「ノナの家」nonahouseは かつこ内親王、かつこ内親王2の続きのブログです。

神様達の名前は、沢山出てきますが、宗教とは全く関係ありません。
唯一無二の魂に感謝します。

幕末の志士達 その2

2019-02-28 07:30:30 | 日記
12月10日は、熱海の花火大会でした。

私はせっかくのマンションなのに、一度も泊まっていなかったので、月曜日にお休みを取って、泊まることにしていて、妹夫婦のためにゲストルームを予約していました。

妹の旦那さんに、買ってあった家具の組立をお願いするためでもありました。

家具を組み立てるのは、見ていたらかなり大変で、なんだか申し訳ない感じでした。
妹の旦那さんなので、もう長い付き合いなのですが、沢山道具を持って来てくれて、実はこういう仕事はかなり好きだったらしく、本当にありがたかったです。

花火大会は、8時からだったので、温泉に入ったりして、マンションのお風呂の奥にある屋上で、花火大会が始まるのを待っていました。

マンションの住民の方も沢山集まってきていて、いよいよ花火が始まりました。





12月だったので、やっぱり寒かったですが、熱海が最近人気になったのも、花火大会のお陰なのかもしれませんね。

その後は、三人で夜遅くまで、お酒を飲んで盛り上がりました。


そして、次の日の朝に話してきたのは、イラタの神(天之御中主之神)でした。



話したいことがある。

どなたですか?

イラタだ。
Iは、明治の志士達のところに行っていたな。
かつての変革の時に、私達神のことがわかってくれた人達だった。
土になってしまってから、もう150年は経ったのだろう。
だから、神にしたよ。
元々、神の使いだったからな。
普通はすぐに八階層(の神)になるのだが、土佐の坂本龍馬も最近神にしたから、今年の神の会議で、伊藤博文もいいだろうとなったら、一蓮托生となったよ。
薩摩の西郷隆盛は、まだだよ。
来年だろうな。
今川義元も神になったよ。
徳川家康もだ。
霊界が無くなって、菩薩界にいると、毎日が退屈だから、神の志願者が増えたのだよ。
疑いのないIは、欲しい物を大事に持ってきてくれたそうだな。




木戸こうすけが、カラツの神に言ったらしいよ。
だから、カラツの神が酒を送ったと言っていたよ。
熱海の花火大会は、沢山で観に行ったよ。
ありがとう。
M子のマンションは、土地柄がいいから、新幹線も止まるし、人が来る場所にしたらいいよ。
あの部屋にいるだけで、癒されるだろう。
羅漢のために頼んだよ。
問題ないからな。


次に話してきたのは、カラツの神でした。


カラツの神です。
吉田松陰は、アメリカに修行に行きました。
アメリカに行きたかったから、良かったと思います。
弟子の伊藤博文や木戸こうすけは、大政奉還の時に活躍しましたからね。
平成が終わる時だから、今年の会議で決まりました。
魂は、ずっと生きているのです。
Iさんは、一生懸命揃えてくれたので、木戸こうすけは気に入ったみたいですよ。
私からの酒は、長州の神達の気持ちです。
誰でもいいという訳ではないですよ。
足ーーーーさないと、変革は難しいということですね。


カラツの神が言っていたのは、Iさん宅に送られてきたお酒のことでした。
このタイミングは、絶妙ですね。





12月12日


木戸こうすけだ。

こうすけですか?

こうすけとも言っていたよ。
魂の会話が出来ると聞いたので、来たよ。
Iという人が、松陰神社に来ていただろう。
鷹が沢山いただろう。
あれは、友達達だよ。
望みが叶わないままの、幕末の友達だ。
松陰先生は、アメリカに行ってしまったな。
アメリカに行きたくて、行きたくて、その思いが強すぎで神にはなれないと言われたらしいよ。
大政奉還の時は、薩長同盟があったので、西郷隆盛ともよく話したよ。
私は、髭が薄かったので、いつもカミソリで剃っていた。
欲しい物はと言われて、言ったのはそのためだ。
松陰先生は、甘い物が好きだったから、干し柿と言ったと思うよ。
高杉晋作は、カイロと言ったらしいな。
揉めていたからな。寒かったのだろう。
誰でもいいという訳ではないからな。
土に還って、今回は時代の変わり目なので、新しく神にしようとしたらしいな。
死んでも尚、スメラミコトの世界にして良かったと思っているよ。
明治天皇は神の世界にいたし、大正天皇も最近なったな。
徳川家康も一緒だったな。
今年は、神になったのが多いらしいよ。
来年から時代が変わるから、急いでいると言われたよ。
強くしないと、とんでもないことになるからな。
また、話していいか?
羅漢を増やしてくれよ。


