旨い処探索同好会

アトリエ葉神 公式 ブログ・サイト

画家のツブヤキ 017 ブログの開設から409日

2011年11月30日 12時04分22秒 | 画家のツブヤキ


このブログを始めて409日、一年と44日がたった。 一日に地球の自転で移動する距離を除けば、太陽の回りを一回転以上にして約10億Km移動したことになる。 ミルキーウェイ・ギャラクシー自身の回転、ユニバース自体の拡張の値を推し量ることが出来るならば、我々は一年の間に大変な距離を旅したことに気づくはずだ。 それが一年と言う時間の感覚なのかもしれない。



去年の夏にはエックハート・トーレ(Eckhart Tolle)のザ・パワー・オブ・ナウ(The Power of Now)をちょうど読んだあとで、彼の説明を勝手に解釈して自分自身「サトリ」の境地に達したと思い込んでしまっていた時期があった、その時岡山で、近くのコンビニに仏像に関する本を見つけた。 
「保存版」とあったので中を見ると結構値段のわりに写真が多く内容が良さそうだったので買ってしまった、ちょうど奈良でお寺を訪ねた後なので、仏像や宗教に関する芸術の事に関心があった。



昨年日本からレイトンビルに帰って来るとき、自費出版の詩集とエッセイ集を頂いた。 格別な内容とか文章はなかったけれど素朴でシンプルなことばで淡々と書かれていた、丁度作者の描く風景が言葉で写したスナップショットのようで分かりやすかった。 これなら自分でも文を書けるのではないかと思ったのが、このブログの始まりの一つだったような気もする。



ウェブログと呼ばれる言葉を作り出したのは、ジョン・バーガーで1997年11月17日の事だ、
1999年4月頃にそれを短くしてブログにしたのがピーター・マーホゥル、そしてそのスグ後エヴァン・ウィリアムスがブログを動詞と名詞の両方に使いブロガーと言う言葉を生み出したそうだ。 ほんの十数年前のことなのですが、サイバー・エージの十年一昔は変化のスピードも速く感じます。
The term "weblog" was coined by Jorn Barger on 17 December 1997. The short form, "blog," was coined by Peter Merholz, who jokingly broke the word weblog into the phrase we blog in the sidebar of his blog Peterme.com in April or May 1999.  Shortly thereafter, Evan Williams at Pyra Labs used "blog" as both a noun and verb and devised the term "blogger" in connection with Pyra Labs' Bloggerproduct, leading to the popularization of the terms.



ブログが偉大な処は、普通の人でもサイバー・コミュニィティで発信源とツーウェイ・コミュニケーションの手段を持てる事ではないかと思う。 モニターに映る画面は、BBCの特ダネページやホワイトハウスからのメッセージのページと同じ一ページであって使い方によっては、非常にパワフルなツールなのだ。 ヴァーチュアル・ソサエティの窓口としてブログは他のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)と同様に貴重な役目をはたしている。


 
あるブログに<性格は顔に、生活は体に出る>とあった。 意外と的を射ている感じがする。気がつかないうちに毎日の積み重ねで創り上げられる顔と体、変化はゆっくりかもしれないが、確実に皆平等に一日24時間流れていく。



そして<作品には、全てが出る>と言うのが持論であるが、ブログだって立派な電子芸術作品であることは間違いないだろう。 いろいろな要素が自然とブログに反映される、ブログを創る人の人柄が出て来る、そしてその積み重ねが表現されるわけだから芸術作品と同じだと思う。



今、最初に書いた「ブログ発足」を読み返すと恥ずかしくなってしまうほど何を書きたかったのか分からない、ほんの一年前である。 これから軌道修正をしなければならない時なのかもしれない。



先週のストームの時、北にある海抜1,373mのアイアン・ピークに雪が降ったようだ。
Iron Peak is a mountain summit in Mendocino County in the state of California (CA). Iron Peak climbs to 4,505 feet (1,373.12 meters) above sea level. Iron Peak is located at latitude - longitude coordinates of N 39.808487 and W -123.481408.
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日記 014 キツツキ 啄木鳥 Woodpecker

