スージーQ
おお、スージーQ
おお、スージーQ
ベイビー、アイラブユー、
オレのスージーQ
お前の歩き方が好きだ
お前の話し方が好きだ
お前の歩き方が好きだ
お前の話し方が好きだ
スージーQ
オレだけだって言ってくれ
オレだけだって言ってくれ
オレをブルーにしないと言ってくれ
スージーQ
オレの彼女になってくれるんだろ
オレの彼女になってくれるんだろ
ベイビー、いつだってさ
スージーQ
黒人ブルース・レーベルのチェス・レコード所属だった白人ロッカーのデイル・ホーキンスが1957年にリリースした「スージーQ」は、一度聴いたら耳に残るイカすギター・リフが多くのバンドに好んでカバーされ、ロックン・ロールの定番曲となっている。
このギター・リフを編み出したのが17歳の天才ギター少年、ジェームズ・バートンと言われていて、後年彼はエルヴィス・プレスリーのバックバンドのリーダーとなった。
そのバートンだが、1987年11月、エルヴィス・コステロのバックバンドとして来日する。
このツアーには前年、初来日公演が中止となりファンを大いに失望させたニック・ロウも帯同していた。
ステージ中盤、コステロがニック・ロウに花を持たせる形で彼の代表曲「(What's So Funny 'Bout) Peace Love and Understanding」を二人でデュエットした。
この時のバートンの流れるようなギター・ソロは本当に素敵だった。
そしてエンディングの一音まで、丁寧に丁寧に奏でている。
やはりすごいギタリストだったのだ。
観客から大きな声援を浴びてにっこり笑顔のロウ。最高にキュートだった。
「宿命の女」ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ
さあ彼女のお出ましよ
足元に気をつけたほうがいいわね
きっとハートを二つに切り裂かれるから
ホントよ
わかりきったこと
彼女の偽りの色の瞳を覗いたら最後
あなたをその気にさせて突き落とす
道化みたいに
みな知ってるわよ(彼女は宿命の女だと)
彼女は自分が楽しいと思うことしかしないと(彼女は宿命の女)
ただからかっているだけだと(彼女は宿命の女)
彼女の歩くさまを見なさいよ
彼女の話すさまを聞きなさいよ
彼女の手帳にあなたのことが書いてある
37番だって
見てみるといいわ
あなたを苦しめるために彼女は微笑むの
あなた道化よね
ねえ、彼女はストリートの女なの
始まる前からあなたに勝ち目なんてない
あなたをもてあそんで楽しむだけ
本当よ
みな知ってるわよ(彼女は宿命の女だと)
彼女は自分が楽しいと思うことしかしないと(彼女は宿命の女)
ただからかっているだけだと(彼女は宿命の女)
彼女の歩くさまを見なさいよ
彼女の話すさまを聞きなさいよ
アンディ・ウォーホルがジャケット・デザインとプロデュースをも手掛けた「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ」(1967年)
右からウォーホル、ニコ、ルー・リード
以前、本当に死ぬかと思ったライヴが何本かある、と書いたが、ニコの初来日ライブも、僕にとってはその3本の指に入るものだ。
1986年4月11日、渋谷ライブ・イン。
ここはいつも定員無視なのだが、特にこの日は一目本物のニコを見ようと集まった観客で、満員電車の1.5倍の混雑だった。
市販された映像が残っている。
これは会場が静かに見えるものの、みなが圧死寸前で呼吸困難というありさまだった。
「宿命の女」
下はルースターズの花田による素敵なカバー。
1984年7月15日、ラフォーレ赤坂ミュージアム。この日は暑い日だった。
のちに花田も上のライブに顔を見せていた。
もうメソメソするのはやめる時よ
そう、もう泣くのはやめて
あなたがやるべきことはたったひとつ
私にあなたをまだ好きでいさせること
もうメソメソするのはやめないと
そう、やめて、やめて、やめて
今は泣くかわりに笑う時よ
そう、 笑って、続けて
あなたがやるべきことはたったひとつ
私にあなたをまだ好きでいさせること
もうメソメソするのはやめないと
そう、やめて、やめて、やめて
あなたの両目からこぼれる涙のひと粒ひと粒が
あなたを抱きしめたいと
泣くのはやめてと言わなくちゃと
私に思わせるの
あなたがやるべきことはたったひとつ
私にあなたをまだ好きでいさせること
そしてあなたが知るべきことはたったひとつ
私にあなたをまだ好きでいさせること
もうメソメソするのはやめないと
そう、やめて、やめて、やめて
もう泣くのはやめないと
プリテンダーズのデビューシングル、「ストップ・ユア・ソビン」(1979年1月)はザ・キンクスのカバーだ。
アメリカ生まれで、バンド活動がやりたくてイギリスに渡ったクリッシー・ハインドは「ニュー・ミュージカル・エクスプレス」誌のライターやビビアン・ウエストウッドのショップ店員を経て、やっとデモテープ製作までこぎつけたのだが、バンドメンバーは音楽活動に見切りをつけて田舎に帰ると言い出す始末。
苦肉の策として、そのギタリストがファンだというニック・ロウにプロデュースを頼み込んだ。
プロデューサーとしてザ・ダムドを世に送り出した実績を持つロウの手腕もあって、シングルはスマッシュ・ヒット、翌年のファースト・アルバムの大ヒットにつながって行く(ただしプロデュースはクリス・トーマス)。
一方、この7か月後、ロウが古い在庫曲を再録音してリリースしたソロ・シングル「恋するふたり」は突如英米で大ヒット、苦節15年以上の彼は一躍時の人となった。
「恋するふたり」のMVはカントリー界の名門カータ―・ファミリーの一員で、ジョニー・キャッシュの義理の娘でもあるカーレン・カーターとの結婚式の様子が収められている。