私は、木戸孝允がなぜ木戸こうすけと言っていたのかわからなかったので、Iさんにそれを伝えると、彼は木戸孝允を調べて送ってくれました。


「木戸」姓以前の旧姓は、8歳以前が「和田」、8歳以後が「桂」である。
小五郎、貫治、準一郎は通称である。
命を特に狙われ続けた幕末には、「新堀松輔」「広戸孝助」など10種以上の変名を使用した。


最後に「こうすけ」があったので、私も納得しました。


木戸 孝允(きど たかよし、天保4年6月26日(1833年8月11日) - 明治10年(1877年)5月26日)は、日本の武士(長州藩士)、革命家。
元の名は桂 小五郎(かつら こごろう)。



やっぱり髭はないのですね。

吉田松陰は、29歳の生涯だったのも驚きですが、木戸孝允も43歳の生涯で、本当に濃い人生だったのだろうと思いました。

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幕末の志士達

2019-02-27 07:30:05 | 日記
私は、この下書きを作るに当たって、吉田松陰が言っていた、鷲とシアトルについて聞いてみました。


吉田松陰だ。

どこにいますか?

シアトルにいるよ。

何故、シアトルだったのですか?

白頭鷲を見たかったのだよ。

いましたか?

あまり、いないようだな。


白頭鷲は、アメリカ合衆国の国章になっているのですね。



鷲は頭をオリーブの枝の方を向き、13枚の葉のついたオリーブの枝と13本の矢とをそれぞれの足に握り、「戦争と平和」および「平和への願い」を表しています。

13の星
13本の矢
13のストライプ
13葉のオリーブの枝(平和を意味する)



白頭鷲は、いかにも強そうですね。
ネイティブインディアンにとっても、神聖な鳥だったそうです。


さて、12月の始めにIさんの救世主になったのは、以前より信頼を置いている福岡在住の神職のMさんでした。

Mさんが、伝えてきたことは幕末の志士達が欲しいと言ってきた物々でした。


私は、そもそもIさんがどこにいるのか知りませんでした。





いきなり写真が送られてきて、「松陰神社」と読めたので、世田谷の「松陰神社」かな?と思いましたが、世田谷には、こんなに沢山鷹が並ぶことはないだろうし、雪も降っているようだし、もしかして山口なのか?と思っていると、やっぱり山口県の「松陰神社」だったのですね。

この日は、土曜日で彼は福岡の仕事の後に、萩に行っていたようです。

私は、熱海のマンションにいました。
知り合いのリサイクルの会社の社長さんに、部屋に置く家具の相談をしていたのです。

社長さんは、仕事もがんばっていますが、俳優さんと友達だったりして、前日に芝居を観に行っていた話をしていました。



その芝居がなんと俳優座劇場の「志士たち」というお芝居で、幕末の志士達のお話だったので、後でIさんと話してシンクロに驚きました。

というのは、Iさんもこの社長さんも、豊臣秀吉だったといつも聞いていたからです。


Iさんは、萩に行くのにMさんに言われていた物を揃えたそうですが、その時のMさんの様子を彼のブログから少し抜粋すると、


「松陰さんです。間違いないです。
なんか、干し柿が欲しいって言ってます」

「へ!?(@゜o゜)干し柿?」

「ええ。それがなかったら、干し芋ですって。
それもなかったら羊羹(ようかん)でも大丈夫だと。
あの、実は、僕も昔、松陰さんのところに神祭に行ってるんですよ。
お師匠さん達と。みんなで。
それでその時に色々と経験しているので松陰さんのことはよくわかるのですけど、
松陰さんて、とにかく甘いものが大好きなんですよ。
その時も甘いものをいっぱい持っていきましたから。
なんだかわからないのですけど、とにかくそうみたいなんです」

「そうかぁ、、でも、干し柿ってスーパーとかにあるのかなぁ......」

「道の駅に寄るといい、って言ってますよ」

「道の駅!?なるほど。了解。寄ってみる」

「それと、松陰さんてまだ生きてます。
正確には、まだ死んでいると思ってないのですよ。松陰さん。ずっと。」

「んん!?」

「死ぬときに、色んな強い思いが残っていたみたいで、そんな感じなんです。
少なくとも僕らが行った時はそうでした」

「マジか!?へぇ......Mちゃんが言うんだからそうなんだろうなぁ......
東京の松陰神社は幾度か行ってるのだけどね、、まだ神様じゃないんだね......
出来るだけ探して、必ず届けてくるよ。
お酒は違うのかな?なんとなく。甘いものだし」

