鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

おやすみなさい。

2007-05-11 22:29:48 | お知らせ

 飲んできまして、酔っ払っています。

 それ故、今日はあいさつのみで失礼させていただきます。

 誠に申し訳ございません。


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昨日の続き?

2007-05-10 23:29:40 | お知らせ

 昨日は32年前の仙台市電の廃止について書きましたが、今日の地元紙の夕刊のトップに「仙台市電」関係の記事が掲載されていました。

 ・・・仙台・花京院 市道地中 工事で掘ったら 枕木500本ザックザク 30年ぶりお目覚め・・・という見出しです。

 私は市電のレールは石畳を走っていたもので、国鉄みたいに枕木でレールを固定していたとは思っていませんでした。

 だから、この記事を読んで、何?市電にも枕木があったのかと半信半疑でした。浅はかでした。枕木で固定した上に石畳を敷き詰めたのでしょうか。

 

 記事によると、今回発見されたのは、80年前の枕木で、腐敗が相当進んでいたとのこと。

 昨日のブログで、レールはアスファルトで埋め固めたと書きましたが、確かに埋め固めたのですが、その後交通量の増大等によりレールが顔を出すようになったため、レールだけを撤去したということです。訂正します。

 

 

  話は全く変わって、同じく今日の地元の新聞に載っていた記事です。

 巨大なダイアモンドが競売にかけられるという記事ですが、一つは102.54カラット、もう一つは82.48カラットで、予想落札価格は何と、150万ドルから200万ドル(一億八千万円から二億4千万円)ということです。

 このダイアモンドはある貴族の財産とのこと。

 

 この写真入りの記事を読んで皆さんはどう思いますか。何を思いますか。

 私は真っ先に、この前見た映画『ブラッド・ダイアモンド』を思い出しました。巨大なピンクのダイアモンドを川から見つけたばかりに、展開される悲惨な戦い。流される夥しい人間の血。

 アフリカの貧困、紛争(政府軍と反政府軍の飽くなき戦い)、難民キャンプ、洗脳されて殺人兵器と化した少年兵(そういう少年兵はアフリカだけで20万人もいるとか)、何百人、何千人、何万人というアフリカ人の血によって、巨大なダイアモンドはほんの一部の金持ちのアクセサリーとなってしまう。正に血塗られたダイアモンドです。アフリカ人の犠牲の上に手に入れたダイアモンドです。

 「ブラッド・ダイアモンド」の監督も言っています。”ダイアモンドの歴史を知ることは、アフリカの歴史をはじめから復習することだった”と。

 そして、”ダイアモンドを買うか買わないかは個人の選択である。しかし、それは十分な情報に基づいたものでなければならない。ダイアモンドを手に入れることが、子どもたちを苦しめたり、国を破壊するようなことに加担しているのなら、私は反対だ。”とも。まったくそのとおりだと思います。

 まだ映画を見ていない人は是非ともご覧になることをお勧めします。


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ようやく・・・。

2007-05-09 23:01:10 | 思いつくまま

 ようやく東北楽天ゴールデンイーグルスが西武に勝ちました。何と9-8という僅差。

 野球は8-7くらいが見ていておもしろいとかいいますが、まさにそのとおりでした。ケーブルテレビを見られてよかった。730CH。

 初回に山崎の満塁ホームラン等で5点を先取したときは、今日はもらったとばかり思い、見ていたら・・・。ホームランで1点、2点と得点されあれよあれよというまに、5-7と逆転されてしまったではないですか。

 西武のピッチャーが仙台出身ということで、少し複雑な心境ではあったのですが、楽天には少しでも多く勝ってもらいたい!!でも、5-7のまま8回裏へ。

 ここで奇跡が起こりました。ウイットの2ランホームラン、打った瞬間にホームランと分かる当りで7-7の同点、そしてさらに2点追加して9-7と勝ち越し。

 9回表に1点返されましたが、なんとか抑えての薄氷の勝利。家族で勝利を喜び合いました。

 

