海神奈川吹奏楽部愛好会ブログ

海神奈川吹奏楽部愛好会=タリカスの
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【連載】吹奏楽部定期演奏会プログラムの写真がおかしい件
吹奏楽部定期演奏会プログラムの写真をきれいに撮るテクニックについて論説
【連載】吹奏楽部定期演奏会でストロボたくんじゃない!
吹奏楽部定期演奏会をクリップオンストロボたいて撮影するバカヤローがいたよ
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吹奏楽部定期演奏会で見かけたマナーの悪い客につき考察
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5寝台列車銀河あかつき さよならの旅

2007年12月29日 22時06分40秒 | 銀河あかつき



第5章 島原鉄道のキハ20

2007/12/23 長崎9:30の白いかもめ12号自由席に乗る。ゾーン券で自由席に乗れるのだ。シートは革張りでゴージャスである。さきほどあかつきで走ってきた同じ路線とは思えないほどかもめはもうスピードで諫早まで走り抜ける。

 諫早駅で下車して島原鉄道のフリーきっぷを買う。加津佐まで片道2060円、島原外港まで片道1470円だから加津佐を往復する私とコ★ジコさんはありえないようなお買い得なフリーきっぷにびっくり。諫早駅前には最近建設が決まった長崎新幹線を求める立て看板が相変わらず建っていた。
 諫早駅から南島原駅までJR九州キハ125型と同形の島原鉄道キハ2500で南島原駅にゆく。その昔博多から島原鉄道に直通するディーゼル急行もあったんだよなぁと思いながら乗る。車窓に買収劇の舞台となったベスト電気の店が見える。南島原駅では構内で自由に撮影ができるという島原鉄道の粋な計らいでワム80000&ヨ8000救援車や国鉄一般色、首都圏色、島原鉄道ネコヒゲ塗装などのキハ20の撮影を楽しむ。

 南島原12:18の加津佐ゆきは国鉄一般色と首都圏色のキハ20 2連による運行。キハ20の煙突部分の背もたれが厚くなっている様子などなつかしい国鉄一般型気動車の風情と走行音を味わう。南島原駅まで乗ってきたキハ2500に比べれば鈍重な走りであるがこれぞ国鉄気動車だ。車掌が検札にくる。車内補充券はパンチ式のもので昭和の鉄道風景がこんなところにも残っている。

 折り返しの加津佐駅構内も大撮影会になっていて2連のキハ20を撮りまくる。加津佐は海辺の集落である。加津佐で向かいのボックス席に茶髪でホットパンツをはいたギャルが乗ってきたがキハ20には似合わない。やはり清楚な黒髪の少女でないと。干潮を迎えたようで下り列車では海だった所が干上がって船が着底している。ものすごく干満の差が激しい海だなぁと思う。島原を出てキハ20が直結で走る姿はなかなか素晴らしい。車窓に悪名高い諫早湾の水門が見える。


 諫早16:25発の長与回り長崎ゆきに乗る。車両はキハ67だ。転換クロスシートの素晴らしい車両だ。東園付近の海がきれいで電化前にここで急行雲仙など撮ったら素晴らしかっただろうなと思う。本川内ではスイッチバックの旧線の線路がそのままいまだ残されている。
 長崎駅に戻ると改札前広場でどこかの大学の金管アンサンブルがクリスマスソングを演奏している。そうか! 明日はクリスマスイブだ。鉄道研究にのめり込む余りすっかり忘れていた。鉄分だけで長崎まで突っ走って来たけれども思わぬところで吹分を補給できた。
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4-2寝台列車銀河あかつき さよならの旅

2007年12月29日 22時00分39秒 | 銀河あかつき
第4章 下り寝台特急あかつき その2



 3:55に起きて上段寝台を抜け出し首からカメラとストロボを下げて狭い寝台車の通路を1号車のデッキへ行進する。同じことを考えている鉄が4人先着していた。コ★ジコさんは来ない。下関に着きドアが開くとばらばらと前方に移動してここまで引いてきたEF66を撮り同機に代わってEF81 400番台が連結される。関門トンネルを鉄分濃い男達と一緒に1号車のデッキで過ごし門司ではEF81 400番台に代わりED76が連結されるがカマはホームから外れている。ED76側面の真っ赤なJRマークが印象的だ。来年(2008)3月に廃止される寝台特急なは・あかつきに続き2009年3月に寝台特急富士・はやぶさも廃止の公算が高いので寝台特急の電気機関車を下関と門司で交換する光景も東北本線黒磯駅のEF65 1000番台とED75の交換のように過去のものとなろう。寝台車もさることながら旅客会社の機関車の絶滅が心配される。