2011年11月15日 22時36分56秒 | 日誌
現存の動物で滅亡した恐竜に一番近く、都会でも毎日間近にお目にかかっている野生の動物は鳥です。
大分以前にコレステロールと卵の関係が話題になっていた頃、普通のアメリカ人が一生の間に食べるニワトリと卵の数を試算したニュースがあった、正確な数は覚えていないが、膨大な量で驚いたのを覚えている。 ニワトリは100人の顔の違いを認識する能力を持っているそうだが、人は鳥の事を案外知らないように思います。 そこで「キツツキと言う名の鳥はいません」と言うと、えっと思うかもしれませんが、正確にはキツツキは木をつつく鳥の総称なのです。 



Imperial Woodpecker (Capephilus imperialis), male(below), female(above). 1898.
Chromolithograph by John Livzey Ridgway. (1859 ~ 1947)
インペリアル・ウッドペッカー・オブ・メキシコ(Imperial Woodpecker of Mexico)。 
この鳥は北米近辺で一番大きいと言われていたキツツキです。



"Elusive Ivory" - Ivory-billed Woodpecker by artist Larry Chandler
次に大きいアイボリー・ビルド・ウッドペッカー(Ivory-billed Woodpecker)は、名前の様に象牙に似た嘴(くちばし)を持っていたのでしょう、アメリカ南部フロリダ近辺とキューバに生息していたようです。 

こういった大型のキツツキは人によってハントされ、それに加えてハビタットを破壊され、どちらも1950年前後を最後に生存が確認されておらず、絶滅したと考えられています。



Original caption: A male Pileated woodpecker sailed into my yard today at full speed and full voice, the first time I've seen one since I moved to Oregon. West Linn, Oregon, USA
27 December 2006. Photographed by Noel Lee.
現在北米で一番大きなキツツキは、パイレーテッド・ウッドペッカー(Pileated Woodpecker)と言われています。 大きさはカラスとほぼ同じか少し大きい程度でしょう。



Female Pileated Woodpecker (Dryocopus pileatus) looking for ants on a felled tree.
May 25, 2008. Photographed by Andrew Brownsword.
通常、鳥の趾(あしゆび)は前3本、後ろ1本ですが、キツツキは前2本、後ろ2本の対趾足である。
やはり木登りが便利になるように趾も進化したのでしょう、そして尾羽根は硬い芯を持ち木を登るときの支えになります。 パイレーテッド・ウッドペッカーは、カーペンター・アント(Carpenter Ant)が好物だそうだ。



アトリエはマドロン・グローブ(Madrone Grove)の隣にある。 母屋でのお茶休憩のためアトリエを出たところ、丁度パイレーテッド・ウッドペッカーが、マドロン林の木に飛んで来た。 そぉっと、アトリエに引き返してカメラを手にする。 



今まで、パイレーテッド・ウッドペッカーは大変用心深くなかなかじっとしていないし、こちらの存在に気づかれるとあっと言う間に木の裏側に回り、そこから低くスカッド・ミサイルの様に飛んで逃げるのでなかなか写真を撮れなかった。



パイレーテッド・ウッドペッカーの鳴き声も木をつつく音も結構大きく森中大変よく響く。 しかし音はすれども姿はなかなか見えない、見つけてもスグに何処かへ飛んでいってしまう。



1940年、ユニバーサル・スタジオのプロデューサーだったウォルター・ランツ(Walter Lantz)のスタジオで創られた古いアニメのウディー・ウッドペッカー、後ろのとんがった赤い頭で、独特の笑い声を覚えている。 実際のウッドペッカーの鳴き声ってどおなんだろうと子供心に思ったのを思い出してしまった。



「過去にワーナーでバッグス・バニー作品などを手掛けていたベン・ハーダウェイのストーリーボードにより、ウッディー・ウッドペッカーは1940年11月25日の『キツツキとパンダ一家(原題:Knock, Knock)』で初登場した。ウッドペッカーの特徴は、「ゥアアアーアー、ゥアアアーアー、ゥアアアアアアアアアアアアア!」という甲高い陽気な笑い声である。」とあった。



