猫のキキとヒゲおじさんのあんじゃあない毎日

『あんじゃあない』って、心配ない、大丈夫っていう群馬の言葉、いい歳こいたキキとおヒゲのどうってことない前橋の暮らしです

キキがキャン猫をさせてもらっていた「まえばし猫フェス2018」が21日の日曜日にスタートします!

2018-10-19 06:57:44 | あんじゃあない毎日

キキが逝ってしまってから間もなく1年になります。
そして、キキが主催者公認の「キャン猫」を勤めさせてもらっていた「まえばし猫フェス」が始まります。
それなので、猫フェスの「猫の写真と詩 まちなか展覧会」の作品を真似てみました。
詩は、斎藤茂吉の歌です。1912年(大正元年)の作ということですから、茂吉が30歳の時の歌です。
茂吉は、猫を愛した歌人です。猫にもたらされた驚くほど新鮮な経験は、うら悲しい気持ちに繋がっていたみたいです。

 留守もりて入日あかけれ 
        紙ふくろ猫に冠せんと おもほえなくに

<これも茂吉の猫歌だよ。茂吉は幾つも猫歌を詠んでいるみたい…
歳とって最後に飼っていたのがさ、チロって名前の三毛猫なんだって…>

 <こないださ、おヒゲ、山形の旧金瓶村へでかけていたろ、あれって、猫好きの茂吉のとこへ行きたくなったらしいって、もっぱらの噂なんだよ。
それはそれとして、キャン猫のキキはいないけど、「まえばし猫フェス」の案内しなくちゃね…>
中央駅近くの家でいつも留守番しながら通りを眺めている猫です。

 

「まえばし猫フェス2018」は、10月21日に始まって、11月4日までです。
主催者の「芽部」のHPはこちらです、「芽部 まえばし猫フェス」のツイッターはコチラです
詳しい情報は、それぞれをご覧ください。

 <「展示」のうちさ、「街なか展覧会」ってのは、中央通商店街の店先やなんかにペタペタといっぱいの作品が貼りだされるんだよ、面白いんだから。>

   <それに、「展示」だけじゃなくて、「イベント」、「コラボ」、いろんな企画があるんだいね。ポップアップして読んでくださいな>

  <というわけでさ, 「まえばし猫フェス2018」は、今度の日曜日、21日スタートです。皆さんお揃いで、おまちに遊びに来てくださいな。
それからさ、猫フェスのプログラムは、こども図書館や文学館なんかいろんなとこに置いてあるみたいだけど、呑竜仲店のヤギカフェにもあるよ。写真はさ、おヒゲが昨日食べた「マッシュルームのドライカレー」の岡本さんバージョンです。おいしいよ!>

 

 昔、連雀町と呼ばれていたゑびす通り、オオケタデの紅い花が咲いていました。

   

ユキ子さんが「おかずが終わりそう…」っていうんで、常備菜を4種作りました。

 両親のところへは、夕食のおかずにローストビーフを主菜にしたおかずをお重に詰めて、バターコーンのクリームスープを添えて、届けました。

 

前橋駅前通りの欅並木が色づき始めています。秋です。
間もなく、キキが逝って一年になります。「まえばし猫フェス2018」が始まる秋です。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。

今度の日曜日(10月21日)は前橋市民文化祭「日本舞踊のつどい」が開かれます。前橋市民文化会館で1時開演です。子ども体験教室に参加してくれた子どもたちも出演します。私は、筝曲「茶音頭」を舞います。どうぞご来場ください。

祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

4月8日の第75回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

 

 

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前橋駅前の煉瓦倉庫で働いたら、国領猫が遊んでくれました、ご褒美のつもりかな…

2018-10-18 07:18:34 | あんじゃあない毎日

昨日遊んでくれた猫です。国領町で暮している雄猫です。

 

   昨日も煉瓦倉庫で始まったんです。
糸駒が舞台の道具や何かを仕舞っておくのに借りている前橋駅前の上毛倉庫のコンテナールームへ片づけの手伝いに行ったんです。
この倉庫は、1895年(明治28年)につくられたものですから、前日の「今奇知」が入居している「旧安田銀行担保倉庫」よか古いんす。でも、現役の倉庫として使われています。詳しくはこちらを

 

  糸駒の手伝いを終えてから、北の方に野暮用をすませに出かけました。少し秋色になってきた桃ノ木川を、犬の散歩の途中で川岸で休んでいる人の姿を対岸に見ながら、渡って行って来たんです。

帰り道、少し上流の「名胡堰」、南橘から北代田、幸塚にかけての農地に給水している農業用水の取水堰を見に行きました。堰の上の水槽は水鳥がたくさん集まるところです。

  昨日もたくさん集まってました。ほとんどが留鳥のカルガモなのですが、それに混ざって北へ帰らずにとどまってしまったヒドリガモやマガモが少しまざっています。
右の写真は、マガモのつがいです。この夏を日本で過ごしてしまったんですね、熱くて容易じゃなかったろうに…

 

  それから、国領町の路地を通りかかったら、ボタンクサギの花に出会いました。まだこれから咲くみたいです。

  花の脇の葉の上にお腹が大きく膨らんだカマキリがいました。面白いので、しばらく遊んでもらいました。遊びは、ボクシングの真似です。

   

さくまっ(佐久間)川です。昔はこの川岸に製糸工場が立ち並んでいて、その排水が湯気を立てて川に流れ込んでいたんです。今は静かです。
少し下流では、ミゾソバがたくさんの花を咲かせていました。きれいな花です。