まさに、公私ともにピークを迎えていたロウがこの中にいる。
その後の彼の転落については何度か書いたので割愛するが、この二枚のヒット・シングルは続けて聞くと、当時も今も、双子のようによく似ていて、エンドレスで聞いてしまうのだ。
ザ・キンクスのオリジナル(1964年)
作曲バート・バカラック、作詞ハル・デビッドのソングライティング・チームによる佳曲の中でも、彼らが映画「幸せはパリで」(1969年)の主題歌として書き、ディオンヌ・ワーウィックが歌って大ヒットした「エイプリル・フール(THE APRIL FOOLS)」は名曲中の名曲だ。
それだけにカバーもたくさんあるが、今日は高橋幸宏のもの(1983年)を掲げておこう。
エイプリル・フール
4月の夢の中で
あなたは私の前に現れた
ほほえむあなたの瞳を見つめた時
私はあなたと恋に落ちるだろうと思った
そしてあなたが私の手に触れた時
その夢は叶うと私は知った
私たちはエイプリル・フールみたいなもの?
周囲の危うさにも気がつかないような
でももしエイプリル・フールみたいなものだとしても
私は気にしない 今、本物の愛にめぐり会ったのだから
私たちは知らなかった
この道がどこへ続いていたのか
こんなにも遠くまで来てしまった
先を急ぎ過ぎたのかも
もう後戻りはできない
この甘美な4月の夢が長続きしないとしても
私たちはエイプリル・フールみたいなもの?
周囲の危うさにも気がつかないような
でももしエイプリル・フールみたいなものだとしても
私は気にしない 二人でならきっと乗り越えられるだろうから
怖がることはない
本物の愛にめぐり会ったのだから
THE APRIL FOOLS
In an April dream
Once you came to me
When you smiled I looked into your eyes
And I knew I'd be loving you
and then you touched my hand
And I learned April dreams can come true
Oh are we just April fools
Who can't see all the danger around us
If we're just April fools
I don't care, true love has found us now
Little did we know
Where the road would lead
Here we are a million miles away from the past
Travelin' so fast now
There's no turning back
If our sweet April dream doesn't last
Oh are we just April fools
Who can't see all the danger around us
If we're just April fools
I don't care, we 'll find the way somehow
No need to be afraid
True love has found us now
My Funny Valentine
My funny Valentine, sweet comic Valentine
You make me smile with my heart
Your looks are laughable, unphotographable
Yet you're fav'rite work of art
Is your figure less than Greek?
Is your mouth a little weak?
When you open it to speak, are you smart?
But don't change a hair for me
Not if you care for me
Stay little Valentine, stay!
Each day is Valentine's day
マイ・ファニー・バレンタイン
私の変てこなバレンタイン
スイートで滑稽なバレンタイン
あなたは私を心から微笑ませてくれる
あなたのルックスは吹き出しちゃうし
写真向きでもない
たとえあなたがお気に入りの芸術作品だとしてもね
あなたの見てくれはギリシャ彫刻より劣るし
口もとはちょっと弱点ね
その口を開いて話しても
スマートとは言えないわよね?
でも私のために髪の毛一本変えないで
もし私を想ってくれるなら
そのままでいいの、愛しいバレンタイン、そのままで!
そうすれば、毎日がバレンタインデイなんだから
「マイ・ファニー・バレンタイン」はフランク・シナトラやチェット・ベイカー、あるいはマイルス・デイビス、スタン・ゲッツといった男性ミュージシャンのバージョンが有名だが、もともとは古いミュージカル中で女性がバレンタインという名前の男性へ向けて歌っているナンバーで、そう知ると歌詞の内容も納得できる。
シナトラ主演の映画「夜の豹」(1958年)でショーガール役のキム・ノヴァク(吹き替え)が歌うシーンは最高に素敵だし、リンダ・ロンシュタットのネルソン・リドル編曲のバージョン(1986年)はほとんどの場合省略されているバース(前置きの歌詞)も歌われている。
ちなみに、キム・ノヴァクのバージョンも、ネルソン・リドルが編曲。
変わったところでは、映画「リプリー」の中で主演のマット・デイモンがチェット・ベイカー風に歌ったバージョン(共演のジュード・ロウもサックスを吹いている)や、「恋の行方」の中でミシェル・ファイファーが歌ったバージョンもあり、どちらも必聴必見の出来栄えだ。
「夜の豹」
「リプリー」
「恋の行方」