「ノナの家」nonahouseは かつこ内親王、かつこ内親王2の続きのブログです。

神様達の名前は、沢山出てきますが、宗教とは全く関係ありません。
唯一無二の魂に感謝します。

中断

2019-07-22 07:30:06 | 日記
モッチーの壮行会の話の途中ですが、7月21日の朝に言われたことを先に記事にしないといけないようです。


朝からいきなり話してきたのは、スサノオノミコトでした。


利他の心で頼むよ。

どなたですか?

スサノオノミコトだ。
知多半島の荒熊神社の清水宮司は、猿田彦が助けている。
(西尾市の)Oは、平将門が助けている。
来るべき日に備えていれば大丈夫だ。
でたらめではないのだよ。
自然の報復は恐いのだぞ。
世界は、人間だけのものではない。
弱くなってしまったことは仕方ないことだが、未来は「今」の延長線上にある。
かつてのことだが、縄文の人達はわかっていた。
どこまでやっていいかということだ。
弱くなってしまったというのは、つまり自然への感謝の気持ちだよ。
感謝して生きている人は、わかってくれると思うよ。
この話を明日、ブログにあげてほしい。
少しでも、助かってほしい。
目と鼻の先のことだからな。
終わりにしたくないからだよ。

このままの文章でいいのですか?

このままの言葉で、わかる人はわかると思うよ。
私は、この国が好きだからな。
ずっと、隠されていたことだが、天王(てんのう)と言われていたのは、私だからな。
かつてのことだ。
あくまでも、、、
利他の心で頼んだよ。
後は、読んだ人に任せればいい。
未来は、「今」の延長線上にあるということを。。。


その後に話してきたのは、ナシタの神(天照大御神)でした。


ナシタの神だ。
スサノオノミコトが話していたな。
利他の心で頼んだと言っていたな。
私からも頼む。
私からも頼むよ。
「警告」だということだ。
程なく起こることだからな。
変わらないといけないということだよ。
変わらないと無くなってしまうからな。
止められないということだ。


私は、5月の半ばから何度も繰り返し聞いている話がありました。

ただ、いたずらに恐怖を煽ってもいけないと思ったので、記事にすることはないだろうと思っていたのです。

私の回りの方々には伝えていることもありますが、全て伝えたのは、Iさんだけです。

私達は、何とか押さえることは出来ないかと、特にIさんは懸命に動いていました。

この時期に来て、神様達が伝えて欲しいと言ってきたのは、余程のことだと感じています。
だから、言われるままに記事にすることにしました。
もちろん、何もないこともあるかもしれないのは、覚悟の上で記事にしています。

Iさんも今「中断」という記事を書いています。
彼も、かなり考えた上での記事だったと思います。


🐷 中断


Iさんが、伝えたいことは

「漢字を追え!」

と、いうことだそうです。


私達は、ハマナスの咲く頃に、知床岬に行っていました。
これも、ずいぶん前から言われていたことでした。



美しい自然でした。
これを見せたかったのかもしれません。

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モッチーの壮行会 その2

2019-07-20 07:30:53 | 日記
西叶神社の近くの「浦賀の渡し」から、渡し船に乗って5人くらいずつ対岸に運んで貰いました。
調べると定員は13名なので、晴れていれば一回で乗り切れたのですね。