 6月に寝台特急富士・はやぶさに乗りに行ったおりに宿泊した博多を過ぎるとなんかなつかしい。

 鳥栖で熊本ゆき寝台特急なはと長崎ゆき寝台特急あかつきに分割する。これにはコ★ジコさんも起きてきた。寝台特急なはが熊本へ去ったあとにED76が連結される。単独運転となる寝台特急あかつきも「なは/あかつき」の合同ヘッドマークだ。鳥栖から周遊きっぷ長崎佐賀ゾーン券に入る。
 かつて寝台特急さくらが佐世保編成を分割した肥前山口を過ぎる。海から昇る朝日が美しく今日は晴れそうだ。海沿いのカーブで大きく左に曲がると赤い機関車が青い客車を引いている様子が見える。湯江で白いかもめ6号の交換待ち。そして市布では白いかもめ1号に追い抜かれ、長崎目前の現川で10分停車し白いかもめ8号と817系普通の交換待ち。なんのとのどかな特急である。浦上ではかもめ10号が交換待ちしていた。
 長崎駅に着き大撮影会が始まる。ED76や最後尾のレガートシートにカメラを持った鉄が群がる。長崎運転所からやってきたDE10が最後尾に付きED76ごとあかつきを引き上げてゆく。そしてED76を切り離し客車を洗浄線に押し込んだ。
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4-1寝台列車銀河あかつき さよならの旅

2007年12月29日 00時28分27秒 | 銀河あかつき


第4章 下り寝台特急あかつき

2007/12/22 京都駅で山陰本線113系、はるか、ワイドビューひだ、スーパーはくとなどをスナップして過ごす。コ★ジコさんとホームで寝台特急はな・あかつき号を待っているのだが夜の京都は寒い。EF66のプッシュプルで寝台特急はな・あかつき号が入線してきて後部のEF66が切り離されると多くの鉄道ファンたちが撮りまくる。寝台特急出雲が廃止になったときの東京駅のようなフィーバーではないが廃止が近付くにつれ盛り上がりも加速するのであろう。
 新大阪で特急サンダーバード44号の接続をとるため7分停車。大阪でも6分停車する。大阪で子供連れで乗っているお父さんから家族で乗ったが寝台が離れたということで相談を受け9号車の3上から同じ車両の6上に移動する。向かいの5上下はさわやかな若いカップルである。若い女性連れで寝台特急に乗るとはめずらしい。
 三ノ宮でポートライナーの屋根に電飾がついているのに驚いた。関西人は新交通システムまで電飾してしまうとは。明石海峡大橋を案内する放送が入る。コ★ジコさんら鉄と10号車のミニロビーで憩う。ロビーにあるカード式公衆電話で自宅に連絡をするが、携帯電話が普及したいま列車のカード式公衆電話を使う人も少ないであろう。姫路でおやすみ放送が流れる。

 今回の旅はホテルに泊まらず寝台列車三連泊である。よってブログ書きに使用している携帯電話をホテルで充電することができないから発信する時以外は電源を切って節電している。しかし現在の鉄道研究旅行は充電式の電子機器が多くなり洗面所のコンセントにデジカメ?の電池や携帯電話を差したまま置いてあるのを見掛けたが盗まれることはないだろうが水を掛けられる心配がある。だから筆者はヒゲをそり歯を磨く間だけ洗面所のコンセントに携帯電話をさして充電することにした。それゆえ誰も待っている人がいないのをよいことに入念に手を洗いヒゲをそり歯を磨いて時間かせぎに努めた。そして関門トンネルでの機関車交換に備え23時に寝た。
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3寝台列車銀河あかつき さよならの旅

