猫のキキとヒゲおじさんのあんじゃあない毎日

『あんじゃあない』って、心配ない、大丈夫っていう群馬の言葉、いい歳こいたキキとおヒゲのどうってことない前橋の暮らしです

キキの薬をもらいに行ったら、「間もなく2年だね…」って、狩野動物病院の院長さんが…

2017-10-15 05:28:04 | あんじゃあない毎日

朝食を食べたキキは、お気に入りの椅子の上で昼寝をはじめています。推定年齢19歳9ヶ月、人間年齢に換算すると95歳です。
私は、狩野動物病院へキキが服用しているコバルジンという薬をもらいに出かけました。キキは『腎不全』なんです。コバルジンは、活性炭製剤、クレアチニンやインドールなどの尿毒症の原因物質が血液中に吸収される前に、腸管内で吸着して尿毒症の原因物質を減らして、腎不全時の尿毒症を予防する薬なんです。
毎日、朝夕の食餌とともに服用していないと、尿毒症を引き起こしてしまうことになるんです。

狩野動物病院は利根川を渡った西側、大渡町にあります。利根川は上流のダムが貯水期を迎えているので流れている水量がずい分少なくなっています。

「間もなく2年だね、キキは驚異的頑張りだなぁ~」、院長の狩野先生が笑顔でキキを褒めてくれます。
「ちゃんと食べられてますか?」
「はい、夏場は拒食することがあって心配しましたけど、涼しくなって来たのでちゃんと食べてくれています」
「夏場は、どうしても弱いんですよね…」
「なんとか夏を乗り切れましたから、まだ頑張れます…」
「良い子で頑張るように言ってください…」、コバルジン30包をいただきました。

 夏場は流水の下に隠れていた大きな石も顔を出しています。

若い猫が急性の腎臓病から腎不全になるとあまり長く生き続けることは難しいという話は聞きますが、10歳を越えた高齢猫が慢性の腎不全になった場合は、適正な対応さえすれば、結構生き続けることができるみたいです。「俗説」では、10歳を越える猫の場合、きちんと飼育管理していれば1年くらいは大丈夫って言われてるみたいです。
でも、狩野先生は「キキの余命は〇〇ですよ」などとは決して言わないです。というのは、この病気の進行には結構個体差があるらしいのと、治療法もたくさん開発されているからなんです。

コバルジンという薬も日本で開発された薬なんです。療養食もいろいろあります。獣医師の指導に従って、希望を捨てないで暮らし続けることが大事みたいです。

 薬を採りに行く途中、鳥山海苔店の前を通ったら、「大感謝祭」って幟が立ってて、おかみさんが開店準備をしてました。
「なんですか、大感謝祭って…」
「創業祝いですよ、干し椎茸でもいかが?」
「創業って、もう何年になるんですか?」
「あたしが2歳の時に開店したんですから、71年になるんですよ」
「そうか、おゆきさんは73歳になったんですね…」
「最近太っちゃって困ってるんですよ…」、だそうです。

鳥山海苔店は、本場の江戸前ちばのりを店の奥で一枚一枚丁寧に焼き上げて販売してるんです。おかみさんは別として、息子の店長さんはすごくスマートで格好いいですよ。

まちには、熊野神社で開かれる大酉祭のポスターが貼り出されていました。年の瀬が近づいてきています。

 

  家に戻ると、伯母さんのところへ柿が届いてました。糸駒のお弟子さんが庭で実ったのを届けてくれたということです。御線香をあげに来てくださる方が絶えないのはとてもうれしいことです。
昨日の朝進ぜたお惣菜は、金時草のポン酢和えでした。

 

 家で雑事の処理をしてたら飽きてしまいました。で、用足しついでにまちへ出て、ヤギカフェでしばらくお喋りしてました。
不思議と良いい息抜きになるんです。

 

   夕食はベーコンづくしになりました。いただいたベーコンの賞味期限が過ぎちゃったんです。
ベーコンと白菜のスープです。キュウリとカブとトマトのサラダにはベーコンのドレッシングです。そして、ライスグラタンにはベーコンとキノコ、それと、モッツアレラチーズです。

 夕食後、キキが夜食をねだりに来ました。ユキ子さんからもらったみたいです。
キキの余命は考えないことにしています。お迎えが来るまでは生きていられるんですから、あんじゃあないんですよね。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の二代目吉駒の下で修業して参りました。
初代吉駒が始めた美登利会は、来春で75回目の節目を迎えます。予定通り、4月8日に開催いたします。
亡くなりました二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、これからも引き続きよろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

今春の第74回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

 

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タケウチ理容店で教った星の湯の跡地でフルーツ牛乳の味を思い出して…

2017-10-13 06:05:28 | あんじゃあない毎日

糸駒が自宅の稽古場を再開しました。玄関先の水鉢の花は庭で乱雑に咲いているホトトギスを切ってきて挿したみたいです。

 伯母さんが逝ってから2週間が経ちました。まだ、何も片付いていません。慌てることはないと思います。ゆっくりと、一つずつ片づけてくしかないみたいです。
四十九日の法要は11月5日に執り行うこととなりました。
水鉢の脇のテイカカズラの葉が紅葉していました。

