私が特別敏感ということではなくて、小さな子供はそれぐらいお母さんの思いを拾うのです。

今の時代でいいますと、例えば公園デビューをするときに、お母さんが周りのお母さんたちの仲間に入れるか、受け入れられるかとはじめは緊張するのは当然ですが、そこに怖れがたくさんあると、子供はそれを感じて「人は怖いもの」というような思いを持ちやすくなります。

もしも、家の中にお母さんがそのように感じる家族がいたならば、子供にとって家は安心の出来ない心地の悪い場所となってしまいます。子供(人間)には必ず安心できる場所が必要です。それは、自分が住んでいる家であることが必要不可欠なのです。

まず、子供に必要なものは安心感です。それを一番に与えられる(与えるべき)はお母さんです。

子供に伝わるのは、お母さんの心の内側にある思いや感情です。

すべてのお母さんが日々瞬間を出来るだけ安心して、よろこびの中で過ごされますことをお祈りいたします。

育児関連記事:
★子供の授乳期間による心理面への影響について
★超おすすめの本!『ちゃん泣ける子に育てよう』

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悟りの感覚

2018年03月07日 | 思うこと
ブッダについて少し興味が出てきて、関係の本を読んでいます。

それは仏教について知りたいという訳ではなく、ブッダ(目覚めた人)といわれたゴータマ・シッダルタさんが何を悟ったか、その哲学を知りたいというのが正直な思いです。

読んでいて驚いたのは、シッダルタさんは自分が悟った悟り自体については何も語っていなかったという事実でした。

では、何を語られたのだろうというところはまだ読んでいる途中なのですが、ふっと気づいたことがあります。それはその悟り自体についてです。

私のような者が悟りについて語るのはおこがましいのですが、私自身の中においては腑に落ちるものがありました。

シッダルタさんは、実は悟りについて語っていたのではないかと思うのです。

それはシッダルタさんが一番初めに説いたといわれている言葉です。

『生きることはすべては苦しみである(一切皆苦)。この世は無常であり(諸行無常)、一切の事物は我ならざるものであるから(諸法非我)、我にこだわっても仕方がない』

シンプルに解釈すると、『こだわるな!』というのがシッダルタさんの悟りそのものだったのではないだろうかと感じています。

ただ、この『こだわるな!』はシンプルな言葉の中にも、心の底から湧き上がる様々なものが含蓄されたものだったのではないだろうかと思います。

恐れ多くも、シッダルタさんの体験に比べれば私の体験などはるか小さなものでしかないのですが、なぜこのようにいうかといえば、私自身がこのような感覚に近いものを何度か味わったことがあるので少し表現させていただいています。

ある時、夜深い眠りについてるときに突然、『わかった!!!!!人間として生まれてきて生きている意味がわかった!!!!!』という強烈な感覚を今まで二度ほど味わいました。

もうなんだうれしくてしょうがなかったのですが、朝起きてみるとあの強烈な感覚はなくなっていて、何に気づいたかを思い出そうとして浮かんできたのは、『人は生きる!』という何の変哲もない言葉でした。

「何なんだこれは?」と思いましたが、深い眠りの時のあの感覚は『人は生きる!』というシンプルな言葉の中にものすごくたくさんの量のエネルギーといったらいいのか、何か膨大な量の意味合いが詰まっているという感覚でした。

なので、悟りの感覚を言葉にするとシンプルな表現にしかなりませんが、感覚でいえばものすごい量の情報とエネルギーが含まれているのだと感じました。

私なりに感じるのは、だからシッダルタさんはもっと具体的にはっきりと「これが悟りだ」と言葉にされなかったのではなかろうかと思います。どんなに言葉として話しても、この感覚は体験しなければわからないことだろうなと未熟ながら感じた次第であります。

(私のトラウマ統合療法のセッションにおいても、言葉でいくら説明しても、セッションを体験した人にしかわからない特殊な感覚がありますので、それもこのことと同じようなことなのだろうと思います)

私の場合、悟りのような感覚ですが、あの感覚をまた久しぶりに味わってみたいなあと思っています。

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心のありか~心(ハート)はどこにあるのだろうか?

