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続・黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

上野国山上・葛塚城堀之内に住んでます。ひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

新四国八十八カ所札所8番・義平山清泉寺

2025-03-18 15:56:07 | 新田紀行

ひめちゃんは、赤柴の超老犬・プーちゃんの前を通って岩神沼目指します。

プーちゃんは朝日を浴びています。

立ち上がって、「遊ぼうぜ

ひめちゃんは、完全シカトです。

ごめんね。

厳しかったこの冬、生き抜いたね

 

岩神沼には、カモさんが、数羽いました。

あれ、ひめちゃんは浮かない顔です。

お天気がいいからお出かけでしょう

アタチは置いてけ堀でふよね

 

しばらくお出かけなしだったね。

じゃあ、お墓参りに一緒に行こう

ひめちゃんもお出かけしてきました。

 

 

 

 

世良田の八坂神社では、最近猫の御朱印が月替わりで出ていると言うことです。

2月14日に行ってみましたけど、2月のねこの御朱印は22日以降とのことです。

とりあえず季節のヤマガラの御朱印をいただいてきました。

 

2月28日に出直しです。

あれえ、額に龍がいたんだ

木でこんなに生き生き表現できるんだ

拝殿で、2礼2拍1礼です

今回は、ちょうどご祈祷が入ってるということで、書き置きの御朱印をいただきました。

3月も楽しみですね

猫の日、ニャンニャンの22日以降でないと、その月の新しい猫御朱印は出ないようです。

 

 

隣の清泉寺(せいせんじ)は、尾島の白石栄左衛門さんが創設した、新四国八十八カ所の8番札所だと言うことです。

無住だと思うけど、寄って行きましょう。

何年ぶりだろう

変わらずに静かです。

ここは悪源太義平の妻(新田義重の娘)が、彼の死後その首を持ち帰って葬り菩提を弔った所と言われています。

檀家はなく祈祷寺として存在しているという事です。

 

山門脇のお二方に合掌

 

説明板はかなり古くなって読みにくい

 

 

山門を入ると、左手に大きな宝篋印塔があります。

徳川吉宗の息子・田安宗武が、その娘と婿の平安を祈って奉納したのです。

江戸時代は、祈願寺として隆盛を極めた時もあったのでしょう

 

 

大きな宝篋印塔の後ろに目立たなく、悪源太義平の墓です。

あれ、いつから割れているのだろう

合掌

 

 

振り返って本堂です。

それなりにしっかりした建物です。

『ぐんまのお寺 真言宗Ⅰ』(平成13 上毛新聞社)によれば、ご本尊は如意輪観音です。

本堂前で合掌

 

 

史跡としか認識していませんでしたけど、現役の寺として霊場巡りに入っていたことがあったのですね

山門を出て振り返ると、生活の匂いの牛乳瓶入れが目に付きます。

謬乳瓶で牛乳を配達していたのは、いつ頃だったっけ

数年前に来た時にもありました。

史跡めぐりの看板も、落ちています

檀家を持たない祈祷寺・清泉寺、でも現役のようです

 

 

 

 

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はるばると雲のほとりの寺に来て(尾島・正喜院)

2025-03-03 15:14:01 | 新田紀行

雨の朝です

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、貧乏カッパでお散歩です。

午後から少し雪になりました

本日は雪の日のみんなのアーカイブです。

 

七海ママ、初めての冬です。

ママとののこねーちゃんです。

三四郎おじちゃん、初めての雪です。

みんな雪を楽しんでたね

2022年12月の、ひめちゃんとタバサねーちゃんです。

お散歩の途中で降られちゃったのかな

 

 

 

2月14日、尾島の正法寺の後、同じ「新四国八十八札所」の札所・正喜院(しょうきいん)を探します。

ストリートビューで、近くの諏訪神社に駐車して歩こうと思っていました。

でも、ロープが張ってあって、駐車しにくい

うろうろして、やっぱ路上駐車しかありません。

ダッシュで参拝です

 

 

正喜院)は、目立たなくひっそりとありますした。

『ぐんまのお寺 真言宗Ⅰ』(平成13 上毛新聞社)によれば、

なお、正喜院)は「新四国八十八カ所札所」の六十六番札所になっている。本尊前の大正十年の奉額には「新四国第六十六番 阿波国巨弊山雲辺寺写 甘露山正喜院 はるばると雲のほとりの 寺に来て 月日を今は 麓にぞみる」とある。

札所でたくさんの人が訪れた時もあったのでしょう

 

路地の先、右の方々です。

 

左の石造物です。

太陽光発電のパネルが迫ってます

みなさん息苦しくないかな?