 昨日5月8日は、32年前に仙台市電が廃止された日でした。早いものです。あれからもう32年も経ってしまったのですか。

 32年前のあの日、私は休暇をとって、最後の市電に付き合いました。市電に乗りました。市電の最後を看取ることにしたわけです。

 この日は懐かしい花電車なんかも繰り出して、大いに賑わいましたが、最後は市役所前にたくさんの電車が集まって、お別れセレモニーを盛大に行いました。

 当然その時は市役所前に、マスコミも一杯集まりまして、そのとき電車の前にいた私もバッチリ写ってしまい、翌日テレビに映っているのを見たと言われました。

 その後、仙台市電のうち何両かは、長崎や広島にもらわれていきました。まだ現役で活躍している電車もあるのでしょうか。

 

 思い起こせば、仙台市電は街の中央部を”靴の形”で循環し、そのうち三方から北、南、西方面に線路は延びていました。

 中学校の頃だと思いますが、市電の往復切符は25円でした。しかも市電の便利なところは、乗り換え券をもらえて、それがあれば追加料金は要らなかったことです。

 でも、当時の私は市電に乗っているときも酔ったりして、バスほどではなかったですが、敏感すぎる三半規管に閉口したものです。

 

 市電が廃止されてから(線路ははずさずに、アスファルトを被せて埋めてしまいました)10年くらい経過して、地下鉄が建設され、地下鉄南北線が開通し、今年は更に地下鉄東西線の建設にも着工してしまったのです。

 市電自体は、それなりになんとか採算は取れていたと思うのですが、採算が合わなくなったのは、軌道敷内に自動車を入れるようになってからです。

 当然渋滞します。市電に代わるものが必要だといわれ、それなら地下鉄だという流れになってしまったのですが、これは作為的なものだったようです。

 軌道内に自動車をわざと入れることを認めて、交通渋滞を招来し、車からも市電からも何とかしろという動きが出るようにしたとあとから聞きました。

 

 現在も全国では市電(チンチン電車)が走っています。北は函館から南の長崎、鹿児島?まで元気に走っているはずです。

 市電は街の顔です。風情があります。いかにも生活者に優しい感じがして、今も走っている街の市電はなくならないように、いつまでも走り続けることができますように祈っていますので、該当する街の皆さんは愛着を持って利用し続けてください。

 

 東京や大阪、名古屋ならいざ知らず、仙台くらいの都市規模に地下鉄は似合いません、維持できません、むちゃくちゃなことです。

 ないよりはあったほうが便利だというだけで、後世に大きなつけを残す地下鉄を建設する、今の財政難な時代に無用な長物です。典型的な無駄な公共事業といえます。

 今の地下鉄の深さでは、核シェルターにもならないでしょうし、いつの日か「地下生活者」のためのものになるのでしょうか。


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広瀬川の水質

2007-05-08 22:31:48 | お知らせ

 仙台市衛生研究所は「情報広場ーinfosquareー第19号」(2006年12月)を発行しました。その中で、広瀬川の水生生物調査について報告しています。

 水生生物から川の水質を調べられるそうで、専門家向けではなく、一般市民向けの簡単な報告です。 初めて聴く言葉がかなりありました。

 

 方法としては、広瀬川の8地点にてDフレームネット(こう書くと何か分かりませんが、「網の枠がD字型の虫取り網」だそうです。)を使って、”キック・スイープ法”で水生生物を採取し、採取した試料を70%エタノールで固定後、双眼実体顕微鏡を用いて”科”のレベルまで同定し、”スコア法”で水質の評価を行うというものです。

 

 物は言いようとはよくいったもので、”キック・スイープ”ときくとピンときませんが、何のことはない、網を下流側に立て、その上流部を足でかき回し、網で掬い取るというもので、普段我々が川でやっているやり方です。

 ”スコア法”は、英国のBMWPスコア法を元に、環境省や地方環境研究所のワーキンググループが検討し、わが国に適用した方法で、”科”ごとに設定されているスコア値を用いて、採取された水生生物のスコア値の総和TSを「科数」で除したASPT値で水質を評価するもの。

 1~10の数値となり、大きいほどその地点の水質は良好と判断するそうです。

 

