オバマ大統領の医療保険制度改革に関する議会演説(9月9日)を聞いた。大統領支持率も大きく下がってきただけに、大統領選の演説を思わせるきわめて力の入ったものだった。もうすっかりおなじみになった「オバマ節」だ。大統領の議会演説は基本的に敬意を持って聞くという慣行のようだが、緊迫した情景があった。
大統領が「民主党は新医療改革を不法移民にも適用しようとしていると云われているのは正しくない」と述べた時だった。サウス・カロライナ選出のジョー・ウイルソン共和党議員が「貴方は嘘をついている」と叫んだ。大統領に対する尊敬の念を欠いた不適切な発言ということで、ウイルソン議員には非難も集中し、本人も直ちに謝ったようだ。一部の共和党議員の間に存在する、建設的な議論を頭から拒否するという最近の風潮が暴発したようだ。オバマ大統領も今回のことは水に流すとしている*。
今や1200万人近いといわれる不法移民が、医療、教育などの公共サービスをコストを負担せず使っているとの批判は、以前からある。オバマ大統領はとりわけ新医療改革案が、増税などでこれ以上余分の負担を国民にかけないということを例示する意味で、あえて不法移民にまで言及したのだろう。
大統領が演説の最後に引用した、亡くなったばかりのテッド・ケネディ上院議員の遺言との関係で感じたことがあった。ケネディ議員は生前共和党マッケイン議員との連携の下に、「新移民法」構想のひとつの原案ともいえる法案を提出した。法案は実現にいたらなかったが、いずれ議論が再開すれば十分土台となりうる内容だ。ケネディ議員はマケイン議員と連携することで、民主党と共和党の架け橋を作り、新移民法案の成立を図ったが果たせなかった。
ケネディ上院議員の未亡人も列席する中で、大統領はケネディ議員の遺言を引用し、「(医療保険改革は)優れて道徳的問題であり、重要なことは政策の細部ではなく社会的正義とわれわれの国の品位にかかわる基本原理にある」と述べた。民主党きっての良識派ケネディ議員の「白鳥の歌」だ。この言葉に力を借りて、オバマ統領は、自らの政治的命運を左右する医療保険制度改革を乗り切ろうと思ったのだ。これまでFDR(フランクリン・ロースヴェルト)からクリントン大統領まで、歴代大統領が果たし得なかった困難な政治的課題だ。自らつくり出した大不況に足下が揺らいでいるアメリカの国民が、自国のあるべき姿をいかに考えるか、その行方を計る重要な試金石だ。
アメリカ国民が建国以来の伝統的「アメリカン・ドリーム」の考えを維持し、社会の格差の存在を認めるのか、社会的弱者を積極的に救済し、そのための負担増もやむなしとする方向へ舵を切るのか。大きな潮目だ。この問題はもはや「対岸の火」ではなくなった。間もなく発足する新たな政権の下で、われわれにも形こそ違え同じ問題が突きつけられている。
* その後、事態は同議員に辞任を求める動きにまで発展しているようだ。