2007年12月29日 00時26分50秒 | 銀河あかつき


第3章 京都に向かって

2007/12/22 交通科学博物館で15時過ぎまでまったりと過ごしコ★ジコさんと大阪市営地下鉄に乗り本町乗換で御堂筋線淀屋橋まで乗車する。淀屋橋の地下通路を歩いて京阪の淀屋橋駅に出てなんとなく急行枚方市ゆきに乗り東福寺駅を目指す。途中香里園駅で後続の特急に抜かれた。コ★ジコさんは銀河で寝ていないのか爆睡している。枚方市駅で特急に乗りかえ二階建て車の下階にすわり丹波橋駅へ。ここで普通に乗り換えて東福寺駅に着いた。京阪の改札を出てJRの改札をsuicaで入ると103系がすぐに来た。モハ102に乗って桃山にゆく。

 桃山駅は1年前に柳本古墳群を見にいったおり奈良線に乗り大変に風情のある駅なので一度下車してみたかったのだ。木造の古びた上屋が大変によい雰囲気の駅で電車よりもキハ20やキハ58が走ってきたらとてもよく似合う駅だ。すでに日没後なので駅構内でスナップ撮影をするのみで京都に103系で引き上げる。
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2寝台列車銀河あかつき さよならの旅

2007年12月29日 00時21分12秒 | 銀河あかつき


第2章 交通科学博物館

2007/12/22 JRで弁天町まで行っても別途乗車になるので私の発案でコ★ジコさんとともに大阪市営地下鉄御堂筋線に本町まで乗車する。同地下鉄に乗るのもすんごく久しぶりなので楽しい。本町で24901という横浜市営地下鉄によく似た第三軌条方式の電車に乗り換えて九条ると地上に出る。片側4車線の道に車が全然走っていない。弁天町に着き交通科学博物館の開館まで時間があるので小雨が降っていることもあり弁天町バスターミナルで時間をつぶした。

 10時を回り交通科学博物館が開館する。入館するとクリスマスの記念カードをもらえた。国鉄のリニアモーターカー実験車両ML-500に昭和の鉄道少年たちは萌えるのである。東海道新幹線22-1もその奥にある。0系なんて東京駅から姿を消してこのかた初めて見たなぁ。EF52型電気機関車のデッキに立つ。デッキ付き電気機関車のデッキに立つのは中学生の時南武線のED16型を見て以来の夢がかなう。ビジネス特急こだま号に使われたクハ151型や東海道新幹線22-1の運転台にすわり記念撮影する。館内の展示を見ていると雨足が強まってきて午後から京都の生め小路蒸気機関車館にゆくつもりでいたが中止する。221系のシミュレーターにすわるとなぜか走っているのが中央本線の国立付近。221系の運転台から国立駅のホームを見るのは違和感がある(笑)
 第2展示場にゆく道路を渡るための歩道橋が屋根なしでひぇ~っと思いながら傘を差して渡りDD13、DF50、DD54を見る。DF50とDD54は生まれて初めて現物を見るディーゼル機関車だ。DD54は寝台特急出雲の牽引機であったがいろいろと不具合があったようで短命に消えた機関車だ。DD54の運転席にすわり記念撮影する。

 プラットホームプラザの80系電車1次車とキハ81はつかり、C62、D51、マロネフ59、スシ28、230形蒸気機関車などを撮影した。蒸気機関車の時代にはなくてはならなかったホームに設置されている洗面所が保存してあるのがポイント高い。ナシ20のレストランでカツカレーを食べる。食堂車をそのままレストランにしている点が好ましくテーブルもナシ20の跳ね上げ式の物を使用しており大変素晴らしい。
 ミュージアム探検ツアーの案内放送がありコ★ジコさんと集合場所にゆく。今日は雨降りなので館内の車両を中心に見て回ることになりまずは東海道新幹線ビュフェ合造車の36型の転換クロスシートにすわってガイド役の女性職員の説明を聞く。この灰色と青のモケットの転換クロスシートは筆者が子供の頃乗った新幹線のイメージそのままのシートであり、肘掛けの下から引き出す小形のテーブルがなつかしい。そしてビュフェ室内でかなり旧式な冷蔵庫や電子レンジ、スピードメーターの説明を受ける。EF52型電気機関車のデッキから車内に入り機械室を見られた。とても狭くて写真は撮れなかった。そして硬券の印刷機で入館記念券の印刷体験がある。用紙と版木をセットしてハンドルを手で回す(工場では電動だった)と硬券の入館記念券が印刷されて積み上がる仕組みだ。入館記念券に日付印字機でカチャッと日付を刷りパンチを入れるとミュージアム探検ツアーは終了した。
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1寝台列車銀河あかつき さよならの旅