 

そしたらさ、行き止まりの路地の真ん中あたりで猫が昼寝をしているのを見っけたんです。
で、挨拶ぐらいしなくちゃいけないと思って…

  「こんちわ!」って声かけたんです。眠そうな顔してたけど、振り向いてくれました。
そしたらさ、後ろ側の草むらの中でも音がしたんです。振り返ったら太った雄猫がこっちを見てたんです。

 雄猫の写真撮って、最初の猫の方を見たら、脇の駐車場に二匹の若い猫が出てきていました。あれ、いっぱい一緒に暮らしてるんだって、若い二匹の写真を撮ってたら…

 足元が賑やかさんなんです。デブのい雄猫が足の間に潜り込んできて思いっきりスリスリなんです。「遊ぼうよ!」なんですね。

しょうがないやいね、遊んであげなくちゃ。
猫の方もおんなじに、「しやあない、遊んでやるか…」なんですよね。

それがさ、止めると怒るんです。簡単に終わらなくなっちゃったんです。

  他の三匹は、「見てられないや…」って感じになってました。

 そういう訳で、昨日は国領のでデブ雄猫と遊んじゃったんです。よく働いたご褒美かもしれません。
たまにはいいか…、なんです。

 

丹波篠山の黒豆をいただきました。気を使ってゆでて、おいしいですね、エダマメと全く違うものだと思った方が良いみたいです。
東北でも秋になると枝豆でなく、黒豆をゆでていただきます。群馬では作ってないのかな、見たことがないですね。

   夕食は在庫品ですませることにしました。作り置きしてあったロールキャベツです。ニンジンと春菊だけ追加して。
サラダは、レタス、ラディッシュ、パプリカ、ミニトマトです。それと、マカロニをチーズをたっぷり使ったホワイトソースで和えました。

煉瓦倉庫で働いて、国領猫と遊んだ秋の日でした。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

4月8日の第75回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

 

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煉瓦蔵で「今知奇」の猫に会って、「ふく成」で食事会をしました。

2018-10-17 07:09:49 | あんじゃあない毎日

「猫はいないの?」
「いるよ、一匹だけど…」
猫は眠っていました。「今知奇(こんちき)」の猫です。

  骨董と古道具を商っている今知奇の中村さんにお願いがあって訪ねたんです。住吉町2丁目にある登録文化財の煉瓦倉庫、旧安田信託担保倉庫の中にお店があるんです。1913年(大正2年)につくられた建物ですからもう100年以上たっているんです。前橋空襲の猛火にも焼けることなく残ってきたんです。

  これが今知奇の店内です。いろんなものが一見無秩序に積み重ねられているみたいなのですが、どうしてどうして、店主の中村さんに尋ねると、何が何処にあるかがちゃんとわかっているのが不思議なんです。

 猫の居場所もそうでした。この猫、木彫りの猫、少しデブです。
コンチキにご用の方はこちらのHPをご覧ください。木曜日と金曜日はお休み、午後だけの営業ですから☎で確認してお出かけください。
なお、この煉瓦倉庫では、10月25日から10月28日、それと11月1日から11月4日の8日間、「ハラサワコレクション VOL.7」という美術展覧会が開かれます。展覧会の案内は、こちらをご覧ください

 

夜は、銀座通の「ふく成」で食事会をしました。
いつものことですけど、素敵な料理です。焼き栗と里芋の唐揚げ、そして新ものの銀杏です。

 ユキ子さんの母さんの誕生祝の食事会でした。幾つになったんだっけな、私よか15歳以上、上だったと思います。でも元気です。絵手紙や書道の会へ参加してますし、お掃除はヘルパーさんが入ってますけど、家事もしっかりやっています。
そんな母さんがきれいに平らげてしまった「ふく成」の料理をご覧に入れます。

   「ふく成」はふぐ料理のお店ですので、最初はふぐの煮こごりです。
それから焼き鯛のお椀です。「母の誕生祝なんです」ってユキ子さんが言って予約したらしく、定番のコースでなく心遣いしてくれたみたいです。
お造りはふぐの薄造りと鮪です。

   それから秋の盛り合わせ、そしてふぐ二種でした。
ふぐは、焼きふぐとから揚げです。いつ食べてもおいしいです。

  そして、牛のステーキと〆のご飯です。
ご飯は、土鍋で炊いた鯛めしでした。ユキ子さんは、「おいしい!」って、お代わりしてました。

 デザートは柚子のシャーペットです。

3時間近く、のんびりとおしゃべりしながらの夕食会になりました。残さずしっかり召し上がっていただけて嬉しかったです。いろいろと気遣っていただいたふく成の皆さんに感謝です。
ふく成の料理をご覧になりたい方はこちらでどうぞ。日曜がお休み、ランチもしてますが、電話予約してお出かけになることをお薦めします。

 

フジバカマが咲いてました。昼間出かけた群大医学部近くです。

 こちらは満開のホトトギスです。秋ですね。

  路地で猫に会いました。まん中に座り込んでいるので、「通らせてください…」ってお願いしたら、しぶしぶ階段の上に移動してくれたんですけど、不機嫌な顔してました。ここの家で暮しているみたいです。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

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上泉田んぼは黄金色、畔には小さな花たちが、そして広瀬川に水が戻ってカラスが行水…