2018年03月05日 | 自分の体験からの気づき
先日、クライアントさんがある本を教えてくれました。

ハート(心)というものの大切さ、自分のハートを感じていく方法などが書かれている本でした。

脳科学では、「長年の研究により、心は脳の中にあり、どんな感情が脳のどの部位に生じるかまでわかってきている」と言及されています。

確かにその部分もあると思うのですが、私自身は感情・情動の反応はハートにあると実感しています。


では、ハートは実際にはどこにあるのでしょうか?


教えてもらった本の中に、簡単なハートを感じるワークが出ていたので行ってみた時。

その通りに行ってみたのですが、何かしっくりとこないものがあり、自分でも驚きました。

そして、しばらく感じているとわかりました。


ハートは心臓を含んだ胸の真ん中辺りにあるだけでなく、みぞおちのところにもあることが改めて感じてみて実感としてわかったのです。

厳密にいうと、ハートは胸とみぞおちを含んだところに縦に楕円形のような感じで存在していると感じました。

そう。お母さんが子供を抱く時に密着するあの位置です(*^_^*)

なんかこの辺り!と感じたのです。自分でも意外な発見でした。


ただし、これは私の感覚だけかもしれませんので、以下に本に出ていたハートを感じるワークを載せます。とても簡単なやり方ですので、ぜひ、あなたも自分でどのような感じがするか、どこに反応があるかなど、感じてみて実験、検証してみて下さいませ。

自分にとっての真実は、自分の実体験にこそ存在しているのですから・・・。


★ハートを感じるワーク

①胸の中央に手を置きます。ただ胸の真ん中に手を休めることで、この瞬間にもハートを感じることができます。

②胸の上に休めている手を感じながら、手の温かさ、あるいはひんやりした感覚を感じましょう。

③何度か深い呼吸をしましょう。息を吸い込むとき、胸が広がるのを感じ、息を吐くとき、体がゆるむのを感じましょう。

④手が内側へと溶け込んでいくのを感じます。ハートの中、深くへと触れながら。この瞬間、あなたのハートはどんな感じがするでしょうか?素直に感じてみましょう。


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海洋冒険家 白石康次郎さんの言葉

2018年02月17日 | この人の言葉
海洋冒険家で白石康次郎さんという方がおられます。

白石さんは、ヨットでの単独無寄港無補給世界一周に挑戦して二度失敗した後、26歳の時に成功し史上最年少記録を樹立しています。176日間の航海でした。

また、ヨットで世界一周をするレースにも何度も参加しています。それもシングルハンドといってたった一人単独で航海をするレースです。

たった一人で航海するので、その間、たとえどんなことが起ころうとすべてを自分一人で対処していかなければなりません。一人ですから、海に落ちても、もうそれで終わりです。

ですから、シングルハンドのレースでは、どんなに辛くてもどんだけしんどくても、船には逃げ場がないから、耐えるほかありませんし、とにかくやらねばならない作業を着実にしていくしかありません。

それから、ヨットレースに参加しても賞金は少なく赤字にしかならない上に、何億ものお金が必要になります。したがって、資金はスポンサーに頼るしかありません。そのため、基本的に一人でスポンサー探しに尽力しなければなりません。

私はたった一人で一切逃げ場のないレースに参加している白石さんがどのような思いを持って、何を大事にして生きているのかに大変興味を持ちました。

そこで、彼が著している本を読みました。その中から、心に響いた言葉を少しここに紹介したいと思います。私たちの人生も結局はシングルハンドのレースと同じようなところがありますから。


