第二部 安全の指標(10) 揺らいだ基準 官邸の解釈に失望...
<空間放射線量が毎時3.8マイクロシーベルト以上が測定された学校は校庭での活動を1日1時間程度に制限し、3.8マイクロシーベルト未満の学校は平常通り利用して差し支えない>
新学期が始まってから2週間近くがたった平成23年4月19日。文部科学省は県内の小学校などの校庭利用の判断基準について、年間積算放射線量20ミリシーベルトを基に「暫定的な目安」を公表した。政府内で検討されていた計画的避難区域の設定基準「年間積算放射線量20ミリシーベルト」との整合性などを考慮し、事故収束後の復旧期に用いられるべき「1~20ミリシーベルト」の上限値20ミリシーベルトを採用した。
「毎時3.8マイクロシーベルト」は「1年間毎日8時間校庭に立ち、残りの16時間は同じ校庭の木造家屋で過ごす」という仮説で20ミリシーベルトになるようはじきだした数字だった。
算定のよりどころにしたのは国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告だった。原発事故直後の「緊急時被ばく状況」(年間積算放射線量20~100ミリシーベルト)、事故収束後の復旧期の「現存被ばく状況」(同1~20ミリシーベルト)、平常時の「計画的被ばく状況」(同1ミリシーベルト)に区分されていた。
計画的避難区域は緊急時の「20~100ミリシーベルト」の下限値20ミリシーベルトを採用していた点で、復旧期で捉えた校庭利用の目安とは似て非なるものだった。
しかし、「20ミリシーベルト」の根拠と理由が教育現場に十分に説明されなかったため、「年間20ミリシーベルトまでの被ばくなら問題ない」との誤解を一部に招いた。
■ ■
公表の数日前、助言チームを取りまとめる民主党の衆院議員空本誠喜(47)の携帯電話が鳴った。「緊急時被ばく状況とみなして『年間20~100ミリシーベルト』の最も厳しい20ミリシーベルトを採用するので理解してほしい」。首相補佐官の細野豪志(39)からだった。
「それは事故直後の緊急時の基準だ。子どもたちが登校する状態を緊急時の基準で扱っていいのか」。空本は納得がいかなかった。すぐに内閣官房参与で東大教授の小佐古敏荘(61)に、官邸の意向を伝えた。
学校生活は復旧期の「1~20ミリシーベルト」で考えるべきではないか-。ICRP勧告は復旧期の被ばくについて「汚染地域内に居住する人々の防護の最適化のためには、1~20ミリシーベルトの下方部分から選定すべき」としている。下方部分とは10ミリシーベルト以下であり、さらに子どもの感受性は大人の2~3倍とされていることを踏まえれば、10ミリシーベルトの半分の5ミリシーベルトが妥当、将来的には1ミリシーベルトにすべきだと2人は提言した。
空本は文科省の公表内容を聞いて驚いた。緊急時被ばくの目安ではなく、復旧期の「1~20ミリシーベルト」の上限20ミリシーベルトを根拠にしたとすり替えられていたからだ。空本は「官邸と文科省は『20ミリシーベルトありき』で数字遊びをしただけだ。ICRP勧告を間違って解釈したことに変わりはない」と指摘する。
「3.8マイクロシーベルト」を導き出した仮説は非現実的で、学校生活に即した現実的な仮定で算出すれば、20ミリシーベルトの半分以下の低い設定も可能だった。後に文科省が認めている。
■ ■
「安全委の助言を得ながら判断した。場当たり的ではない」。校庭の利用基準をめぐり、4月30日の衆院予算委員会で首相の菅直人(64)は反論した。だが、内閣府原子力安全委員会が政府から助言を求められてわずか2時間後に「妥当」と回答していたことが判明し、政策決定の在り方が厳しく問われた。
小佐古と空本は「もうこれ以上、官邸に提言しても無駄だ」と思うようになっていた。(文中敬称略、年齢と肩書は当時)
2013/03/22 11:55 福島民報