2018-10-16 07:40:38 | あんじゃあない毎日

上泉田んぼが黄金色になっていました。
東の方へ出向いたついでに、「食の駅」に石田製麺の乾麺を買いに寄ったんです。その帰り道、美しい田んぼに出会いました。

 稲穂です。この草が生涯で一番輝く瞬間みたいです。おしまいが輝くって凄いです。

  秋も今ごろになると道端で見る花がとても少なくなって、見かけてもほとんどが外来種の気がします。この国に昔から暮らしている植物は、あんまし秋に花を咲かせないみたいです。
でも、田んぼの畔に降りて見ると、花が咲いてます。
黄色い花はイヌガラシです。春から初夏にかけて咲いてるのが普通なんですけど、こうして秋にも咲いてくれるのがいます。上泉田んぼの畔ではよく見かけます。

 こっちは、トキワハゼ、一年中咲いてるのかな、秋の終わりにも見かけます。

ハキダメギクですね。
イヌガラシも、食べられないから役に立たないので「犬」ってつけられてるらしいです。ハキダメギクはどうして「掃き溜め」なのかな…。日本の植物に名前を付けた皆さんって、ものすごく人間中心なんですね。草々に寄り添って命名しているって感じがありません。

 これはホソバヒメミソハギですね。紫色の花を咲かせています。
ヒメミソハギというのは在来種らしいですが、この可愛い花を咲かせるホソバヒメミソハギは帰化植物、水田雑草として駆除対象になっているみたいです。

あまりにも稲穂がきれいなんで、しばらく畔で遊んじゃいました。

 

 昨日は15日、組長の仕事の日でした。広報と回覧のほかに、群馬マラソンの交通規制の案内の印刷物が全戸配布、それと赤い羽根共同募金のお願いも全戸配布です。
自治会ってさ、結構金集めが忙しいのです。
自治会費、社会福祉協議会賛助会員会費、日本赤十字社社員社費、赤い羽根募金、歳末助け合い募金、初市まつり前橋八幡宮参拝券、まだあったかな、こんなものかな。社会福祉協議会賛助会費とか、日赤社費とか、八幡さまの参拝券なんかは自治会の役員が集金しているのっておかしい気がしています。法人ですから、口座振替やコンビニ決済も出来るはず、自分で集金するべきではないのかな…
でもね、城東町4丁目には他所よりすごくいい点があります。町内行事の寄付集めはやらないという素敵な慣行があるんです。これはすごく良いことです。

 薄雲を通してぼんやりした太陽が見える朝のことでした。

 

  それからね、JAファーマーズで国産牛(黒毛和牛でないです)のモモ肉のブロックを安く売っていたので、ローストビーフを仕込んでいました。オーブンで焼くのでなく、湯煎で作るやり方で。この方法だと、湯煎した時の保存袋のまま冷蔵保存できるので都合いいです。
今日は食べないで、もう少し先にいただきます。

 

広瀬川に水が戻ってきました。やっぱ、水が戻ってくるとうれしいです。

 新鮮な流水で行水しているカラスに会いました。

 

庭のミョウガがまだ採れます。まん丸に肥った良いのがとれたので、味噌焼きにしました。おいしいですよ、酒の肴にも、ご飯の供にも。味噌とみりんを3対1ぐらいにあわせて塗って焼くだけです。

 夕食は、いただきものの横浜崎陽軒の特別製のしゅうまいを説明書通りに蒸していただきました。わが家で、こういう有名店の既製品を食べることは極めて稀な出来事、食べるまでは興味津々なのですが、食べちゃえばそれまでです。大きな感動はありませんでした。

  で、しゅうまいだけじゃ寂しいので、豚肉と青梗菜のニンニク炒め、それとゼンフーズさんの肉餃子を使った餃子スープでした。ゼンフーズの餃子はいつも通りにおいしいです。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

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めぶくフェスが開かれているまちに、「駅家の木馬」も現れてた日曜日に、権之助塗りの角皿の使い初めでした

2018-10-15 07:06:34 | あんじゃあない毎日

山形の「長門屋」で買ってきた「権之助塗」の角皿を使い初めをしました。
盛ったのは、卵とほうれん草のふくさ焼き、柿の実の春菊和え、それと菊花の甘酢漬けです。
紅花の彫られた部分にも一度は盛ったのですが、やっぱ見えるようにしておきたくなって盛りなおした、昨日の夕食の前菜です。

 

ゑびす坂の途中の空き地を囲うナマコ板の囲いのペインティングが、ほぼ完成してました。昨日の昼過ぎのことです。土曜日から三人の若者が取り組んでました。「前橋めぶくフェス」のイベントの一つみたいです。

 ここは、以前「萬栄堂」という和菓子屋のあったところです。もうずいぶん前に店をたたんで、建物は取り壊され更地になっています。長いこと空き地のままなんです。
描かれたことでまちの風景が変わりました。

 「めぶくフェス」のワゴンショップは昨日も若者が集まってました。これはね、有機栽培の野菜やなんかを売っているショップです。子どもたちも一緒にお手伝いしているみたいです。

 

  「駅屋ノ木馬祭り」の隊列もやってきました。
「駅家」は「うまや」って読むんだそうです。アーティストの白川昌生さんのイマジネーションが生み出した新しい祭りです。太鼓の音が賑やかです。
あれ、旗を持って元気に歩いているのはクロダさんじゃないかな…

 

