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片雲の風に誘われて

自転車で行ったところ、ことなどを思いつくままに写真と文で綴る。

3/14 井上隆史『大江健三郎論 怪物作家の「本当ノ事」』読了

2024-03-15 10:48:35 | 読書

  毎日新聞の書評で橋爪大二郎が書いていた。

 「著者は三島由紀夫の研究家だ。大江健三郎を避けてきたが最近読み始めその怪物性に驚く。《本書で私が提示した大江像は、民主主義者、平和主義者として一般に共有されている大江像とは大きく異なる》のだ。どこが怪物か。大江は皇国教育を受けた後、フランス文学にかぶれて小説家になった。翻訳文体で見かけは近代的だが、裏に天皇主義者の本性を隠している。三島はそれを見抜き、自決した。大江には宿題が残された。『本当ノ事』を書いて民主主義、平和主義の仮面を被った自分の正体を暴き、自分を罰するのだ。」と。なんと挑戦的な文章だろうか。読みたくなってしまう。すぐにアマゾンでポッチとした。

 大江健三郎の小説を初めて手にしたのは高校1年の時だ。柔道の昇段試験で浜松まで出かけ、帰りに駅前の小さな本屋で購入した文庫本だ。それは記憶では『われらの時代』だったように思っている。書架を探しても見つからない。性的な描写に驚いた記憶がある。乗った電車、乗り継いだバスと1時間以上読み続けていた。それまでは川端康成や井上靖などを読んでいたと思うので新しい若い小説家の出現に新鮮な思いを持った。それからは芥川賞受賞の『飼育』や『奇妙な仕事』など既刊の小説を読み漁った。高校を卒業した時に『万延元年のフットボール』が出て同級生と語り合ったことを覚えている。

 大学生の時に彼の講演を満員の会堂で椅子に座れず間の通路に座って聞いたこともある。私の印象では彼は当時の学生には一番の人気作家だろうと思っていた。しかし周りの友人たちに訊いてみると、「大江はちょっとな」と若干の拒否感があった。スノッブで鼻に着く、進歩的なスタンスのように見えて実は違うのでは、などという意見も聞こえた。この本の著者も若い頃はそれに似た忌避感を持っていたそうだ。しかし『万延元年のフットボール』を読んでその面白さに取りつかれ読み通した。そして、橋爪が評したようなことに思いが至った。それを大江の著作の順に、文学研究者らしく検証してゆく。

 ノーベル賞を受賞した作家はその後、創作意欲が落ちるのか発表する作品が少なくなるそうだ。しかし大江は1994年に受賞した後も、20年ほど一二年ごとに作品を世に出し続けた。アル中になりながらだ。その基となっているのが。何時か「本当ノ事」を書かねばならないという圧力だったのだ。

 彼の終末期に近い『水死』など数作品は読んでいないが、この本のお陰で読んでみようという意欲がわいてきた。

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