  昨日、伯母さんへ進ぜた惣菜は生椎茸の含め煮です。そういえば、11日のを掲載し忘れてました。大根の煮ものでした。
盛花をもってお参りしてくださった方がいて、またお花が増えました。「もう少ししっかりお水をあげてくださいね」って、花こうのおかみさんに言われたっものですから、昨日から教えられた分量の水を盛花にあげています。

 

散髪してもらおうとタケウチ理容店へ出かけたら、予約が入っていて昼過ぎでないとできないって言われちゃいました。出直すことにして、タケウチの脇の路地を見物させてもらいました。この路地は通り抜けできない袋小路です。奥の方はヒトの暮らしがあるのですが、中ほどは暮らしを失ってしまっています。

 去年出来た空き地です。家が取り壊された後に好き勝手に草が生えています。

   ヨウシュヤマゴボウの毒々しい実が熟れてます。見るからに堅そうなヘクソカズラの実です。こうなると、あの独特の匂いがしなくなるので、茶花に使われたり、リースの材料になったりするみたいですね。
それから、人の背丈よか高く伸びているのはアメリカセンダングサですね。

空き地の向かいは去年までは菜園として使われてました。今年は耕作する人がいなくなったのかな…
一面のカタバミです。カタバミの群落が出来ちゃってました。

 で、糸駒と一緒に昼食をしました。
っ卵チャーハンに白菜いっぱいの餡かけです。
「さっきのぞいた時ね、チャーハンとスー^プかなって思ったんだけど…」
「器が一つですむように、一緒にしちゃったよ…」
あんまし面白くない話ですけど、白菜がおいしくなってきたのは間違いありません。

 

 で、午後1時過ぎタケウチ理容店に出直して、水槽のランチュウにあいさつして、散髪してもらうことができました。

 「ねえ、城四にもさ銭湯あったいね…」
「ありましたよ、ホシノユってのが…」
「夜空の星のホシ?」
「そう、その星の湯…」
「どのあたりだったっけ?」
「そこの信号を左に行って、桃の井橋に向かってくと信号があるでしょ、その手前、今駐車場になってるとこにあったんですよ」
「ああ、米屋のあった前あたりね…」
「そう、泉屋さんも閉めちゃいましたけどね…」
散髪してもらいながら聞いた話の場所へ寄って、風呂上りに飲んだフルーツ牛乳の味を思い出しながら、まちに用足しへ行きました。

 

広瀬川の遊歩道のカツラの木もずいぶん黄色くなりました。

 シオンの花が満開、きれいです。

 弁天さまにお参りに寄った大蓮寺の山門に、弁天寄席のポスターが貼り出されてました。間もなく秋も行っちゃいそうです。

 

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の二代目吉駒の下で修業して参りました。
初代吉駒が始めた美登利会は、来春で75回目の節目を迎えます。予定通り、4月8日に開催いたします。
初代と二代目の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、これからも引き続きよろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

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キキにすすめられて気分転換、佐久間川のミゾソバ、前橋に現存する三軒の銭湯…

2017-10-12 06:57:21 | あんじゃあない毎日

昨日は、糸駒が上京するとすぐにキキの食餌の買い出しと、野菜の調達をすませて、あとは留守番をしながら伯母さんの葬儀に寄せられたご好意への返礼の準備作業をしていました。でもね、なんとなく行き詰っちゃって…

 それを見てたキキがさ、<毎日同じことやってるから、いろいろ考えて気重になってしまってるのよ、ちょいと気分転換しといで…>って言ってくれたんです。
それで、青井食堂へお昼を食べに出かけたら、店の壁に貼られたポスターの上にモンシロチョウが飛んできてとまったんです。それが、はじめの写真です。

 

それから、佐久間川を見に行ったんです。才川通りの佐久間橋の上流です。川岸の堆積土砂や石積の間で暮らしているミゾソバが花を咲かせてました。秋の水辺の花です。

  

川沿いの道を上流に向かうと、あっちにもこっちにもミゾソバの花です。
「なんの写真撮っているんですか?」、知らない女性から声をかけられました。
「ミゾソバの花です」
「どれ?」
「川岸に茂っている草に小さな花がいっぱい咲いてるでしょう、あれがミゾソバです…」
「お好きなんですね、あたしなんか関心ないから気づきもしない…」

 「手前のはなんていうんですか? 種が服にくっつくんですよね…」
「それは、たぶんコセンダングサ…、『ひっつき虫』っていうんですよね…」
「ひっつき虫ですか…、こっちの黄色いのは?」
「それはクサノオウ…」

佐久間川は秋の花盛りでした。来てよかった…

ついでなんで国領町の『野口組』の事務所に寄ったんです。「猫、見に来ました!」って。
「ごめんなさい、今お出かけ中で、その辺、三匹して歩いてないかしら…」
待っていたら、一匹だけちょいと戻ってきて、またお向かいの家に遊びに行っちゃいました。

