時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

時代の空気を伝える画家(8):地域の人々を描き尽くす

2023年11月22日 | L.S. ラウリーの作品とその時代


L.S.ラウリー《二人の子供と女性》
リアリスティックな写実でもなく、コミカルでもない作品は、ラウリーの独断場でもある

L.S.ラウリーの作品数は非常に多く、油彩、スケッチなど多彩な画題で2000点近いとも推定されている。私蔵されている作品も多く、正確な作品点数は未だ分からない。一見すると、多少の絵心があれば誰でも描けそうな小品もあり、画家が有名になってからは多くの贋作が出回っていると言われる。しかし、画家の作品を見慣れている人には、真贋はやはり分かるのだ。

いくつかのカタログは存在する。例えば、Micher Leber and Judith Sanding (1988) 2013では440点の作品の所在が確認されている。


いくつか、代表的な作品を見てみよう。



An Old lady in a Wheelchair, 1953, oil on canvas, 24 x 33cm
《車いすの老婦人》
ROSENTHAL p.201

車椅子に乗った老婦人を一人の若者が、どこかへ伴走している。身体は不自由だが、容貌、目つきはしっかりとしている婦人である。他方、若者は容貌からもなんとなくコミカルな印象を与える。一見なんの変哲もない光景ではある。

高齢化が進んだ日本では、いまや日常の風景になっている。しかし、20世紀半ばのイギリス北部の工場街では、人目を惹く光景だったのかもしれない。この作品は、インパスト impasto として知られる厚塗りの技法(絵の具を肉厚に塗り、その上に透明色を塗る時の下地拵え)が使われているが、ラウリーは通常とは異なり、画面下部の壁のように、縦に深い彫りを加え、画面全体としても深みを感じさせる、この画家の個性が十分盛り込まれた作品となっている。画家はかねてから作品の背景には心を配ってきた。小品で画題も分かりやすいが、画家はかなりの意欲を持ってカンヴァスに向かっていることが伝わってくる。

街中の光景:喧嘩



A fight, c.1935, oil on canvas, 53.2 x 39.5 cm
《喧嘩》

ラウリーが町中で見かけた光景でしょう。二人の男が掴み合いの喧嘩をしているようだ。物見高い通りがかりの人たちや近所の人たちが成り行きを見守っている。発端は、たわいのない喧嘩なのだろう。周りの男たちも何が争いの種なのかと、見守っている様子。殴り合いなどになれば、多分割って入るつもりなのかもしれない。足元にはあの”ラウリードッグ”まで、描かれている。日頃、変化の少ない工場街では、喧嘩も一つのアトラクションなのかもしれない。結果はほとんど分かっている。

画家は半ば楽しみながら、地域に起きる日常の光景を多数描いている。今日のスマホでスナップショットを撮るような感じなのかもしれない。実際、この作品は画家がマンチェスターの下宿通りで、画家が目の当たりにした光景と言われている。労働者の住む家々が狭いこともあって、こうした出来事も街路上など家の外で起きることが多かったようだ。ラウリーは家賃を集める仕事をしながら、こうした日常の出来事にも絵心を掻き立てられたのだろう。

時代の先端?


Teenagers, 1965, oil on board, 25.5 x 21.5cm
《ティーンエイジャーズ》

1960年代、時代の先端を行く若者たち。極端に誇張された長い脚。コミカルな誇張を含めて、彼女たちの特徴を良く捉えていますね。足下の”ラウリー・ドッグ”も、興味深げに足元を眺めている(笑)。この画家の作品には、こうした辛辣ではないが、風刺の効いた作品も多い。



Mother and Child, 1956-7
oil on canvas, 61 x 51cm
《母親と子供》

ラウリーは初期の「工業風景」シリーズから、多彩な画題へと視点を移しているが、こうした人物画もそのひとつである。椅子に座った母親の膝に子供が座っている。画家の身近にモデルとなった家族がいたのかもしれない。しかし、よくあるリアリスティックな肖像画とは雰囲気が異なり、この画家特有の雰囲気が感じられる。

この端正な容貌の女性と子供を描いた作品には、ラウリーの幼く、安定した時代における家庭の理想の母親と子供の関係についての画家の願望が、ロゼッティ、マドンナなどのイメージと混じり合って具象化されているとの批評もある(Howard, p.171)。

ラウリーはかねてから女性を描くについては、髪へのこだわりとか、いくつかの考えを持っていたとの指摘もあるが、今後の研究に待つとしたい。

References
Michoel Leber & Judith Sanding (1987) Phaidon Press, 2013
T.G.Rosenthal, L.S. Lowry : The Art and the Artist, Norwich, Unicorn Press, 2010

続く
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