   朝はさ、「すみません、車を置かせてもらえますか?」って、顔見知りの人が訪ねてきたんです。
子ども公園に来たら、駐車場がいっぱいで車が止められないっていうんです。もちろん「どうぞ、どうぞ」なのですが、気になるので見に行きました。
旧二中の校庭の臨時駐車場もほぼいっぱい、子ども公園も児童館も親子連れや子どもたちでいっぱいでした。何をしているのかは分かりませんでしたけど、秋はイベントが多いのです。

 

区画整理の途中でできている空き地です。もうすっかりタネを飛ばしてしまったカゼクサの穂が風に揺れています。ワサワサと賑やかです。

 正幸寺脇の空き地は、一面セイタカアワダチソウの花盛り、こっちも賑やかです。

  隆興寺のクヌギの木の下にはどんぐりがいっぱい落ちていました。

みんながいろんなことして楽しんでいるのを眺め暮した秋の日曜日です。

 

昨日のお届は、アナゴ飯と野菜です。
アナゴは金曜日に下ごしらえして煮アナゴにしておいたのをかば焼きにしてご飯にのせました。
野菜は、柿と春菊の和えもの、菊花の甘酢漬け、レタス・キュウリ・ブナシメジ・ミニトマト・ラディッシュに梅風味のドレッシングです。漬物は小松菜の醤油漬けとしば漬けです。それと、卵とホウレンソウのふくさ焼きを詰めました。

   わが家の方は、お弁当に仕立てる必要はないので、こんな具合になります。
権之助塗の紅花の角皿、なかなか素敵です。でもさ、艶が出るまで使い込むって、どれ具tらいのことなのかな、生きてるうちに、お店で見せてもらったみたいな美しい艶が見られるように頑張って使わねばなのです。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

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「めぶくフェス」、「つまづく石の縁」なんかでまちは賑やか、で、郊外は秋色…

2018-10-14 07:24:35 | あんじゃあない毎日

昨日の前橋の中央通商店街です。凄い賑わいです。

  通りに並んだワゴンショップには若い人たちが群がってます。
売られている商品もいつもと違います。FOOD、KRAFT、ART、横文字が似合います。みんな楽しそう。
広場では音楽もやってます。

 これって、昨日と今日の二日間開催されている「前橋めぶくフェス」っていうんです。
今日までやってますから、ぜひお出かけくださいな。

 

まちのあちこちにいつもはないものがあります。アルファベットが書かれた青い看板が置かれています。

  中のぞくと、壁に何か貼られていて、床にも何かが並んでいます。これって、アーツ前橋がやっている現代美術の展示なんです。

 「つまづく石の縁」と名付けられたこの展示は、アーツ前橋がこれまでやってきた、アーティストを街に滞在して創作活動をやってもらう「アーティスト・イン・レジデンス」というのに参加した、国内外の10組のアーティストの作品をいろんな場所を使って展示してるんです。青い看板見っけたら覗いてください。面白いですよ。

 

まちがすごく賑わっているのですが、ちょいと、稲の刈りいれが始まっている南の公田町まで一走りだったんです。

   田んぼの畔で出会ったかわいい連中です。ツマグロヒョウモン、オンブバッタ、イヌタデの蜜を吸っているシジミチョウ、いいですね。

  通りがかった乗明院というお寺をのぞいたら、茶の花が咲き始めてました。

   寺を出たら、裏の通りの電線でスズメが一羽、懸命に鳴いてました。
立ち止まったら、甘い香りがします。見ると、キヅタの花が咲き始めていました。ハナアブやいろんな虫が香りに誘われて集まってきていました。

 

ぬで島町の温室の中では、シクラメンが咲き始めてます。そろそろ出荷期なんですね。

 

 という訳で、またまちへ戻りました。菜園の八つ頭です。

「遅くなりそうなの、うちで食べてけばってひろこさんが言ってくれてるんだけど…」、外が暗くなったころ、ユキ子さんから電話です。「戻れば、作ってあげるよ…」っていったら、暫くして帰ってきました。

  キャベツの芯のスープ、レタス、ラディッシュ、ミニトマトのサラダです。

  ジャガイモと春菊のソテー、豚ばら肉と春菊のスパゲティーです。急ぎ仕事の夕食になりました。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
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前橋で普通の暮らしに戻ってるのですが、周りはけっこう賑やかになってきています…

2018-10-13 06:50:31 | あんじゃあない毎日

山形から戻って、前橋で普通の暮らしをしているんです。何も特別なことはありません。
ちゃんと、呑竜仲店の「ヤギカフェ」へお昼も食べに行ってますし、「あおい食堂」でお酒も飲みましたし、「焙煎館」でコーヒー買ったり、「リバティー」へ紅茶の注文したり…
写真はさ、「ヤギカフェで食べた「ホウレンソウのグリーンカレーなんです。私は何も変わってないのに、ヤギカフェのカレーの盛り付けには、不在中に異変を起こしていました。

  そうなんです、不在中に前橋でいろんなことが起き、始まろうとしていたんです。そのせいで、ヤギカフェのカレーに異変がなんです。
ヤギカフェで起きている異変の背景が知りたい方は、ヤギカフェ日記10月8日ヤギカフェ日記10月11日をご覧になってください。とにかく、いろんなことに巻き込まれてしまっているみたいなんです。

