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被爆者たちの無念=玉木研二

2011年07月20日 | スクラップ




 


 「原爆の子」は戦後6年を経た1951年、岩波書店から出版された広島の被爆遺児らの作文集である。

 

 子供たちの目と心に焼きついた惨状と恐怖、亡き肉親への追慕は、最近出版された東日本大震災・大津波被災地の子供たちの作文と同様に胸を突かずにはおかない。

 

 編者の長田新(おさだあらた)(1887~1961年)は教育学者で、市中心部で被爆し医師もさじを投げる重傷だったが、助かった。彼は原子力の正しい応用で新しく豊かな平和社会が築かれなければならないと考える。序文に書いている。

 

 <原子エネルギーは、一方では人類を破滅に導くほどの恐るべき破壊力をもってはいるが、一度それを平和産業に応用すれば、運河を穿(うが)ち、山を崩し、たちまちにして荒野を沃土(よくど)に変え、さらに動力源とすれば驚くべき力を発揮し得るということをわれわれは聞いている>


 <広島の街々に原子エネルギーを動力とする燈火(とうか)が輝き、電車が走り、工場の機械が廻転(かいてん)し、そして世界最初の原子力による船が、広島港から平和な瀬戸内海へと出ていくことを。実際広島こそ平和的条件における原子力時代の誕生地でなくてはならない>

 

 まだ原子力の応用可能性は夢想のように語られていた時代だ。2011年夏の今、これを読む人の感懐はさまざまだろう。ただ、彼が望んだ「原子エネルギーの明日」は安易な夢ではなく、誠実で切実な目標だっただろう。

 

 <われわれはこの悲劇を「世界の終り」ではなく、「世界の始まり」としなければならない>

 

 でなければ、この人類史上初の惨禍と続く辛苦は何のためにもたらされたのか。こうした思いは多くの被爆者にあっただろう。世界で原子力発電所が実用化され始めたころの1956年8月、日本原水爆被害者団体協議会の結成宣言にも表れている。

 

 <原子力を決定的に人類の幸福と繁栄との方向に向わせるということこそが、私たちの生きる限りの唯一の願いであります。(中略)私たちの受難と復活が新しい原子力時代に人類の生命と幸福を守るとりでとして役立ちますならば、私たちは心から「生きていてよかった」とよろこぶことができるでしょう>

 

 55年たった。福島原発事故はその思いを根底から覆した。日本被団協は先週、全原発の順次停止・廃炉を求める運動方針を正式決定した。

 

 メディアはあまり注目しなかったか、報道は目立たなかった。被爆者運動草創期の人々の「新しい原子力時代」の願いは、もう語られることはあるまい。(専門編集委員)

 

 

 

毎日新聞 2011年7月19日 東京朝刊

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