私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『さまよう刃』 東野圭吾

2009-03-11 19:58:43 | 小説(国内ミステリ等)

長峰の一人娘・絵摩の死体が荒川から発見された。花火大会の帰りに、未成年の少年グループによって蹂躙された末の遺棄だった。謎の密告電話によって犯人を知った長峰は、突き動かされるように娘の復讐に乗り出した。犯人の一人を殺害し、さらに逃走する父親を、警察とマスコミが追う。正義とは何か。誰が犯人を裁くのか。世論を巻き込み、事件は予想外の結末を迎える――。重く哀しいテーマに挑んだ、心揺さぶる傑作長編。
出版社:角川書店(角川文庫)


エンタテイメントの皮をかぶった問題提起小説というのが、全体的な印象である。

エンタテイメントということもあってか、ストーリー自体は、きわめておもしろい。盛り上げ方も心得ており、前半などは物語のスピードも速く、素直に楽しむことができる。
とはいえ、いくらか引っかかる点もないわけではない。巧妙だが、なくてもかまわないミスディレクションとか、若者が全員アホすぎる点、そのほかのキャラも作者の都合がいいように動いているという点に疑問を覚える。
特に気になったのが筋運びの粗さだ。本作では、おもしろくするため、いくつかエピソードをつぎ込んでいるが、そのエピソードは締りがなく拡散しただけで消化不良気味という印象が強い。
しかし欠点がありながら、それでも読ませるところが、東野圭吾のすごさだ。

そんなエンタテイメントの中で、語られる内容はまさしく問題提起である。
それは少年法に関する問題、被害者家族の心情と法の問題等といったところだ。

それに関し、著者も相当考えて書いたらしく、少年犯罪で登場しそうな問題点をいくつか描き、いろいろな意見を紹介している(個人的には被害者側も、加害者側も、親が子どものことを守ろうと考えている点が皮肉で良い)。
だが、いくつかの意見は登場するものの、読む限り、著者自体は娘を奪われた父親の心情に同情しているように感じられる。
その情念を要約するならば、犯人が逮捕されても、少年であるという理由で大した刑を受けそうにない場合、被害者家族の怒りはどこに向ければいいか。復讐をしたいという気持ちに賛成できないまでも、同情はできるのではないか、といったところだ。

僕個人の場合で言うなら、それに対して、何かが違うという感覚が最後まで抜けなかった。
当然、頭で考える分には、その言い分も充分よくわかる。犯人の行為は許されるべきではないことだって明白だ。
だが僕には、長峰が抱える殺したいほどの憎しみというものを、感情面で理解することができなかった。そのため読みながら、どうも僕は一歩引いてしまう。

そんな風に思うのは、僕に子どもがいないことや、争いごとを避けるヘタレな性格だということに原因があるのかもしれない。
それは復讐とはいえ殺人をすること自体がいけない、とかそういう理想論的な問題ではない。僕個人の怒りという感情の波の小ささによるものだ。あるいは想像力の欠如かもしれないけれど。

そのため、娘を殺された被害者は怒りを抱えるものだ、という物語の前提条件に、感情がすっとついていくことができなかった。
そんな風に、「哀」を「怒」に転化する人の方が、世間的には多数派かもしれない。けれど、「哀」に打ちのめされたまま一歩も動けない人だっているんじゃないのなんて思ってしまうし、僕ならそちらの方に、よりシンパシーを抱く。
そう感じる自分自身に、幾分の後ろめたさと、情けなさを覚えるだが、その事実を否定することはできない。
そのため、被害者の感情を法は汲むべきだよな、と一般論的なことを思いながらも、小説を読んでいる間、ずっと小さな違和感を覚えていた。

少年法についていくらか考えることができた点や、法の前にどうにようもならない感情を持て余す群像劇という点は印象深い。物語としてもおもしろい。
だが、楽しめたわりに、僕としてはどうにもしこりが残ってしまう作品である。

評価:★★★(満点は★★★★★)


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2 コメント

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Unknown (ぐみご)
2009-03-27 14:40:05
お~。ほな、チョイワルめざして頑張っておくれやす~。来年度は有給が取れるといいですね!

ところで、『さまよう刃』読みました。途中まではすごくおもしろいのに、最後が尻すぼみで中途半端な感じですね。残念ー。ネタ的に、これ以上深入りしないほうがいいと作者が判断したのかもしれないけど、不完全燃焼しました。

とはいえ、東野圭吾はやっぱりうまいですね。少年犯罪だのレイプだのといった、過激に走りがちなテーマを、普通のエンタメ小説にまとめてるところはやっぱりすごいと思いました。同じテーマを桐野夏生が書いたらこうはいかんだろうなぁ…、と想像してクスッと笑ってしまった(もちろん、桐野の技術がどうのっていう話ではなく、方向性の違いの問題で)。
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Unknown (qwer0987)
2009-03-27 22:41:23
最後はちょっとないですよね。正直消化不良ですよ。
考えてなかったけど、確かにこれ以上、深入りしない方がいい、って思ったのかもしれませんね。どうせ答えなんてでない問いなんだし。

桐野夏生が似たようなことを書いたら、どんどんどんどん、えぐい方向で行くんでしょう。見たいような、でもやっぱり見たくもないような感じです。
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