 その結果は、8箇所全ての地点でASPT値が6.6以上であり、『広瀬川の水質は上流から下流までおおむね良好である』そうです。

 1983年にも調査を行っており、そのときの調査結果からスコア表を作成し、2006年と比較できるようになっています。比較の結果、『20年前に比べて、広瀬川の下流域の水質は改善された』といっています。

 確かに下流域の⑦と⑧の数値は、5.1⇒7.1、5.3⇒6.8と数値が大きくなっているので、水質はよくなっているとはいえるのでしょう。

 「上流から下流までおおむね良好」といっている2006年と1983年を比較してみると、次のようになります。先の数値は1983年

 ①最上流部7.0⇒7.6、②7.2⇒6.6、③7.2⇒6.7、④7.1⇒7.1、⑤7.0⇒6.7、⑥6.6⇒6.6、⑦5.1⇒7.1、⑧最下流部5.3⇒6.8、となります。 

 改善されたのは①⑦⑧のみで、同じ数値は④と⑥、悪化したのは②③⑤であり、これではやはり全体として改善されたとは言えず、「下流域」のみ改善されたとしか言えないのでしょう。

 全体としては良くも悪くもなっていない、ということになるでしょうが、私に言わせると最上流部はよくなったものの上流部は悪化しているわけで、このことのほうが好ましくないといえると思うのですがどうでしょうか。

 

 私が定点観測(撮影)している澱橋(⑥がそうです)は、両年とも6.6と変わりませんが、2006年では一番悪い水質となっています。残念ですが。

 流れがなく、名前のとおり澱んでいるからでしょうか。以前は、いい石が入っていて”鮎釣り銀座”と言われた地域だったのです。

 

 写真は、堤防に咲いている八重桜です。


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今年も申し込みました。

2007-05-07 21:46:51 | お知らせ

 今年も釣具メーカー主催の鮎釣り大会(鮎釣りたい!会)に申し込みました。泉区にある上州屋からの申込です。

 街なかの昔からある釣具店が閉店してしまいました。この店からはほとんど買わなかったのですが、大会の申込のためには利用させていただきました。

 ガソリンスタンドも廃業する店が多いですが、釣具店もいつの間にか街なかからはなくなってしまいました。

 

 今日は二つの申込で、一つは「2007シマノ・ジャパンカップ鮎釣り選手権大会」です。

 「東北大会」は、山形県の小国川で、7月8日(日)に開催予定です。この地区大会を通過すれば、7月28日に栃木県の那珂川で開催の「セミファイナル東日本大会」が待っています。もしも、セミファイナル大会を通過したら・・・。考えるのは止めましょう。参加費1000円は前払いしました。

 

 もう一つは「ダイワ鮎マスターズ2007」です。東北地方の地区大会は二つあり、私が申し込んだのは「南東北大会」です。

 これもシマノ同様、山形県の小国川で、7月24日(火)平日に開催されます。これを勝ち上がれば、Aブロック(東日本)大会に出られるのですが・・・。

 Aブロック大会は、同じく山形県の寒河江川で開催されるので、何としても「南東北大会」を勝ち上がりたいのですが、現実は厳しく、成績はさっぱりです、惨敗の連続です。

 

 この頃は、大会申込もはっきり言って惰性で申し込んでいるといってもいいでしょう。ここまで来て、今さら申し込まずにはいられなくなってしまったというのが正直なところです。

 とはいっても、老体に鞭打って、何とか一泡吹かせてやりたいという気はあります。

 

 あともう一つ残っています。「G杯鮎釣り選手権大会」。がまかつの東北地区大会は、遅い開催で、8月の19日(日)となっています。

 一年遅れというか、これを勝ち抜いても、次の東日本ブロック大会は”来年”出場ということになっています。こちらはまだまだ申込に余裕があります。

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今日の広瀬川(5/7~1)

2007-05-07 21:04:59 | お知らせ

 今日の広瀬川は、3日から続いたニジマス放流フィーバーも一段落し、前のようにおとなしい、静かな広瀬川に戻っています。

 漁協では、一週間は釣れるといっているようですが、せいぜい3日ですね、そこそこ釣れるのは。

 水量も、徐々に少なくなりつつある感じです。昨日は雨が降りましたが、増水するまでには至っていません。

 

