時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールを追いかけて(35)

2005年08月19日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

美しさをとどめるセイユ川の流れ

画家の誕生:ラ・トゥールの結婚
  ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの修業時代については、未だ多くのことを書き残しているが、少し先に進むことにしよう。今日に残る記録で、この画家について出生(洗礼)記録の次に明瞭に確認されているのは、結婚契約書である。(1616年10月20日、ヴィックで洗礼の代父を務めた記録もある。)

  1617年7月2日、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、ディアンヌ・ル・ネールDiane Le Nerf と結婚している。画家としてのジョルジュ・ド・ラ・トゥールが、美術史上に初めて姿を明らかにしたのはこの時であった。彼は結婚契約書に自らを「画家」paintre[sic]と記して登場したのである。結婚の立会人は、花婿のジョルジュ側を代表してヴィックの市長ジャン・マーティニJean Martinyが、そして花嫁の方は代官ラムベルヴイリエールLieutenant-general Rambervilliers とメッツ司教区財務官ジャン・ドハルトJean du Halt, treasurer-general of the bishop of Metzであった。彼ら3人は、いずれもこの地方の第一級の名士であった。
  とりわけ、代官ラムベルヴイリエールは、政治家であったが、美術、文学などの学芸に高い識見を持った時代を代表する知識人であった。美術品の収集家としても知られていた。そして、新婦ディアンヌのいとこのひとり Anne Raoulと結婚していた。ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、この結婚でロレーヌの最有力者ともいえるラムベルヴイリエ一ルの一族につらなることになる。

新婦の家柄
  新婦のネルフ家はリュネヴィルの町の富裕な新貴族であった。貴族としての歴史は短いが、ディアンヌの父ジャン・ル・ネーフJean Le Nerfは、公爵の財政顧問であった。1595年にはリュネヴィルの町に最も貢献した人物の一人として顕彰されている。このこともあって、ラ・トゥールは宮廷のサークルにも近づいたことになる。パン屋の息子ジョルジュは、いまや社会的にも父親より上方の階層移動にも成功した。そして、後年1670年には、ジョルジュの息子エティエンヌがチャールスIV世から貴族の称号を与えられるまでになった。しかし、このことはジョルジュ・ド・ラ・トゥールが驚くほどの立身出世をとげたということを必ずしも意味しない。当時においては、かなり社会的な流動性が存在していたと見るべきだろう。

認められていたラ・トゥールの才能
  特筆すべきは、ジョルジュが画家として、天賦の才能を発揮し、周囲の人々がその力量を認めていたということだろう。妻となったディアンヌも、そこに惹かれたに違いない。残念なことに、ジョルジュも妻となったディアンヌについても、そのイメージを思い浮かべる材料がない。もしかすると、ラ・トゥールの作品の中にディアンヌが登場しているかもしれない。しかし、これは研究者テュイリエも記しているように、まったくの想像にすぎない。

新婦の持参したもの
  当時の結婚では、新婦の側が持参金あるいはそれに類する財産を持って嫁ぐことが一般的であった。新婦の家柄からすれば、分与される財産も持参金かなり大きなものであっても不思議ではないが、記録上はきわめて穏当なものであったことが推察されている。持参金のたぐいは、多分ディアンヌを可愛がっていたと思われる叔母からの500フラン、2匹の牡牛と1匹の子牛、若干の衣類と家具であった。
  新郎の側も大きな支出をしたとも思われない。父親が結婚披露の負担をし、息子の衣類、必要な家具と相続手続きが完了するまでの手当の金を支払ったとみられる。かなりはっきりしているのは、この時までにジョルジュは画家としての社会的評価を確立し、画業で新生活を維持できるまでの基盤を持っていたということである。24歳の若者は、すでにその稀に見る才能を発揮していたのである。

 

Sources
Jacques Thuillier. Georges de La Tour, Flammarion, 1992, 1997(revised)

Philip Conisbee ed. Georges de La Tour and His World, National Gallery of Arts, Washington, D.C. & Yale University Press, 1996

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