「そうですね。松陰さんお酒はあまり飲まないみたいです。
一応、それも聞いてみますね」


【中略】


「やっぱり、お酒はいらないそうです。
ほうじ茶が欲しい、ですって」

「ほうじ茶!?そーかー。なるほどー。危うくお酒を持って行くところだったよ。
よかったよ。Mちゃんに会えて。さすがだね。ホント助かる。スバラスィ!」

「あとですね、まだあるみたいです。
えーっと、墨ですね。それと硯(すずり)。筆も。
書道のセットですね。だからスミは擦るタイプの墨ですね」

「ええええ!?書道!?マジ!?売ってんの?今時。そんなもの」

「100円ショップとかにもありますよ。大丈夫ですよ。
それと、縫い物のセットも欲しいと言ってます」

「縫い物も?ふーん......そーかぁー、わかった。探してみるよ。頑張る」


Mさんは、Iさんが気になっていた高杉晋作、伊藤博文、木戸孝允さんがそれぞれ欲しいと言った物を伝えてくれたそうです。

それが、カイロ、箸、カミソリだったので、がんばって揃えたのですね。



私は、真ん中にあるストロベリーチョコレートが気になったのですが、これは、Iさんが好きなのでお薦めのつもりで入れたそうです。

吉田松陰が、思いが強すぎてと言っていたところは、私が聞いたことと同じな感じでしたね。


🐷維新と威信 2


続きます。

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利尻島の神様と吉田松陰の話

2019-02-26 07:30:58 | 日記
12月3日に、利尻島の神が話してきました。


利尻島の神だ。
以前に一度話したと思うよ。
疑いがないので、神達が話に来るのだな。

利尻島の神様は、普段はどこにいるのですか?

私は利尻山神社にいるよ。
山の上にある神社だよ。
誰でもいいという訳ではないが、今年に来てくれたのは、忘れないでと言った、クナシリの神の願いだった。
クナシリの神は、スカイウェイが出来たことがとても嬉しいので、モーーーースーーーーバーーガーー食べてほしいと言っているよ。
私達に宣伝するので、私達が食べたいのだが、利尻島にはモスバーガーはないからな。
ラーメンの「味楽」にはたまに行ったりするよ。
ラーメンもいいが、モスバーガー食べてくれよ。
明日でいいよ。
頼んだよ。

わかりました。

ありがとう。


モスバーガーのリクエストは、久しぶりでしたね。

昨年に、利尻島に行った時に、Iさんが絶対行きたいと言っていたラーメン店の「味楽」さんのことを言われるとは思いませんでしたね。




🐶北海道の旅 利尻島編 その2


利尻山神社の奥宮は、利尻富士の山頂にあるようで、本格的登山になるようです。
画像は、お借りしました。



私は、次の日の12月4日に事務所の近くにあるモスバーガーで、買って来て昼食にしました。




12月5日は、利尻の神がお礼を言ってくれました。


モスバーガー食べてくれてありがとう。
利尻の神だよ。
ホッとするな。わかってくれると。
パワーが今も上がっているよ。


12月の始め頃は、夫の入院が続いていたので、私は1日おきに会社の帰りに病院に行っていました。
病院までは、二時間近く掛かり家に帰るのに、一時間弱だったので、やっぱり疲れていたのだと思います。
夫は、20年前に心臓の大手術をしたので、それから何度もこの生活は変わっていませんが、私も20歳年を取っているのだと考えてしまう1ヶ月でした。

丁度、病院を出た8時頃に、Iさんからの📩がきていました。


ねーさん。
なんか言われてる。
もし聞けたらお願いです。

吉田、、

松陰、、

さん、、か?

な、、

左胸に入ってきた。

とても痛む。
息が苦しい。

例によって慣れると思うけど。

何かメッセージあったらお願いしまする。

左の首から肩もひどく痛むから、きっとそうだ。


私の📩

今、病院出たので、家に帰ったら聞いてみます。



私は家に着いてすぐに、吉田松陰?と思いながら話をしてみました。

ところが、その後に激しく眠くなって、テーブルに頭を付けて寝てしまったのです。

起きると2時間くらい経っていて、Iさんは苦しんでいたらしいです。

その時に救世主が現れて、また不思議な話になっていったのですが、その話を聞いたのは、だいぶ経ってからのことですね。
そもそも、彼がこの時にどこにいるのかもわからなかったのです。

この時に話したことです。



吉田松陰だ。

Iさんのところに行きましたか?

