「ノナの家」nonahouseは かつこ内親王、かつこ内親王2の続きのブログです。

神様達の名前は、沢山出てきますが、宗教とは全く関係ありません。
唯一無二の魂に感謝します。

四国の旅 その11

2020-09-19 07:30:00 | 日記
伊射奈美(いざなみ)神社と名前が付いているのは、全国にはこの神社しかないようです。


🌟「延喜式」神名帳(平安時代に編纂された官社一覧。これに記載されている神社を式内社という)を見ると、阿波国美馬郡所在の式内社11社のうちの1社に伊射奈美神社の名がみえます。

イザナミと対になるイザナギを社名とする式内社は、淡路伊佐奈伎(あわじいざなぎ)神社をはじめとして7社ありますが、イザナミを社名とする式内社は阿波国美馬郡の1社のみです。
イザナギ神社にはイザナミも併せて祀られることも多かったと考えられますが、あえて女神のイザナミを社名とする伊射奈美神社は、特殊な意味をもつものかもしれません。




元々は、吉野川の中洲にあったのですが、そこにはちょっと行けない感じらしいです。
最近、ミミさんが行ってくれて、写真を送ってくれました。

ミミさんの📩


伊射奈美神社さんの、対岸にある元宮遥拝所にも行ってきました。





藪を抜けて川辺に降りると、今のお宮さんとは反対側から中洲を見ることができます。
歩いて渡るのは無理そうでした。




今のお宮さんからも歩いて河川敷方面に降りてみましたが、中洲につながる道を見つけられませんでした。

あちこちにイノシシのワナがかけてあって、人気のない藪の中がちょっと怖い雰囲気だったので早々に退散しました。







送っていただいた写真を見ると、以前はかなり大きな島で、人も住んでいたようですが、度重なる水害で今は移転して人家はないようですね。

7月にみんなで行った時に、Iさんは本当はここに行きたいと思っていたようでした。


さて、当日は伊射奈美神社に他に来る人もいなくて、みんなで無事に祝詞を挙げることが出来ました。



その後の空には、鎖状の雲が出ていて、DNAの螺旋のように見えました。



本殿の後ろにあった祠にも、丁寧に挨拶しました。



吉野川のところで、みんなで記念撮影しました。
雲が、もくもくしていますね。



そして、伊射奈美神社に行ったので、最後の締めは淡路島の伊弉諾(いざなぎ)神宮に行くことになりました。


続きます。

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四国の旅 その10

2020-09-17 07:30:00 | 日記
前回のイザナミの話は、日本神話に出てくる話からだと思われます。

ご存知ない方のために、簡単にお伝えします。

🌟天地開闢において神世七代の最後にイザナギとともに生まれた。

イザナギとは夫婦となり、オノゴロ島におりたち、国産み・神産みにおいてイザナギとの間に日本国土を形づくる多数の子をもうける。

その中には淡路島隠岐島からはじめやがて日本列島を生み、更になど森羅万象の神々を生んだ。

火の神軻遇突智(迦具土神・カグツチ)を産んだために陰部火傷を負って病に臥せのちに亡くなるが、その際にも尿吐瀉物から神々を生んだ。

そして、カグツチはイザナギに殺された。

死後、イザナミは自分に逢いに黄泉国までやってきたイザナギに腐敗した死体(自分)を見られたことに恥をかかされたと大いに怒り、恐怖で逃げるイザナギを追いかける。

しかし、黄泉国と葦原中津国(地上)の間の黄泉路において葦原中国とつながっている黄泉比良坂(よもつひらさか)で、イザナミに対してイザナギが大岩で道を塞ぎ会えなくしてしまう。

イザナミは閉ざされた大岩の向こうの夫にむかって「愛しい人よ、こんなひどいことをするなら私は1日に1000の人間を殺すでしょう」と叫ぶ。

イザナギは「愛しい人よ、それなら私は産屋を建てて1日に1500の子どもを産ませよう」と返した。そしてイザナミとイザナギは離縁した。



そして、イザナギがイザナミから逃げる時に、桃を投げ付けたので、助かったという話があります。


🌟『日本書紀』では神産みの第九の一書に登場する。
『古事記』と同様に、イザナギは黄泉の国で8柱の雷公に追われる。
その時、道端に桃の樹があり、その樹の下に隠れて桃の実を採って投げつけると、雷公は退走していった。
これが、桃を用いて鬼を避ける由縁であると記されている。


だから、「桃」を用意するように言われたのですね。



Iさんは、1日目に泊まったホテルに近い美馬市穴吹町にある伊射奈美(いざなみ)神社に行くと言っていて、何か欲しい物はあるかと聞かれたので、朝食後に、イザナミに聞いてみました。


イザナミです。

伊射奈美神社に行きますが、何か欲しい物はありますか?