 それでね、カレーの盛り付けの異変は、アーツ前橋で5日から開催されているこの展覧会に起因していたんです。「岡本太郎と今日の芸術」、アーツ前橋が開館5周年を祝って頑張った展覧会が始まったんです。岡本太郎の作品141点を彼の代表的著書「今日の芸術」をテーマに構成して展示しているらしいです。それとね、一緒の建物にある前橋シネマハウスで岡本がキャラクターデザインをした映画「宇宙人東京に現わる」や、大阪万博の「太陽の塔」のドキュメンタリーなんかの上映会もやるって話です。
それで、ヤギカフェは勝手協賛しちゃって、盛り付けに異変が、なんです。
そうそう、この展覧会は来年1月14日までなんだけど、10月中は入場料がタダだそうです。いいですね。

まあ、前橋でもいろいろあるんです。ヤギカフェ日記を読んでください。

 

前橋に戻ると家庭料理人にもすぐに復帰して、芋煮を煮ました。
私の芋煮は、父の故郷の福島流です。豚肉とキノコが入った味噌仕立て、おいしいですよ。秋ですから、芋煮なんです。

 この芋煮はいっぱい作ったんです。そいで、こんなお弁当と一緒にユキ子さんの両親とこへもお届けして、知り合い3軒にもお裾分けできました。前橋に戻ったよって、挨拶代わりだったんです。

 

昨日の朝の赤城山です。青い赤城山です。いいですね…、蔵王もいいけど、赤城もいいやいね。

  広瀬川は流水が止められたままです。
子ども公園脇の佐久間川との合流点では、梅花藻がまだ花を咲かせています。がんばってますね。

 わが家の萩もほとんどが押し卯毎になってしまいましたけど、この品種だけがまだ花をつけています。待っててくれたみたいです。

 そうそう、お見せするのを忘れてました。山形の長門屋で買ってきた権之助塗の角皿です。紅花が彫られています。少しくすんだ朱色に見えますけど、使い込んで行くと艶が出て、鮮やかな朱色になるって長門屋のご主人の話です。
気に入りました。最初に何を盛ろうか考えているんです。

 

  三河町の正幸寺の大公孫樹です。二本並んでいる奥の樹が雌木です。雌木の根方には熟れた銀杏がいっぱいです。

  岩神町の養田鮮魚店では、秋の感謝セールが始まってました。北海道から生シシャモです。今シーズンはじめての登場です。旬のカンパチも入荷してました。
カンパチ半身、アナゴ2本、生シシャモ10尾、それとスズキ1尾を買いました。右の写真はアナゴを下ごしらえしているところです。ちゃんとやってますよ。

わが家の塀には、「大酉祭」のポスターです。立川通りの蕎麦屋「大川屋」さんが届けてくれました。今年の一の酉は11月1日、すごく早いです。千代田町3丁目の熊野神社で開かれます。

 

  夕方の赤城山です。あちこちうろうろしてたら、あっという間に夕方でした。昨日のお届は、勘八の刺身、シシャモと菊花の天ぷら、それと、甘酢に漬けた菊花、春菊の浸し、でした。北西の強い風が吹き始めていました。まるで、冬の風みたいです。

 山形へ出かけてきてすぐに刺激されて漬物も作っています。
手前の皿、長いもの味噌漬け、小松菜の醤油漬け、帰るとすぐに漬けたんです。山形のつけものすごくおいしかったから、負けてはならじ、と意気込んでいるわけではないのです。私にできることやりたいな、なのです…

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

4月8日の第75回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

 

 

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山形の路地を巡りながら、目に留まった店々と、霞城猫たち…

2018-10-12 06:23:15 | あんじゃあない毎日

山形市七日町にある『御殿堰』と呼ばれる、10年ほど前に新しくつくられた路地の一角です。「あるものを活かし、ないものを創る」というコンセプトで古くからある水路や蔵を活かしながら、新しい町屋がつくられたんです。8年前、初めてこの町屋の姿を見ました。

  八つの店があります。茶舗、呉服屋、蕎麦屋、米沢紬の店、カフェ、そんなんに混ざって、フェラーリをデザインしたデザイナー奥山清行さんのショップもあります。
この町屋、『御殿堰』については、こちらをご覧ください
やっぱ、『創る』ってんが大事なんですね。

 

 山形のまちのあちこちに、昔からある建物を使っている店があります。伝統的な店構えやなんかをそのままに残しているのもあるし、いろいろ工夫して、改装して、今の暮らしに合うようにしてのもあります。
オニスラサバ缶で酒を飲んだ「大衆食堂ワンカップ」もその一つでした。
そんな、山形の素敵な店やなんかを少し見ていただきたいと思います。

  「ワンカップ」の道を隔てた向かいにある店です。
左は、「Caramel field」、雑貨屋さんみたいです。壁のペインティングがt楽しいです。
右は、漆器店「長門屋」です。立派な看板です。「朱蒔法」という技法を使った「権之鋤塗」を今に伝える山形県内唯一の店です。今回も、内使いに二つ分けていただいてきました。魅力ある漆器です。

  左は、「最上醤油醸造元」の看板が掛かる「丸十大屋」です。通りに面した店構え、小売りはしてないみたいです。路地を廻って裏手へ出たら、裏は今風の醸造工場でした。
右は、山形を代表する和菓子「乃し梅」を製造する「佐藤屋」本店です。小売りをしています。店の並びに住いと製菓工場が並んでいました。

