“怪物”フェルプスとマット・ビオンディ・・・

　史上初の８冠を目指すアメリカの“怪物”フェルプス、現在７個目の金メダルを獲得、それも今日の１００ｍバタフライを除いては全て世界新記録である。個人通算最多メダルは１３、平泳ぎ以外、彼にかなうものは誰もいない。
　１００ｍバタフライ決勝ではあわや金メダルなしかと思ったが、最後の追い上げのすばらしさ、１００分の１秒差の違いでタッチ、見事７冠達成。これこそ“怪物”の怪物たる所以であろう。
　彼の活躍を見ていて、私は１９８８年のソウルオリンピック競泳で金メダル５個、銀メダル１個、銅メダル１個の計７個を獲得したマット・ビオンディを思い出す。長身で、真っ黒い瞳の超イケメン、長い手足でダイナミックに泳ぐその美しい姿に魅せられて、彼の出場する競泳の種目は全て見た。ちょうど水泳を始めた頃で興味もあって、毎日テレビにかじりついていたものだ。
　
　ビオンディの「世界新で金メダル確実！」といわれていた１００ｍバタフライ決勝。だが、ふたを開けてみれば意外や意外、ラスト１ｍというところで南米スリナムの黒人選手アンソニー・ネスティに抜かれたのである。今日、フェルプスが同じ種目でネスティと同じ事をやったということにとても驚いている。
　詳しくは覚えていないので検索して得た情報である。この１００ｍバタフライ決勝は世界中のだれもがビオンディの世界新での優勝を疑わなかった。実際に、レースがスタートしてもビオンディの泳ぎは他の選手を寄せ付けなかった。だが、ラスト２５ｍになったときに、小さな黒い影がビオンディに迫ってきた。そして、その小さな黒い影はラスト１０ｍで追いついき、なんと、ラスト１ｍでビオンディを抜き去ったのである。タイムの差はなんと０．０１秒、信じられない劇的な勝利であった。
　アンソニー・ネスティは身長１７５センチ、ビオンディはたしか２ｍ近い長身だったと思うが、まるで大人と子どもの競争である。体格も実力の差も、だれもが比べてみることさえもしなかっただろうこの選手が、まさか……。このアンソニー・ネスティが黒人選手初の金メダリストである。その後フロリダ大学に進学し、３年間はバタフライで無敗を誇ったという。現在はフロリダ大学でコーチをしているそうである。
　
　余談だが、黒人選手は筋肉細胞組織が白人選手や黄色人種選手よりも重く、浮力が足りないので“勝てない”ということが理論的に確立されている。そういえば競泳で黒人選手は余り見かけないが、この北京オリンピックでは、アメリカ競泳陣の中に男子４００メートルリレーの優勝に貢献し、フェルプスに２個目の金メダルをもたらした黒人選手がいる。また、先日の５０ｍ自由形の予選では黒人選手がかなりいたが、タイムはほとんどが３０秒台、飛び込みも下手で、とうてい競争のレベルではない。しかし、陸上や水泳などの種目では「記録が標準を突破してなくても1名に限りエントリー可能」という規則があり、彼らの間にも競泳に挑戦しようという気運が高まりつつあるのかもしれない。
　２０００年のシドニー五輪で赤道ギニア代表として１００ｍ自由形に出場したムサンバニ選手を覚えているだろうか。おぼれそうな泳ぎ方で必死に泳いでいる姿に観客は絶賛の拍手を送って応援したのである。

　マット・ビオンディは次のバルセロナオリンピックでは金メダル１個という成績で終った。体力を維持し続けるには、４年という年月は長すぎるということであろう。北島選手が４年後に自信が持てなくなってもそれは無理もないことである。ビオンディは引退後は後進の育成に力を注いでいたというが、現在はハワイで教員をしているという。北島選手も次代を担う若手のマネージメントがしたいとか、ぜひ自身の記録を抜くような選手を育ててもらいたいものである。

　時代の流れとともに、次々と王者が現れては消えてゆく。記録は塗り替えられるためにあるといわれるが、“怪物”フェルプスを追い抜いてゆく選手が現れるのはいつだろうか。