渡し船の方は、帰りも心配してくれたのですが、休憩時間になるタイミングだったので、歩いて浦賀駅まで行くことにしました。

まぁ、本当に激しい雨で、みんなかなりずぶ濡れになってしまいました。

傘を持っていなかったかよちゃんは、モッチーと相合い傘でしたよ。

しばらく歩いて東叶神社に着きました。



先に、女性のグループが来ていました。
知る人ぞ知る神社なのでしょうね。



お参りをしてから、社務所に行って、ここではお守り袋を求めるシステムになっているのですね。



お守りの色は、3色あったのでまた聞いてみると、好きな色でいいと言われましたので、みんなそれぞれ選んでお守りを完成させていました。

私は袋はいらないと言われたので、他のお守りと一緒に袋に入れてあります。

東叶神社を調べてみると、

🌟裏山を明神山といいますが、それは叶明神社が祀られていることによります。
『新編相模国風土記稿』に「拝殿は山下にあり、祭神は応神天皇で、正保元年(1644)九月十九日に西浦賀の本社を勧請(神の分霊を迎えて祀ること)。牛頭天王、船玉明神を合祀。」とあります。
しかし、叶神社の縁起には、養和元年(1181)に京都の高雄山神護寺の僧・文覚が石清水八幡をこの地に勧請し、文治2年(1186)に源頼朝が、源氏再興の願いが叶えられたので、叶明神と改めたとされています。
また、別の伝えによれば、元禄5年(1692)に浦賀村が東と西に分かれたとき、西浦賀村の叶神社を遷して祀り、西の叶神社を本宮、東の叶神社を若宮と呼んだともいわれています。
東叶神社は明治になるまでは、耀真山永神寺といい、古義真言宗醍醐寺派三宝院に属し、横浜の金沢区から三浦半島全域において、本山格の寺格をもった修験道の寺でした。
お寺の時代には、この山頂で火渡り修行などが行われていたそうです。お寺の格式が高かったことを示すこととして、4人の料理人が常にいて、本格的な会席料理もできたということです。
これは、来客数が多いということだけでなく、来客の階層の高さをも想像させます。
玉垣を巡らせた境内の正面、石の鳥居は浦賀湾に面しています。



東叶神社拝殿の左側から始まる200段を越える石段(恵仁志坂・産霊坂)を登りきった山頂の正面にある奥宮は、小さいながら立派な彫刻のある本殿でしたが火災により焼失しました。現在の本殿は、創建八百年を記念して昭和56年(1981)に再建されたものです。
ここは、戦国時代の弘治2年(1556)三浦半島が房総の里見軍に攻められたため、北条氏康(後北条氏第3代)が築城したらしい浦賀城があった所です。
奥宮の近くには東照宮や神明社があります。この山は、全体が社叢林(社寺林)として、昔から自然のまま保護されてきたので、自然林として県の天然記念物に指定されています。


この日は、雨が激しく山の上までは行きませんでしたが、私は下書きをしながら地図を見ていて、驚いたことがありました。

それは、隣接した場所が「鴨居」となっていたからです。
そもそも、浦賀に行ってくれないか?と言っていた神様は、鴨氏の神だと言ってきたからですね。

走水神社のところにも古墳があった話は記事にした通り、歴史のある場所なのではないかと感じられました。


🐶 三鷹のアメノウズメです。


さて、東叶神社の社務所のところの奥に鳥居があって、「身代わり弁天」と書かれていました。
社務所の方に聞くと、鳥居の奥は洞窟になっていて入ることが出来るとのことで、多分1人では怖くで無理だと思いますが、10人みんなで入ってみました。





入口は狭いのですが、中に入ると意外と広くて、一番背の高いタッキーさんも中では普通に立っても大丈夫でした。

ここには、石の弁天様がいてニッコリしていました。



私達は、またぞろぞろと、浦賀駅に向かいました。

ヒロミさんが、駅の近くのカフェ「クールクランウラガ」さんの席を予約してくれていて、そこでランチとなりました。



なかなかなボリュームの食事となりましたが、店員さんも感じが良く、明るいお店の二階の席に陣取って、みんなで話していました。

ずぶ濡れになっていたかよちゃんが、お店の方に、


あのー、なんか風が出る物を貸して頂けませんか?


あ、ドライヤーならありますけど。


と、まさかのドライヤーを貸して頂けることになり良かったです。

みんなもお借り出来て、濡れた服を乾かすことが出来ました。

ご飯を食べている時には、少し晴れてきて、あの雨はなんだったのか?と思うほどでした。


続きます。
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モッチーの壮行会

2019-07-19 07:30:51 | 日記
6月22日に、「魂の会」の常連のモッチーの壮行会をしました。

モッチーは、2014年の暮れに「世田谷八幡宮の会」をした時に初めて来てくれました。

私の会に男性が来ることはほとんどなく、しかもその時は一番若かったと思うので、勇気ある行動だと思います。
私は大丈夫かな?と思って、事前に電話をしていました。


お友達とかはいなくて大丈夫ですか?