で、思い出したんです。出がけにキキに言われたことを。<昨日の7回目の「前橋の路地」でさ、今もやっている銭湯の名前が三つ出て来てたでしょう、写真撮ってきて見せて、萩の湯懐かしいから…>

 

  昭和町2丁目の萩の湯です。三中の角を群大病院の方へ向かう途中にあります。
今の家に越してくる前は、この戦闘のすぐ近くで暮らしてたんです。キキが私と一緒に暮らすようになったのもこのまちでの出来事、キキが私からお散歩の特訓を受けていたのもすぐ近くの路地だったんです。
息子たちとも一緒に入りに行ってた銭湯です。

  中央総合病院前の通りを刑務所の方へ向かっていくと、利根の湯があります。紅雲町一丁目です。
昔、中央総合病院の一泊二日の人間ドックを受診すると、この銭湯の入浴券が配られました。それで入ったことがあるんです。風呂から戻ると、当時の院長が、「よっ! ビール飲み行こう、一本なら明日の検査に影響でないから…」って誘いに来たんです。ほんとうです。

  そして、こちらは国道50号線に面している朝日町三丁目の松の湯です。釜場の脇を端気川が流れてます。

 国道の向かい側から写真を撮っていると、ひっきりなしに車が走って行きます。この銭湯は、元旦の実業団駅伝のテレビ中継で必ず映る銭湯です。毎年、元旦だけ全国区になるんです。

ほら、ちゃんとお客さんが入って行きます。前橋に現存する銭湯は三軒なのです。

 

 糸駒が、思いのほか早くに帰ってきました。それなので、一緒に『いわまる』へ出かけました。写真は刺身で酒を飲んだあと、「おまかせで一盛りください」って注文した盛り込みの寿司です。おいしかったです。

帰り道、桃井橋まで来たら、中央前橋駅から西桐生行の電車が出発して行きました。
伯母さんが逝ってしまってちょうど二週間経ちました。

 

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昨日の写真を全部消しちゃった叫び声聞いて、キキは闘病生活23ヶ月目に入りました

2017-10-10 06:11:34 | あんじゃあない毎日

<今朝のことなんです。居間の椅子の上で寝てたらさ、隣りでパソコン操作しているおヒゲが「あッ!」って叫んだんです>

 <どうしたのって声かけたらさ、「参った、昨日撮った写真全部消しちゃったよ」だって。パソコンの上でだったら良かったのに、デジカメの操作ミスだったみたい、あれあれなんですよ。昨日の夕方ちょっとの間見て採ってきた前橋の路地シリーズに使う写真もなくしてしまったみたいなんですよ>

キキを起こしちゃいました。今日は10日ですから、『腎不全』の宣告を受けて闘病生活に入って23ヶ月目に入った初日なんです。キキは、よく頑張ってます。

 <伯母さんが亡くなったのが9月27日だったでしょ、ちょうど2週間たったんです。お葬式がすむまでの1週間は、おヒゲもいろいろあって忙しくしてたんだけど、そのあとはね、ずっとお留守番でしょ、変化のない暮らしになってさ、やっと疲れが出て来たみたいなんです。>

 <「吉駒の舞台を楽しみにしていた皆さんに、もう一度でもよいから舞姿を見てほしかったな…」なんて言ってるんです。そんなこと嘆いてるよかさ、お花がだいぶ痛んできているから、花こうのおかみさんに頼んできれいにしてもらった方がいいと思うんだけどさ…、「今日お願いしてくるよ」だって>

 <という訳で、昨日撮った写真がないんで、今日はこれだけね。昨日、おばさんへ進ぜたお惣菜はさ、胡桃の飴炊きだったんですよ。今日は何かな…>

留守番してて、きょう告示される衆議院選挙関係の報道番組を聴きながら、データ整理をしてたんですけど、「なんか、ちっともよく分からないな…」というのが感想です。
その原因は、やっぱ、希望の党とかいう急ごしらえの政党が、消費税問題も含むマクロな経済政策や、どんな政府をつくるのかという政権構想をちゃんと用意していないことが問題なのだと思います。他人のやっていることを批判する場合は、代案を用意していないといけないはずなのですが、用意できてないようです。困ったものです。「勝ったら考える」が許されるのは競馬の賞金の使い道ぐらいだと思います。

 

 

 

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糸駒は東京の稽古場へ、キキと留守番してたら城四まつりの山車が来た…

2017-10-09 07:06:19 | あんじゃあない毎日

わが家の萩もそろそろおしまいになりそうです。
糸駒は東京の稽古場へ出かけて行きました。私は、キキと留守番です。

  冷蔵庫の食材が心細くなってきてたんで、早めにJAファーマーズへ買い出しに行きました。家の東の広瀬川に架かる新東橋、去年の春先からかけかい工事をしてきているのですけど、ようやく橋げたが乗っかったみたいです。先週の中ごろに、大型クレーンが来ていて桁のせの作業をしていたんです。あと2ヶ月ちょっとで通れるようになるんだと思います。

強い日差しに広瀬川の水がキラキラ光ってます。気温もずんずんあがってきていました。

葬儀の後も、伯母さんに会いに来る皆さんが毎日いらっしゃるものですから、家を閉めて出かけることができません。昨日も、この外出をのぞいて、ずっと家で留守番してたんです。

