時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

歴史の軸を遡る(8):ウール・タウンの栄光の日々

2021年05月02日 | 絵のある部屋

ホーリー・トリニティ教会のステンドグラス

ラヴェナムなど、画家コンスタブルが活動していた「コンスタブル・カウントリー」、イースト・アングリアのことを書き出すと、すっかり喪失してしまったと思っていた記憶の数々が、断片的ではあるが脳裏によみがえる。かつてこの地を訪れた時に記したノートもあるのだが、今見るとしばしば文字列間の脈絡がつかなくなっている。記憶の糸をたどり、多少なりと記しておきたいことがある。「コンスタブルの世界」は作品や図録を見た程度では表面的にしか理解できないからだ。

ちなみにブログ筆者がかなりまとまった形でコンスタブルの作品を観たのは、1991年に開催されたテートでの企画展だった。Tate Gallery Constable Exhibition, 1991
以前に掲載した作品 Dedham Vale (National Gallery of Scotland, Edinburgh)も出展されていた。


コンスタブルが家業の製粉業を継ぐことなく、画家への道へ進む志を捨てきれずにいた頃、一時期だが「ウール・タウン」 “wool towns”の一翼を占め、繁栄していたラヴェナムの寄宿学校に在学し、悶々としていた時期があったことは以前に記した。人生の先行きが決まらないでいた少年は、いじめも経験したようだ。

ウール・タウンとは中世以来、毛織布工業で知られたイギリス、サフォークおよび北部エセックスの町や村々につけられた名称である。今回記すロング・メルフォード(通称:メルフォード)もその中できわめて繁栄し、一時はヨーロッパ指折りの美しい町とまでいわれていた。

ロング・メルフォードの位置
イギリス東南部イースト・アングリアの地図
ロンドン、ケンブリッジ、コルチェスターなどから行くのが便利


ロング・メルフォードの繁栄
当初この地に住み着いたのは、100年戦争によって住む所を追われたオランダやフランドル地方からの繊維織物業の職人であった。それまではこの地の主たる産業は、ほとんど原料としての羊毛の輸出だった。

フランス王位の継承とフランドル地方の領有をめぐって14世紀から15世紀にかけてイギリス・フランス間で断続的に行われた戦争

しかし、その後貿易の内容はデザイン性や加工度が高い毛織物製品が主たるものとなっていった。ギルドが結成され、多くの富がこのサフォーク地域に集積していった。最盛期15世紀半ばには30ほどの織物工場があった。その繁栄を伝える象徴は、今に残る壮大で優美な教会建築である。なかでもロング・メルフォード Long Melford, Suffolkのホーリー・トリニティ教会は今に残るイングランドの教会で最も壮大で美しいものとされている。イーストアングリアで最も富裕な教会、俗に「ウール・チャーチ」と言われる毛織物貿易で富を形成した商工業者たちの寄進によるものである。



Holy Trinity Church, Long Melford


ラヴェナムなどの町が15世紀に入ると、急速に衰退の道をたどったのに反して、ロング・メルフォードの町は、時代の動きを先取りして、その後も長く繁栄を続けた。この町の起源は古く、およそ8300BCまで遡るといわれる。17世紀には黒死病や戦乱の時期が続いたが、その後18世紀末には繁栄を取り戻し、時代の流れを反映したチューダー、ジョージアン、ヴィクトリアンなど様々な様式の家並みが継承されている。当初からこのように街並みを設計したのではなく、異なった時代の建築物が時代とともに生まれ、展開し、美しい街並みを形成しており、大変興味深い。

ロング・メルフォードのハイ・ストリートの街並みは、中心部はローマ人が構築しており、その後古代遺跡そして中世以来の建物の面影を今日に伝えている。ヨーク、ウインチェスター、ハルなどでも同様である。


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N.B.
メルフォードの繁栄にはthe Cloptons of Kentwell, the Cordells of Melford Hall, and the Martynth of Melford Place という3大豪商の存在が大きく寄与している。ホーリー・トリニティ教会には彼らが残した中世英国美術の数々が宝庫のように継承されている。彼らとその子孫たちが残した寄進の跡は、メルフォードの町のあちこちに残っている。
この教会は17世紀の偶像破壊運動などにも耐えて生き残った中世以来の美しいステンドグラスで知られる。’Alice in Wonderlands’ glass として知られる部分は、『不思議の国のアリス』の作者ルイス・カロルのためにジョン・テニエル が描いた挿絵に影響を与えたと伝えられ、観光客の見所のひとつになっている。



3匹のうさぎ(Trinity)のステンドグラス
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骨董市としても繁栄
イギリスで最も美しい町のひとつと言われるロング・メルフォードだが、さまざまな店、画廊、カフェ、レストランなどが散財する小さな町だが、レトロな雰囲気が漂う骨董家具の町としても広く知られている。

ここでは毎月一回最後の土日に骨董市 antiques and vintage fair が開催される。出展されるのは通常考えられる骨董品、宝石、陶磁器、古い衣服、レコード盤、軍装品、書籍や郵便切手など多岐にわたる。

ケンブリッジに滞在している間に、数回訪れたことがあった。半ば見物であったが、自宅を改修中であったので、2、3お目当ての品物も頭にあった。この町は、イギリス中から骨董屋が仕入れに来るといわれ、購入された家具はロンドンなどで補修され、新骨董品としてきわめて高い価格で売りに出されるようだ。骨董店に展示されている品は、近隣の町村などから集められた家具などが中心だが、かなりガラクタに近い品もあった。それらの中で特に関心のあったのは、最近再び話題となっている『おじいさんの時計』Grandfather’s Clock として知られる大きな柱時計だった。

この大きな時計は、骨董市などではかなり見かけたのだが、購入対象として見てみると、いくつかの難点があることが分かった。実際にかなりの大きさであること、故障を含めメンテナンスが難しいことなど、手入れの行き届いた良質のものは極めて高価なことだ。故障した場合に修理ができる店は、イギリスでも少ないことが分かり、あきらめることになった。

結局、イギリスにいる間に購入したのは、壁にかける姿見の鏡、仕事場の机などであった。鏡はまずまず本来の役割を果たしているが、仕事場の机は断捨離作業の物置き場になってしまっている。筆者の生きている間に、本来の目的で使われる可能性は少なくなった。



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N.B.
Grandfather’s Clock 『おじいさんの時計』
作詞・作曲:Henry Clay Work
レリース:1876年
My grandfather’s clock was too large for the shelf,
So it stood ninety years on the floor.
It was taller by half than the old man himself,
Though it weighed not a penny weight more.
It was bought on the morn of the day that he was born,
And was always his treasure and pride.
But it stopped short, never to go again
When the old man died.
CHORUS:
以下略
Quoted from Wikipeia
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