 これからは稚鮎の放流が待っています。本来なら稚鮎が食べられないようにするため?にも、放流されたニジマスは全部釣りきられればいいのですが。このサイズのニジマスでは食べることはないか。

 小さい鮎が大好物なのはうなぎですが、今の広瀬川にはウナギはいるのでしょうか。とんとお目にかかってはいません。


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研ぐということ。

2007-05-06 23:16:39 | お知らせ

 昨日は家族4人で動物園に行った帰り、街に出て、インド料理店にてカレーのバイキングを食べてきました。一人1,500円でした。4種類のカレーをご飯やナンで楽しんできました。

 

 帰宅してから、午前中から準備してきた包丁を研ぎました。2種類の砥石を水につけて置いたわけです。

 包丁研ぎは、1週間早い奥さんへの感謝の気持ちと言うこともありますが、研ごうと思ったきっかけは、3日のニジマス釣りです。

 

 我が家では、ニジマスに限らず、鮎やアイナメもそうですが、私が釣ってきた魚は私がさばくことになっています。疲れて帰ってきたときは、正直辛いこともあるのですが、長いことそうしてきましたし、釣りに行かせてくれたことへのお礼ということになりますか。

 でも、本心では「釣ってきたぞ!おかずに出してくれ!」といって、あとは風呂に入り、ビールを飲みながら釣ってきたばかりの魚が料理されて出てくるのを待っていたい、そうしてみたいなあと思わないこともないです。

 

 3日に釣ってきたニジマス15匹。これでは家族には多すぎるので、近くに住む義理の両親にも持っていくつもりでした。いつもなら尾頭付きで持って行くのですが、少しでも手間暇を省いてやろうかという敬老精神で、塩をふって焼くだけにして持って行ってやろうと思い、自宅分と合わせ15匹全部をさばくことにしたわけです。

 うろこを取って、頭を切って、内臓を取り出すという一連の作業ですが、これが結構時間がかかったのです。15匹と言うこともありますが、出刃包丁が切れなかったということもあります。

 

 「手を切ったりするのは、切れ味が鈍っているからだ」というのは、亡き父のいつも言っていたことです。父は大工でしたので、家には大工道具一式があります。今はかなりさび付いていて、申し訳ないと思っていますが、大工の息子として、子どもの頃からのこぎりやかんな、のみには興味を持って子どもながらに木工に使っていました。だから他の人よりは、大工作業は上手だと思っています。

 小さいときは、一人で木や材木を削ったりして、船や飛行機を作ったものです。高校や大学に入ってからは、休みのときは父の仕事を手伝ったりもしました。決して嫌いではなかったです。いや好きでした。

 木の香り、かんなくず(鉋屑)やのこぎりのくず、全てが好きでした。だからといって、父の後を継ごうとは思わなかったし、父も全く望んではいなかったと思います。仕事が厳しいし、その割には儲からないし・・・。話しが逸れてしまいました。

 

 木を切ったりするのと同じくらい好きだったのが、刃物を研ぐということです。これは大きくなってからのことですが。主にナイフや包丁を研ぎましたが、砥石にも3段階がありまして、荒く研ぐ、中くらいに研ぐ、仕上げに研ぐということになります。

 仕上げ砥石になってくると、粒子が小さいですから、刃物と砥石のせめぎ合いというべきか、協調というべきか、水を掛けながら研いで行くと、砥石が磨り減っていきます。

 いわゆる研ぎ汁とでもいうのでしょうか、その臭いが何ともいいのです。堪らないくらい好きなのです。そして、ぴかぴかに研ぎ澄まされたあとの刃物の、あの臭い、吸い寄せられるようで、魅力に負けてしまいます。

 ということで、水につけておいた砥石を使って、包丁(出刃包丁と和包丁)を一生懸命研いだわけです。

 包丁は切れないと危険だ、危ないのです。切れるから安心して使えるのです、無駄な力を入れなくても済むからです。出来はまあまあですか。

 

 ついでに、かんな(鉋)の歯も研ぐことにしました。というのも、まな板の中央部分が磨り減ってくぼみが出来てしまっているからです。でもこれがなかなか大変なのです。しっかりとしたかんなをかける用具があればいいのですが、それがないと、まな板を平らにすることは大変です。かなり削らないと平らにはなりません。

