時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ワイマールの顔:ベルリンの光芒

2006年10月19日 | 書棚の片隅から
    このところ一寸不思議に思うことが続いている。昨年以来、折に触れて感想を記してきたオルハン・パムクのノーベル文学賞受賞を喜んだことはすでに書いた通りだが、C.イシャウッドの『さらばベルリン』 Goodbye to Berlinを読んだ後、まったく偶然目にした雑誌に、イアン・ブルマ Ian Buruma が「ワイマールの顔」*と 題した一文を寄稿していた。

  今では数少なくなった第二次大戦前のベルリンを多少なりと知っている人が、ノスタルジックな思いをこめて回想する1930年頃の「古き良き」ベルリンである。二つの大戦で挟まれたいわゆる戦間期である。  

  イアン・ブルマが取り上げたのは、このブログで取り上げたばかりのイシャウッドに関連する人物、ジョエル・グレイ Joel Grey である。ミュージカル「キャバレー」で退廃的雰囲気の漂う、それでいて妖しい魅力を持つキャバレー Kit Kat ClubのMC役を見事につとめ、アカデミー助演男優賞を手にした。キャバレーといっても、日本でイメージされるものとはかなり異なっていたようだが。それはともかく、グレイは実に巧みに舞台回しの役を演じていた。グレイは1932年生まれであり、忍び寄る大戦前ベルリンのデカダンス、頽廃の空気を多少なりとも継承しているのだろう。  

  折しも、北朝鮮の核実験発表を契機として、にわかに高まった世界的な危機感と、同時に存在するアパシーのような無力感。ゲームのように戦争を考えている人々。幸いにも日本は平和な時を享受し、戦争未体験者が過半数を越えたこの時代、「先の大戦」という言葉が行き交っても、どれだけ実感があるのだろうか。今日のニュースは、北朝鮮金政権のチャウシェスク型の崩壊の可能性を伝えているが、このルーマニアの独裁者の最後を知る人も少ない。  

  あの2度にわたる世界大戦を経験しながらも、人間は本当になにかを学んだのだろうかという思いが強まるばかり。そうした中で、たまたま手にしたイシャウッドの描いたベルリンの生活は、80年近い時空を超えて目前に迫ってきた。

  イシャウッドのもうひとつのベルリン生活を描いた小説Mr Norris changes trains (1935) も惹きつけられるように読んでしまった。その感想は次回に。

*
Ian Buruma. "Weimar Faces". The New York Review of Books, November 2, 2006.
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