前掲書によれば、二十二夜の文字塔の書は、新田源俊純書とあるそうです。

ちょっと確認してきませんでした

ここは、「猫絵の殿様・岩松俊純」の地元・下田島の近くです。

 

 

本堂前で合掌

ご本尊は、阿弥陀如来だという事ですけど、お姿はうかがえません

ご本尊前の大正十年の奉額も残念ながら、見えません

 

 

すぐ後ろは石田川です。

新田の湧水・矢太神水源から流れ出して、もう少し旅を続けて、刀水橋で利根川に合流します。

 

石田川に架かる、左に見える橋を渡ってみます。

太陽光発電パネルの向こうに正喜院と墓地です。

 

橋の名は、「ほうせんはし」です。

下流の流れです。

 

上流の流れです。

実家はもう少し上流の南側です。

 

正喜院は、石田川の氾濫に悩まされたことはないのかな?

子供の頃、実家では石田川があふれて何度も床下浸水がありました。

 

ふるさと尾島に「新四国八十八カ所札所」を創設した人がいたなんて感動です

折を見て、忘れられた霊場を巡ってみましょう。

先に訪問した、脇屋の雷像院も「新四国八十八カ所札所」の58番札所だそうです

 

 

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新四国霊場一番札所・明星山正光寺

2025-02-24 17:29:13 | 新田紀行

相変わらずに寒い朝が続いています

ひめちゃんは堀之内を西に出て、諏訪神社前でちょっと悩んでます

神社前からは、日本アルプスの雪の山々が見えます。

やっぱ、帰りまふ

経は遠出したくないようです。

 

Uターンして戻ります。

元獅子丸家(獅子丸が7年間養子に行っていた家)やケンくんちのそばを通って帰ります。

そろそろお出かけしたいでふよ

明日あたりから暖かくなりそうだから、またお出かけしようね

 

 

 

(2月14日)

阿久津稲荷神社を後に、正光寺を参拝です。

駐車場は山門を入った境内か、本堂裏の墓地に置くしかないようです。

境内前の駐車場は契約駐車場になってしまったようです。

前の道(旧国道354号線、県道142号線)の向こうに蔵が見えます。

霊場を創設した白石(しらいし)さんちのようです。

駐車アドバイスをもらったおじさんは、「稲荷神社も白石さんが直してくれたんですよ 油問屋で大もうけしたらしいですよ

 

山門脇の皆さんに合掌

 

本堂前で合掌

向拝の龍や獅子もみごとです

『ぐんまのお寺 真言宗Ⅰ』(平成13 上毛新聞社)によれば、

阿久津村は『上野国郡村誌』によれば、「古時新田荘猪沼鄕二属シ、西隣亀岡村ノ西元地ト称スル処二里民住セリ今ハ飛地ト唱ヘリ、屢利根川洪水ノ暴害ヲ被ムリ、全土漸々潰破シ、流底トナル、依テ元和ノ頃全村ヲ挙ゲテ岩松村ノ内へ遷徒ス、今ノ本村是ナリ」とあるように、亀岡村ノ西の阿久津字荒久が「元地」であり、利根川の洪水によって流底になったため、元和年間(1615~1624)に岩松の西の阿久津本村に移転したという故事を持ち、正光寺もその際移された。

 

こちらが本村なんですね

村社稲荷神社に納得です

 

さて、万延元年(1860)「新四国霊場八十八カ所」を創設した、白石栄左衛門さんのお墓を確認です。

さすがりっぱなお墓です

合掌

栄左衛門さんは、全国の著名な寺社に灯籠などを寄進したたいそうな信心家だそうですね

 

向こうに雷電神社が見えます。

後ろの駐車場は雷電神社の駐車場です。

こちらへは来られませんでした。

何か事情があるのかな

 

隣の六地蔵さんにも合掌

古い石造物はこの辺りに集めあれているようです。

 

そういえば、中学校の同級生に白石くん&白石さんいました

白石くん&白石さん、お元気ですか

 

 

