ブッシュ大統領が残る任期中、なんとか実現したいと期待していた包括的移民制度改革は、ついに成立の見通しがなくなった。ABC Newsなどが一斉に伝えている。この問題の帰趨は、これまでこのブログでもグローバル化の「定点観測」の対象のひとつとしてきた。
6月26日、アメリカ上院本会議はアメリカとメキシコの国境の警備強化と不法移民の就労合法化などを含む包括的移民制度改革法案の採決を今月初めに続き、再び断念した。今回もブッシュ大統領の予想以上に、民主、共和両党ともに反対にまわった議員が多く、大統領の最後の望みも断たれた形となった。
提出が断念された法案の骨格は、不法移民の流入を抑えるためにアメリカ・メキシコ国境の管理を強化する一方、すでにアメリカ国内にいる1200万人と推定される不法移民について条件付きの合法就労や永住権取得への道を開くなどの内容である。農業、建設分野などへの一時的移民労働者の受け入れについては、すでに年間20万人の枠で抑えることになっている。
今年に入ってから共和党、民主両党の右派と左派議員による超党派の法案が提出されてきたが、結局実らなかった。移民政策は党派の違いを超えて、議員間の考えの差異も大きく、右派と左派の両端を抑えてもまとめきれなかった。
今回、土壇場で法案提出を断念した背後には、民主党のみならず与党の共和党員の間でも、すでにアメリカにいる不法滞在者の合法化の道を開くことは恩赦であるとの反対も強く、大統領も最後まで説得にまわったが失敗に終わった。これで、この問題は次期政権が誕生する2009年1月以降まで、先送りとされることがほぼ決定し、残る任期運営で大きな政策の柱として期待していたブッシュ大統領は厳しい打撃を受けることになった。
今回の挫折にいたるまでの経緯を見ていて感じることは、すでにアメリカ国内にいる不法滞在者の合法化の道がきわめて厳しいことである。アメリカの移民法の歴史で、恩赦(amnesty)の措置がとられたのは、1986年の移民改革規制法 The Immigration Reform and Control Act of 1986 であった。今回の改革案では、合法化への過程は当時よりはるかに厳しくなっているが、それでも恩赦に等しいとして反対する議員が多い。これには、9.11以降、アメリカ国民の移民に対する保守化ともいうべき変化も感じられる。
アメリカ国内で急速に増加する合法・不法のヒスパニック系住民への対応も年々困難さを加えており、来るべき大統領選挙選での政策上の難問となることは間違いない。 新政権の政策提示いかんでは、一層の不法移民の流入なども予想され、対応は一段と難しさを増すだろう。しばらく実態面での変化に着目して、ウオッチングを続けたい。
さて,この移民制度改革に関して報道されているアメリカの議会の動きを見ていて,ブッシュ大統領に対する印象が少し変わってきました。
イラク戦争当初は,ブッシュ大統領はネオコンの中心的人物で,アメリカ覇権主義を強引に推し進める指導者という印象でした。しかし,移民制度に関しては,どちらかというと左派寄りの姿勢だった事を知りました。
それが今回,保守派によって廃案に追い込まれました。
この移民制度改革自体,アメリカの不法移民と貧困層に対してどういう影響があるのかを正しく把握できている自身が私にはありません。しかし,アメリカには,不法とはいえまじめに働いていながら,市民権を得られずに不自由を強いられている人々も多いと聞きます。
そんな現状を考えると,この改革法案は決して悪いものではないのではと考えるようになり,またアングロサクソン系以外の人々を認める姿勢でもあると思います。
今回,日本でのこの移民改革法採決見送りのニュースは,「ブッシュ政権が打撃を受けた」という触れ回りで報道されていますが,私にとってはブッシュ大統領について知らなかった一面として,興味深いものでした。
今回の一連の動きを見ていて,実はブッシュ大統領はネオコンに利用されていて,イラク戦争の失策でブッシュ政権の人気が衰えたために使い捨てにされようとしているのではないかとまで思うようになりました。それとも,ブッシュ大統領自体,イラク戦争について反省し,アメリカ国内の問題について目を向けるようになったという事なのでしょうか。
初めてのコメントで長々と恐縮ですが,貴殿のご意見を頂けたらと思います。