実際に聞いてみると、アニメのあの笑い声と比べて似ていると言えば似ているし、それ程似てないと言えば似てない。 音を文字で伝えるのは味や匂いと同じで難しい。



しょっちゅう動き回るので、フォーカスに手間取っている間に、こちらの存在に気づいたのか、前庭に移りあっと言う間に見えなくなった。



今まではメモ変わり程度の気持ちで使っていたので「バカチョン・カメラ」で充分だったが、今回は折角の撮影チャンスだったけれど、手持ちのカメラの限界を感じた。 もうチョットましなカメラを調達した方が良さそうだ。





Ivory-billed Woodpecker, (Campephilus principalis), hand-colored engraving. Male on the left, female on the right. John James Audubon (author, artist, 1785-1851)
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日記 013 タワー・ハイスト と オキュパイ・ムーヴメント

2011年11月09日 21時13分32秒 | 日誌


日曜日の午後、車で30分の隣町、宇井律(Willits)のノヨ・シアターで映画鑑賞をした。
この辺りの田舎では数少ない有料エンターテイメントで、マティネーはいまだに5ドル50セントである。 観た映画は「タワー・ハイスト」、ベン・スティラー主演のコメディーだ。

Ben Stiller and Eddie Murphy lead an all-star cast in Tower Heist, a comedy caper about working stiffs who seek revenge on the Wall Street swindler who stiffed them. After the workers at a luxury Central Park condominium discover the penthouse billionaire has stolen their retirement, they plot the ultimate revenge: a heist to reclaim what he took from them. -- (C) Official Site

セントラル・パークの高級マンション最上階ペントハウスに住む投資家に長年蓄えた同僚ビル従業員の年金をほごにされたうえ、仕事も首になったワーク・ステッフのベン・スティラーが、何とか大金を取り返そうと仲間と奮闘するコメディー。 「スティフ」は元副大統領アル・ゴアにつけられポピュラーになったあだ名、そしてheistには「持ち上げる、巻き上げる」の意味もある。



最近のハリウッドのモーション・ピクチャーは妙にテクノロジーに走りすぎで、肝心のストーリーの方が少々おろそかになって来ている感じがするが、足元をすくわれるクラッシック断崖絶壁シーンとテンポのよいシナリオのやりとりなど結構おかしかった、役者も揃っていて楽しめた映画だった。

Bernard Madoff cheated more than 16,000 investors out of about $20 billion. He was arrested in December of 2008 and pleaded guilty three months later to running the largest pyramid-style scam in history, receiving a 150-year jail sentence.(from CNN)

数年前、実際にあった史上最大のポンジー・スキーム(Ponzi Scheme)となったバーナード・マードフ(Bernard Madoff)の事件を思い出したが、タイミング的には丁度現在進行形のオキュパイ・ウォールストリート(Occupy Wall Street)の現実イメージと重なってしまう映画ではないかと思う。



メンドーシノ・カウンティの愉快屋(Ukiah)にも、遂にオキュパイ・ムーヴメントがやって来た。
ユカイヤのローカル紙、ユカイヤ・デイリー・ジャーナル(Ukiah Daily Journal)が伝えるところによると、オキュパイ・ユカイア(Occupy Ukiah)が正式に発足したそうだ。 ユカイヤでは、パーティー気分でやっているが、オキュパイ・ムーヴメントは、ウィー・アー・ザ・ナインティナイン・パーセント(We are the 99%)とも呼ばれる運動で、市民に選ばれた代表が市民よりも企業寄り過ぎるとか、少数派意見が反映されないとか、デモクラシー自体の持つ問題点もあるので簡単には治まらないだろう。



このオキュパイ・ウォールストリートの運動が、全世界に広がりつつある。 そもそもの事の発端は誰でも払えるローンの返済金額で実際に買う能力のない人にまで家を売りつけ、それを証券化して世界中にばらまいたサブプライム・ローンの問題にさかのぼるのではないかと思う。 そうして作られたバブルはリーマンショックではじけ、不動産の価値が暴落、多くの人々のローン返済額が不動産の価値より高くなり、消費もなくなり経済は失速、失業率も増加した。 