大丈夫です。


という、短い会話をしたと思います。

その後の会にはほぼ全部来てくれて、みんなにいじられながら笑っている穏やかな人です。
沢山の人の会の時は、最後尾に歩いてくれたり、地図を見てくれたり、何気なくサポートしてくれて本当に助かっています。

今回の壮行会は、モッチーが転職して名古屋方面に行くと聞いて、いつも企画してくれるヒロミさんとMIHOさんが、皆様に連絡をしてくれて、実現しました。

夕方から、東京で15、6名の会ということになりましたが、もちろん男性は1人で、女性の年齢はともかく、ハーレム状態の会ですね。(笑)


その計画が決定した頃に、話してきた神様がいました。


6月11日にカラツの神の話から始まりました。


新しい神が来ています。
カラツの神です。


私は、何と言ってくるのかと思っていましたが、唐突な感じでした。


浦賀に行ってくれないか?

浦賀ですか?

浦賀だよ。
浦賀に走水神社を分けた神社があるのだよ。

調べてみますね。

調べたらわかるよ。
私は、カモの神だよ。
鴨氏の神だよ。
待っているよ。


私は、浦賀にはずいぶん前に行ったことはありますが、もう30年以上前になるかと思いました。
その頃は、神社に行くこともなく、確か観音崎に行くのに、浦賀で降りてそこからはバスに乗るためだけだったと思います。

浦賀の神社で調べると、叶神社という神社があることがわかりました。


🌟叶神社(かのうじんじゃ)は神奈川県横須賀市浦賀地区にある神社。浦賀港を挟んで2社ある。
勧請した石清水八幡宮と同様、共に、誉田別尊(応神天皇)など八幡神を祭神とする。

🌟叶神社(西浦賀):通称「西叶神社」

🌟叶神社(東浦賀):通称「東叶神社」

21世紀に入り、西叶神社で勾玉を授かり、東叶神社のお守り袋に入れて身に着けて良縁などのご利益を願う習慣が両社の宮司の話し合いによりできた。


西叶神社の方が古く(1181年)、500年後に東叶神社が出来ていて、走水神社とは、兼務社になっているようで、地図で見ると山伝いに行けるようです。


私は、次の日にこの神社でいいかを確かめて、6月22日にせっかくなら皆さんと行こうと思って提案すると、10人くらいの方が一緒に行ってくれることになりました。

当日、11時に浦賀の駅で待ち合わせたのですが、私が着いたのは一番遅く、皆様は改札口のところで、私が来るのを待ってくれていました。

この日は、天気が悪く雨の予報が出ていたので、私が傘を持って歩いていると、いつも元気なかよちゃんが、


あ、M子さんが傘を持っている。
今日は、M子さんと一緒なので傘はいらないと思って持って来ませんでした。


え?なんで?雨降るって言ってたじゃん。


いくさんは、M子さんが杖を持っているって、言ったんですよー。


と、言ってみんなで笑っていました。

そして、浦賀から西叶神社に向かって、みんなで歩き始めましたが、小雨は降っていました。




鳥居をくぐると、右側に「浦賀ペリー歯科」があり、浦賀はペリーが来たところなのでしたね。



みんなで、お参りしました。
ここは、彫刻が有名なようで、古くて立派な彫刻でした。





調べた通り、社務所に行って、勾玉のお守りを求めました。
勾玉は、透明(水晶)のと緑色(翡翠)のがあって、全員のをどちらがいいか振り子で聞いて差し上げました。
ミクネの神(天之常立之神)は、白と緑と言っていて、私は、緑と言われました。


勾玉を、求めてからは東叶神社に向かいました。

向かうというか、渡し船に乗って行くのですが、そんなに沢山の人数は乗れないのです。
向こう岸は見えているので、すぐの場所ではあるのですが、12時から13時までは休憩時間と書いてあったので、私達は時間的に焦っていました。

そして、この日のピークの雨は、この渡し船に乗ろうとしていた時でした。



🌟浦賀の渡船(うらがのわたしぶね)とは、神奈川県横須賀市浦賀で運行されている渡し船である。
浦賀の町で古くから運航しており、ポンポン船の愛称で親しまれている。現在は繊維強化プラスチックによる装飾で御座船風に仕立てられた愛宕丸(あたごまる、全長9.5メートル、総トン数4.8トン、1998年就航)による運用だが、それ以前は普通の動力船であった。



渡し船の料金は、1人200円で、約3分の船旅です。

この時の雨が本当に激しかったので、渡し船の方は、雨に濡れないように屋根のあるところに乗せてくれるために、二往復して私達を運んでくれました。


続きます。
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国之常立之神(くにのとこたちのかみ)の話

2019-07-17 07:30:25 | 日記
Iさんと、十国峠に行っていた時に、普段あまり話していなかったので、車中でかなり話が出来て良かったです。
その時に話していたことです。