『「人生で大切なことは海の上で学んだ」 白石康次郎著 大和書房』より
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【マストの一番上にある風速計が壊れて修理のため】マストに登るときは、乗る前と降りたときに必ず、大会本部に報告しなければならないと決められている。命綱をつけていくが、なかには、マストの上でパニックを起こしてしまい、スタック(動けなくなってしまうこと)してしまうことがあるからだ。

そうなったら、もう、自分ではどうにもならない。この場合は近くにいる船に、すぐに助けに来てもらうことになるが、それでも救助まで二、三日はかかるだろう。

僕のヨットのマストは十九メートル。途中、スプレッダーという腕のように出ている部分のないタイプ、てっぺんまで一気に上り切らなければならない。ヘルメットをかぶり、激しく揺れる中を、登山道具を使って一歩一歩、確実に登っていく。

マストのてっぺんでは吹き飛ばされないように注意しながら計器を交換し、古いテープを剥がし、シャフトを固定しているネジを外す。この間も、マストにしっかりとしがみついていなければならないから、すべての作業は片手作業で行うことになる。

だが、とにかく、交換工事は完了。

それから、また、強い風にあおられながら、一歩一歩、マストを降りる。マストは登る時よりも降りるときのほうがずっと大変なのだ。十cmぐらいずつ小刻みに足を動かし、二時間以上かけて、命がけの作業を終えた。

崖っぷちに立った時、一番いけないのはパニックに陥ることだ。南氷洋でマストに上る。そんなこと、陸で想像するだけで嫌になる。だが、やるしかない!しかも、単独行だ。やるのは自分しかいない。これもどうしようもない事実なのだ。

そんな時は、目の前の一つ一つの作業に集中し、他の事を考えないようにする。一歩、また一歩と足を出す。テープを剥がすときはそのことだけに。ネジを止める時はネジに全神経を集中する。

目の前のことを一つ一つ進めていけば、どんな難題だっていつかは終わっている。乗り越えることができるのだ。


焦ったり、先を見て、不安になったりすることは避けること。
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【山脈のような波と立ち向かうときと】同じぐらい怖いのが、意外にも、毎日の小さなストレスなのである。例えば、身につけている物が濡れたとしよう。濡れた衣服を身につけていて、気持ちがいいはずがない。こうしたことがモチベーションにも微妙に影響する。

こうした小さなストレスをバカにしないことも大事なのだ。「どんな場合も最善を尽くす」。これは、細部にまで貫徹してこそ、より輝く言葉なのである。

だから、カッパを着るときにも、水の浸入を防ぐためにタオルを首に巻いたり、肌荒れを防ぐためにベビーパウダーやハンドクリームをつけることも怠らない。船内もできるだけいつも整理しておく。シートはきちんとまとめておけば、急いで作業するときに足に絡まり、転倒するという事故を防げる。部品の一つ、工具の一つも使ったら、必ず、元あった場所に戻す。急いで何かをしなければならない時に、探し物をするほど、ストレスフルなことはないからだ。

困難な修理を終えた後など、僕だってくたくたに疲れる。でも、まあ、いいだろう。多分OKだろう、後でちゃんとやろう。こうした気持ちでいい加減な対処をして、何も起きなかったことは一度もない。むしろ、後で何十倍にもなって、自分の身に降りかかってくるのがオチだ。

だから、ちょっとでも気になることがあったら、その場で解決しておくことを鉄則にしている。
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ヨットで世界一周するというような場合、荷物はグラム単位で一つ一つチェックし、できるだけ積載重量を少なくするように工夫する。多くなればなるだけスピードが鈍り、レースでは不利になるからだ。そうでなくても、半年以上の長旅だ。積まなければならないものは無尽蔵と言いたくなるほど多い。

ただ、僕はその中にも風鈴とかシャボン玉セット、ドナルドダックの帽子、本も数冊、好きなCD、落語家のCDなど、気持ちをやわらげるものを持っていく。これらは、僕にとっては必需品だと思うからだ。最初の世界一周の時には、当時、つき合っていた彼女の香水を持っていった。落ち込むと、それを枕に振りかける。すると、元気が出てきそうな気がしたからだ。

