片雲の風に誘われて

自転車で行ったところ、ことなどを思いつくままに写真と文で綴る。

4/11 北谷~崎本部 74キロ

2013-04-12 20:07:37 | 2013沖縄

嘉手納基地。

 妻の自転車メーターがやっと正常に戻った。
これで走行距離が正確に計れる。
今日は70キロ以上の道を走り抜けなければならないので、宿を8時前にホテルを発った。
前日普天間基地を覗くことができなかったので嘉手納基地に隣接した道の駅に寄り道した。
屋上の展望台には報道機関のプロカメラマンらしいのが何人かカメラを持って待機していた。
基地で北朝鮮対応の動きがあるのを待っているのかもしれない。
見ている間に写真の戦闘機が数機ずつ飛び立っていったが、とても隣と話ができない程の騒音だ。

 海沿いに恩納海岸を走った。
雨空で海の色に輝きがないのが残念だったが、きれいな景色が続く。
海沿いの道にはこれまで経験したことがない程良いコンディションの自転車道路が整備されている。
登りもふらついても安心して漕ぐことができる。


万座ビーチ。


途中で見つけた植木市で。

 74キロ走って4時過ぎホテルに着いた。
荷物を置いて、8キロ先の美ら海水族館へバスで向かった。
これも巨大な施設だ。
水族館は展示に趣向を凝らしていて充分楽しめる。

美ら海水族館。


美ら海水族館、巨大なジンベイザメ。

 夕食は、帰り道の本部の町で割烹の店で取った。
モズクの天ぷらだとか魚汁などの珍しいものにありついた。




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4/10 那覇~北谷

2013-04-11 05:04:43 | 2013沖縄
 宿を8時半にチェックアウトし、自転車と荷物を預けた。
昨夜、食事した首里城への登り口だった石畳の道に向かった。


珊瑚の岩を敷き詰めてある。
雨水を浸透させて貯水池に誘導するシステムが設けられているそうだ。


坂道の脇に立っ樹齢300年の大アカギ。
風格を感じさせる。

 坂を上りきると、2千円札にデザインされた守礼の門がある。
更にしばらく上り、いくつか石の門を抜けると、首里城正殿前に出る。
20年近く前、再建されたばかりに来た時はピカピカだった、赤漆の塗装がハゲかけていて再塗装の工事が始まっている。

首里城正殿。


今でも修復再建が続けられている。


玉陵(たまうどん)、歴代王の墓。


墓所前の林。

 城下で沖縄そばを食べた後、ホテルに戻った。
58号を北に向かう。
普天間基地の横も通ったが、基地は道路より高い台地の上にあって、直ぐ隣接した道が見つからず、覗けなかった。
もう少し行けたかもしれないが、3時過ぎ北谷(ちゃたん)町のビーチ沿いのホテルに入った。
夕食は韓国焼肉だ。



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4/9 南部戦跡巡り

2013-04-10 06:41:58 | 2013沖縄

ひめゆりの塔

 今朝もどこへ行こう、となった。
しかし、沖縄に来て南部の戦跡を訪れない訳には行かないだろうと決めた。
朝食は部屋でパンとバナナなどで簡単に済ませて9時に出発した。
国際通りを抜けて、市街を西に出た。
まず、向かったのは海軍壕跡。
沖縄戦末期に海軍指令部が置かれた。
小高い丘の中に掘られた壕だ。
旅順で、ロシア軍の掘った地下要塞とも言える、大規模な壕を見たが、その40年後にまだ同じ発想だったのだなと思った。
暗い穴の中から出ると陽光が降り注いでいて目が眩んだ。

 次は更に南部を目指す。
道は内陸部を行く道もあるが、糸満の港がある海沿いの道を行くことにした。
その道に入るため、少し手間取ったが、間違いなくルートを見つけることが出来た。
糸満の港近くには大層立派な市庁舎が建っている。
また、やはり海沿いにはマリンパークが広く作られている。
このパーク越しに海を望む住宅地にはビバリーヒルズの豪邸もかくや!と思えるほどの、全面ガラス張りの3階建などが並んでいる。
とても海からの上がりだけで作れるとも思えない。

 ひめゆりの塔は沖縄最大の観光地になっているだけあって、多くの観光バスがひっきりなしにやってくる。
塔の隣に記念館が作られている。
展示物以外に生存者達の証言映像が流されているが、やはり実体験者達の話は心に鋭く届く。