 まず、かんなの歯を研いで、かんなにセットして削ってみました。切れました。削れました。納得です。

 

 というわけで、包丁を研ぎ、まな板も平らにして、奥方が料理を作りやすいようにしたというわけです。

 出刃包丁はもうかなりの年季の入った包丁となっています。

 長くなりました。39。


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ベーブルースが動物園に(5/5~2)

2007-05-05 22:46:39 | お知らせ

 写真は、あのアメリカのホウムラン王、ベーブルースの銅像です。八木山動物園(正しくは動物公園)にアフリカ館のところにあります。

 

 なぜここにベーブルースの銅像があるのか?動物園の前はここに野球場もあったからです。

 何でも戦前の話ですが、八木山の球場で、日米対決の野球の試合が行われたそうです。日本は惜敗したようですが、そのときのピッチャーはもしかして沢村?ベーブルースはこの試合でホームランを打ったとか。(よく調べてから書くべきなのでしょうが、あいまいなままですみません。)

 

 動物園からの帰りもシャトルバスを利用しました。

 仙台城跡のバス停で、何とaobakawasemiさんの働く姿を見ました。休みというのに動員されたのでしょうか。暑い中お疲れ様でした。みなシャトルバスには感謝しています。

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混んでました、動物園。(5/5~1)

2007-05-05 22:31:48 | お知らせ

 夏日を思わせるような陽気、薄着でもOKです。

 どういう風の吹き回しか、揃っているので、家族4人で20年ぶりくらいになりますか、動物園に行って見ることにしました。

 23歳から50ウン歳のいい年をした家族4人。午前10時45分、河原を歩いてシャトルバスの発着場所となっている川内(旧仙台商業の跡地)へ。約15分。バス停には小さい子どもと若い両親で一杯。

 何かとっても場違いなところに来た感じがしましたが、折角来たのだし、大人が動物園に行ってもいいはず、大人にとっても癒しの場になるだろうし、・・・何も言い訳しなくてもいいのにとは思いつつも、あれこれ理由をつけようとしてしまいます。

 バスはすぐに来て、乗りました、もちろん立ってです、混んでいますから。ここからほぼノンストップで動物園まで行って、料金はたったの100円。しかも、動物園の入園料400円が半額の200円にしてくれるという充実振り。GWの中のこどもの日ですから、子どもたちは当然無料です。

 普段は片側1車線ずつの道路で、両面通行ができましたが、今日は(GWは?)上りだけの一方通行。自家用車で動物園に向かっている家族連れも一杯いましたが、大渋滞でほとんど進まない状態の中、バスだけはすいすいと、とはいってもローギアで仙台城跡の坂を上っていきます。

 バスがギアをローにして走ったのははじめての経験かもしれません。バスは普段はセカンドギアから発進しますよね。

 自分で運転しているわけではないので、じっくりゆっくり周りの環境・景色を見渡すことができました。何かとっても新鮮な感じでした。

 

 動物園もたくさんの若い家族連れで賑わっていました。こんなに混んでいる動物園を見たのは初めてです。人込みでウンザリするどころか、かえって嬉しくなりました。

 お決まりのコースを、人並みにもまれつつ(ちょっと大袈裟か?)見てまわりました。園内はほとんど昔と変わってないような、でもとってもきれいになっていて、臭いも少なくなっていたように感じました。

 ふたこぶラクダからサル山、レッサーパンダ(レッサーパンダはこどもにさらわれることなく見物人に愛嬌を振りまいていました。)、ライオン、虎、熊、オオタカ、爬虫類館、アフリカ園をまわりましたが、大きな動物はみな寝そべって動かなかった、ゾウ、サイ、キリンくらいですか、立っていたのは。

 

 自分としては爬虫類が大好きで、特にへびが大好きです。見ていて飽きません。なんてきれいな、無駄のない、誇り高い生き物なのだろうと思ってしまいます。神々しくさえあります。異常でしょうか?