日本人は努力とか根性という言葉がやたらと好きだ。もちろん、それも重要なことだ。だが、乗り越えられるものと、乗り越えられないものがある。どんな言葉よりその状況を「楽しむ」という言葉の方が力を持っていると僕は信じている。
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シングルハンドだから、誰も見ていない。それをいいことに、泣いてしまうこともある。

海水をもろにかぶって出てしまった衣服を、大揺れのヨットの中でおろおろしながら着替える。そんな時、「オレは何で、こんなつらいことやっているのか」と自分で自分を呪うことだってある。

もう逃げ出したい。そう思うこともしょっちゅうだ。

だが、どこに逃げていけばいいのか。海に飛び込めば、待っているのは死だけなのだ。

そんな時は、水平線のさらに向こうに視線を放つ。

「いまある幸せを満喫しなさい」。古くからのサポーターが送ってくれたメールにあった一節だ。

つらくなったら、僕は知ってることだけに心がける。そして、自分がいま、子どもの頃から夢見ていた、海を渡っているという事実に集中する。

すると、やがて、「いい年をして、夢の最中にあるなんて、幸せだ」と考えられるようになってくる。

“今泣いたからカラスがもう笑った”ではないが、自分で自分の復活を仕掛けていく。
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人生、自分が幾ら頑張ったところでどうにもならないことは山ほどある。そんな時は、次のいい風が吹いてくるまで待つ他に方法はない。待っていれば、いつかきっと、いい風が吹く日が巡ってくる。
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つらい、逃げ出したい。しばらく休みたい。心がそう求めてる時は、しばらく現実から離れてみるのもよい。間をはずすことも大切なのだと思う。
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何かちょっとした違和感がある。でも、まあ、これでもいいかと妥協して出航すると、必ず、途中で不具合を起こすのだ。
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人生、生きていればいろいろあるに決まっている。だが、そのほとんどは、愚痴ったところでらちがあかず、取り返しのつかないことばかりだからだ。
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時にはあきらめることも必要だ。ただ、僕のいう“あきらめる”はギブアップすることではない。投げ出すことでもない。
「明らかに見極める」。これが本当の意味である。


この“あきらめ”の境地に達すると、次に僕が取るべき行動が明るく照らし出されて見えてくる。
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どんなに失敗しても恥をかいても、いつか自分の風が吹いてくる日が来ることを信じて待ち続ける。そして、その間は、ひたすら、その日のために、自分に力をつけていくのだ。そうしなければ、いざ、自分の風が吹いてきたとき、その風をつかみ、風に乗ってグイグイ前進してはいかれないからだ。
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ここまで転記してみて、白石さんの声とか雰囲気を実際に感じてみようと思って、YouTubeを検索してみました。明るく、元気で、純粋な人柄がしっかりと伝わってきました。いずれも元気が出るお話しでしたので、文字起こししてみました。

YouTube動画「海洋冒険家・白石康次郎の夢と挑戦」より
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白石:(友達に)『俺は生まれてこの方ずっと楽しいよ』といっています。

インタビュアー:どうやったら白石さんみたいに生きられるんですかね?ずっと楽しく。

白石:自分の心のコンパスに従うことです。ねじ曲げない。やりたいことやるの。ほとんどの場合、『やりたいことばかりやっているとダメになる』と、誰かに教わったんだろうね。うちの親からは教わらなかったの。『おまえが決めろ』といって、決めたことには一切文句を言わなかったの。僕は、そのまんまで育ったの。
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変化を恐れない。落ち込むこともあるんだということを知ることです。落ち込んじゃいけないではなく、落ち込むこともあるんです。不運なこともあるし、調子の悪いこともあるんです。