Iのところに行ったよ。
お別れのためだな。

どこに行くのですか?

私は、スカイウェイでアメリカに行って来ることにしたよ。
行きたかった場所だからな。

今は、吉田松陰様は神様なのですか?

私は、霊界にいたが、去年霊界が無くなったので、菩薩界にいたのだが、あまりに退屈だったので、神になる志願をしたのだ。

では、今は神様ですか?

神になる準備をしたが、ダメだったのだよ。
変わらないからだろうな。

何がですか?

罪がだよ。
罪が深いのだということだな。
だから、アメリカに行って修行をして来るよ
レッツゴーだな。
金型の鷲が見えるよ。
シアトルに行くよ。


私は、目が覚めてから「鷲」と「シアトル」の関係を調べてみましたが、結局わからなくIさんに📩していました。
11時くらいのことですね。


吉田松陰とは話したよ。
まだ痛いの?



もう直ってるよー



なんか、アメリカに行くと言っていたので、調べていた。

鷲が見えるところみたい。
シアトルかな?


私は、彼のブログを読んでこの時の様子がわかりました。
福岡にいたのですね。


🐷維新と威信



続きます。

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猿田彦と椿大神社

2019-02-24 07:30:00 | 日記
前回で皇居にIさんがお花と濁り酒を持って行った次の日のIさんの📩


お花と濁り酒のお礼が届いた^_^







そして、11月の終わり頃に、Iさんから質問の📩がきました。


「猿田彦さんの、札が欲しいのだけど、どちらかベストな神社を教えてほしい」というものでしたが、彼が挙げていた椿大神社(つばきおおかみやしろ)がいいと言われたことから始まります。
やっぱり聞くのは、猿田彦だろうということで聞いていました。


猿田彦だ。

Iさんが猿田彦様の札は、どこで求めたらいいか聞いています。

Iの札は、椿大神社の札がいいよ。
M子も一緒に行ったらいいよ。
サニーが、行っていただろう。
参道にいて待っている眷属(けんぞく)達が、知らせに来たよ。
私達は、会議中だったからな。
せーーーーんーーーーすーーーーがあるから、求めればいいよ。

「せんす」は、扇ぐ扇子のことですか?

扇ぐ扇子だよ。
猿田彦が言ったと言えばいい。


私とIさんが逗子でサニーとお会いしたのは、記事にした通り11月の始めのことです。
神様達の会議の真っ最中だったのですが、サニーさんは伊勢神宮よりも椿大神社に神気を感じたと、おっしゃっていました。
やっぱり眷属さん達が、報告しようとしてサニーさんをチェックしていたようですね。


🐶サニーさんとの出会い



次に話してきたのは、スサノオノミコトでした。


スサノオノミコトだ。
猿田彦の椿大神社には行ったらいいよ。
来年でいいからな。
年の始めがいいよ。
扇子は、買ったらいい。
差が出るからな。

どんな扇子がいいのですか?

伊勢紙の扇子だよ。


私は、Iさんにスサノオノミコトが来年の始めにと言ったことを伝えました。
彼は、すぐにでも飛んで行きたいと思っていたので、少し残念そうにしていました。

「伊勢紙」とは何だろうと調べてみると、「伊勢形紙」の扇子のお店が鈴鹿市にあることがわかりました。


🌟伊勢形紙(いせかたがみ)は、着物などの生地を一定の柄や紋様に染色するために使われる型紙(孔版)の一つである。
近年は図柄の芸術性が評価され、単に染色用の形紙だけではなく、美術工芸品や家具などに使用されることも多い。