庶民の生活は苦しくなる一方で、多額の公的資金をつぎ込んで助けた銀行が貸し渋り、これだけの社会的問題を起こしたのに誰も責任をとっていない、誰も罰せられていない事はおかしいと言うことになって来た、誰かが責任を取るべきだと言う主張だ。 そして金持ちを優遇しすぎるのではないか、その金持ち、つまり人口の1%が富を過分に取りすぎている、そしてそのシンボルがウオール・ストリートなのである。



全米で多くの地方行政は財政難なのに、デモの警備にかかる費用も大変な額になるだろう。 そして来年の大統領選挙にも影響してくるだろう。 (オークランドとバークレイのデモの写真は、サンフランシスコ・クロニクル紙(San Francisco Chronicle)より)

自由にすれば格差は出てくる、人為的に平等にしようとするとどこかに無理がでる、大抵弱いところに何らかのしわよせが来る。 平等、公平、対等の現実化は長い道のりである。
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画家のツブヤキ 016 タルト・タタン 食秋彩 秋の色を食べる

2011年11月05日 13時23分51秒 | 画家のツブヤキ


パクパクさんが、フジリンゴを使って素敵なケーキを作ってくれた。
「タルト・タタン」の一番の魅力は、カルメライズされたリンゴの、あの美味しそうな色ではないかと思う。 リンゴがバターとシュガーで程よく照りをもった赤みをおびるように煮て焼いて創り上げた秋の収穫と味覚の色だ。



我が家の前庭にあるリンゴの木は、カリフォルニアでも人気のフジ・アップルだ。
「実は先より元」と教えてくれたのは誰だったか覚えていない、その程度の知識しかないのでろくに剪定もしていない。 今年は途中で伸び放題になったリンゴの木を一定の高さでバッサリやった、それでも結構たくさん実がなった。 豊作は嬉しいが、収穫物の料理や保存に追われてしまう事になる。



一応ネットを掛けていたので鳥の被害は少なかったが、殆ど全部のリンゴが虫食いだった。
有機肥料で殺虫剤や除草剤等の薬は一切使わないので虫食いは避けられないし、別にたいしたことではない。



「タルト・タタン」と名前を聞いただけで、タンとワクワクしそうなケーキである。  
一説では、1898年(明治31年)フランスの二人の姉妹が経営する「ホテル・タタン」で, ホテルと言ってもベッド・アンド・ブレックファーストのようなものだろうが、姉妹の一人がホテルのお客に出すデザートのアップル・パイを作るためリンゴをバターとシュガーで煮ていた。 

忙しくて平ナベ(Pan)から目を離したのでリンゴが焦げそうになり、焦げ付くと失敗すると思った彼女は用意していたパイ生地をすぐに上から平ナベに入れてそのままオーブンに入れた。 オーブンから出して上下を逆にして、暖かいまま出すとホテル客にたいへん喜ばれたのが始まりと言われる。
こういう話はどこまで本当か分からないが、焦げたリンゴとバターとシュガーのニオイを嗅ぎながら待っていてディナーの最後に暖かいケーキが出てくると、どの時代でもうけない訳がないだろう。
  
その後、この地方でポピュラーなデザートになり、パリのマキシム(Maxim's)の固定メニューにも加えられる、そして「タルト・タタン」は、アクシデントから生まれたケーキとして広く知られるようになった。 しかし逆さのタルト(Upside down Tarte)は、1841年の"Patissier Royal Parisien"に既に記されていると言う説もある。

私がオハイオ州デイトンでまだ画学生の頃、下宿のおばさんが得意のパイナップル・アップサイド・ダウン・ケーキ(Pineapple Upside down Cake)をよく作ってくれていた事を思い出した。 上にある黄色いパイナップルの甘さと酸っぱさが、パイ生地の食感のバランスと丁度よく美味しかった。
ブラジルには、Bolo de Bananaと呼ばれる、バナナのアップサイド・ダウン・ケーキがあるらしい。
タルトは、フランスで"Tarte"、オランダでは"Taart"で、意味も少し違うようだ。