Iさんは、ナセの神(国之常立之神)が大好きで、いつも美しい女神様だと言っていますが、もちろん誰もそんな話はしていません。

ナセの神の話し方は、男っぽいので、私も始めはわからなかったのですが、私の話では、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメのお母さんということになっています。
だから、女神様ですね。

Iさんが言うには、大昔にナセの神の国家があったのですが、厳しすぎて崩壊してしまったので、今は表には出て来ないということでした。

何年か前の出雲の神様の会議で、Iさんはナセの神にキスしてもらったのですが、だから余計に好きなのかもしれません。

こんな話は、誰も信じないおとぎ話ですけどね。

その時のことは、2016,11,18に記事にしていました。
抜粋してみます。


カービィ

カービィだ。久しぶりだな。
キス出来たようだぞ。Iは。
ナセの神(国之常立之神)と。。。


そして、カービィが、Iさんのキスの話をしていましたね。

そのIさんの魂が、同じ11月3日に話してきたのです。


ねーさん、行ってきたよ。
昨日に、持ち越しだったんだよ。
やっぱり、キレイだったよ。天海祐希さんよりもっとね。
ねーさんは、一昨日だったと聞いたよ。
覚えているの?

全然覚えてないよ。

そうか。僕も少しだけだけどね。


私は、神様達に言われることは、実際本当に何も覚えていないので、とても残念に思います。

Iさんの魂の話し方は、Iさんの普段の感じそのままだし、どうなのかな?と思っていたのですね。
しばらくして、Iさんと電話で話した時に、私がこの話を伝える前に、


2日でしょ?!


と言っていて、


ねーさん、やっぱり2日だよね!
僕は、ねーさんがどういうか、黙って聞いていたんだよ。
なんかさ、ナセさんは、上の方からキスしてくれたから、下からギューッと抱きついたよ。

えーっ?!そうなの?
覚えてるんだね。スゴいなー。


抜粋終わり


Iさんのイメージの天海祐希さんの写真です。




🐶 いろいろな神様の話 その2



6月18日に話してきたのは、カラツの神でした。


カラツの神です。
羅漢(らかん)が増えて良かったです。
済んだことは水に流していけばいいのですよ。
齢(よわい)を重ねると、わかることが多くなりますからね。
友達の輪が広がって、私も嬉しいです。

Iさんを守ってくださいね。

Iさんは、単独でも大丈夫ですよ。
強くなりましたからね。
変わらない愛は不滅ということです。


カラツの神は、Iさんの胸のアザにすぐ行けるみたいです。
だから、何かの知らせに来るときもあるようですよ。


次に話してきたのは、二人で噂をしていたナセの神でした。


ナセの神だ。
昨日、Iと噂をしていただろう。

はい。していました。

私の国の話をしていたな。
私は今はやり過ぎだったと思っている。
人は、いつもビクビクしていたからな。
躾(しつけ)というのは、大事なことだとその時は思っていた。
森羅(しんら)のことが一番だけどな。
私は、愛の名の元にやっていたが、下の者には伝わらなかったようだ。
残念だが、伝える人の考えで変わっていってしまうのだな。
ぜーーーーーったい(絶対)は、ないのだ。
伝わるのは、7割だと思って丁度いい。
その下には5割だろうな。
5割の下は、全然違うものだということだよ。
国之常立之神(くにのとこたちのかみ)として今もいるが、私は前面に出ないことにした。
私が女だとわかってくれた、M子とIだから話しているのだぞ。

Iさんとキスしましたか?