蔵造りの建物もあります。「山形商事株式会社」という木製の看板が掛けられていました。何を商っている会社かは知りません。立派な蔵づくりです。

 向かいに「男山酒造」がありました。「男山」は山形の地酒です。
蔵の隣りは店、その向こうに醸造所の入り口がありました。トラックが入れる門です。

 

 <店の建もんばっかで、飽きちゃうよ。他のものも見せて!>、キキから注文が出ちゃいました。ちょいと横道にそれましょう。

実は、神社仏閣にもお邪魔したんです。これはその一つ、国分寺薬師堂です。天平13年(741年)、聖武天皇の勅命に基づいて創建されたと伝えられる古い寺院です。

 訪ねたときに、ちょうど護摩祈願が行われていました。信徒でもなんでもないのですが、お邪魔して隅っこで一緒させてもらっちゃいました。
真言が唱えられ、護摩壇に据えられた炉に護摩木が投げ込まれて炎が上がるのを眺めているのも良いものでした。

 

 <ごまとか何とかもつまんないよ。それよか猫に会わなかったの?>、中央駅近くの顔見知り猫です。
「うん、今回は、まちなかでは会わなかったけどさ…」
<何処だっていいよ、会ったんなら見せて!>
ということなので、山形猫に切り替えます。

霞城と呼ばれている山形城の堀です。土・日と祝日だけは堀で釣りをして良いことになっているのだそうです。釣りに興じている人の背後から、猫がじっと見つめています。

 飼い猫ではないようです。山形城址は「霞城公園」として利用されています。そこに住みついている猫のようです。

  あれ、釣りしているオッチャンのすぐ後ろにももう一匹、キジトラが寝そべってました。面白い風景です。

  山形城址の堀とその中で復元されている本丸跡です。立派な城跡です。でも、城よか猫探し…

  いますね、霞城猫です。城跡で暮らしている猫たちなんです。

何を見てんかな…。山形で出会った猫たちでした。

 

  で、話を戻します。店めぐりは意図的にしていたわけではありません。山形のまちは路地がたくさんある町です。そんな路地を通り抜けて、目的地にたどり着く間に目に留まった建物を撮ってただけです。建物だけではありません、ミルクボックスも撮りました。

  「松屋質店」です。質屋さんです。質屋さんて、今でも「十一」なのかな、50年ぐらい前に一度利用したことがあります。
市村本店」という陶磁器屋です。なかなか良い品物が並んでいましたよ。見物だけ…

  これは、「丸太 中村」って看板がかかっています。「まるた なかむら」って読むみたいです。引き戸のガラスには、「近江屋」の文字。創業安政5年の食品材料の卸問屋だそうです。HPはコチラです
すぐ続いている隣りは寝具店「のむらや」です。こっちは、こてこてにいろいろ貼りだしていて面白いです。

 そいで、こちらは店名不詳、パン屋みたいです。

路地を抜けて通りに出ると、店があります。鉄筋コンクリート造りのも、鉄骨造のももちろんあります。でも、木造や蔵造りの店もあるんです。そのバラエティーが山形のまちの楽しさをつくり出しているみたいです。
覗きや空き巣狙いに間違われないように気を遣いながら歩いた路地のまち山形の風景です。

 

駅のすぐ脇に新しくできた建物の24階の展望ロビーから見た山形のまちとその向こうの蔵王連峰です。
なんとなく、赤城山を背にした前橋のまちの風景に似てる気がしませんか…

山形へ行ってきました。それだけです。

 

 <山形の話はこれでおしまいにさせます。
「引っ越したくなったの?」って聞いたらさ、「うん」だって。困ったもんだいね…。
明日から、いつも通りの普通の記事を欠かせますからお許しください…>

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

4月8日の第75回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

 

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「霊剋る我が命」と31歳で見切った茂吉のふるさと金瓶村を、また訪ねてきました…

2018-10-11 06:24:52 | あんじゃあない毎日

斎藤茂吉が生まれた旧金瓶村(現:上山市金瓶)の集落の路地です。茂吉の墓を訪ねたんです。

  ふるさとの蔵の白かべに
  鳴きそめし蝉も身に沁む晩夏のひかり

金瓶は蔵のある家がたくさんあります。茂吉の生家の蔵は漆喰が塗られた白壁でした。でも、金瓶の蔵の多くは漆喰が塗られていない土色の土蔵でした。で、記念撮影。

 

  羽越線のかみのやま温泉駅の次に無人の「茂吉記念館前」という殺風景な駅があります。そこから、桜並木の坂道を登ると「斎藤茂吉記念館」があります。金瓶村を訪ねる起点です。
記念館には茂吉の歌碑が二つあります。
一つには、トンボたちが羽を休めていました。

  ゆふされば大根の葉にふるしぐれ
  いたく寂しく降りにけるかも

  あしびきのやまこがらしの行く寒さ
  鴉のこゑはいよよ遠しも

蔵王連峰が眺められる記念館を拝見してから、金瓶村へ向かいました。茂吉の碑が立つ熊野岳は雲の中でした。

  熟れた実で枝が折れてしまいそうな柿の木があちこちにある坂道を下り行きます。崖の木立の切れ目から下の集落が見えています。湯坂という名の集落、その向こうを流れる須川の対岸に金瓶村はあります。