 

 午後になって、囃子の音が近づいてきました。そんな時に限って電話がかかってきちゃって、外に出たらもう家の前まで山車が来てしまっていました。

  慌てて皆さんにご挨拶して、お迎えです。昼の山車は夜の山車と雰囲気が違います。なんか、のんびりした感じなんですね。舵取りの新井さんがマイクで何か言っているのですけど、何言ってるのかな、よく分かりませんでした。

家の前を過ぎると、山車は以前は鯉池だったところにできた新しい住宅地を一回りです。

 老人会の皆さんが幣束で道を清めて先導しています。

曳き子に曳かれた山車がゆっくりと姿を見せます。お母さんに抱かれている赤ちゃんは、自治会の副会長のお孫さんです。この子も何年かすると山車の上でお囃子やってるんだと思います。

  城四まつりの山車は、前橋まつりの山車巡航には参加していません。町内の路地をくまなく巡って、このまちで暮らす皆さんの健康と安穏を祈願します。
もともと、前橋まつりのもとは「前橋城下の祇園祭」のようです。夏のお祭りでした。
私が子ども時代を過ごした旧清王寺町(現日吉町)では、祇園祭はありませんでした。中心市街地の限られた町内のお祭りだったんです。それなので、旧横山町の田代履物店の子どもになりすまして、横山町の山車を曳いていました。
周辺の町内は、中心市街地の祇園祭とは別に、それぞれのお社の例祭を、それぞれの時期にしてたんです。
いつからか、秋の商工祭と一緒になっちゃって、秋祭りになったんです。たぶん、小石神社が郊外に移ってしまったころからではないのかな…

   山車は、上毛電鉄の踏切を越えて、旧二中の角を曲がって行きました。

 祭りが終わると、城東町4丁目はまた静かな町内に戻ります。
実はね、伯母さんの部屋の北の窓開けといたんです。もしかしたら山車が見えるかな、お囃子が聞こえるかなって…

 

 糸駒が東京の稽古場から帰ってきたのは8時半ごろでした。土産は「谷中せんべい」と「中野屋」のアサリの佃煮、稽古場が千駄木にあるものですから。若いころ、1年半ほど谷中で暮らしていた私が懐かしんで喜ぶと思って買ってきてくれたみたいです。

   夕食はサラダとソレント風のカネロ二にしました。サラダはこれで一人前、レタス、そうめんカボチャ、ブロッコリー、ラディッシュ、庭で採れたトマト、マナティーさんにいただいた伊予産の「塩ミカン」を使ったドレッシングでいただきました。
カネロには、リコッタチーズをつくるのがめんどくさかったんで、市販のカッテージチーズで代用したんですけど、おいしくできました。
伯母さんには食べてもらえなかったチーズを使った料理です。

 

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家であれこれしてたら日が暮れて、城四まつりの山車が子ども囃子を載せて巡ってきました…

2017-10-08 06:03:09 | あんじゃあない毎日

昨日から前橋まつりがはじまりました。私が暮らす城東町4丁目も前橋まつりに協賛して「城四まつり」をします。一毛町稲荷の祭礼に始まって、諏訪若御子神社から城東町の5丁の山車の合同巡航、それから町内を山車がくまなく巡ります。日が暮れても…
毎年、お手伝いをしているのですが、今年は失礼せざるを得なくなっちゃいました。

 

 伯母さんには里芋の煮ころがしを進ぜました。
ユキ子さんは昨日から仕事を再開しました。で、NHK前橋文化センターのカルチャー教室「日本舞踊 素踊り入門」の講師をしに出かけて行きました。
今日からは、東京の稽古場へ出かけることになっています。伯母さんがしていた仕事を引き継がなくてはならないので、ユキ子さんは忙しなんです。

 キキはといえば、数日前から掛け布団を羽毛布団に替えたので、布団に顔をうずめて昼寝三昧です。

こちとらの忙しさとは無関係です。気持ちよさそう、いいな…、なんです。
私は、ユキ子さんがNHKへ出かける前に、大蓮寺まで、3日の弁天さまの例日にお参りできなかったので、遅ればせの代参をして、それからもう一軒用足し…

 いつもはケージの中で暮らしている顔見知りの猫が、紐をつけてもらって庭で遊んでいるのに会いました。ごろごろが気持ちよさそうです。

 昼過ぎにユキ子さんが戻ってきたので、タラコと細ネギとゴーダチーズのソースで和えたスパゲッティーを作りました。涼しくなってきて、ようやく地場産のレタスがおいしくなったんで、レタスをいっぱい敷いて…
あとは、留守居役です。伯母さんに会いに来てくださったお客さまのお相手したり、郵便物や宅配便を受け取ったり、通夜・葬儀のデータの整理をしたり…、、その間、ユキ子さんはあれこれあって、家を出たり入ったり…

 そんなしてたら、すぐに夕暮れが来ちゃいました。

 

