何かしてます。

 無職だって退屈してません。「何か」してます。「何か」ってなんだ?

持久走

2011年12月31日 22時29分16秒 | 子守日記
 今の小学校は、1年生から持久走を授業に取り入れている。

 じいちゃんの時代は、中学校からだった。
 持久走が苦手だったじいちゃんは、いつも下位を低迷していたものです。

 孫達が通う小学校の持久走が、12月7日(水)に行われた。
 都合で応援に行けず残念だったが、代わりにばあちゃんが行ってくれた。

 小3のしゅん君は、17番。昨年より23番も順位を上げた。大躍進でした。
 小1のゆう君は、15番。頑張りました。

 ちなみに、 
  ヒナ(小3 準孫)は、5回転んで19番
  コウスケ(小1 準孫)は、5番
  前橋のマキちゃん(小5 準孫)は、なんと1番でした。

お正月準備

2011年12月30日 23時24分47秒 | 日々是好日
          

 『ヤエコさん』から、泥つきの深谷ねぎ
 『イイノさん』から、箱入りの深谷ねぎ
 『トクイチさん』から、ブロッコリーと大根と短いとろいも
 『イサムさん』から、白菜とお餅
 『コダイラさん』から、下仁田ネギと長いとろいも
などが届き、お正月準備万端です。

 あとは奥さんが健康を回復してくれることを祈るばかりです。

眠れる美女

2011年12月30日 20時22分23秒 | 病気
 当時20歳の若者は、交通事故で怪我をして大原病院に入院していました。
 そこへ一人の美少女が入院してきたのです。
 大病でもなさそうなのにその美少女は、1週間以上もベットから出ることもなく静かに眠っていました。
 若者は、謎めいた『眠れる美女』に関心を持ち、やがて淡い恋心を持つようになりなした。

 それから47年の月日が流れました。
 本年12月26日朝のことです。
 『昔の眠れる美女』が寝床から起きてこないので、『昔の若者』(夫)が
 「どうした? 具合でも悪いの?」と聞くと、「大丈夫・・」と答えます。
 「どこか痛いの?」と聞くと、「わからない・・・」と答えます。

 それから彼女は一言も発せず、昔大原病院に入院していた当時と同じように『眠れる美女』が続きました。

 やっと病院に行く気になったのが、1日半眠り続けた翌日お昼ころでした。

 医師の診断は、「脱水症」でした。
 点滴をしてもらったら、元気になりました。

 飲まず食わずで「眠れる美女」をしていたせいで脱水症になったのかもしれませんが、その裏に隠れた大病でもあったら!と思うと心配でなりません。

たこ揚げ失敗

2011年12月29日 22時09分39秒 | お散歩
 ゲームに熱中している孫たち(小3と小1)に、大空に舞い上がる『たこ(カイト)揚げ』の快感を体験させたいと思った。

 12月29日午後、孫達にアイスを食べさせるからと騙しだまし、『ジェラートショップ アルベロ』に連れ出し、同店前広場でたこ揚げをした。

 孫たちも結構頑張った。
 アルベロのママやマスターも応援してくれた。
 結構いい線までいったが、なんせこの日は風がほどんどなかった。
 結局たこは揚がらず、失敗に終わった。

 少しばかり残念・・・

 はやく孫たちが、『たこ揚げ』を成功させ
 応援してくれたアルベロのママ達に見てもらいたいものです。

うっちゃん唐辛子~その3

2011年12月29日 20時53分49秒 | 日々是好日
 うっちゃん唐辛子をより深く味あうため、通常の七味唐辛子の使い方とともに次のような工夫をして楽しんでいます。

① 最近朝のみ、パン食にしています。
  食パンを軽く焼いてお醤油をたらします。
  上に白菜漬けをまんべんなく敷きます。
  その上にうっちゃん唐辛子を振りかけて、端からがぶりといきます。

② 熱々のご飯に、お醤油を少しかけ、その上にうっちゃん唐辛子をたっぷりかけてふうふうしながらいただきます。

③ 妻が作ってくれた田舎カレーに、うっちゃん唐辛子をぶっこんで汗をかきかきいただきます。


 どの食べ方でも、ハバネロの辛さと香りが印象的です。
 あえて言えば、熱々ご飯にうっちゃん唐辛子が最高だった。

うっちゃん唐辛子~その2

2011年12月24日 23時40分47秒 | 日々是好日
 うっちゃん唐辛子2袋のうちの一袋(以下A袋と称す)を開けて、今朝の朝食である納豆ご飯に少しだけかけて食べてみました。

 袋を開けたとたんに、かなり刺激的な好い匂いが鼻をつきました。
 食べてみると、最初の匂いを中心にしたいわゆる香り豊かな七味唐辛子の味である。
 辛さは、思ったほど辛くない。(少量だったせいもあるかも・・)

 香りと辛さを十分味わい食べ終わったところ、頭と額と耳後の首筋に汗をかいていた。
 さほど辛さを感じなかったのに、汗をかいたことに驚いた。

 改めてA袋の説明書きを読んでみた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
   がんばろう日本  七味唐辛子   
   風邪の予防とダイエットにどうぞ
   原料 唐辛子、柑橘類(柚子・みかん・すだち)、山椒、胡麻、海苔

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 夕飯を食べる際、白菜付けにたっぷりA袋をかけて食べてみた。
 一番強い香りは、山椒の実であることがわかった。
 かなり辛かった。独特の辛さで、これがハバネロかと納得した。
 汗がたっぷり吹き出た。

 まさに絶品である

うっちゃん唐辛子

2011年12月23日 17時53分41秒 | 日々是好日
 今年もうっちゃん唐辛子が届きました。
 この唐辛子は、そんじょそこらで売っているものと違います。
 うっちゃんが数十年前から腕を磨き、おいしさだけを求めて作り上げた絶品です。