 うちの家族は奥さん以外はへびに触れます。子どもの頃から、へびだからと言って毛嫌いすることのないように育ててきましたから。

 下の子は、小さいときにへびと見るとすぐ捕まえようとするので、困ったくらいです。

 実際に触ってみると、さらさらして気持ちいいものです。青大将に噛まれたことがありますが、ちょっとだけなのに割とひりひり痛みました。

 どうぞ皆さん、へびを好きになってください。

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小国川年券・・5/4~2

2007-05-04 22:53:43 | お知らせ

 写真は5月2日に購入した小国川の年券です。正確には「遊漁承認証」です。

 「No.673」です。去年は「No.635」でした。

 自分の写真を比べてみると、全く同じ白黒の写真でした。3枚くらいありましたので、使いました。確か運転免許証の更新用に撮った写真かと思います。

 

 年券の金額は去年から9,000円になりましたが、それまでは7,500円でした。一日券(日釣り券)は、1,500円から1,800円になりました。高くはなりましたが、それでも東北地方では小国川ほどしっかりした漁協はありません(多分、そう思います)ので、文句はあまりないのですが。

 

 それと比べると、断じて許せないのが、「最上川第八漁協」です。放流事業なんかほとんどやっていないくせに、管内にオトリを販売しているところもないのに、日釣り券は3,000円もします。年券では10,000円です。山形県内では一番高い漁協です。

 よくもまあ、恥ずかしくもなくこんな金額を決められたものです。恥というものが分からないのでしょうか。清川八郎が生まれた土地なのに(関係ないか)。それを認める県も県ですが・・・。

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スパイクタイヤ・・5/4~1

2007-05-04 22:23:43 | お知らせ

 まだあったのですねえ、スパイクタイヤ。しかも現役で?使っている。

 写真は後輪ですが、前輪もスパイクタイヤです、しかもあんまりピンは減っていない状態です。

 もっとも車ではなく、バイクでしたが。50CCのバイクだから、正しくは原動機つき自転車ということになりますか。

 ナンバープレートは「太白区」でした。原動機つき自転車の場合は、ナンバープレートはあくまでも「課税資料」であり、そのため警察等から持ち主の照会があっても、安易には教えられないということをご存知ですか。いわゆる「目的外使用」に該当するからということが理由です。

 

 話は逸れてしまいましたが、今時バイクであろうともスパイクタイヤは使用禁止ですよね。車のスパイクタイヤが使用禁止になってから、もう何年になったのでしょうか。20年くらいになりますか。

 そもそもスパイクタイヤは製造されていないはずですし、車もバイクもスタッドレスタイヤになったはずなのに、しかも冬ではないのに、スパイクタイヤを履いている。

 困ったものですが、この例から察するに、バイクでスパイクタイヤを履いている人はこの人のほかにもいるのではないでしょうか。

 

 そういえば、何年か前の冬に、知事公館の坂でバイクらしいスパイクの跡がついているのを見たことがあります。

 今はかってほどスパイクタイヤのことが話題になりませんが、いや全くないといえるかと思いますが、スパイクタイヤが禁止されることになった経緯を知らない人は使うことに抵抗がないのかもしれません。

 何といっても、凍結した道路ではスパイクに叶いませんから。でも、よくスパイクタイヤを履いて運転しているものだと、ある意味感心します。

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にじますの放流

2007-05-03 22:49:56 | お知らせ

 今日の最高気温は22度を超えたとか。本当にいい天気でした。川に入っていても、水はまだ少し冷たいのですが、体はほとんど寒さを感じませんでした。

 

 午前11時頃自宅ですっかり準備して河原へ向かいました。「天平本流75-80」を持ち、スリムウエダーを履いて。

 堤防に上がって、澱橋を見てびっくり。何となんとナント橋のたもとには車が一杯駐車しているではないですか。今まではこんなことはありませんでした。一体誰のどんな風の吹き回しか??