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飛び地(?)・阿久津の村社稲荷神社

2025-02-22 16:07:57 | 新田紀行

ひめちゃんは、一人散歩で堀之内を北に出ます。

赤柴の超老犬・プーちゃんの前を通ります。

プーちゃんは、遊べ、遊べと叫びますけど、ひめちゃんは完全シカトです

アタチはプーちゃん好きくないのでふ

ごめんね

 

堀之内の西を歩いて帰ります。

植えても刈り取られずに冬越ししている稲穂、もったいないし、哀しいね

 

 

(2月14日)

尾島の「新四国八十八カ所」の1番霊場・正光寺を訪ねます。

参道の左手に、神社があります。

参拝して行きましょう

 

稲荷神社ですって

 

村社・稲荷神社です。

実は尾島町には「阿久津(あくつ)」が2カ所あります。

国道17号線(上武道路)の群馬県側の最後の信号は、確か阿久津でした。

グーグルマップで見ると、こちらの方が飛び地のようです

 

 

鳥居をくぐって、狛狐さんにこんにちは

尻尾が長い

前の道はかつては国道354号線、今は格下げに鳴って県道142号線ですけど、幹線道路だったんですね

 

拝殿で2礼2拍1礼です

「阿久津の獅子舞」について、説明板があります。

「阿久津においては地区住民全員でこの芸能を永く後世に伝えようと、獅子舞保存会を結成して保存につとめている。」

とあります。

地区全員とは、もちろん西の阿久津も含まれるのでしょう。

でも、どうして飛び地があるんだろう?

 

向拝の彫り物も見事です

飛び地に村社って、こちらの方が栄えていたのかな

 

さて、正光寺探訪です。

実は正光寺前は駐車スペースがあるけれど、有料駐車場かも知れません

ダッシュで稲荷神社を参拝しました

稲荷神社の社務所前に駐車していたおじさんに聞きました。

「お寺の山門を入って境内に停められますよ

車を移動して、「新四国八十八カ所」の1番霊場・正光寺を落ち着いて参拝です

 

 

(つづく)

 

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彩色の本殿(尾島・雷電神社)

2025-02-18 14:44:12 | 新田紀行

昨日の午後から、また最強の寒波来襲です

寒い寒い朝です

ひめちゃんは、堀之内を西に出て、天神田を歩いてきました。

こんな朝は、秩父の武甲山見えるかな

残念、南の方に三角の大きな山が、何となくありそうだけど、はっきりとは見えません

毎年冬になると、白い三角の大きな山が出現していたのに

変でふね

月まで真っ白な山が見えていたのに

 

 

 

上野国新田郡中心の「新四国八十八カ所」の霊場巡りは、万延元年(1860)に旧新田郡尾島町阿久津の正光寺を一番札所として開創されました。

昔々、正光寺の少し裏の道を、自転車こいで中学校に通っていたはずだけど、記憶にありません

お使いついでに、ちょっとふるさと尾島探訪です

ひめちゃんちのおかあさんの実家は、尾島といっても、西半分の旧世良田村になります。

合併前の尾島はよく知らない事が多いです

 

 

正光寺の西に雷電神社があります。

記憶にあるような無いような

東に広い駐車場もあります。

ちょっと寄りまーす

鳥居の前には、尾島一丁目会館(集会所)です。

ここは尾島一丁目です

集会場は、かつての寺社の境内の事が多いですけど、ここもそうなのでしょう。

 

神社はきれいに整理されていて、鳥居も社殿も石造物も、あまり古くない印象です

たった一つ、古びた灯籠があります

 

「秋葉山」とあります。

この灯籠は、『尾島町誌資料集 第二編 尾島町の石造物』14修験関係供養塔(1)秋葉山供養塔の最初にあります。

享保二壬戌年三月吉日

当町中 願主 金井半兵衛

       十一屋万右ヱ門

       牛込半右ヱ門

       小林久右ヱ門

       丸岡三治郎

そうすると、さっきの会館辺りに、霊験あらたかな修験者がいたかも

 

 

拝殿で2礼2拍1礼です

額は雷電宮です。

 

 

社殿を時計回りに探訪です。

何の変哲もなさそうだけど、本殿をのぞいてみてビックリ

彫刻がすごい

彩色が鮮やか

何の説明板もないけれど、いまでも霊験あらたかなのでしょう

この雷電神社については、検索してもその由緒等はよくわかりません

でも、霊験あらたかなのでしょう

 

旧地元のこと、まだまだ探訪が必要です

 

 

(つづく)

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