2007年12月29日 00時18分42秒 | 銀河あかつき


プロローグ

 お友達のコ★ジコさんが廃止の決まった寝台特急にあかつき号乗って九州に行くと連絡があった。当初私はそれを聞いて「ふ~ん」としか思わなかったが、のちに私も同じ列車に乗りたくなり同行を志願。寝台番号を教えてもらいコ★ジコさんは下りあかつき号がB個室寝台ソロ、上りあかつき号ががA個室寝台シングルDXであるので同じ車両に乗るべく川崎駅のみどりの窓口にゆくがコ★ジコさんが乗るあかつき号の個室寝台は下りがすべて売り切れでB寝台の上段、上りはB個室ソロがあるので迷わず買い京都までの足はこれまた廃止が決まった寝台急行銀河のA寝台を志願したが売り切れでB寝台の上段となる。銀河のA寝台は昨秋乗っているのでよしとしよう。廃止の決まった列車でなおかつの三連休である。B寝台の上段でも乗れるだけでも幸せである。乗車券は周遊きっぷ長崎佐賀ゾーンを使用。ゆき券は東海道・山陽・鹿児島線経由、かえり券が鹿児島線・山陽・東海道・京都・新幹線経由。東海道新幹線を経路に含むけれど601キロを越えているので2割引である。

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第1章 下り寝台急行銀河号
2007/12/21 今回は当初コ★ジコさんは22日の新幹線で京都入りする予定だったけれど筆者が下り銀河に乗ると通知すると彼も同じ列車に乗ることに決めた。二人は同じ号車だがそれぞれ別の区画の上段だ。

 19時頃コ★ジコさんからこれからこだま586号で静岡駅を出ると連絡があり同列車の東京着に合わせて20:23発の東海道本線普通で川崎駅を発つ。コ★ジコさんと落ち合う地点を具体的に電話で話さなかったのでかれは自由席で来るだろうと予測し東海道新幹線南乗換改札口の前で待っていると20:56果たしてコ★ジコさんは現れた。鉄分濃い男達の集合に言葉は不要なのだ。コ★ジコさんとマリン党の宴会でおなじみの八重洲地下街「花月」に行って前夜祭。普段コミケ時期の夜にしか同店に行ったことがなかったのですいているイメージでいたが三連休前の金曜日でサラリーマンたちでほぼ満席であった。


 東海道本線10番線に上がると寝台急行銀河はすでに入線していた。出発が23時と遅いのでコ★ジコさんとはそれぞれに撮影したら乗り込んで寝る事を申し合わせ撮影に入る。24系寝台車に乗るのもこれが最後かもしれないなと思いながら撮影する。今夜は三連休前の金曜日でさよなら乗車の鉄道ファンが殺到しているので寝台急行銀河は8両に増結しているのに満員。筆者の乗る区画も向かい合わせの上下が埋まっている。客車B寝台の上段に乗るのは数年前函館から日本海4号に乗ったとき以来だ。客車B寝台の通路の情景などに昭和の香りを感じる。
 東京駅を出発。発進時の衝撃が客車列車ならではだがこういった体験もいつまでできるのだろうか。客車列車自体が絶滅の危機だ。時間も遅いのでもう寝るよりない。通路の折り畳みイスで地元川崎駅通過を確認してから上段の寝台に入る。重心よりも高い位置にいるのでふわふわとした揺れを感じる。夜中にいくつかの駅に停車したのを感じた。向かいの寝台で大いびきが聞こえる。


 2007/12/22 米原6分停車は寝坊したので車内で過ごした。大津の手前でおはよう放送が入り
「今日は12月22日土曜日です…」
という出だしにこういった夜行列車特有の車内放送もいずれ聞けなくなると感じた。京都-新大阪間で内側線を走る221系快速に抜かれた(涙・後にどこかの駅に停車しているおりに抜き返した)
 大阪駅に着きホームでコ★ジコさんと合流。(よって彼が銀河に乗っている姿は一度も見ていないので推理小説なら彼は何らかのトリックを使いアリバイ工作をしているところであろう)コ★ジコさんと寝台急行銀河を筆頭に大阪環状線103系高・低運転台車、201系、キハ181系かにカニはまかぜ、681系サンダーバードなどを1時間以上に渡って粘りスナップした。
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