三重県鈴鹿市で主に生産されており、現在流通している90%以上の伊勢形紙はこの地区で生産されている。


室町時代から、あったらしいですが、なぜ鈴鹿市で発展したのかは、よくわからないみたいです。

私は、この下書きをすることによって、「伊勢形紙」について知ることになりましたが、Iさんは素直に求めていました。



私も、この柄がいいなとカタログの写真を見て思っていたので、良かったです。


とりあえず、椿大神社に行くことは決まっていましたが、いつなのかは1月の三連休の辺りでにして、みこちゃんもいくちゃんも行きたいということで、計画を立てていました。


11月29日に話してきたのは、サンタクロースでした。
丁度この頃に、利尻島の話を記事にしていたので、そのことを話してきたのですね。


サンタクロースだ。
かつてのことを記事にしてくれてありがとう。
頼りにしている意味がわかったよ。
Iは、M子の言ったことが、いつも忘れていた魂の記憶の呼び覚ましになるので、意味がわかるのだよ。
三歳児のような感性だからな。
人は、三歳で忘れていくからな。魂の記憶を、、、
強くなったサンタクロースは、ボスの所にいることにするよ。
ミラクルが起こる扇子を買ってくれたからな。
扇子は、椿大神社に持って行けばいいよ。

今は、どうすればいいですか?

今は、飾ってもいいし、持っていてもいいよ。


Iさんは、サンタクロースにまた、三歳児と言われていました。(笑)

彼は、会社でも沢山の人を束ねるゼネラルマネジャーですが、全国を飛び回っているので、この人は何をやっているのか?といつも思ってしまいますね。

私達の旅もその前に仕事を片付けてからなので、直前まで忙しいです。

それでも、自分の探求をしているのは、サンタクロースの言ったように魂の記憶で動いているのかもしれませんね。

彼は、全国の津々浦々の神社を巡り、猿田彦の言っていた椿大神社の札で、全部が揃うというところまできていたので、すぐにでも行きたかったのだと思います。

私は、丁度夫が入院した時で、いつもの入院とは違い、夫はなかなか熱が下がらず、足は丸太のようにむくんでいてぐったりしていたので、とても気持ちが疲れていました。

12月4日の夜に、Iさんから送られた写真です。



私は誰の銅像かわかりませんでしたが、次の日の朝に話してきたのは、久しぶりのヤマトヒメでした。


扇子は、持っていたらいいですよ。

どなたですか?

ヤマトヒメです。
椿大神社に行ってくださいね。
東尋坊に行ってくれて、ありがとう。
忘れないで伝えてくれて、ありがとう。
「おもかる石」の隣には私がいましたよ。
誰も気付いていませんでしたが、わかってくれましたね。
伏見(稲荷大社)にいる時もあるのです。


後で、Iさんに聞いてみると、銅像は春日局(かすがのつぼね)だそうです。
Iさんにも扇子は持っていたらいいと、伝わっていたようです。

東尋坊に行ってほしいと言っていたのはヤマトヒメで、年末の寒い時だったので、Iさんは、「こんな時に行ったら死んでしまうよー」と言っていたのを思い出します。

結局、春に行った訳ですが、1年後にヤマトヒメにお礼を言われると、伝えて良かったと思いました。


🐶アメノウズメと本多忠勝の話


🐷東尋坊徒然



伏見稲荷の「おもかる石」の隣はほとんど人がいませんでしたが、やっぱり手を合わせていた方もいらしたので、わかっていたのかと思いました。



椿大神社の話は、暫くして続きます。
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スサノオノミコトの長い話

2019-02-23 07:30:15 | 日記
11月24日のカラツの神の話の後には、久しぶりのミラクルみつさんが話してきました。


ミラクルみつです。

お久しぶりです。
お元気ですか?

お久しぶりです。
元気ですよ。

今は、どこにいますか?

今はかつこ(内親王)さんと京都にいます。

京都のどこですか?

伏見稲荷大社にいます。
すみずみまで沢山の人が来ていますね。
意味がわかっている人ばかりではないので、唱えている言葉が強い人が多いです。
キツネ達は、忙しそうですよ。
M子さんが来てくれた時に、ウォッカ持って来てくれたと、ウカノミタマは喜んでいました。
頼りにしていますよ。


伏見稲荷大社に行った時に、まさかの「ウォッカ」と言われて持って行きましたが、他の神様に言われると、やっぱり持って行って良かったと思いました。
かつこさんとみつさんが仲良くしているようで、懐かしい感じですね。


夕方にIさんから📩がきましたが、私は熱海のマンションのドア交換の立ち会いで、帰りの電車に乗っていました。


なんだろう、、

今何か言われてる。

アマテラスさんかな。。

出来るところで言葉を落としておいてもらえないかな。

ごめん。

なんか強いんだよ。


私は車中だったので、すぐには返事が出来ない状態だったのですが、Iさんは感じたまま、お花と濁り酒を持って、皇居に行っていました。








その電車の中で、夫から電話が入っていたので、掛け直すと家の中で転んだということでした。

家に着いてみると、どう転んだかはわからないと言っていましたが、左目を強く打ったようで、血で真っ赤になっていて、まさにホラーな感じでした。
なんだか、ずっと熱が下がらなかったので、フラフラしてしまったようです。

