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話は、五年ほど前に遡る。 |
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当時オムイは、公儀隠密忍群に属していた。 |
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忍びとしての並外れた伎倆によって当代随一と目されていたオムイは、例外的に公方(将軍)にも目通りを許されていた……。 |
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時の将軍、徳川家呵呵(とくがわ・いえかか)である。
「オムイよ、よッく聞けい!」 |
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「幕府は今般、極秘裡に写真術を導入することにした」 |
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「写真術!? 精密な絵姿を一瞬で写し取るという、異国の術でございますね?」 |
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「うむ。写真術は隠密の諜報活動に寄するところ大であろう。向後は必須の術になると申しても過言ではあるまい」 |
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「これが異国より伝来の、写真機でございまするか!」 |
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「その写真機を、おぬしに委ねる。試し撮りをしてみい」 |
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「ははッ」 |
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「我が国での写真撮影はこれが嚆矢。つまり歴史的な一枚じゃ! このわしを撮ってみよ」
こう言って、将軍がポーズを決めた。 |
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オムイは緊張して、ファインダーを覗く。 |
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「……し、しばし待て! 急にもよおしてきた」 |
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「まだ撮るな! 撮るなよ!」 |
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カシャッ
「も、申し訳ございませぬ! 撮ってしまいました……」 |
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「な、何と?」 |
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「変なところを撮りおってーッ!」 |
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「許せん! 手討ちじゃ、打ち首じゃーッ」 |
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―― かくしてオムイは、将軍に追われる身となった。幕府は、オムイを抹殺してこの件を隠蔽しようと考えたのである。 |
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つまり、将軍家の威信にかかわる秘密とは、将軍の恥ずかしい事実および写真なのである。
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この秘密を携えて逐電したオムイは、以後、幕府との果てしない闘いに身を投じることになる……。 |
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