旨い処探索同好会

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翻訳 006 ヤスオ・クニヨシ Yasuo Kuniyoshi その-6

2013年01月17日 11時33分47秒 | 翻訳

Along the Hudson by Arnold Blanch

Unable to speak but a few monosyllables in English, with no friends or any experience, it was far from easy at first. I realized more than anything that I had to earn a living before I could go to school to learn English. I got a job working in a railroad yard in Spokane, through the good services of the hotel manager at a Japanese hotel where I was staying in Seattle.



少しの一音節単語しか喋れない英語、友達もなく何の経験もなく、最初は簡単ではありませんでした。
私は学校に英語を学びにいく前に、何よりも先ず生活をして行かなければならないと解っていました。
シアトルで滞在していた日系ホテルのマネージャーのはからいで、スポーケーンの鉄道操車場で働く仕事に有り付きました。



訳後感:
クニヨシの渡米した頃には、日本からのシアトル経由でアメリカに移民した人も多くいただろう。
今より大らかな当時の事ではあるだろうが、若いクニヨシの行動力はたいしたものである。

毎日氷点下5~6度の朝が続くと、0度を越える朝が来ると幾分暖かく感じる。 とにかく寒くて外では何もしたくない日が続いている。
コメント
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