行ってくれるのなら、酒よりも水をお願いします。
瀬戸内海の淡路島のイザナギ神社に来てくれたのは、Sさんですか?

はい。そうです。

イザナギが言っていました。
私達は、元に戻って「カタスクニ」に行こうとしています。
利他の心でありがとうございます。


Sさんは、今回の旅で先に四国に向かっていたので、淡路島の伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)に、お参りをしてから来ていました。
それをイザナミが言っていたのですね。


その後に話してきたのは、藤原不比等(ふひと)でした。


藤原不比等だ。
昨日は、母のところへ帰れて良かったよ。
今は、神になろうとしてみるよ。
私の思いが伝わって本当に嬉しい。

ミミさんは、やっぱり不比等様に関係していたのですか?

ミミコは、母の生まれ変わりだよ。


ミミさんは、また衝撃を受けていました。
でも、そう思うと今回のミミさんの状態はなんだか理解は出来ますね。
志渡の真珠島のことも、ミミさんがいなければ始まらない話でしたし。
ミミさんは、子供の時に水が怖かったのに、潜水してみたら、スゴく深く潜れてビックリしたことを話していました。
海女さんの魂だったからでしょうか。


と、いうことで目的地は伊射奈美神社になったのですが、「和の宿ホテル祖谷温泉」から、割りとすぐ近くにある「祖谷渓の小便小僧の像」に寄りました。





この像は、1968年に作られた物だそうですが、子供達がここで度胸試しをしていたかららしいです。

また、山道をうねうねと走って目的地に近づいた時に、前を走っていたIさんが花屋さんのところで停まりました。

イザナミさんに花を持って行くためでした。



伊射奈美神社は、吉野川の近くにありました。





Iさんは、この神社に着いて、イザナミのことを思って感極まったのか涙を流していました。


続きます。
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四国の旅 その9

2020-09-16 07:30:00 | 日記
7月18日の朝に話してきたのは、イザナミでした。


イザナミです。
昨日は、本当にありがとうございました。
私の封印は、順番にしないと解けない物でした。
志渡の弁天のパワーが落ちていたので。。。
竹生島(ちくぶじま)から持って来てもらったパワーが繋ぐ「面向不背(めんこうふはい)の玉」の場所は、真珠島の弁天ですからね。
それがわかってくれた人は、今までいませんでした。
かつてのことが大事だったのです。
大剣(おおつるぎ)神社で、桃と酒と玉とヒレと剣で、私とイザナギが和合出来ました。
祝詞も素晴らしかったです。
いつも以上に動いてくれる人達のお陰ですね。
いつも一緒が大事ですよ。


剣山(つるぎさん)に行くように言われて、順番に巡ることになったのは、なんとイザナミの封印を解く旅だったようです。

剣山というと、ユダヤのアークの話だと思っていた方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではなかったのですね。

私達は、鳴門から志渡の真珠島の弁天様のところに行きましたが、3月初めに行っていた竹生島にある「面向不背の玉」のパワーを繋ぐところから旅は既に始まっていました。

真珠島の弁天様の前でのIさんの祝詞が終わった時に、Sさんがラムサからうやうやしく受け取ったのは、「玉とヒレと剣」だったようで、それをIさんに渡していました。

私は、玉だけだと思っていたのですが、イザナミがそう言っていたので、そうだったようです。

イザナミの次に話してきたのは、空海でした。


空海だ。
昨日は、忘れないで来てくれてありがとう。
私がずいぶん前に掛けた封印を解く人達が来るとは思わなかったよ。
88箇所の封印は、イザナミのためにあったが、ミラクルでイザナギと合体が出来たから解けたということだな。
四国88箇所の巡礼は今年は反対回りに出来る年なので、タイミングが良かったのだ。
反対回りで緩まるからな。
利他の心でやれば出来るということだな。
魂は続くのだから、素晴らしいことだったのだよ。