 その後H・Oさんとの話しから、漁協が行政に掛け合って河川敷に車を入れさせたようです。

 

 というのも、今年からニジマスの放流は澱橋ばかりではなく、上流の賢淵(牛越橋の上流)でもニジマスを放流することにしたが、なぜここを選んだかというと、ここだけは仙台市としては珍しく河川敷に駐車ができるようにしていたためだそうで、それなら下流の澱橋でも駐車できるようにしたらどうかということで、車を入れたようです。

 しかしながら、放流箇所が増えたので、放流量が増えたかと言うとそうではないようです。本来なら澱橋に放流する分から分けて、賢淵の方に放流したらしいのです。ということは、いつもよりは放流量が少ないと言うことになります。

 そのせいだったからか、車はおおかったですが、釣り人も例年ほど多くはなかったです。ニジマスが少なく、人も少なければ、一人当りの釣果数は変わらないということになりますか、どうか。

 

 澱橋下流右岸に渡りました、上流の岩盤を左岸から渡って。先に来ていた高齢の釣り人が二人いました。こちらからあいさつして、それからは雑談というか釣り談義、漁協組合の悪口が多かったですか。気さくなお年寄りで、釣り暦40年とか言っていました。

 今年はどうか分かりませんが、去年ですか、ここにニジマスを放流したとき(正組合員?が中心となって10時前に放流するようです)、全部を放流することはせずに、自分たちの取り分を持ち去ったと言うのです。情けないと言うか、恥ずかしいというか、こういう組合です。

 その後、H・Oさんがやってきて、そのお年よりも入れて三人で組合のこと、広瀬川のこと、鮎のこと等を話して、時間つぶしをしました。

 

 11時45分ころ、川に入っての場所取り。自分の釣り場所を確保する、連れそうなところに確保することがこの釣りでは絶対必要です。

 放流されたニジマスは集団で回遊します。回遊しながら下っていきます。今までの経験では、下流の右岸側が一番釣れるようなので、できればそこに入るようにしています。

 隣の人との間隔は3~4メートルしかなく、とても竿一本分の間隔は無理ですが、そこは阿吽の呼吸で、和をもって尊しとなす精神をもち、上流側の人の浮きや目印が流れてくれば、それを引き戻すのを待って、自分の糸を振り込みます。

 誰も釣れなければ、皆同じような動作をすることになりますが、上流や下流の人が釣れたりすると、手元に寄せて取り込み、再度振り込むまでは動きが少なくなりますので、その時は堂々と下流側の人の前まで糸を出すことができます。

 

 12時、釣り開始。私はここではいつも浮き釣りです。第一投め、着水、緩やかに流れていくうち、ピコピコという感じで浮きに当りがあり、軽くあわせたところ、激しく強い抵抗がありました。ニジマスの引きは強烈です。これが堪りません。この感触を味わいたくて竿を出すわけです。

 私が一番先に掛けたことになりました。しかし、ハリを飲まれてしまい、なかなかはずせなくて、結局ハリの交換をすることになり、折角一番に掛けたのに、遅れをとってしまいました。このときには他の釣り人も掛けていました。

 どういうわけか、今回は合わせが遅いのでしょうか、飲み込まれてばかりいて、一体何回ハリ交換をしたでしょうか。加えて、1時間位したときに浮き止めのゴムが壊れたのか、浮きが流されてしまいました。

 それからはいわゆる脈釣り、目印による釣りに変更して、ニジマス釣りを楽しみました。

 

 結局は15匹の釣果でした。最大で27cm(もっとあるかなと思ったのですが、意外と実測は厳しいのです)、小さいのは23cmくらいですか。家族分釣れればOKという気持ちで、竿を出したので満足です。

 上がったのは2時半くらいです。2時間半で15匹とは、ちょっと少ないですが、家でさばいて(うろこ、内臓をとり、頭も取って)、近くの義父母にも持って行きました。

 まあ、二時間半強い引きを楽しむことができてよかったです。でも下手だなあとつくづく思います。旧Z5の連中も5,6人も来ていて、さすがよく釣ります。渓流釣りをやっているだけのことはあります。

 

 そうそう、釣りの間に人助けもしました。おぼれたお年寄りを助けました。釣り開始前にいろいろ話をしたお年寄りですが、右岸のへチ近くで滑ったのでしょう、転んでしまいました。

 深さは膝上20cmくらいのところですか、深さからいってもおぼれることはないだろうと思って見ていたのですが、渓流用のスリムウエダーのためか、両足が浮いているためか、なかなか起き上がりません。