  坂を下りきると葡萄畑のある農道に出ました。
まだ紫のブドウの房がいっぱい、これから収穫期のようです。スチューベンかな、それともワイン用の赤ブドウかな…

  田んぼ道を過ぎて、羽越線をくぐり抜けると金瓶村に続く橋に出ます。

  をさなくて見しごと峯のとがりおる
  三吉山は見れども飽かず

茂吉もこの橋の上から三吉山を眺めていたんだと思います。須川の石ころは赤く染まってます。鉄分を含む水が流れているみたいです。

 

   村の入り口に茂吉の墓がある法泉寺があります。幼少時代の茂吉はこの寺の住職から学び、終生の師としたみたいです。

  白萩は法泉寺の庭に咲き乱れ
  餓鬼に施すけふ早やも過ぎ

本堂脇の白萩は、盛りを過ぎていました。

  茂吉の墓です。
脇にイチイの木が植えられています。別名「アララギ」、茂吉や伊藤左千夫など正岡子規の指導を受けた歌人たちが集まって1909年(明治42年)に創刊された歌誌のタイトルになった木なんです。
真っ赤な実がなってました。これって、果肉だけは食べられるんです。一粒頂きました。

  のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて
  足乳根の母は死にたもうなり

1913年(大正2年)、茂吉は実母の守谷いくをこの地で見送ったんです。
茂吉は、東京の斎藤家に婿入りしていたのですが、母の看病のために帰郷し、この地で看取ったんです。

   法泉寺の隣りには、幼少の茂吉が学んだ学校の建物が残っています。その隣に、茂吉の生家「守谷家」があります。

 

土蔵と生け垣の路地です。少年時代と、母の看病をしていた時の茂吉が通った道です。
美しい道です。

  赤い実がなっています。ウメモドキかな…
シオンの花です。

  金瓶の路地を廻っていました。人に会うことはありませんでした。また赤い実です。ガマズミみたいです。

8年3か月前、この地を訪ねたのは、茂吉の生涯は70歳9ヶ月、もし同じならば、同じでいたいのであれば、残された時は5年と8か月だったんです。茂吉が大事なものを得、大事な人を失った地で、「失う」ことの意味を考えたかったんです。
私は70年9ヶ月を越えちゃいました。まだ生きてます。でも、大事なものを失いました。
まだ何もわかっていないのです。酒を飲み、笑い飛ばして生きてます。

 

  柿の実がいっぱいです。
どの道の先にも、人の暮らしがあるみたいです。ここは、金瓶村です。冬には、雪に埋もれてしまうんですね。

   すでにして蔵王の山の真白きを
   心だらひにふりさけむとす

集落から抜け出すと、蔵王連峰が見えていました。真っ青でした。

 茂吉が母の亡骸を荼毘に付した火葬場の後は金瓶の田んぼのど真ん中にありました。

  灰のなかにははをひろへり朝日子の
  のぼるがなかにははをひろへり

8年前、ここに案内してくれた老人のことを思い出しました。元気でいるのかな…

 

  火葬場脇の田んぼでイナゴに会いあました。

  駅への帰り、道端の田んぼの稲穂の間から目いっぱい背伸びしたミゾソバの花を見ました。畔脇にもたくさんのミゾソバでした。

 

  「茂吉記念館前」駅の入り口の畑、洋梨みたいです。
青い実がたくさんぶる下がっていました。

  あかあかと一本の道通りたり
  霊剋る我が命なりけり

「大正二年の秋の一日代々木の原を見わたすと、遠く一ぽんの道が見えてゐる。赤い太陽が団々として転がると、一ぽん道を照りつけた。僕らは彼の一ぽん道を歩まねばならぬ。貫通せる一本の道が所詮自分の『生命』そのものである」。母を見送った年に茂吉が詠った歌、その自注です。
覚悟がようなんだなって思います。
「霊剋る」は「たまきわる」、語義は不確かみたいだけど、「霊極まる」、「命が終わる」って意味だっていう人が多いのです。

大正2年というと、茂吉はまだ31歳、凄いな、その若さで、「我が命」を見切る覚悟をしてたんですね。

美しい東北の村の風景の中で感じていたのは、茂吉の心の強さでした。

 <うん、8年前よかちょっとは善くなったかなってとこだいね。
「あんじゃあない」なんていってる間はさ、「霊剋る」はなかなか遠いみたいだいね…>

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

4月8日の第75回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

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新米「雪若丸」、ぺちょら漬け、アケビの天ぷら、オニスラサバ缶、お供は山形の銘酒…

2018-10-10 06:37:40 | あんじゃあない毎日

山形の新米の炊きたてのご飯です。
雪若丸』という名の、山形生まれの新品種、粒立ちがとってもしっかりしているおいしいご飯です。
山形駅近くの居酒屋さん『くる味』のおかみさんが炊いてくれました。
今度の旅で食べて一番おいしかったんが、このご飯でした。
この秋から、山形が総力を挙げて本格販売を開始した新しい品種の新米なんです。

 酒は、村山の『朝日鷹』をいただいてました。つまみの漬物、ナスの「ぺちょら漬」です。
ナスを水に漬けて色抜きした後、塩と唐辛子で本漬けした不思議な茄子の漬物です。「ぺちょら」とは、山形弁の「ぺそら」から来た名前らしいのですが、「ぺそら」は「しなびた」とか「味もそっけもない」とかいうような意味の本来はあんまし良いイメージの言葉ではないということです。それが、この漬物おかげで、おいしいイメージに代ったっていう不思議な言葉なんですね。
ほんと、辛くて、少し酸味もあって、すごくおいしいんです。山形風に言えば「カレ スカイ ショッペ」なのであります。山形でなくては出会えない味です。すごくいいです。