タルト・タターンのレシピーは、ネットで探せばいくらでもあると、拒むパクパクさんに何とかお願いしてレセピーを書いてもらった。 パクパクさんはダイエット中なので、バターの多いパイ生地ではなくケーキ生地を使用、オーブンが壊れているので電気炊飯器で作ったとのこと。



電気釜で作る「パクパク風」タルト・タターン:

A: りんご 700g~800g (皮を剥いて八等分にしておく)
バター 60g   
砂糖 60g
レモン汁 大さじ 2杯

B: 小麦粉 120g
ベーキング・パウダー 小さじ 1杯
砂糖 大さじ 2杯
卵 1個
ミルク 大さじ 2杯
バター 5g

1: 電気釜の内釜にAのバター5gを塗る。
りんごにレモン汁をかけ、内釜に並べ、上にバターと砂糖を振り炊飯する。

2: りんごを炊いている間に生地を用意する。
Bの小麦粉とベーキング・パウダーをふるっておく。
バター、卵、砂糖、ミルクを混ぜておく。

3: りんごが炊けたら一度スイッチを切る。
Bを全部合わせてりんごの上にかぶせる。
再びスイッチを入れて、炊飯する。

4: 炊飯が出来たら内釜を取り出し、熱いうちにお皿をかぶせ、ひっくり返して
出来上がり。

(艶が足りない場合:りんごの皮と芯を鍋にいれ、ひたひたの水で柔らかくなるまで煮る。
煮上がったら濾して汁だけを鍋に戻し、汁の量の半分くらいの砂糖と大さじ2杯のレモン汁を加え煮詰める。 柿色になったら火を止めてタルトに塗る。)


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日記 012 カントリー・リビング その5ークマ騒動・トラップ(Trap)

2011年11月03日 19時41分40秒 | 日誌


今日久しぶりに雨が降った、予報では一週間ばかり雨の日が続きそうだ。 ここ数日、朝からカラスが周りの木に集まって騒々しくしている。 カラスは親戚つき合いもチャンとするし家族思いだと聞いた事がある。 あっちで「カァカァー」、こっちで「カァカァカァ」と情報交換をしている、カラス達の井戸端会議か、ひょっとしてクマの事が話題かもしれない。



昨日お隣に電話をしてクマの糞の状況を伝えると、既にゲーム・ワーデン(Game Warden)に連絡をしてトラップを設置したとのこと。 一度家の近くまで来てドッグフードを食べているので又いつ戻ってくるか分からない、偶然に鉢合わせにでもなると危険だ。 何とか早く生け捕りにしてどこか安全な所へ連れて行かなければならない。 我が家のディアー・フェンスだってクマにとってないに等しい、 内側で犬達が吠えてなければ簡単に壊して入ってくるだろう。 とにかく、どんな罠なのかみんなで見に行くことにした。



田舎のこの辺りでも最近クマのサイティングの話は滅多に聞かなくなった。 たまに誰かがクマが歩いているところを見てもたいして話題にならないし、次の日には山に戻って続けて見かけることは、ほとんどなかったからだ。 今回は事情が違っていてクマが、長くこの辺りに居すぎる。
かなり頑丈に出来ている様に見えるトラップだ。 何故広く開けた所に設置したのか、又ベイト(bait)は何か分からない。 



これは湯気こそ見えないがかなり新しい感じのする糞のようだ。 動物の糞は米語で、dropping, dung, poop, crap, shitなど色々ある。 この辺りで野生の動物に関して問題が起きたときには、フィッシュ・アンド・ゲーム(California Department of Fish and Game)に連絡をする、そして地域担当のゲーム・ワーデンが現場で対処するようになっている。 



こちらもかなり新しい物で、先ほどの物からさほど離れていない所にあった。 どこの家もライフルや散弾銃を持っているが、勝手に野生の動物を撃つことは出来ない。 ハンティング・ライセンスが必要で狩猟の地域や季節が厳しく決められていて、違法行為には罰金と禁固刑がある。 