 起き上がれないのですかと聞いたところ、そうだというので、竿を草むらにおいて助けに行きました。(すぐ近くには、似たようなお年寄りが釣りをしていたのですが、何もしようとはしませんでした。)後ろからがき抱えるようにして、何とか立たせることができました。

 スリムウエダーはやはり転ぶと怖いですね。水が入って空気がつま先の方に行ってしまうと起き上がれなくなる。気をつけないと。

 その人を護岸まで連れて行き、ウエダーを脱がせました。びっくりしたのは、ウエダーの靴底にフェルトが張ってないではないですか。これでは滑るはずです。取れてしまったといっていました。片方にはついていましたが、それも今にも剥がれそうなふるいフェルトでした。危ないことこの上もない。年上ではありますが、諄々と説教した次第です。

 お礼にドリンクとジャムパンをいただきました。暖かい日だからよかったものの、ずぶぬれになって、風邪を引いて肺炎にでもなったら大変です。

 

 長くなってしまいました。冗長ですみません。いつものことですが。

 写真は、さばく直前のニジマスです。

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小国川(その4)

2007-05-02 22:46:15 | お知らせ

 くどいようですが、(その1)から読んでいただければ御の字です。よろしくお願いします。 

 

 去年もお知らせしたかも知れませんが、写真はあの有名な?小国川を見下ろす高台にある、「鮎っこ温泉」の駐車場にあるモニュメントです。小国川のシンボル?と言っていいのでしょうか。勝手に命名していますが、『昇り鮎』。巨大です。

 鮎の大きさはどのくらいあるのでしょうか、4メートル以上はあるのではないでしょうか。この「昇り鮎」が、常に小国川を見下ろしているのです。天にも昇れ!!鯉のぼりもいいですが、小国川には「鮎のぼり」が相応しいのではないでしょうか。

 

 あゆっこ温泉は高台にあるのに、しょっぱい温泉です。じっくりはいって来ました。いい夏になりますようにと、お祈りしながら温泉に浸かって来ました。禊をしてきました。

 

 露天風呂に入ると、オスとメスの鶏の鳴き声に交じって、ウグイスの鳴き声も聞こえてきました。

 残念ながら、月山等の山々は霞んでいてはっきりとは見えなかったのですが、関山トンネルを越えて走ると、東根市になり、桜、さくらんぼの花、梨の花、そして沿道には菜の花が咲き誇って?我々を迎えてくれました。ありがたいことです。


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小国川(その3)

2007-05-02 22:31:47 | お知らせ

 写真は、(その2)と同じく一関大橋上流の左岸側です。

 ここの左下は、大会の都度駐車場となる場所です。写真の中央の河川敷は、馬場ならぬ「挽馬(ばんば)競技」が行われる場所です。

 農耕馬にコンクリート製の重石を引かせて、いかに早く二つの障害を乗り越えていくかを競う競技です。

 

 (その2)の続きとなりますが、去年の12月の豪雨では、この土手(堤防)を超えて、ここにある花壇を飲み込んだということです。

 上流の方では、樹木が根こそぎ流され、大木や工事中に使うでかい土嚢も流されて大変だったようです。そのため、いたるところで流れが変わり、川底も土砂で覆われたとか。

 

 これが今年の大会でどういう影響を与えるのか、興味深々です。今年も、小国川では、シマノ・ダイワ・がまかつ他の大会が開催されます。

 もしかして、これが自分に有利に働かないかと勝手にほくそえんだりして・・・、それではダメなのですが。

 今年も性懲りなく、大会にはエントリーするつもりです。もうすっかり習慣となった行動のようですが。

 

コメント (1)
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小国川(その2)

2007-05-02 22:14:59 | お知らせ

 写真は、一関大橋の上流、右岸のヤナです。わりとまともに存在しているなあと思ったのですが、写真の右側の石の並びが変わっています。

 

 それもこれも、去年12月の大水、大増水が原因とか。去年の12月は珍しく大雨が降りました。これは宮城県も同じです。そのため、積もっていた雪も溶けて流れたため、大変な増水となったとのことです。

 ここにある大きな石も流されたと言うのです。(この話は仙台市から移り住んだ、今は地元の名人下山久伍さんの話です。)

 


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