 暗くなった6時過ぎ、おはやしの音が近づいてきました。外に出て見ると、私の家のある路地へ山車が入ってきました。毎年のことなのですが、町内巡航のおしまいにわが家の前を通るんです。

  ご近所の皆さんも通りに出て山車を迎えます。いいな…

お囃子の締め太鼓と鐘を叩いているのは一番小さい子のチームみたいです。笛は中学生。決してきれいにそろってはいないけれど、一生懸命なんが良いですね…
このお囃子がね、私たちに健康と安穏を運んでくれるんです。

山車は、わが家の前を過ぎると上毛電鉄の踏切にかかります。電車をやり過ごして、安全を確認してから踏切を越えて行くので、ここでちょっぴりお休みなんです。
日が暮れて、暗くなると、灯りをたくさん付けた山車はことのほかきれいに見えます。

  そいで、お囃子もおチビさんから小学校高学年のチームにバトンタッチして、みごとに揃ったお囃子を鳴り響かせて踏切を渡って行きました。

 

 夜、長男が立ち寄ってくれました。で、一緒に夕食なんですが、買い出ししてないですからありあわせなんです。サラダは、レタス、ニンジン、春雨、それに庭で採れたトマトです。それと、チャーハン、冷凍しといたトウモロコシと、カブの葉、庭のミョウガ入りの玉子チャーハンです。

  スープは、いただき物のホワイト餃子入りのニンジンのスープ、それと、ゼンフーズの「かかあのギョウザ」を揚げて、トマト入りの甘酢あんをかけたあ揚げぎょうざです。このぎょうざもさ、忙しいでしょうって差し入れてもらったんです。

今日から4日間、ユキ子さんは東京通いです。「泊まらないで、日帰りで通うよ」だって。こっちでやんなくちゃいけないこともあるみたいです。夕食作ってあげましょう…

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
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あいさつ回りをしながら、伯母さんがなくなった日につくってた惣菜のことを思い出してました…

2017-10-06 06:00:42 | あんじゃあない毎日

だいぶ涼しくなってきました。キキは、お気に入りの椅子の上で丸くなっている時間が長くなっています。
昨日から、ユキ子さんと私は葬儀のあとにやらなくてはいけないことに取り組み始めています。キキはお留守番、独りでいる時間が続いていてかわいそうなんですけど、分かってくれてるみたいで良い子にしてくれています。

 通夜や告別式でお世話になったお寺さんや弔辞を手向けてくださった方、それから臨終を見守ってくださったお医者さん…、大事な皆さんへのお礼のあいさつ回りから始めました。私がお供して新聞社や行政機関へ、それから父親に付き添ってもらってお寺さんへ…、ユキ子さんは大忙しです。
私は、ユキ子さんの供をしない時間は、枕元や葬儀会場へお花を届けてくださったたくさんの皆さんへのお礼の準備をしていました。お名前のリストを整理するだけで夕方までかかりました。住所録に仕上がるのにはまだだいぶ時間がかかりそうです。

写真はね、上毛新聞社の玄関です。会長の渡辺幸男さんを訪ねたんです。

渡辺会長にお会いした上毛新聞社8階の応接室には丸窓があって、前橋の街越しに赤城山が見えていました。
忙しさにかまけて、昨日撮った写真はこれだけでした。

 

 <あんね、伯母さんが亡くなった9月27日、「早めに帰るから…」って知らせが東京から届いてさ、おヒゲはいつも通り常備菜づくりを始めたんです、翌日の朝食から伯母さんに食べてもらう。で、どんなもん作るのか、キキは見てたんです…>

   <左からさ、鶏肝の赤ワイン煮、揚げナスの煮物、五目豆、胡麻いっぱいの舞茸のきんぴら、それからさ、松の実入りの蓮根のきんぴら…>

   <炒りおから、山形の東根の文四郎麩で作った揚げ麩の旨煮、それからサツマイモのレモン煮…>

   <里芋の煮ころがし、牛すじ大根、それからニンジンの葉とじゃこと桜海老のふりかけなんです全部で12品も作ったんです。すごく気合が入ってて…>

 <付き合ってたらくたぶれちゃいました。
でね、できた常備菜、ユキ子さんの両親ちへ届けて、レイ子さんと弘子さんにもお裾分けして…
そんなしてたら、伯母さんとユキ子さんが帰ってきたんですけど、て、悲しいことになってしまって…
結局さ、おヒゲが作った常備菜、伯母さんに食べてもらうことができなかったんです。残念なんです…>

  <特別にさ、ニンジンの葉っぱのふりかけのつくり方教えてあげるね。まず、ニンジンの葉っぱを少し硬めにゆでて、冷水にとって、よく水分を絞ってから、1㎝ほどの長さに刻むんです。>

  <刻んだニンジンの葉っぱと、じゃこ(上乾ちりめんね、「かちり」って呼ばれてるのね)、干し桜えび、それと炒りゴマ、味付けは醤油とみりんを用意するんです。調味料以外は全部一緒にフライパンに入れて、乾煎りして水分を飛ばすんですよ。
オヒゲはじゃこをたっぷりのお湯でゆでて塩抜きするけど、それは減塩食だからで、じゃこの塩抜きをしなければお醤油の量を加減すればいいらしいですよ>

