記憶の振り分けができたら・・・

　この周辺にはビワの木がたくさんある。熟れてもだれも見向きもしない。喜ぶのは鳥だけかな？


　毎週水曜日の朝刊に連載されている五木寛之氏のエッセイ「新・地図のない旅」を愛読している。カットはすべて岡山市内で撮影した写真が使われているのもいい。若いころ、しばらく岡山市内で暮らしていたので「こんなところがあったのか」と、新発見したような気持になる。
　先月10日頃に掲載された「記憶の渦に溺れて」にはウンウンとうなずける個所がたくさんあって勉強になった。（一部抜粋）
　人の記憶の容量には限界があるのだろうか。長く生きていると頭の中がパンパンになって、新しい言葉がなかなかはいらない。無理して頭につめ込むと、古い記憶がいつのまにか押し出されて抜けおちてゆく。
　まあ、いまの時代には必要のないものが多いので、別に困ることはないのだが、なんとなく残念な気がしないでもないのである。そんななかで、今もはっきり残っているのは若い頃の記憶である。できればそういう記憶を残したまま、新しい知識がはいるスペースを頭の中に作りたいと思うのだが、そこがむずかしい。
　私は「昔のことはよく覚えているが、最近のことはさっぱり…」という具合で、覚えたと思ってもすぐに忘れている。すぐに忘れるのは人間として当たり前のことだというが、楽しい記憶は消えて嫌な記憶がいつまでも残っているというのは、あまりうれしくない。
　五木氏が言われるように、若い頃の記憶と新しい記憶のスペースが全く分かれていればいいのだが、そうなると加齢とともに働きが衰える脳に、残したい記憶と忘れたい記憶の振り分けができるかどうか、それが問題だ。

　この「記憶の渦に溺れて」には、五木氏の少年時代の記憶が書かれている。国民学校のこと、教育勅語のこと。頭に残って消えないのが太平洋戦争開戦の大本営発表で、ラジオの前でかしこまって聞いたこと。それらは五木氏の記憶に鮮明に残っているという。
　私は昭和16年６月14日生まれ、太平洋戦争開戦はその半年後の昭和16年12月8日だ。赤子の私には開戦のことや戦時中のことを覚えているはずがない。終戦のことは覚えている記憶が本物かどうかも定かでない。奇妙なことに、戦後人から聞いた話があたかも体験したかのように私の記憶となっているからだ。
　この話の中には五木氏の記憶に刻み込まれたさまざまな戦争用語が列挙されている。国民総動員、滅私奉公、灯火管制、疎開、代用食、戦闘帽、匍匐前進、防火用水、ABCDライン、一人一殺、非国民、隣組、配給、転進、玉砕、鬼畜米英、バケツリレー、国民服、闇米、英霊、竹槍訓練、焼夷弾、大詔奉戴日、大本営発表など、なんとまあ恐ろしい言葉だこと！
　今ではまったく使われなくなったが、私はこれらの言葉もその意味も全部知っている。いやな記憶につながる言葉ばかりだが、これらの言葉を知っているのは私くらいの年齢の人たちだろう。こういう言葉が飛び交うことのない平和な時代が続きますように…。