時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールを追いかけて(33)

2005年08月05日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

 

画家の修業時代を探る (II)

パワーを与えるラピスラズリ
    仕事の帰路、東京駅近くの丸善「オアゾ」に立ち寄ったところ、片隅で「パワーストーン」展をやっていた。ある種の石にはそれを所有する人に、さまざまな
パワーを与えるものが含まれていると考えられているらしい。観ている人は女性が圧倒的に多い。小規模ながら鉱石の原石も展示されていたので覗いてみる。
  ラピスラズリはかなりの人気の対象であった。しかし、高価とみられる濃紺に近い石はさすがに少ない。前回に記したように、「イレーヌに看護される聖セバスティアヌス」のルーブル版(*)は、後列の侍女の髪を覆うショールにラピスラズリを原料としたウルトラマリンブルーが使われている。作品が完成した時はさぞかし美しかったに違いない。その後、劣化が進んだことは拡大してみると明らかだが、それでもさしたる褪色を見せず、美しさを今日まで保っている。他方、ベルリン版は黒色が使われており、対比してみると、やはり青色の美しさは際だっている(ベルリン版は別の魅力があることはすでに記した通りである)。
高松古墳の美人図にも、アフガニスタン産(**)とみられるラピスラズリが使われているらしい。パワーが与えられるか否かは別として、良質な石はそれ自体美しく魅力がある。

貴石としての存在
   ラピスラズリ lapis lazuli は瑠璃ともいわれ、天然ウルトラマリンブルーの原料鉱石である。鉱石としては天藍石・方解石・黄鉄鉱の混合物として、アフガニスタン、チベット、中国などで産出する。「オアゾ」で展示・販売されていた石は、チリ産と表示されているものが多かった。中世ヨーロッパにおいて半貴石として珍重されたものの多くは、現在のアフガニスタン東北部で産出したものが持ち込まれたらしい。同様な青色の顔料としては、アズライトという別の鉱石もある。中国などで使われたものは、こちらが多いらしい。

顔料としての製法
  中世以来、ヨーロッパにおける顔料としての製法は、基本的には蝋、松ヤニ、亜麻仁油、マスチックガムなどを混ぜてペースト状にしたものに、粉状の原石を混ぜ、弱いアク汁の中につけて揉み出すという手順で作られた。最初に出てくる方が美しく、高価とされてきた。こうした製法から推察できるように、その後19世紀初めには人の手で作られるようになった人工ウルトラマリンとは顕微鏡下で容易に判別ができる。天然のラピスラズリは粒子が粗く、しばしば破片状で角張っている。ラ・トゥールの工房の作品ではないかと推定されるルーブル版で、該当部分の拡大図を見ると肉眼でも顔料の粒子が粗いのが分かる。しかし、それが光線を反射して美しい青色として目に映るのだろう。中世には天然ウルトラマリンはきわめて高価であり、上流階級などが作品を依頼する時には、わざわざ契約書にその使用を記録したものもあるらしい。ルーブル版の作品来歴は必ずしも十分解明されていないが、明らかに身分の高い人が最初の所有者であったのだろう。画家はそれを意図して、高価なラピスラズリを使ったものとみられる。いずれにせよ、「イレーヌに看護される聖セバスティアヌス」は、現代人にとって原石以上に大きな心の癒しを与えることは疑いない(2005年8月5日記)。



*「ラ・トゥール」を追いかけて(18)に記したように、ルーブル、ベルリン版ともに、現在はラ・トゥールの真作ではなく、ラ・トゥールの工房での作品あるいは模作という評価になっている。田中英道『ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品世界』(1972年)の頃は、真作とされていた。

**たまたま8月5日放映NHK「新シルクロード」第5回は、「天山南路ラピスラズリの輝き」でした。

Image

Courtesy of: www.mokichi.net/mineral/

 

コメント (2)
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