私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

梓崎優『叫びと祈り』

2014-07-10 20:50:32 | 小説(国内ミステリ等)

砂漠を行くキャラバンを襲った連続殺人、スペインの風車の丘で繰り広げられる推理合戦…ひとりの青年が世界各国で遭遇する、数々の異様な謎。選考委員を驚嘆させた第5回ミステリーズ!新人賞受賞作を巻頭に据え、美しいラストまで突き進む驚異の連作推理。各種年末ミステリ・ランキングの上位を席捲、本屋大賞にノミネートされるなど破格の評価を受けた大型新人のデビュー作。
出版社:東京創元社(創元推理文庫)



海外を舞台にした連作推理小説だ。

中身も綿密に練られているが、それ以上に海外を舞台にしている必然性を描いている点に目を引かれた。
それは半数以上の作品で、その事件の動機がその国(文化)の価値観に基づいているという点である。



たとえば、冒頭の『砂漠を走る船の道』。

一応、叙述トリックが見られるのだが、それ自体は決してメインではない(もちろんミスリードや、クライマックスで大きな意味を果たすが)。

この話で重要なのは、塩を運んで生活していかざるを得ない砂漠の民の姿を描いている点だろう。
そしてその生活スタイルが、この事件の動機にもなっている。そこがまずすばらしい。
砂漠の船であるラクダといい、砂漠を舞台でなければ書けない内容に心惹かれた。



また、『凍れるルーシー』も、その土地の文化に根差した内容だ。

実際この事件の犯罪動機は、ロシア正教を深く信仰する者でなければ、決して考えもしないし、たどりつけない犯罪動機だろう。
それは日本人の無神論者である、僕からすればファナティックではある。
けれど、その人物の価値観においては絶対だったのだと思うのだ。
その価値観の違和が心に残る作品だ。



そしてそんな価値観の違和が、断絶にまで達した作品が、『叫び』かもしれない。

人はどれだけグローバルな文明に浸っていたとしても、生まれた土地から逃れることはできないのかもしれない。
そして自分の属する世界の価値観に従ってしまうこともあるのだろう。

この小説の殺人動機も、やはり日本人には理解できないが、この民族においては、すんなり受け入れられるものなのだ。
その過程を伏線を綿密に張って、描き上げている点はさすがに上手い。

そしてそれだけに最後の、斉木とアシュリーの叫びは、絶望すら感じられるのだ。
人と人とがわかりあえる、という考えは幻想かもしれない。そんなことさえ感じさせる、ハーモニカのイメージがどこか苦い。


だがそんな苦い予感に対して、作者は『祈り』を通して、希望を語ってもいる。
その温かい余韻が心地よく、快い気分で本を閉じることができるのはすばらしかった。

ともあれ、推理小説としても、文化の隔絶を伝える小説としても、高いレベルにあると感じる一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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