私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「ヒトラーの贋札」

2008-02-25 20:54:46 | 映画(は行)

2006年度作品。ドイツ=オーストリア映画。
第二次大戦中のドイツ、ザクセンハウゼン強制収容所。そこに各地の収容所から送られてきたのは世界的贋造犯サリー、印刷技師らの技術者たちだった。彼らに課せられた使命は「完璧な贋ポンド札」を作ること。サリーたちの命を賭けた贋札作りは、成功しつつあったが、それはナチスに資金を与え、戦況を有利にし、収容所にいる家族や恋人を苦しめ続けることを意味していた。
第80回アカデミー賞外国語映画賞受賞作。
監督は「アナトミー」のステファン・ルツォヴィッキー。
出演は「エニグマ奪還」のカール・マルコヴィクス。「青い棘」のアウグスト・ディール ら。


この映画でもっとも印象に残ったのはユダヤ人収容者の卑屈とも取れるおびえた表情だ。
もちろんそれは死と隣りあわせで、圧倒的な暴力の前に置かれた状況という点を考えれば自然なことだが、その表情を見ているとなんとも気分が滅入ってしまう。人間は恐怖を前にすると、そのような態度しか取れないということ、そして人間は他者を容易にそのような立場に追いやれるのだ、といういやな事実をそこから見ることができるからだ。
しかしそれこそ、いまから60年前に実際に行なわれていたことなのだろう。

そのような恐怖を前にして人間は命令に屈服する他なくなる。彼らは単純に生きていたいからだ。
だから同胞を裏切ることになる、と言って、贋札作りに反抗する人間を排除しようと考える流れはきわめてリアルなのだ。
勇敢に正義感を振りかざすことは美しい。しかしそれは生きていたいという思いの前ではきれいごとでしかないのだ。何とも悲しい事実としか言いようがない。

だが贋札作りに従事している人間だって罪悪感がないわけではない。善良な市民なのに贋札作りをしている、というセリフや、解放後に言い訳のように贋札のことを話す姿には人間の後ろめたさが仄見えてくるようではないか。
そこにはどちらが良いか悪いかといった単純な問題を越えたものがある。極限下では人間は状況に流されるしかないのだな、と僕はそれを見ていて思った。

ラストで主人公は散財するように金を使っているが、それは過去を思い出した破れかぶれというよりも、そんな死と隣り合わせにいた贋札チームたちですら実は恵まれていたという後ろ暗さから来るものではないか、という印象を僕は受けた。何ともやるせない人生悲劇である。

筋運びはよく言えば堅実、悪く言えば地味な作品ではあるが、味わい深く、いろいろなことを考えさせてくれる。
今日のアカデミー賞で外国語映画賞を取ったらしいが、まあ有りではないだろうか。なかなか良質な作品といったところだろう。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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