レースは80日間あって、2000時間です。その中ではいいことも、悪いこともあるわけで、悪いことになっても当然です。だけど、必ずよくなるんです。それまでの間をどうするのか、悪い時の流れでは気の流れが悪くなって、自分の感や第六感が鈍くなるので、コンピューターが示した進路に従います。一番無難な進路を選んで落ち着いて進むのです。調子がよくなった時には、人間の感の方が当たります。自分がパッとひらめいたことが当たります。そういうときは直感を信じた方がいいです。

ずっと悪いことはないのです。治まらなかった嵐は一度もありませんでした。悪いからとかいいからとかいって、変化を恐れないで。そういう時なので、悪い時には悪いように走って、いい時には調子に乗らないように、ただひらめきを信じて進めばいいのです。
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(子どもたちへの冒険授業において)
白石:夢の見つけ方、夢の場所だけ教えときます。夢っていうのはどこにあるかというと外にはないのです。

世界一周したいと思ったのは誰が思ったの?

子供:自分。

白石:夢っていうのはどこにあるの?

子供:自分。

白石:そう、自分の心の中にあるの。

子供:頭の中じゃないの?

白石:頭の中にある夢は捨てたほうがいい。なぜかっていうとね。頭っていうのは必ず計算します。損得勘定をはじき出します。この夢やったら得かな。格好いいかなもてるかな。それに走ります。

心の中に思ったものに従うことです。
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YouTube動画「人間最高の力」より
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絶対に敗北に負けない屈辱に負けない。いつも笑顔で、スポーツでは、体の筋肉を動かすが、負けたら顔の筋肉を動かすんですよ。どんなにつらかろうが苦しかろうが笑うんです。決して愚痴らないで言い訳しないで笑って対処するんです。
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ヨットは好きだけど、才能がなくて苦手な方です。一番びっくりしたのは船酔いが激しかったんです。衝撃的な事実です。今でも船に乗ったら吐くのです。一週間吐き続けるんです。ヨットは一人ですから、交代要員がなく二十四時間吐き続ける。地獄の苦しみです。

最初は逃げてたの。何とかこの苦しみを弱点を克服しようと思って、手のツボや耳のツボを押してみたり、いろんなことをやってみたが全然直らなかった。何千回も吐くから、ある日、もう船酔い直すのやめた。俺は船酔いするんだ!吐くんだ!と思った。どうせ吐くんだったら楽しく吐こうと思った(笑)

(中略)

(船酔いも)抵抗しないで、受け入れる。受け入れると、何が起こったかというと、船酔いの主導権を握ったんです。いままでは逃げていたんですよ。逃げていたの。楽しく吐けることで主導権を握れる。

結局人間というのは好きなことをやる!欠点を補うのではなくて、好きなことをやるんですね。『好きなことをやったら不幸になる』『好きなことばっかりやったら不幸になる』そんな大人の言葉にだまされないで下さい。そんな大人にだまされないで。

思い通り行かないという大人には、『あなたの思い方が間違っているんだよ』。計算通り行かない?『あなたの計算が間違っているんだよ』。好きなことを変える必要はないんですね。では、どういう風に思えば自分の夢が叶うのかな。どういう風に計算すればこの目標が叶うのかな。

やっぱり、人間に一番強い、最強の力は好きなことをやる。つまり、笑顔ですよ。平和ってね、笑顔で出来ているのですよ。幸せって笑顔で出来ているのですよ。失敗だ、成功だ、そんなことはどうでもいいのです。幸せになるためには笑顔です。それが一番、人間にとって強い力じゃないかと思います。
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よろしければ、お人柄が感じられる動画もご覧下さいませ。動画で見た方が伝わるものがたくさんあります。なんだか、とても元気になります!自分が好きなことをストレートにやっている、波動のいい、滞りが少ない人のエネルギーです。

YouTube「人間最高の力」15分47秒  
YouTube「海洋冒険家・白石康次郎の夢と挑戦」31分35秒
こんなものもありました。
YouTube「NHKグッと!スポーツ 2017年8月22日 孤高のヨットレーサー 白石康次郎」48分58秒

