ちはるさんの凸凹日記から
『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば』という番組は、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば』というタイトルに変わり、土曜の夜8時からの一時間枠で再スタートすることになった。
フジテレビのこの時間帯には、伝説の番組『オレたちひょうきん族』が放送されていたということもあり、出演者もスタッフもかなり気合いが入っていた。
私はといえば、新番組の準備でバタバタと忙しくする皆に忘れられたかのように声を掛けて貰うことはなく、やはり次は無いのだと、友人に誘われるまま当時流行りだった自己啓発セミナーに通ってみたり(この話はまた詳しくしますね)、仕事も少なくなりそうだったので、またバイトでも始めなきゃとか、先の見えない東京生活をモヤモヤとした気持ちで過ごしていた。
ところが、意外にも私は次の番組にレギュラー続投ということになった。番組がスタートする本当にギリギリ、ふと思い出したように連絡があったのだ。ウッチャンのパートナー役としてコントに出演するということ以外、詳しい内容はほとんど教えてもらえず、マネージャーの飯島さんと共に不安を抱えつつ、当時新宿の河田町にあったフジテレビのスタジオに出向いていったのを憶えている。
タレントクロークに着くなり、待ち構えていたチーフディレクターに「あぁ、ちはる。おまえ今日から顔オレンジだからよろしくね」と言われた。
「オレンジ…?」
意味が分からず、ほえっとする私はアレヨアレヨとメイク室へ連れて行かれて、「ほら、これのオレンジ版にするから」とウッチャン扮するマモーの写真を見せられた。
ルパン三世の映画で見たことのあるマモーというキャラクターは知っていた。写真の中のウッチャンはそのマモーに見事なりきっているのだが、これのオレンジって一体…!?
『誰やら』の時からの馴染みのメイクさんが「大丈夫、意外と可愛くなると思うんだよね」と言いながら特殊メークの準備を始める。
状況が飲み込めずキョロキョロしていると、メーク室に良く知った顔の人が入って来た。
「あっ! フミヤさん…」
そう、当時チェッカーズで一世を風靡していた藤井フミヤさんが突然現れたのだ。しかも、私の隣の席に座り、慣れた感じでメイクさんに話しかけているじゃないですか。
私は学生時代からファンで、チェッカーズの『たんたんたぬき』という映画も友人と3回連続で見たぐらいだし、どうしよ~フミヤだ~~~!!!と、自分の置かれている状況も忘れ内心バクバクしていたら、鏡越しに私に気づいたフミヤさんが「あれ…?」と、こっちを見ているよう。
「ねぇ、キミってアルバイトニュースのCMに出てる子だよね?」
突然話しかけられ、しかも自分を少しでも知ってくれていた事に驚き、アホみたいにただただ頷くと、
「あのCM可愛いよね。オレこの子いいなぁ~って思ってたんだよね」
え…? 嘘っ!? そ、そんな事、フミヤさんに言われたら鼻血ブーものじゃないっすか!
「えっ、あ、ありがとうございます!!」
ドキドキしながら答えると、ニカッとフミヤスマイルを見せ、自分のメイクをしだした。
隣にスターが座り、夢見心地でいた私に、準備が整ったメイクさんから元気に声がかかる。
「じゃ、オレンジに塗ってくからねー!」
そして私の顔には、ためらうことなく綺麗なオレンジ色のドーランが塗られ始めた。
「うわっ! その色スゴいね~」
隣の顔の異変に気付き、興味シンシンで覗きこむフミヤさん。
「手早くやらないとムラになっちゃうからね。さてと、次はシワを書いてくよ」
意気揚々と黒のペンシルで手際よくシワを描き始めるメイクさん。
「へぇー、これは大変だね。…誰だかわかんなくなっちゃうじゃん」
と、フミヤさん。
私は戸惑いつつも無理して苦笑いを浮かべたら、
「あー、今は笑わないで! 笑いジワが出ちゃうから」
とメークさんにたしなめられ、出来上がっていくオレンジ色の妖怪の顔を憧れのフミヤさんと一緒に、人ごとのように眺めていた。
しばらくすると身支度の済んだフミヤさんは「じゃ、頑張ってね~」と風のようにいなくなり、私はいつのまにか、マモーの愛人、ミモーに変身していた。
最初は「なんじゃこりゃー!」って感じだったけど、完成したミモーは意外に可愛かった。
悲しく響いたフミヤさんの「誰だかわかんない」という言葉も逆に楽しく思えるようになった。
そう、私はあまりの衝撃で開き直ってしまったらしい。ミモーは私であって私じゃない。ミモーでいる限り比べられるものは何もないのだ。
そんな風に考えられるようになったのは、やはりウッチャンの影響が一番大きかったんだと思う。マモーに限らず、自ら考え出したキャラクターに扮するウッチャンは、まるで憑依したかのように声も表情も瞬時に変わり、それらを作り出すことをとても楽しんでいるようだった。
隣で「マモー!」「ミモー!!」と叫びあっているうちに私までこのミモーという架空のキャラクターを愛しく感じるようになっていったのだ。
普段は言い返せないナンチャンの意地悪も、ミモーに扮してからは感情を爆発させ泣きながら言い返してみたり、はたまた笑い飛ばせたり、素の自分を出せるようになっていった。
あとから聞いた話だけど、前回の番組で縮こまって本来の自分を出せず作り笑いばかり浮かべる私に、もうあの子は無理だろうという話がスタッフ内で出たらしい。でもその時、ウッチャンが「僕がちはるを何とかします」と手を挙げてくれたのだそうだ。ウッチャンのこの時の一言で今の私があるのだし、ナンチャンがオーディションに呼んでくれたというコトもしかり、ウンナン様には本当に足を向けて寝られない。
そしてこのミモーがTVに放送されはじめると、私の名前は劇的に世間に知れ渡っていった。本当に一夜にして変わるシンデレラといった感じで、私はミモーになる魔法をかけられ、見事ブレイクしてしまったのだ。