          

 次のお手紙が添えてありました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 被災者のみならず私たちの脳裏にもあの3.11の悪夢の消えないまま本年も暮れよ

うとしております

神のみぞ知る自然災害は避けられないにしても放射性物質による被害だけは二度とあっ

て欲しくないものです

 そもそも豪雪被害の真っ直中で迎えた新年でありました

震災は東北地方のみならず長野県においても深刻な被害が発生いたしました そればか

りか台風や前線の影響によって歴史に残る豪雨が地域の皆さまに脅威を与えた一年であ

りました

更に混迷する政局や円高株安が私たちの生活や日本の行き先にどのように影響するのか

 これもまた脅威のひとつであります きたる年は「昇」「和」「幸」といった漢字が

連想される情勢になって欲しいと願わずにはいられません

 ”サンデーまいにち”の生活二年目 リタイヤしたらさぞや時間を持て余すかと思っ

ていましたが さにあらず荒天日を除けば連日太陽の下で汗を流しています。

 本年は 世界で最も辛いと称される”ハバネロ”なる品種が入手できましたのでこれ

を仲間入りさせてみました

 ご家族ともども健康 かつ生きていてよかったことが真に実感できる辰年を迎えられ

ますようご祈念申し上げます

      平成23年12月

            空○ ○行

   《自筆にて》

   元気してますか!!

      奥様によろしく!!    

顔いぼ

2011年12月22日 14時09分01秒 | 病気
 1年くらい前、私の顔の左まぶたの上にちっちゃな『いぼ』ができました。
 いぼの周りの皮膚は、薄黒く変色しています。
 イケメンの私としては、ちょっと気にはなりますが痛くもかゆくもないので放置しておきました。

 最近、何気なく顔をツルリとなぜるといぼに引っかかって痛みを感じるようになりました。
 1歳の孫が、いぼをつまんで引っ張ります。

 そこで思い切って
12月15日皮膚科の診察を受けました。
 「いぼは、すぐ取れます。手術して切除するか、液体窒素で焼く方法があります。」と医師が診断しました。
 その場ですぐ液体窒素で焼いてもらいました。(綿に浸《ひた》した液体窒素を、いぼに浸《つ》けるだけ)
「二週間もすれば、いぼは自然にとれます。」と医師が言いました。
 皮膚の変色については、「加齢だから、取れない。」と無慈悲な診断!
 

 12月18日お風呂に入り、何気なく顔をツルリとなぜたときいぼが取れてなくなっていることにきずきました。

  めでたし めでたし

義姉逝く~その2

2011年12月21日 23時00分00秒 | 冠婚葬祭
 彼女は、2009年8月14日に済生会病院に入院し、同年9月10日(死亡の約2年2ヶ月前)千葉医大で『肝口部胆菅癌』の手術をし、肝臓の約半分を摘出しました。
          

 その後健康を回復し、趣味に励んだり旅行をしたりして通常の毎日を送っていました。
 
 今年(2011年)夏、体調を崩し短期間入院しましたが、すぐ回復しました。
 (再発の前兆か?)

 同年10月10日入院
 (再発)

 同年10月28日緩和ケアー室に移動

 同年11月26日クリスマスゴスペル音楽会

 同年12月6日麻酔が効かないほどの激痛
        睡眠薬を使用

 同年12月7日こん睡状態

 同年12月9日逝去

       合掌

うちのお葬式

2011年12月20日 14時44分38秒 | 日々是好日
 義姉のお葬式も終わり何か気が抜けたような気分で、何もする気も起こらず居眠りしながら妻とテレビを見ているときです。

 妻が言いました。
「うちのお葬式は、ごく身近な者だけで行う家族葬みたいなものにしたいね」

 うむ・・?
 『うちのお葬式』とは誰のお葬式だ。お前か俺か?
 まあ、俺のお葬式だよな・・俺もお前より先に逝くことを望んでいる。

 「そうだよな。儀礼的な弔問は必要ないよな・・
  俺のときは、子供とその家族
        実の兄弟とその家族(甥・姪の家族も含む)
        義妹とその家族(甥・姪の家族を含む)
        友人としては、同期同部屋の4人
  くらいでおくってくれる家族葬にして欲しい。」
とお願いした。

 義姉が逝ってしまった。(ひとつ年上)
 北朝鮮の金正日が、心筋梗塞?で急逝したとのニュースも流れている。
 心筋梗塞の前歴を有する私としては、『うちのお葬式』を身近に感じる今日この頃である。 
  

 なお、私が認識している『家族葬』とは次のとおり
《基本的に、近親者のみで行う葬儀。密葬と似ているが、こちら(家族葬)はごく身近な友人、知人も参列してそのほとんどが火葬場まで共に行く。儀礼的な弔問は受けないということである。特徴は通夜と告別式といったセレモニーを少人数でも行う事である。密葬の場合は、ほとんど遺族のみでお別れをして火葬というパターンが多く(「直葬」とも呼ばれる)、後日改めて本葬式をする。家族葬は、前述した通り、通夜・告別式を行い、本葬式は行わない。》
 (ウィキペディアより)

※追記
 葬儀屋さんは、おばあさんの時と同じ○花さん
 お通夜は自宅、幸さんとお兄ちゃんが居ればいい。
 家族葬(葬儀と告別式)の場所は、斎場
 親戚・友人知人・旧職場等あえて連絡しない。
 新聞の死亡欄には、登載する。
  これを見て、来たい人・来られる人がお焼香してくれればいい。
※追記2
 お寺は、常○寺
 院号は必要ない。