ホリスティック・セラピー研究所 http://holistic-ti.com
心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。



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俳優 ロビン・ウィリアムズの心

2018年02月08日 | この人の言葉
私は映画が好きで、子供の頃から数多くの映画を観てきました。

好きな俳優や女優も何人かいます。その傾向を自分的に分析してみると、何か深い精神性を感じられる人に惹かれるようです。

その中の一人に、ロビン・ウィリアムズさんがいます。

大変残念ながら、2014年に自ら命を絶たれて亡くなりました。そのニュースを聞いて、大変なショックを受けたのを覚えています。

妻のスーザン・ウィリアムズさんが、彼の死後に明かしたのは、直接的な死は鬱病のためではなく、「レビー小体型認知症」と呼ばれる変性性認知症と闘っていたということです。

レビー小体型認知症は、「認知症のうち、大脳皮質の神経細胞にレビー小体と呼ばれる構造物ができることで起こるもの。物忘れのほかに幻覚症状がある。また、手足がこわばり、運動障害が生じるパーキンソン病に似た症状を伴う」ようで、アルツハイマー型認知症の次に多い神経変性認知症といいます。

ロビンさんの症状は自殺の数カ月前から悪化して、重い不安発作のほか、筋肉の硬直やドアの位置を誤算によって頭をぶつけるなどの症状を患っていましたが、検視解剖がなされるまでは、担当医師らも病名を特定することはできなかったといいます。

最近は、このレビー小体型認知症という病名も、あちこちで耳にします。

特に私の好きなロビンさんの映画は、『ミセス・ダウト』、『グッド・ウィル・ハンティング』です。『グッド・ウィル・ハンティング』では心理セラピスト役でしたので、感じるものがありました。

どちらもよい映画ですので、よろしければ観て下さいませ。

ロビンさんのあの深い愛を讃えた眼差しは、自分自身が大きな苦しみ、痛みを知っている人の眼差しです。

確か、父親の仕事の関係で子供の頃から引っ越しをかなりの回数されていたことをインタビューで聞いた覚えがあります。そして、独りぼっちで孤独でもあったようです。

私には、彼のあのユーモアの奥には、人から嫌われないように、好かれるために、一生懸命おもしろく表現する傷ついた人の姿も見えました。

私の心理療法の現場での経験でもわかっているのは、特に小学校を2回以上転校している人は、そこで嫌われるとおしまいなので、過剰に好かれるためのいい子を演じるようになってしまいます。それは、転校回数が多いほど、ロビンさんのようにおもしろさを持っている子はその傾向を顕著に表すようになります。

ただ、ロビンさんの眼差しからは、それだけではないもっと深い何かが伝わってきます。

心よりロビンさんのご冥福をお祈りいたします。


この記事を書くきっかけになったのは、ネットでたまたま見つけたロビンさんの生前の逸話です。以下にご紹介します。

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2014年8月11日。その日私は、子どもたちと一緒に外にいた。子どもたちはワゴンの中で「さようなら、ごきげんよう」を歌いながら、アイルランドにがらくた集めの旅にでかけるという空想の遊びをしていた。

突然、親しい友人たちからメールが送られてきた。ニュースの通知もきた。ロビン・ウィリアムズの死去を伝えるニュースだった。信じられなかった。

ウィリアムズの死を「どうせまた、ハリウッドスターにありがちな依存症が原因だろう」だと片付ける人もいるかもしれない。

実は私には、まだ誰にも話したことのないロビン・ウィリアムズとの思い出がある。大切すぎて、夫にも、親友にも、親にも姉妹にも、誰にも言えなかった。

だけど今、あの時のことを話すべき時だと感じる。

最初の夫グレッグが自死した後、私は彼の遺灰を撒く旅にでた。それは彼の望みだったし、私も傷付いた心を何とか落ち着かせたかった。

私は当時ウェストハリウッドに住んでいたけれど、サンフランシスコ近くに引っ越すことを考えていて、月に1回はオークランドにいる親友を訪ねていた。飛行機でオークランドに行くのは、かなり時間がかかった。