  「くる味」のおかみさんには8年3ヶ月前、「ワラビの味噌たたき」の作り方を教えてもらったんです。そいでね、当時朝日新聞群馬県版に連載していた「ヒゲおじさん厨房に入る」の原稿にしたんですが、受け取った後で「紙面都合で掲載できません」って言ってきたんです。それで、、私家版で、「山形は三菜の盛り、群馬はもう夏野菜」を作って、ブログにアップして、関係者にお配りしたんです。
「くる味」さんの壁には、その私家版「ヒゲおじさん厨房に入る」が飾られてました。
ほんと、うれしいかったです。なによりも、ありがとうございます。
ずっと飾っておいてくれたんです。山形に来て良かった…

 

  これは、蕎麦屋の『庄司屋』の卵焼きとさらしなの盛りです。
名門蕎麦屋の卵焼きは美味しいです。蕎麦もいいですね。
この盛りそば、決して大盛りではありません、普通盛りです。山形の蕎麦屋さんは、こちらと違ってソバの盛りがとても良いのです。前に来たときに、大盛り頼んで驚いたんです。

 

 こちらは、斎藤茂吉記念館(上山市)前の蕎麦屋『福蔵』のラーメンとゲソ天です。
『福蔵』はちゃんとした手打ちそばを出す蕎麦屋で、週刊誌にも登場している店なんですが、山形では、中華そば(ラーメン)はそば屋で食べるものって感覚なんです。だから、ゲソ(マイカの足)の天ぷらを一緒に注文するのも山形では普通のことです。ちゃんと、抹茶塩が付いてくるからすごいですね。
でもね、不思議があるんです。山形の蕎麦屋ではゲソ天は食べることができても、イカ天は食べられないのです。アシしかないんです。「イカの胴はとこ行ったんだ〜?」って叫んでも、お返事はありません。

そして、今回の旅で二番目に美味だったのがこれ、前橋では決して食べられません。見て分かる人がいれば「偉い!」ってほめちゃいます。
アケビのてんぷらです。アケビと言っても、皮の部分だけです。ほろ苦くておいしいのです。
山形ではね、アケビの中身だけ食べて皮を捨てたりしたら、「サルだ!」ってんで人扱いしてもらえないことになるかもしれません。
天ぷらもおいしいけど、皮の内側に味噌を塗って焼いたアケビの皮もすごい素敵です。お試し下さいな。

 八百屋でも店の一番前にアケビが並んでいます。
ここは山形です。山形なんです。

 

そいで、じゃジャーンの第3位! 「オニスラサバ缶」です。
皿の上には缶のままの水煮のサバです。これ、ちゃんと温めてあります。その上にいっぱいのオニオンスライス、トッピングは青ネギと少しのマヨネーズです。
サバ缶は山形市民のソールフード、サバ缶消費量全国一位は山形市なんです。すごいです、居酒屋さんで、こういうつまみが出てくるんです。
初めて山形出身の人にごちそうになったサバ缶料理は、冷麦の汁にドバっとサバ缶のサバの身と煮汁を入れてもらったのでした。けっこうな、カルチャーショックだったのを覚えています。

 これにありついたのは「大衆食堂 ワンカップ」です。看板のロゴマーク見てください、一の字と枡の形を組み合わせて「ワンカップ」おしゃれです。

  漬物も、しっかり山形です。山形青菜(セイサイ)、ペチョラ漬け、赤カブとキュウリのモミ漬け、それとたくあんです。おいしいです。漬物の山形です。
飲んだ酒は天童の「六根浄」です。いい酒です。

 これは蕎麦屋「三津屋」のニシンと蕎麦味噌です。蕎麦屋は飲み処、酒の肴なんです。
こんな具合で、山形旨いもの放浪記してたんです。

 

最後の夜だけは、豪華版を決め込んで、かみのやま温泉の『橋本屋』さんで、会席料理いただきました。
風呂から眺める蔵王連峰です。一番高い地蔵岳山頂には上山が産んだ斎藤茂吉の歌碑があるんです。茂吉自らが、歌碑の建立に関わった唯一のものと聞いています。

  陸奥をふたわけざまに聳えたまふ
  蔵王の山の雲の中にたつ

茂吉は蔵王を眺めなて育ったんです。

 その蔵王の見える橋本屋の会席料理の前菜です。

   山形と言えば「牛肉」というイメージになっています。でも、高価なものですから、意を決して食べることになります。
左から、「蔵王牛のローストビーフ」、「山形牛のステーキ」、そして「米沢牛のタンの煮込み」です。このほかに、「山形牛のしゃぶしゃぶもありました。豪華絢爛牛肉料理ですが、中でも、米沢牛のタンの煮込みがおいしかったです。好みの問題ですけど。

 お部屋への持ち帰りは、焼きおむすびと高畠の後藤酒造の大吟醸です。
この酒も良かったです。

 

 <という訳で、おヒゲ無事に帰ってきました。
そうなんです、8年3か月ぶりに山形を訪ねてたんだそうです。
楽しかったみたいです。まずは、食べてきたものを報告です>

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の吉啓、二代目吉駒と昭和12年から続けてまいりました美登利会を引き継がせていただきました。
二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、よろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

4月8日の第75回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

「正月な男で良い」って、もともと正月な男なんです、変わりないってことです。

 

 

 

 

 

 

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