空海が、巡礼の「逆打ち」の話をしていました。
私は知らなかったのでミミさんに教えてもらいましたが、四年に一度の閏(うるう)年には逆回りが出来るのだそうです。


🌟順打ち


四国八十八ヶ所霊場では1番から88番まで各札所に番号が決められています。

この番号の順に1番→2番→・・・→88番と巡拝することを順打ちと呼びます。

お遍路には決められたルールはないので何番から出発して何番で終了しても良いことになっていますが、この番号通りに巡ることがメジャーな方法です。


1番札所は徳島県鳴門市にあり、高知、愛媛、香川と巡って88ヵ所を達成します。

昔は四国に来る手段は船しかなかったため、鳴門の港に到着したお遍路さんの多くが順打ちでお遍路を巡っていました。

歩き遍路でもバスツアーのお遍路でも1番から出発して88番で結願という方法が現在でも人気です。

特に歩き遍路では同じ方向に進むため、お遍路さんと話しながら巡ることも可能となります。


🌟逆打ち


札所番号の逆の順に88番→87番→・・・→1番と巡拝することを逆打ちと呼びます。

なぜ、逆打ちをするのか。

それは、逆打ちをすると順打ちの3倍のご利益や功徳を得られると言われてきたためです。

お遍路の開祖であり信仰の対象である弘法大師空海は今でも四国八十八ヵ所を順打ちで巡っていると信じられてきました。

つまり、逆打ちでお遍路をすることで必ずどこかで弘法大師とすれ違う、または出会えるという考えがあります。

また、4年に一度のうるう年は逆打ちの年とされており、逆打ちでお遍路をする方が多くなります。

バスツアーでも逆打ちのツアーが組まれています。



お遍路で巡る人達が、空海の封印を手伝っているということらしいのです。
今年は、閏年で逆打ちをしている人もいて、緩まるタイミングだということですね。
順打ちの人もコロナが危険なので、少なかったと思いますし。。。


次に話してきたのは、タマヨリヒメと世界の神でした。


タマヨリヒメです。
昨日は、お疲れ様でした。
素晴らしいことでしたよ。
かつての弁天島がわかった人はいませんでしたからね。
背中にまた増えましたよ。


世界の神だ。
「時の扉」が開いて、塞がれない前に出来たから良かったよ。
Iはセーーーーンーーーースがあるから大丈夫だろう。
麒麟も気に入ったみたいだよ。
トマト食べているからな。


最後に話してきたのは、キクリヒメでした。


キクリヒメです。
いつもありがとうございます。
「五色の綱」もありがとうございます。
山頂の(K会長の)祝詞も素晴らしかったです。
5つの人種は、魂のまとまりが出来ました。
世界は一つにしないと、5番目の世界は終わりになってしまいます。
皆さんの動きが、、、
これからわかってきますよ。


神様達に喜んでいただけたようです。


18日は、泊まっていた「和の宿 ホテル祖谷温泉」で朝からお風呂に入り、朝食をみんなで頂き出発しました。



かなり充実した朝食ですね。
やっぱり、この山奥なのに人気ホテルということがよくわかりました。


続きます。
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四国の旅 その8

2020-09-13 07:30:00 | 日記
すIさんが絶対泊まりたいと言っていた「和の宿 ホテル祖谷温泉」は、とても感じのよいホテルでした。

一番の売りは、ケーブルカーで川の近くにある露天風呂に行くことで、私達は、夕食前にその露天風呂に行くことにしました。
お風呂の写真は、ホテルのHPからお借りしました。



ホテルのケーブルカー乗り場です。









回りは山ばかりですね。
ケーブルカーは、一番前に乗った人がボタンを押して動きます。
いくちゃんが押していました。






人気ホテルなので、意外と沢山乗っていますね。


女湯はわりと混んでいました。
男湯はあまりいなかったみたいです。



とても低い温度で、40分は入るようにと書いてあり、炭酸泉なので小さな泡が体にまとわりつく感じでお肌がツルツルになりました。

そして、6時から夕食でした。











お料理は、どれも美味しかったです。

部屋割りは、1日目と同じだったので、私とSさんとミミさんは、9時には寝てしまっていました。
ミミさんは、ずっと眠れなかったので、安心感だったのか、ぐっすり寝られたようです。
私はいつもの如く、気絶するように寝てしまったので、記憶はありません。
他のみんなは夜中まで起きていたようで、私達の部屋にも呼びに来てくれたそうですけどね。

剣山に登ったこの日の朝に、ラムサが話してきたことは記事にしましたが、実は続きがあったのです。

ミミさんがSさんに聞いたことから始まりました。
Sさんは、普段は眼鏡を掛けていたりするので、気付かないのですが、向かって右側の目の下にアザがあるのです。
アザなのか?シミなのか?と私も思っていましたが、特に聞いたことはありませんでした。

ミミさんが、そのことを三人でいた時に聞いていたのです。


Sさん、それは何ですか?