何年か前かな?
Iは、背伸びしてかわいかったな。
熱海の温泉には、たまに行っているよ。
ありがとう。


Iさんが感じていた通りだったのですが、やっぱり誰も信じない話ですね。

ナセの神が言っていた、伝えるのは難しいと思うのは、私も長く勤めているのでよくわかります。

今は、映像でトップの話を伝えることは出来るようになりましたが、昔は伝達していくうちに、違うものになっていくのは、当たり前のことでしょうね。

中間に入る人によっては、悪意によってねじ曲げられることは、沢山ありますし。。。

私は、このブログを始めてから、なるだけそのままを記事にしようと思っています。
だから、過去記事の続きになっていたり、詳しくなっていたりするのかと思います。

読者の方と、電話で話していると、皆様読んで下さっているので、また発見があったりで、嬉しいことです。

ナセの神の話も、彼にとっては、感動ものですが、詳しくは話していなかったので、記事で知ることになって、喜んでくれるでしょう。

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十国峠とカメの話

2019-07-15 07:30:52 | 日記
6月15日(土)は、嵐のような雨の日でした。

Iさんが、夜中に熱海のマンションに行っていたので、私は次の日の昼頃に行くことにしました。

朝から送られてきたのは、いつものファミレスからの写真でしたが、前日とは打って変わっていい天気ですね。



昼頃に部屋に着いて、窓から空を見るとまた飛行船のような雲が出ていました。
大島の上にも雲が出ていますね。








風はかなり強かったのですが、ずっと雲は動かなかったです。

今、1週間に一回のペースで熱海に行っているのは、ガジュマルに水をあげるためでもあります。
すっかり元気になりました。



私は、温泉に入って戻って来てから、喉が乾いたので「魂の会」の時にきょんぴいさんがわざわざ買って来てくれた「東京サイダー」を飲もうと冷蔵庫から出してきました。



私がソファーで寝ころがっていたIさんに「飲む?」と聞くと、目をつぶりながら「カフェで沢山飲んでいたから、ガブガブだからな。少しだけもらうわ」と言っていて、その後いきなり


あ、龍神さんが来た。

ん、カメも来た。


え?カメ?何それ。


なんか、カメがいるんだよ。


と、いうまたヘンテコな会話をしていました。


私の話には、土地の下支えをしている動物がよく出てきます。

始めは、鹿島神宮と香取神宮に行った時に伝説と同じで、ナマズが話してきました。

熊本地震の時には、大蛇というかボアコンストリクターが、話してきました。

そして、前回にも出てきた十津川の玉置神社の玉石社には、タコがいるとのことで話してきて、愛知県の知多半島と渥美半島は、ウナギの頭としっぽだと言われて、やっぱり話してきました。

そして、この時にIさんが、カメがいると言っていたので、またまたぁと思っていたのですが、話してきたのは瀬田の龍神でした。


瀬田の龍神だ。
「東京サイダー」好きだよ。

カメもいますか?

カメは、笑ってしまうかもしれないが、Iをモミモミしていたよ。


と、謎な話をしていて、でもカメはやっぱりいるみたいですね。


私達は、Iさんの車に乗って、帰ることにしました。

東海道線の小田原まで送ってもらうことにして、十国峠に寄ることになりました。

私は、十国峠は初めてでしたが、前日の嵐のためか、かなり風が強かったのです。
そのお陰で富士山がスゴくキレイに見えたばかりでなく、かなり遠くまでが見えていて、まさに十国が見渡せる感じでした。

風が強くて、やっとの思いで富士山を撮りました。
スマホが、ブルブル震えてしまうほどの風でした。





🌟十国峠とは函南町と熱海市の境にあり、十国五島(伊豆・駿河・遠江・甲斐・信濃・武蔵・上総・下総・安房・相模、大島・新島・神津島・三宅島・利島)を展望できるといわれる標高766mの日金山の山頂、十国峠へと登ることができ、気象条件によっては、山頂にある頂上展望台の望遠鏡から東京タワーや東京スカイツリーも見えることがある。





富士山の反対側は、海なので大島が見えますね。

十国峠には、ケーブルカーで昇って行きました。
画像は、降りるところ。



箱根のターンパイクを通って、小田原に着く途中の芦ノ湖と富士山も美しかったです。





この時の富士山は、Iさんが最近ご先祖様のために買ったお香立てのお皿のようだったので、ご先祖様も喜んでいたようです。



そして、次の日にカメが話してきました。


カメです。
Iさんは、かわいいですね。

カメさんは、何で来ていたのですか?

ランドマークだから、すぐわかるのですよ。
M子さんのマンションは、良い気だから神達はどんどん来ていますよ。
私は、伊豆半島の下にいるのです。
ナマズとかウナギと同じようなものです。
伊豆半島は、とても古い地層になっていると聞いていましたね。
十国峠から見えていた富士は、とてもキレイだったでしょう。
シネの神達が見せてくれたのですよ。
テストに合格です。

え?テストって何のですか?

私のですよ。

ありがとうございます。

伝えられて嬉しいです。


カメは、伊豆半島の下にいるようです。

伊豆半島のランドサットの衛星写真を見ると、カメに見えなくもないなと思いました。





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