この先が壊れたフェンスの場所で、その向こうの開けた小高い所にトラップ(Trap)がある。
ブラック・ベアーは、名前こそ黒熊であるが、色はタン・カラーから黒まで色々あるようだ。
普通オスが150Kg、メスで100Kg程あるが、時速50Km以上で走る、泳ぎも木登りも得意なので、襲われたら逃げようがない。 



クマは冬眠の準備にかかると一日20時間も食べ物を探し回るそうだ、腹が減っていては冬眠も出来ないのだろう。 4.5才以上の雌クマは、2年に一度2~4匹のカブを産む、6~7月が交尾の時期で2月初め頃出産だが、食料事情が悪くて親子に必要な脂肪が充分貯まらないと受精卵でも排出されるメカニズムを持っているそうだ。



今日の雨とこれから続く雨で、キノコがどんどん出てくるだろう。 冬の低い太陽の光で影も長い、3週間程前の雨で濡れた処で日影の部分では、一見乾いて見えても枯れ葉をどかすともうたくさんのケッポリが見られる。









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日記 011 カントリー・リビング その4-クマ騒動・続き

2011年11月02日 16時20分51秒 | 日誌


先ずはエアー・ホーンを二発鳴らし、裏のゲートを後にして武装した二人と三匹は、些か緊張気味に下の池に向かいました。 



最初の下りのカーブを回ったところで先頭を行っていた犬が足を止める、ガサッと音がして全員足を止める。 暫くして「トーン、トーン」と鹿が跳ねて立ち去る音がした、ほっとする。 普段だと犬どもが狂ったみたいになって鹿を追いかけている処だが、今日はチャンとリーシでつないであるので、そうはいかない。 しかし、ひょっとしてクマが下にいるかもしれないと思うと慎重になる。
この騒ぎに気がついてサッサとどこかに行ってくれれば良いのだが、



この道は、この辺りがサブ・デヴァイドされる前の道で、かなり古いがチャンと造られていて雑草も余り生えない、回りの木が大きくなって道を覆い被さっている。 中央で黄葉しているのはオーク(Oak)の木で、いつもだと10月中旬で落葉する。 手前の両側に写っている低い木がマンゾニタ(Manzonita)で、この木のオレンジ色の実(小さなベリーが房になっている)をクマは食べている。 この先、50m程の所にお隣のフェンスがあって、丁度クマが壊して通った後がある。



池は今が一番水の少ない時期で、これからの雨で徐々に水かさが上がりいっぱいになる。 そうすると現在回りに見えている土色の部分がなくなる。 昔は井戸水だけでは不足していたので池からポンプで畑や庭に水をくみ上げていたが、水道を引いたので今はやっていない。



丁度、水鳥が三匹向こうの端にいたが、このカメラでは遠すぎてハッキリと写せなかった。



カリフォルニアの州旗にある図案化されたグリズリー・ベアーは有名だがこの辺りにはもういない、いるのは多分ブラック・ベアーである。 池の横で見つけた、まだ比較的新しいクマの糞。 靴のサイズと比べると大きさが解る、内容はマンゾニタの実がほとんどのようであった。 クマの糞は、ほとんどが池のそばの散歩道の上に7~8個あるので、この辺りをしょっちゅう行き来しているに違いない。



ブラック・ベアーは、北米大陸では最も一般的なクマらしい、食べるものは場所や季節によって異なる。 夏場はアリや昆虫で、秋の好物はマンゾニタ・ベリーやエーコーンのようなナッツだが、要するに食べられる物は何でも食べるそうでそのへんは人間と似たようなものだ。 こちらのクマの糞は、かなりの下痢でお隣のドッグフードを食べたものに間違いないだろう。



クマの姿は見えなかったが、壊れたフェンスのバーブ・ワイヤーには確かに少しクマの毛が残っていた。 暫くは下の池の回りは行かない方が安全だろうが、この次の雨の後は「松茸」が裏の林に出てくる頃だ、それまでにクマ騒動がおさまれば良いのだが、今から焼き松茸の事が気になる。
今回の冒険に参加した勇気ある三銃士、右からゴンちゃん、フクちゃん、モモちゃんです。
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