あ、これ?なんか30才くらいの時に浮き上がってきたの。
今はお化粧してないからね。
ま、いいかと思ってるよ。


そうですかー
私の娘にも、同じ場所にアザがあるんです。
やっぱり女の子なので、ずいぶん悩みました。
私が妊娠中に火事を見たからかとかね。
何度も手術をしたりしたのですけど、やっぱり消えないのですね。


そして、二人は女性に受け継がれる「女紋(おんなもん)」の話をしていました。
二人共、実家が香川県の高松というのも奇遇ですが、その「女紋」が同じ「揚羽蝶(あけはちょう)」の紋で、そのことに二人は驚いていました。

私は、家紋の意識があまりないので、へぇーと思って聞いていましたが、ラムサがそのことを話していたのです。


揚羽蝶ですよ。
平家の紋章です。
大事にしてくださいね。
ラムサですよ。


揚羽蝶の家紋はいろいろあるのですが、後日二人が送ってくれた着物の家紋が、ほぼ同じだったので、二人には縁があって、だから一緒に今回の旅に来ることになったのだと思いました。

ミクネの神(天之常立之神)が部屋割りを決めたのも、そういうことだったみたいで、
二人を繋ぐことが出来て良かったです。



後日送ってもらった左側がSさんで、右側がミミさんの女紋。



ミミさんが送ってくれた7月19日の剣山の例大祭の写真ですが、赤いノボリの上の方に白く出ているのが、揚羽蝶の紋です。





剣山に登った時に、剣舞をしていた小学生の男の子を見て、二人は号泣していました。



最後にミミさんのお嬢さんの小さい頃の写真です。


続きます。
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四国の旅 その7

2020-09-12 07:30:00 | 日記
剣山本宮宝蔵石神社から、大剣神社の方に行く道ではない方から下山しました。
最短は地図を見るとそちらの方の道ですね。
赤い印を付けた「刀掛けの松」が中間の分岐点になります。
右に行けば大剣神社です。



霧が出てきて幻想的な景色になっていました。





「刀掛けの松」です。
🌟安徳天皇が剣山へ登る途中この場所で休んでいた時、汗だくで宝剣を持ち続けている従者に気遣い、松の枝に宝剣を掛けて汗を拭くよう言葉をかけられたそうです。
それ以来、この場所を「刀掛の松」と呼ぶようになったと言われています。



Iさんは、祠や、ここと思う場所に丁寧にお酒を供えていました。





そして、リフトの西島駅に着き無事に下山出来ました。



その後は、またうねうねとした山道を走り、この日に泊まる予定だった祖谷谷(いやだに)に向かいました。

祖谷谷にある「和の宿 ホテル祖谷温泉」にIさんは行きたいと、3月の時から言っていて、とても人気なホテルなので、今年だから予約が出来たと言っていました。
その時にキャンセルも泣く泣くしたので、新たに予約が出来て、本当に楽しみにしていました。

ホテルに着く前に、ここで有名な「祖谷の蔓橋(かずらばし)」に行きました。





Iさんは、実は高所恐怖症だったようで、トップで渡り始めましたが、かなり騒いでいて、いつものような感じではありませんでした。
それに比べて、ミミさんが走るように渡って行ったのは驚きましたけどね。

私はやっぱり怖かったので、渡るのが一番遅かったです。
下の川の流れが丸見えで怖いですね。





先に行っていたシンヤさんが帰りの橋から撮っていた写真ですが、真ん中に私がいます。



🌟平家一族の哀話を秘める、秘境“祖谷”にあるかずら橋。
シラクチカズラ(重さ約5トン)で作られたもので、長さ45m・幅2m・水面上14m。
昔は深山渓谷地帯の唯一の交通施設であった。3年毎に架替えが行われる。
(昭和30年2月3日 国指定民俗重要文化財)



平家の落人(おちゅうど)が、追っ手が来たらすぐに切り落とせるように作った橋なのですね。

渡ったところに「琵琶の滝」がありました。





前の週が大雨だったので、いつもより水量が多かったようですよ。



私達は、橋を渡り車で宿泊先の「和の宿 ホテル祖谷温泉」に向かいました。



続きます。
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