  <水分が飛んだら調味料を加えてさらに炒って、出来上がりです。「調味料の量はお好みだよ…」だそうです。身体に優しいニンジンの葉っぱのふりかけです>

 

 <伯母さんに食べてもらえなかった常備菜はさ、伯母さんが亡くなった知らせを聞いて千代田町のお家に駆けつけて、ユキ子さんのお手伝いをしてくれた皆さんにお分けしたみたいです。
おヒゲは、一口も食べませんでした。食べられなかったみたい…
オヒゲはさ、7年9ヶ月の間、伯母さんの調理人してきたんだいね…

 

 昨日は、伯母さんにそうめんカボチャのカボスポン酢和えを進ぜました。
初めてそうめんカボチャの料理出したら、「これ、なあに…」って、気味悪げに食べてくれなかったんですけど、いつの間にか召し上がっていただけるようになりました。

 ユキ子さんと私の夕食は、レイ子さんが届けてくれたベーコンをいただきました。おいしかったです。あとは、ジャガイモのソテーと白菜のスープです。少々疲れたんで、手抜きになっちゃいました。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の二代目吉駒の下で修業して参りました。
初代吉駒が始めた美登利会は、来春で75回目の節目を迎えます。予定通り、4月8日に開催いたします。
亡くなりました二代目吉駒の遺志と教えをしっかり守って、一生懸命つとめてまいりますので、これからも引き続きよろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

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二代目吉駒はこんな人だったんです。葬儀における上毛新聞社・渡辺会長の弔辞を紹介させていただきます

2017-10-05 05:26:43 | あんじゃあない毎日

葬儀を終えて、伯母さんは、亡くなる前7年9ヶ月暮らした城東町の私の家へ帰ってきました。
伯母さんが使っていた部屋に後飾りを設え、四十九日の法要までの間、会いに来られる皆さんをお迎えすることにしました。狭い部屋が祭壇とお花で半分近く埋まってしまいました。

 朝、祭壇にお届けするご飯とお茶を用意していて、ふと思ったんです。この7年9ヶ月、毎朝私が作った惣菜で朝食をしていただいてきたんですから、これからも毎日一品だけ朝食前につくってあげたいなと…。で、最初の朝はサツマイモのレモン煮を炊いて、ご飯に添えて進ぜました。

 お菓子は、日本橋の壽屋の秋の干菓子をいただいたので早速進ぜました。松茸、稲穂、案山子、団栗、葡萄、桔梗です。四季ごとに、必ず届けていただいていた菓子です。
そういえば、焼まんじゅうや味噌パンもお好きでしたから折を見て進ぜたいと思います。

 

葬儀の後ですからやらなくてはいけないことが山ほどあるのですが、昨日は休養日とさせてもらいました。
で、キキのドライフーズがなくなりそうなのと、冷蔵庫の野菜庫がすっかり空っぽになってしまっていたので、買い物に出かけたんです。
風が強かったです。自転車を踏みながら道端の風景を眺めて、ふと思ったんです。そういや、このブログで伯母さんがどんな人なのかちゃんと紹介したことがなかった気がします。私のつくる食べ物の味見しているばあさんみたいな扱いでしたから。

 今の城東町の家をつくったのが17年前なんです。その時、日本舞踊の稽古場と伯母さんに万一何かあったら一緒に暮らせるように専用のスペースを備えるよう建築家の小見山さんに設計してもらったんです。それで、7年9か月前、伯母さんが脊椎を圧迫骨折したのを機に、一緒に暮らし始めたんです。
そう、葬儀に際して、上毛新聞社の会長さんの渡辺幸男さんが、伯母さんととっても気が合って若いころから仲良くしてきたお友だちなんですけど、その渡辺さんが弔辞を述べてくれました。伯母さんの生涯がすごく良く分かる素敵な弔辞でした。全文を紹介したいと思います。

 

 本日ここに、直派若柳流理事長、若柳吉駒様の葬儀が執り行われるに当たり、上毛新聞社を代表して謹んで、お別れの言葉を申し上げます。
生涯現役で、いつまでもお元気で舞い続けているはずだった吉駒さんと、今日、このような形でお別れすることになるとは思っていませんでした。残念でなりません。
 身長130センチという小柄な体格ながら、あなたの所作は優美で、生き生きとして瑞々しく、その舞は誰にもまねのできないものでした。

 あなたは幼い日から舞踊の道を歩み、1996年に、お母さまであり、師匠だった初代吉駒から名を継ぎ、二代目吉駒を襲名されました。前橋に生まれ、前橋にとどまって、伝統の灯を守り続け、群馬のみならず、日本の舞踊会の発展に貢献されてきました。2000年に文部大臣表彰、2004年には県功労者、2014年には舞踊芸術賞を受賞されるなど、その功績は誰もが認めるところです。
 これほどの長きにわたる活躍にも、いつも「私は踊り続けただけ、出会った人に恵まれた」と謙虚に話されていたのが印象的です。一方で、弟子には「踊りは数学じゃない。形は教えられるけど、その先は自分で魂を入れなさい」と、心持の大切さを説いていたと聞いています。子どもから大人まで、あなたの一挙手一投足に学ぼうと、多くの弟子が集まってきました。その「魂の入った」所作に見とれ、人柄を慕ってきたのです。

