時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

オランジェリーが抱いた時代への思い

2007年02月16日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

Credit: Place de la Concorde (6 fevrier 1934, Au fond, l'Orangerie, Paris, Biblioteque national de France), partial 
  


    オランジェリー美術館の歴史の中でも、1934年に開催された「オランジェリー 1934年:現実の画家たち」は、特別に意義ある展覧会として今日まで記憶されている。70年余りの時空を隔てた今日、その忠実な再現を試みた今回の特別展は、それ自体大変アンビシャスな試みであることは2月3日に記したとおりである。

  ただ、完全な再現とはいっても、オランジェリー美術館自体が全面改装されたので、展示室の配置などは変わらざるをえない部分もあった。展示作品もさまざまな事情で完全に同じ形での出展は難しい。しかし、主催者側は最大限の努力をして当時の状況を再現しようと試みたようだ。開催の時期も、1934年11月24日-35年3月24日と、季節まで考慮したかのように重なっている。その徹底したこだわりぶりには敬服する。細部にわたってみると、さまざまな配慮が感じられる。

  展示空間については、インターネット技術を駆使して、1934年当時の状況を3D空間で再現している。70年前に誰がこれほどの技術発展があると予想しただろうか。この労作ともいえる3D作品を見ると、当時の展示では、入り口からまっすぐに入った部屋を通り抜け見通した先の部屋の正面に、あのフィリップ・シャンパーニュ
「二人の尼僧」(略称)の作品が掲げられている。そして手前の部屋を見渡せば、このブログを訪れてくださった皆さんにはすでにおなじみの作品が、左右に目を奪うばかりに展示されている。

  たとえば、左側にはルナン兄弟の作品、右側にはラ・トゥールの作品を中心に、著名な作品が多数掲げられている。その他、ニコラ・プッサンの「ある画家のポートレート」と題された自画像など、巨匠の作品が文字通り目白押しに並んでいる。この時代の美術に関心を寄せる人々にとっては、目を奪われるような至福の時を与えてくれる空間だ。

  今回の特別展では、部屋の状況は異なっているが、さまざまな検討の結果が試されている。そのひとつは、これもインターネット技術を活用して、今回の展示室の作品配置
が即時に分かることである。卓抜な試みである。

  1934年展の忠実な再編という意味では、今回の展覧会のカタログが徹底して、その目的を追求している。400ページという大部なカタログだが、通常の展覧会のカタログとは大きく内容を異にしている。なぜなら、その大部分を1934年版の再現に当てているからである。それも、再版という単なるコピーではなく、34年版のそれぞれのページごとに詳細な注記を付して、その後の調査・研究の成果、作成年次の特定、研究文献、展覧会や特別展への出品歴など、70年余の年月が蓄積した進歩の跡が加えられている。たとえば、ラ・トゥールの作品のいくつかには、2005年の東京展の出展記録が追加されている。


  これらを見ていると、実に多くのことが脳裏に去来する。今回はそのひとつを記しておこう。 Introductionの部で、導入部分 overtures の写真に使われているのは、「コンコルド広場、1934年」** と題されたモノクロの写真である。写っているのは、鉄兜をかぶり、銃を背にした騎兵隊である。この写真自体はかなり有名なもので、これまでなんどか目にしたことがあったが、一瞬なぜこの写真がここにと思った。

  1934-35年という年は世界史上もきわめて注目すべき時であった。1934年にはヒトラーが総統に就任し、翌年の35年にはフランス領ザールはドイツに編入された。第二次世界大戦はもう目の前まで迫っていた。前途に暗雲が立ちこめるきわめて不安な時であった。1934年(正確には1934-35年)展は、その最中に企画され、開催された。今回の特別展カタログの最初に、この象徴的な写真を掲げた主催者の時代への思いが強く伝わってくる。



*
Philippe de Champaigne, La Mère Catherine-Agnès Arnauld et la sæur Catherine de Dainte Suzanne

**
Place de la Concorde (6 fevrier 1934, Au fond, l'Orangerie, Paris, Biblioteque national de France)


ORANGERIE, 1934: ”PEINTRES DE LA RÉALITEÉ”, Exposition au musée de l'Orangerie, Paris. 22 novembre 2006 - 5 mars 2007, 2006, 400pp.

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