 次は、沖縄戦最後の日などの報道でよく見る平和祈念公園だ。
広大な敷地に沖縄風らしく赤い瓦に葺かれた大きな記念館がある。
広い芝生の一画には沖縄戦で亡くなった全ての人の名前を刻んだ平和の礎が並んでいる。
花束を手に所縁の人の名前を探す人達の姿がいく組か見られる。
見学を終わったのは2時過ぎだったが、疲れてしまっていたので、広い芝のどこかで昼寝でもしようとしたが、どうも場所柄適当なところが見つからない。
ベンチで明日の宿などをネットで調べたりして1時間以上休憩しながら過ごした。
早めに戻ることにして、また、起伏の少なそうなルートを探して那覇へ戻る。
約20キロ、道も間違わず順調に帰ることが出来た。
5時過ぎにホテルに着いた。

 シャワーを済ませ、一休みした後、妻が見つけたホテル近くの沖縄料理の店に行く。
住宅地の中にある、しもた屋風の小じんまりした店だ。
離れの席に通された。
我々二人だけで落ち着いて食事できた。
料理も洗練された味だ。

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4/8 知念半島と久高島

2013-04-09 06:12:59 | 2013沖縄
 朝、モタモタして出発は10時近くなっていた。
例によって、出発直前まで何処に向かうかが決まっていない。
それでも知念半島方面と決めてホテルを出た。
方向は首里城を越えて行く。
しかし、山の上に来てみると、下る谷によって行く先が大きく違う。
道が中々捕まえられない。
近くのひとに尋ねても、どうも要領を得ない。
大分迷った末、予定したところより遠くの海岸に出た。
途中、珍しい風景が続いて、その度に寄り道をするので、中々道が進まない。


西原マリンパークの潮溜まり


海に注ぐ小さな川のマングローブ


月桃の花、沖縄では清明節にこの葉っぱで田芋の団子を包む。
少し甘い香りがする。

 知念半島の先端に近い港の食堂で昼食を取った。
そこの女主人に、目の前にあるのが久高島だと教えられた。
今からだと2時の船で渡って、5時の船で帰ってくれば良いと言われ、急遽行くことにした。
島は全長5キロ程で、今では300人弱しか住んでいないという。
女性だけのお祭り「イザイホー」で有名だ。
集落は港の近くだけで、残りは亜熱帯のジャングルと補助金で開墾した小さな畑だ。
その畑も大部分が荒らされている。
小さな島で3時間はもて余すかと思ったが、自転車でゆっくり回ると丁度良かった。


久高島へ渡る安座真のフェリー乗り場。


久高島の海岸の植生、南の島だ。



汀で砂が一直線に寄せられている。


海沿いの林はまるでジャングルだ。


島の周りの海岸は多くが岩場だ。

帰りはできるだけ起伏のない、距離の短い間ルートをルートラボで探した。
20キロ程を1時間半かけてホテルに戻った。
7時になっていたが、南の島なのでまだ充分明るい。
ホテルでシャワーを済ませ、夕食に出た。
島唄ライブを見ながらの夕食にした。


ネーネーズの島唄ライブ。
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4/7 沖縄へ向け出発

2013-04-08 22:17:53 | 2013沖縄

新茶の芽が綺麗に出揃っている。


 10時前に家を出た。
静岡空港へは20分程で着いた。
駐車場には思いの外多くの車が停められている。
ここの駐車場は無料だ。

 この時間帯には便が集中している。
那覇行き以外に、札幌が2便、福岡1便、インチョン2便がほぼ1時間の間に出発する。
那覇行きANAはほぼ満席だった。
毎日便があるのにこれ程の客とは思わなかった。
昨晩の暴風雨の名残の強風が向かい風となっているので、到着は少し遅れそうだと、機長からアナウンスがあった。
2時間半で着いた。
暖かいと予想していた那覇が静岡より寒かった。
空港前の駐車場脇で自転車を組み立てたが、風が吹きさらすので汗もでなかった。

 ホテルは首里城への登りの途中だ。
距離は8キロ程。
歩行者天国になっている国際通りを抜けた。
観光客で一杯だ。
20年振り位なので、記憶とは大いに印象が違う。

ホテルの窓からの眺め。


 荷物を置いて、夕食のためにまた、国際通りまで出た。
妻が寒さに耐えられないとレギンスを買った。
タクシーの運転手も4月にこの寒さは経験したことがないと言っていた。
 食事は市場の二階で沖縄料理を食べた。
豚の三枚肉を煮込んだラフティーもあっさりした味付けで好みにあった。

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