年末はデイサービスの利用者様へ一年間のご利用に対してのお礼と感謝の気持ちを改めてお伝えするのが習慣だ。
みなさん毎日いらっしゃるわけのではないので、二日続けて、訪問する。
午前中から官庁や他法人の事業所を回り、午後3時前にぽらんデイサービスに着いた。
ここは大所帯で、声を張り上げないと広いホールの全員には伝わらない。
さあ話すぞ、と大きく息を吸ったところに最前列の利用者様から声を掛けられた。
「シャチョーさん、素敵なネクタイだね。」
え、と思った。
実はそのネクタイは僕にとっていわゆる勝負ネクタイだった。
(ただし、官庁を回るから着けているのではなく、別に理由があるのだが、それは長くなるのでここには書かない。)
かろうじて、ああ、○○さん、お目が高いですね、と返答したが、内心驚いていた。
認知症高齢者グループホームを始めて間もないころ、派手好きの女性利用者様にネクタイを褒められたことがあった。
気分屋で職員たちの手を焼かせることが多々あった彼女とのコミュニケーションの一環として、以来、僕は意識して赤系のネクタイを多く締めるようになり、彼女が亡くなった後も、それが続いている。
時々、その方の声が聞こえる。
「あらあ、シャチョーさん、素敵なネクタイねえ。」
翌日、営業最終日の午後、ぽらん気仙沼デイサービスを訪ねた。
「ズンドコ体操」を一緒に踊り、利用者様みなさんの前で丁寧に頭を下げて退出しようとしたところ、最後列に座っていた方が僕に目を合わせ、自身のみぞおちのあたりを何度も指差している。
ネクタイ、いいね、と言っているのだ。
昨日のものではなかったが、やはり自慢の品だった。
みなさん本当によく見てらして、その目はごまかせない。
僕自身はいつもそう頭に置いて誠実に対応しているつもりだが、法人も、事業所も、より一層気をつけようと改めて強く思った出来事だった。
年末の大掃除の最中に、もう25年以上前にロンドン、リバティ・デパートで購入した鉛筆やペンが出てきた。
こんなものをちまちま買い歩くのが、昔も今も僕の旅行スタイルだ。
リバティは本当に素敵だった。
チューダー様式の外観も、船の骨材を使ったという内装も。
ただ、免税手続きで奥まった部署へ通された際、古色蒼然たる雰囲気の通路の床がブカブカ言って、踏み抜くのではないかと本気で心配したほどだったが。
ブルックス・ブラザーズのネイビー・スーツにアクアスキュータムの黒いコートを羽織った息子を乗せて、成人式の会場へと向かった。
最後の急な坂道は同じ目的の車両で大渋滞していた。
あれ?これ、なごやかの車かな?と助手席の娘が前の車を指さす。
確かに、ナンバーは(僕が集めている)8004番だったが、法人の活動車ではない。
すると、その後部座席に乗っていた、美しく着飾ったお嬢さんが急にこちらを振り返り、軽く会釈した。
ざしき童子だった。
ああ、息子の晴れの門出を祝って、先導してくれるのか。
僕は胸が熱くなりながらも、心の中でわざと軽口をたたいた。
「お振り袖姿は少々無理があるんじゃないですか?」
きっと聞こえたろう。
喫茶店アルファヴィルへ週末だけダブルワークでアルバイトに来ているIさんの平日の仕事は個人病院の事務職なのだが、高齢のおじいちゃんドクターが体調不良のため、とうとう閉院することになった。
Iさんはオーナーの勧めでNPO法人なごやか理事長に今後について相談したところ、彼はあっさり、なごやかに来るといい、と言い放った。
年度末、事務局に一席空きが出るのでそこに来て欲しい。
「きみは夫君の転勤が決まると一足早くこの街にやって来て、ハローワークでのアポの時間調整にと、このアルファヴィルに立ち寄った。
オーナーと、たまたま居合わせた僕は、きみにとっていわば「第一村人」で、第一村人は遠方からいらした方へ親切にする責任と義務があると考えています。」
「なぜって、きみはまた転居するでしょう。その引っ越し先で、あの街では快適に暮らしたよ、と言ってくれれば、人口流出に悩むこの街に興味を持つ方、観光で訪れてみようと思う方も出てくるかもしれないじゃない。」
それに、と理事長はいたずらっぽく笑った。
「前回はオーナーに先を越されたけれど、今回こうして採用のチャンスが再度回ってくるなんて、まだ僕には運があるようだね。」