結局、救急車を呼んで病院に行きましたが、入院するほどではないということで、タクシーで家に帰ってきたのは、10時過ぎになっていました。

そんな訳でIさんに言われたことは出来ない状態だったのですね。
以前に記事にした通り、一旦は帰ってきましたが、11月28日の早朝にまた救急車を呼び、夫は結局12月17日まで、入院していました。


🐶私の超現実の話


そして、11月25日に私は振り子を持って、誰が話してくるのかと思って、まず質問をしてみました。


昨日は、何かありましたか?

昨日は、頼りにしているIさんが来てくれて、嬉しかったとナシタの神(天照大御神)が言っていたよ。

どなたですか?

スサノオノミコトだ。
今上(きんじょう)天皇の最後の新嘗祭だったからな。


🌟新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)は宮中祭祀のひとつ。大祭。また、祝祭日の一つ。

収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食べ、その年の収穫に感謝する。
宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。
また、天皇が即位の礼の後に初めて行う新嘗祭を大嘗祭という。


Iさんは、だから天皇陛下と天照大御神を感じて、皇居に行っていたみたいですね。
平成が終わるということは、確かに天皇陛下にとっては、最後の新嘗祭ということですからね。



スサノオノミコトの話の続きです。


Iが感じた通り、締めは新嘗祭なのだよ。
だから、11月1日から(神様の)会議をするのだ。
新嘗祭で、人間のトップの皇室に伝えて、12月はシモジモまで伝わって、年が明けるようにしているのだ。
ナシタの神と出雲の神が、3000年前と同じになったのは、M子とIのお陰だと言っても、過言ではない。
もちろん他にも沢山いるよ。
沢山いる中でも、三鷹、熱海、東尋坊、真脇、富士、五島列島、室戸岬、十津川、利尻がわかった人は、あまりいないのだよ。

水戸はどうなのですか?

水戸は、水戸光國がわかっていたので、磯前酒列神社と磯前大洗神社が、出来たのだ。
出来たというより、再興出来たのだ。


スサノオノミコトが、言っていたのは、「磯前」(いそさき)が先でした。
その方が自然だなと、私は思いました。


続きです。


世界は日本から始まっていたのだぞ。
イランから来た時からだな、私達が、、、
それがわかってくれたIは、大した人だよ。
私は「スサの王」だったからな。
イラタの神(天之御中主之神)に呼ばれて来た時は、アトランティスの怪物が沢山いたよ。
私達は、「ヒヒロイカネ」の剣でエラムのようにしたかったのだ。
石は沢山運んだよ。
のーーーーぞーーーーみーーーーは、叶ったのだが、途絶えてしまうほどのことが起こったのだな。


「スサの王」は、エラムの王だった話は、以前にIさんが記事にしていました。

🐷「青き炎」海賊編 2


「ヒヒロイカネ」は、私が青森の旅に行っていた時に出てきた話です。

🐶バッカスナとヒヒロイカネ その2


続きです。


それは、富士(山)の噴火だった。
(敵に)攻められたというより、それが一番だったな。
ナシタの神は、見えなくなって1年以上だったから、草は枯れ果てて、食料は無くなってしまったよ。
悲しいことだったな。
子供が生まれなくなったら、終わりなのだぞ。
生まれても、健やかに育たないと、終わりなのだぞ。
ぶーーーーれーーーーないで、伝えてくれよ。
頼んだよ。


Iさんがよく言うことで、日本神話に富士山の記述がないことが不思議だという話があります。

富士山の信仰は、今は普通にありますが、昔はどうだったのだろうという疑問ですね。

私は、スサノオノミコトの悲痛な言葉を書いていて、涙が出ましたが、太陽が隠れてしまったというのは、富士山の噴火があり、太陽の恩恵で実る穀物が無くなってしまい、食料がなく、人々が死んでいき、子供は生まれなくなってしまった期間が暫く続いたのではないかと思えました。
富士山の噴火を調べると、確かに3000年前に何度かの噴火が起こっていたようなのです。


天皇陛下に因る、新嘗祭も五穀豊穣の感謝の祭祀で、やっぱり重要なことなのですね。

だからこそ、普通に生きられることは、感謝しないといけないことなのでしょう。

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