9/11の後はTSA(運輸保安局)の検査が厳しく、遺灰が入ったタッパーを持って飛行機に乗るのは容易ではなかった。そして私はロサンゼルス空港で、威圧的なTSA職員に遺灰を廃棄するよう命令された

私はカンカンに怒って、ヒステリーを起こした。最終的に警察がやってきて、いつも所持している夫の死亡証明書を確認して遺灰の所持は許可されたが、涙が止まらなかった。

私は空港の片隅のテーブルに座り、泣きはらした顔を見られないように壁の方を向きながら、気持ちを落ち着かせようと、ウィスキーをロックで飲んでいた。

その時、私の肩に誰かが手が置いた。そして柔らかな声が聞こえた。「大丈夫ですか?あなたのことが少し気になって。一人で旅行されているようですね。TSA職員とのやりとりが目に入ってあなたが気になり、大丈夫か確かめたくて」

私は涙を流しながら、声の主を見た。信じられなかった。ロビン・ウィリアムズだった。彼はロサンゼルス空港を普通に歩き、泣いている私にわざわざ声をかけてくれたのだ。

私は息を整えて、ウィリアムズに夫のことを簡単に話した。彼の目が少し潤んだ。さらに柔らかな声で、彼はこう言った。

「依存症って本当に厄介です。心の病やうつ病は、色々と厄介な問題を引き起こす。あなたの旦那さんの経験したつらさ、そしてあなたが今経験しているつらさを聞いて、私もとてもつらい。でもあなたには、家族や友人、愛する人たちがいるようですね。それはあなたにとって、少しは救いなんじゃないかな?」

私と同じ飛行機に乗る予定だったウィリアムズは、一緒にゲートまで付き添ってくれた。

ウィリアムズはとても穏やかで優しい人だった。私たちを笑わせ、泣かせてくれた。彼は自分の心に抱えた闇に、正直だった。自分の間違いや欠点を隠そうとしなかった。彼は明らかに痛みを抱えていた。

「心の病や重いうつ病は、厄介な問題を引き起こす」。その通りだ。

ウィリアムズは、退役した軍人や現役の兵士たちをサポートした。入院している子供たちや、助けを必要としている友人や家族に手を差し伸べた。空港でヒステリックに怒っている見知らぬ人にも。

ゲートに向かう途中、彼は通り過ぎた人や、私に厳しく接したTSA職員の物まねをして私を笑わせてくれた。侮辱するようなやり方ではなく、ユーモアのあるやり方で。

そして彼は私に、「あなたはとてもいい笑い方をする。とても素敵な笑顔だ」と言ってくれた。別れる時、彼はあの毛むくじゃらの腕で温かくハグしてくれた。彼の言葉とハグに、私はものすごく元気づけられた。

あの空港での時間を、私はいつも思い出す。どん底にいた私を救い出し、元気づけてくれた。ウィリアムズは、人生で最もつらい時間にいた私を支えてくれた。

ロビン・ウィリアムズは優しくて面白い人だった。

彼の死は、言葉にできないくらい悲劇的だ。私たちを笑わせてくれたウィリアムズは、自分自身が抱える闇と闘っていた。

どうか今、ここでは手に入れられなかった心の平安を感じながら、天使たちを笑わせていますように。

ウィリアムズ、あの日そばにいてくれてありがとう。あなたは、私が必要としていた天使でした。あなたはあの時、自分の経験から話してくれたのでしょう。心から感謝します。

あなたが亡くなったニュースは、本当につらかった。あなたを失った痛みは、簡単には消えない。

ハフポストUS版から 筆者:ケイト・ライアン・オッシャー 
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心理や人間存在についての専門的な内容は、HPの「こころのこと」に載せていきます。



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