
これなんだろう。アートかな……
たまたまなのかな……
プラスティック製の通函を荷台いっぱいに積み込んだ軽トラックです。通函もまだ新しいきれいなものです。
昨日の午後2時近くかな、比刀根橋の袂の空き地に停車していたんです。
少しだけ意図を感じてしまいます。縦方向に同色の通函がないんです、それに色の順番が同じでないんです。やっぱ、アートかな…、不思議なカラフル…
15日の朝は、広報と回覧の配布です。右のペーパーは、私から班長さんへの連絡メモです。配布日には毎回作成して届けています。できる限り情報を共有しておくことが大事だと思っているからです。
広東橋が開通して、迂回路に使われていた広瀬川沿いの道の交通量が激減しました。通勤時間だというのに、猫がのんびり歩いています。この猫はルシアンブルー風なんです。
玄関の水鉢が凍っています。氷の中で、昨日はつぼみだったユリが開きはじめていました。すごいな。
15日の朝は、小豆粥をいただくことにしています。おいしく炊けました。私は塩を少しだけふっていただきます。亡くなった伯母さんは砂糖をたっぷりとかけて食べてました。今年の小正月の食卓には砂糖を用意しませんでした。糖質抑制なんです。
<どこかお出かけ?>
「うん、大渡町までちょっとね…」
上京するユキ子さんを見送って、家の片づけをすませて、10時過ぎに家を出たんです。すぐに、道路工事の資材置き場の整理整頓を点検をしている顔見知り猫に会いました。
でもさ、大渡町からの帰りに中央大橋を渡ってたら、ふと思ったんです。
「今日はもうご用なし、利根川の上流見に行こう、風もなくて、良い具合…」、ということで利根川自転車道路で渋川まで行くことにしたんです。
大渡橋の上流です。川の流れが瀬になって曲がっています。流れの向こうに子持山と小野子山が、その間のくびれたところに、三国山脈の真っ白な山並みが顔を出していました。
新潟の雪も収まったみたい、でも、除雪で大変なんだろうな…
河原には渓流魚をつっている遊漁者の姿がありました。冬枯れの河畔の木立を抜けると乗馬クラブ、馬も寒いのかな、みんな防寒着を着て食餌をしてました。平日なので、人影の少ない自転車道です。
対岸に赤城山が見えています。阪東橋の下流、渋川市の運動公園のあたりです。右端の峰が鍋割、その隣が地蔵岳、おくりに黒檜山の山頂がちょっとだけ見えて、左はじが鈴ヶ岳ですね。
地蔵岳山頂のアンテナ群が見えてます。このあたりまで来ると赤城山の西側に入ってしまってますから、山の姿は前橋から見るのとうんと違います。
阪東橋を過ぎると、もう自転車道からは赤城山は見えなくなってしまうんです。
山の手前の木立の陰には、瓜山があるはずです。もう30年近く前かな、瓜山にある小児医療センターで働いていたことがあるんです。
渋川の半田あたりです。利根川に流れ込む小河川の水がまだ凍っていました。前橋に比べて寒いんですね。
白くおおわれているのはホウレンソウの畑です。生育したホウレンソウが寒気に痛められないように寒冷紗で覆っているんです。それで真っ白なんです。手前の一部の覆いがのぞかれています。収穫が始まってるんですね。
近くの収穫中の畑では、昼休みの休憩みたい、集まって休んでいる姿が見えていました。天候不順や寒波の襲来があると、農業者は作物を守るために余分な資材や材料を使わなくちゃいけないんですね。収穫が減るだけでなくて、コストも余分にかかるんです。ご苦労してるのです。
阪東橋のところにある阪東合口の堰です。以前はこの堰の左岸に設けられた取水口から広瀬川、桃の木川、天狗岩用水の取水をしていました。それで『合口』って呼ばれてるんです。昭和30年代、県が広瀬川の流路を利用した発電事業を行うことになり、この合口からの取水はしなくなりました。上流にある東京電力の佐久発電所で使った水を利根川に戻さずにそのまま広桃用水と天狗岩用水、そして県や日本カーリットの発電用水に直接送り込むようになったんです。
阪東合口の詳しいことはこちらでご覧ください。その変遷も分かります。
佐久発電所については、こちらをご覧ください。昔の写真も見られます。
そして、渋川市中村あたりの利根河原です。見えている橋は大正橋です。橋の名前の由来となった大正時代につくられた橋は今はありません。見えてる橋は、同じ形式のトラス橋ですが、後のものです。旧橋を観たい方は、2014年8月31日の記事をご覧ください。取り壊される前の旧橋を訪ねていま
川の向こうに見えている雪山は上州武尊山です。ここはもう赤城山の西側、武尊山が赤城の稜線から外れて、全容を見せてくれています。美しい山、日本百名山の一つに選定されています。
この風景を見て、前橋に戻ることにしました。来てよかったです。
帰りは自転車道路でなく一般道を下りました。阪東橋を渡って、阪東合口の取水口の上に回り込んで利根川を眺めました。堰の水面、豆粒にもならない小さな点が浮かんでました。カモの群れです。遠いのでよく分からないのですが、キンクロハジロのようでした。
阪東橋の前橋側から赤城に向かう坂道をちょっとだけ上がったところにあるそば屋で昼食をとりました。ていねいにつくられたそば、なかなかでした。ごちそうさまでした。
それで、まちへ戻ったら、最初の写真だったんです。
遅くに戻ってきたユキ子さんには、サラダとスープとカレーを用意しました。サラダは、赤カブ、ルッコラ、ゆで卵です。スープはクミンの香りをつけたセロリの葉っぱのすーぷです。カレーは、玉ねぎとピーマンを炒め込んだ炒飯に、鶏の挽肉とニンジンのカレーです。糖質を抑えてるんですよ、ちゃんと…
直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の二代目吉駒の下で修業して参りました。
初代吉駒が始めた美登利会は、来春で75回目の節目を迎えます。予定通り、4月8日に開催いたします。
亡くなりました二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、これからも引き続きよろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。
今春の第74回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす。
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください。
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