 端正で美しい舞に秘める芯の強さ、人への視線の温かさの根っこにあるのは、自らの戦争体験でしょうか。上毛新聞は毎年夏に戦争の悲惨さを伝える終戦企画を掲載しています。2013年夏のインタビュー企画「戦火の記憶」最終回であなたは戦争への思いを語っていました。
1942年9月、既に舞踊の道に進んでいた19歳のあなたは、群馬県が中国に派遣した演芸慰問団に参加しました。郷土から、激化する中国戦線に赴いた兵士の心を癒すため、50日間で35ヵ所を慰問に訪れた時の様子を振り返り、「若い兵士たちが見せた笑顔と涙が今でも目に浮かぶ」と述べていました、慰問団へは、いちずなあなたが祖父の反対を押し切って参加したとのことでした。終戦間際の前橋空襲では自宅が焼け、終戦後の食糧難の中でも親類らの協力を得て、母子でけいこを再開したと聞きました。

 2009年に背中を骨折しても、舞踊をあきらめることなく復活しました。13年に東京・国立劇場小劇場で開いた卒寿記念のリサイタルでは例のない三度のカーテンコールが起きるほどの見事な舞台でした。あなたはいつも前向きに、強い意志で困難を乗り越えてこられたのです。
 亡くなられた27日も、東京でけいこをされていたと、姪である若柳糸駒さんからお聞きしました。あなたは最期まで、初代吉駒から引き継いだ二代目吉駒としての生き様を、芸の道を、貫き通されました。その芸と志は、全国12支部、師範250人、そしてあなたを慕う数えきれないほどの弟子たちに受け継がれていくことでしょう。

 上毛新聞社として微力ではありますが、二じて邦楽・日本舞踊文化の継承と発展に向けて力を尽くしてまいることをお誓い申し上げ、お別れの言葉といたします。安らかにお眠りください。

            2017年10月3日
             上毛新聞社代表取締役会長 渡辺幸男

 

 庭の菜園にトマトを採りに行ったユキ子さんが何か叫んでます。
このトマトもね、伯母さんに花を見せてあげるんでつくるようになったんです。トマト、キュウリ、カボチャ、ナス…、野菜の花も「かわいい」「素敵」って喜んでくれていたのです。
「伯母さんに摘んでもらうはずだったミョウガが、いっぱい出ちゃってる!」

 

伯母さんの居室の西側の塀との間に植えたミョウガを、毎年、彼岸過ぎに摘んでもらっていたんです。「あたしはさ、蚊に刺されないからへっちゃらよ…」って、防虫の支度もしないで摘んでたんです。
今年は、摘んでもらうことができませんでした。いっぱい出てたのに…

 それで、小さなガラスの器に挿して、お花を見てもらえるように進ぜることにしました。きれいです。きっと喜んでもらえます。

 

 久しぶりにユキ子さんと2人で夕食をしました。ちゃんとした夕食を設えるのも久しぶりのことでした。
ポークステーキを焼いて、バターにライムの果汁を加えたソースでいただきました。添えたのは、マッシュポテト、ピーマンのソテー、ニンジンのグラッセです。サラダは、うろ抜きニンジンと庭のトマトとピーマンです。それと、ホウレンソウ入りのそうめんカボチャのナポリタンにしました。

そうそう、伯母さんはね、食べたことのない食材にものすごく慎重だったんです。そうめんカボチャも最初は食べてくれませんでした。でも、あれこれ変えて、あきらめずに出し続けてると、見慣れちゃって食べちゃうんです。そうめんカボチャのナポリタンもその一つ、「これおいしいね…」と言わせちゃったものなんです。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
師匠は祖母の初代若柳吉駒、そして伯母の二代目吉駒の下で修業して参りました。
初代吉駒が始めた美登利会は、来春で75回目の節目を迎えます。4月8日に開催いたしますので、引き続きよろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

今春の第74回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

 

 

 

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コメント

一緒に暮らしてきた伯母さん、二代目若柳吉駒を見送りました…

2017-10-04 05:19:59 | あんじゃあない毎日

若柳吉駒が逝ってしまいました。9月27日の夕方のことでした。
突然だったんです。本当に突然だったんです。

 <その日の朝東京から電話でね、「早めに戻ります」ってお知らせが届いてたんです。東京のお稽古場へ出かけてたんです。それでね、おヒゲも、「帰ってからお好み聞いて夕食つくるよ」って、朝ごはん用の常備菜だけ作ってたんです。
午後3時ころかな、ユキ子さんと一緒に戻ってきて、「ちょっと疲れたから…」って、いつもだとこっちのお部屋でお茶してからなんだけど、すぐに自分のお部屋へ歩いてっちゃったのね。「ちょっと熱っぽいの…」って、ユキ子さんがいつもお世話になっているお医者さんと連絡取って、お薬のこと確認したりして…。「早めに夕食にして、お薬飲ませたいから…」だって。そいで、おひげが茶碗蒸しの種を仕込んでたのね、>