世界一の先進国と開発途上国が長い国境線を介して地続きでつながっているという北米大陸の地政学的状況は、アメリカの移民管理システムを非常に難しいものとしていますね。こうした状況にアメリカはこれまでブラセロ・プログラム(臨時農業労働者受け入れ、1942―1964年)などの試みを含めて、綻びを繕うような対応をしてきました。
しかし、1986年のアムネスティ実施以降、1200万人まで急増してしまった不法滞在者、絶えることのない流入、国内労働者が応募しなくなった農業、建設分野などの現実の前に、国境の管理強化などの個別的対応ではコントロールできなくなりました。その意味で、ブッシュ大統領の「包括的移民政策」という多面的取組は、(成立のために妥協を重ね、かなり修正されましたが)方向としては正しいといえましょう。
この案はNAFTA成立以降、ブッシュ大統領自身が考えてきた方向です。9.11前、メキシコのフォックス大統領との会談当時では、より積極的に国境を開放する考えでした。
イラク問題を初めとする外政では失敗して追い詰められ、残った任期で失点を回復し、在任中の業績を誇りたいブッシュ大統領にとって、ネオコンの影響が少なく自分の考えに近い移民法改革法案には大きな期待をかけていたことでしょう。
ブッシュ大統領の見込みとしては、包括的移民法改革は民主党寄りでもあり、法案通過の可能性は高いと読んでいたと思われます。しかし、移民法改革は「政治経済的」性格が強く、議員間の個人的差異も大きく、党派別の議席数では読みきれなかったのですね。不法滞在者合法化への反対が、かなり強まっていることが注目されます。アメリカ国民の関心はすでに次の大統領へと移っており、ブッシュ政権は急速にレームダック化して行くものと思われます。
ブッシュ大統領自身は保守派と思われていながら,この移民問題に関してはもともと柔軟な考え方を持っていたわけですね。むしろ,911事件さえ無かったら,こちらの問題に集中したかったのが本音でしょうね。
ところで,解説を頂いて過去のエントリ等を拝見していろいろわかったのですが,この移民問題はメキシコとの非常に根深い経済問題を内包してしまっているのですね。NAFTAは,長期的にはメキシコの経済発展により移民が減少する事が期待されていましたが,逆に自由化によって競争力ないメキシコの農民が失業するなど,格差の拡大が逆に不法移民を増やす結果になったという見方もあるようです。
しかしこの移民問題,今は傍観者のつもりでいますが,少子化が加速する日本の近い将来の問題であるとも思います。私は学生の時分,建築現場でアルバイトをしていた経験がありますが,左官屋さんの見習いとして一人で中国から渡ってきた人や,高層ビルの足場の上を信じられないほどの量のパイプを肩に担いで平然と歩く中東系の職人さん,お昼になると私のおかずだけこっそり大盛りにしてくれた食堂の東南アジアの人を思い出します。
大きな建設現場でしたので,不法入国して働いてるのではなかったと思いますが,どうもこの問題の行く末が他人事とは思えないのです。
1992年NAFTA調印当時、期待されたことは、生産要素の自由な移動を通して、アメリカ、メキシコ両国が経済発展を達成すれば、メキシコは資本流入による雇用機会の拡大による賃金上昇が期待され、結果としてアメリカへの不法流入が減少するという構図でした。当時、不法労働力の減少については、NAFTAの成立と展開が唯一有効な対策と考えられました。しかし、同時に貿易や直接投資の拡大は、短期あるいは中期的にはメキシコからの移民をむしろ刺激して増大させるという懸念も表明されていました。
NAFTA発効後10余年を経過した今日、当初のこうした期待はマクロ経済的視野に偏り過ぎ、本来あるべき両国間の直接投資の実現や労働者が体得した技能の望ましいメキシコへの環流と、賃金水準の平準化という形には収斂していないと思われます。
アメリカでは国内にハイテク技術者など高度な熟練労働者と国内労働者が忌避する農業などの低賃金・劣悪労働者の二重労働市場が形成されています。メキシコ側は発展のための基軸的産業基盤を形成できず、労働力流出が減衰する兆しはありません。
アメリカ移民問題、ご指摘の通り、日本の現状と将来を考える際のひとつの参考軸としてウオッチを続けています。幸い日本は中国と地続きではありませんが、もし国境を地続きで接していれば、どんなことになるでしょうか。「単純労働」は受け入れないといいながら、現実には合法・不法を含め数十万人の外国人が働いている事実から、目をそらしてはいられなくなっています。この事実を正視し、歪んだ外国人(移民)労働者政策を構想しなおさねばならないと考えています。