<空間放射線量が毎時3.8マイクロシーベルト以上が測定された学校は校庭での活動を1日1時間程度に制限し、3.8マイクロシーベルト未満の学校は平常通り利用して差し支えない>
新学期が始まってから2週間近くがたった平成23年4月19日。文部科学省は県内の小学校などの校庭利用の判断基準について、年間積算放射線量20ミリシーベルトを基に「暫定的な目安」を公表した。政府内で検討されていた計画的避難区域の設定基準「年間積算放射線量20ミリシーベルト」との整合性などを考慮し、事故収束後の復旧期に用いられるべき「1~20ミリシーベルト」の上限値20ミリシーベルトを採用した。
「毎時3.8マイクロシーベルト」は「1年間毎日8時間校庭に立ち、残りの16時間は同じ校庭の木造家屋で過ごす」という仮説で20ミリシーベルトになるようはじきだした数字だった。
算定のよりどころにしたのは国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告だった。原発事故直後の「緊急時被ばく状況」(年間積算放射線量20~100ミリシーベルト)、事故収束後の復旧期の「現存被ばく状況」(同1~20ミリシーベルト)、平常時の「計画的被ばく状況」(同1ミリシーベルト)に区分されていた。
計画的避難区域は緊急時の「20~100ミリシーベルト」の下限値20ミリシーベルトを採用していた点で、復旧期で捉えた校庭利用の目安とは似て非なるものだった。
しかし、「20ミリシーベルト」の根拠と理由が教育現場に十分に説明されなかったため、「年間20ミリシーベルトまでの被ばくなら問題ない」との誤解を一部に招いた。
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公表の数日前、助言チームを取りまとめる民主党の衆院議員空本誠喜(47)の携帯電話が鳴った。「緊急時被ばく状況とみなして『年間20~100ミリシーベルト』の最も厳しい20ミリシーベルトを採用するので理解してほしい」。首相補佐官の細野豪志(39)からだった。
「それは事故直後の緊急時の基準だ。子どもたちが登校する状態を緊急時の基準で扱っていいのか」。空本は納得がいかなかった。すぐに内閣官房参与で東大教授の小佐古敏荘(61)に、官邸の意向を伝えた。
学校生活は復旧期の「1~20ミリシーベルト」で考えるべきではないか-。ICRP勧告は復旧期の被ばくについて「汚染地域内に居住する人々の防護の最適化のためには、1~20ミリシーベルトの下方部分から選定すべき」としている。下方部分とは10ミリシーベルト以下であり、さらに子どもの感受性は大人の2~3倍とされていることを踏まえれば、10ミリシーベルトの半分の5ミリシーベルトが妥当、将来的には1ミリシーベルトにすべきだと2人は提言した。
空本は文科省の公表内容を聞いて驚いた。緊急時被ばくの目安ではなく、復旧期の「1~20ミリシーベルト」の上限20ミリシーベルトを根拠にしたとすり替えられていたからだ。空本は「官邸と文科省は『20ミリシーベルトありき』で数字遊びをしただけだ。ICRP勧告を間違って解釈したことに変わりはない」と指摘する。
「3.8マイクロシーベルト」を導き出した仮説は非現実的で、学校生活に即した現実的な仮定で算出すれば、20ミリシーベルトの半分以下の低い設定も可能だった。後に文科省が認めている。
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「安全委の助言を得ながら判断した。場当たり的ではない」。校庭の利用基準をめぐり、4月30日の衆院予算委員会で首相の菅直人(64)は反論した。だが、内閣府原子力安全委員会が政府から助言を求められてわずか2時間後に「妥当」と回答していたことが判明し、政策決定の在り方が厳しく問われた。
小佐古と空本は「もうこれ以上、官邸に提言しても無駄だ」と思うようになっていた。(文中敬称略、年齢と肩書は当時)
2013/03/22 11:55 福島民報