六畳の神殿

私の神さまは様々な姿をしています。他者の善意、自分の良心、自然、文化、季節、社会・・それらへの祈りの記。

結婚式

2005年12月15日 | 日々のこと
 いとこの結婚式・披露宴に出席しました。

 新婦である従妹は私より10歳以上も年下なので、オンナノコらしい憧れをいっぱいに詰め込んだ、ほほえましくもこそばゆい、若さにあふれた華燭の典でした。

 お式はチャペル・ウェディング。しょっちゅう行き来し、赤ちゃんの頃から彼女を知っているわたし的には「アンタいつクリスチャンに?」的ツッコミをしたい気持ちも湧かないではなかったが、今どき結婚式にそんな事を考える私の方がアタマ古いんだわねと反省し、真面目にお式に臨む。神父さん(牧師さん?)の一神教的お説教にも多少違和感は覚えるものの、そんなに堅く深く考える必要はないじゃないの、説話に込められた想いやメッセージこそが大切よ、と心からふたりの幸多き未来を祈り頭をたれる。

 指輪の交換や誓いのキスが終わり、これでおしまいかな?と思ったら、神父さんがふたりを列席者の方に向かせた。そして高らかに、こう宣言した。

 「いま、このふたりは、神に認められて夫婦となりました。神が結びつけたふたりを、人が引き離してはいけません」

 おー。
 なんだかわからないけど、すごい説得力。この一言に、感動してしまった。そうだ、その通りだよな、と思った。

 全く違う人格の、1人と1人が出会い、新しい家族をつくる。
 そのことを単なる《人の行為》と考えてもいいけれど。

 望む想いが一致する偶然、その奇跡のような嬉しさを、神のみわざと呼ぶ・・そこに生まれる感動を、素直に味わいたいと思った。


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