 <「ちょっと来て…」、伯母さんのお部屋からおヒゲ呼ぶユキ子さんの声がしたのね、4時半ころかな…。おヒゲが飛んでって、そこからさ、お医者さんが駆けつけてきて、救急車が来て…
日赤前橋病院の救急救命センターへ運ばれてったんです。それっきり、伯母さん、帰ってこなかったんです。
あとで聞いたらさ、救命センターでは専門のお医者さんがすぐに蘇生術をしてくれて、30分以上必死で頑張ってくれたらしいのですけど、そのかいもなく、亡くなってしまわれたとのことでした。
お家を出て行くちょっと前にはさ、背中さすってるおヒゲに、「もうちょっと下の方…」なんて言ったり、ユキ子さんともお話しも出来てたんだけど…
満93歳だったんです、11月3日のお誕生日が来ると94歳になるとこだったんです。>

<伯母さんがなくなられたことは、29日の上毛新聞で伝えられました。
でもね、あまりに突然のことだったんで、ユキ子さんもおヒゲもさ、伯母さんが亡くなられたことをちゃんと理解できないでいるみたいなんです…>

 <でもね、ユキ子さんが若柳糸駒として喪主を務めてさ、10月2日にお通夜、昨日3日にご葬儀と告別式をしたんです。
「2日はさ、ほんとなら、栗拾いに行っているはずだったんだいね、伯母さん、富田町の吉田栗園さんへ出かけるの楽しみにしてたんだいね…」、おヒゲも泣いちゃってました。>

 伯母さんの訃報が届くと、全国からたくさんの皆さんが駆けつけてくださいました。ほんとうにありがたいことです。
上毛新聞相談役の高橋康三さん、同会長の渡辺幸男さん、同社長の北村幸雄さん、 衆議院議員の尾身朝子さん、舞踊家の花柳寿楽さん、歌舞伎俳優中村鷹之資さんのお母さん、日本舞踊協会事務局長の古賀司郎さま、舞台製作者の大越靖夫さん、舞台美術家の碇山喬康さん、長唄の今藤政貴さん、清元志寿雄太夫さん、清元初栄太夫さん、元群馬銀行頭取の土金琢治さん、美登利会後援会の役員をしてくださっている茂木勝彦さん、大崎巌さん、小林洋右さん…、伯母さんと親交のあった皆さんがお忙しい中を駆けつけてくださいました。お弟子さんたちも全国から集まってくれました。
「こんなにも大勢の皆さんにお見送り頂くことのできる故人は幸せな人生を送ってきたのだと思います。本当にありがたいことです」喪主をつとめた糸駒も申しております。ほんとうにありがとうございました。

 

 

 

 <まださ、おヒゲも落ち着かないみたいですけど、昨日はさ、いつもみたいに清酒でなくて、ワインだの、バーボンだのなんかたくさん飲んでさ、ひっくる返って寝ちゃってました。
早くしっかりしてもらって、ブログも毎日書くように言っときますので、休載が続きましたこと、どうぞお許しください。直に、普通に戻って、あんじゃあなくなると思いますんで…
キキもね、悲しかったのね。猫が大嫌い伯母さんに頭を撫でてもらった最初の猫だったんですよ。お食事しているときに足先をつんつんしても嫌がられなくなってさ、「キキ、こっち向いて…」なんて声かけてもらえるようになってたんです。
もう会えないんだよね…>

 

千秋の木曜日からブログの更新を休ませていただき申し訳ありませんでした。しばらくの間、更新できない日があるかとも思いますが、とりあえず再開させていただきます。

 

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
師匠は祖母の初代若柳吉駒、今は伯母の二代目吉駒の下で修業しております。来春の美登利会は75回目の節目を迎えます。4月8日に開催いたしますので、引き続きよろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

今春の第74回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

 

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コメント

しばらく、記事のアップをお休みさせていただきます

2017-09-28 05:54:30 | あんじゃあない毎日

<ごめんなさい。ちょっとね、都合があってさ、ブログのアップお休みさせてもらうことにしたんです。
2008年の春に、「お散歩猫のキキとヒゲおじさんの日常」ってタイトルでブログを始めてからさ、毎日記事アップしてきたんです。お休みしたのはほんとたまにだけで、続けて休んだことなんてなかった気がしてます。
でもね、おヒゲがさ、「申し訳ないけど、休ませてもらうしかない」っていうんです。だから、そんなに長くはないと思うんで、心配しないで待っててください。「前橋の路地」もやめませんから…>

 <しばらくしたらさ、おヒゲ、またこんな顔して戻ってきますから。あんじゃあないんですから。
キキもさ、良い子にしてますから、心配しないでくださいね…>

というわけなんです。申し訳ありません。
訳は聞かないでくださいね。そのうちお話しします。

暫くのお待ちをお願い申し上げます。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
師匠は祖母の初代若柳吉駒、今は伯母の二代目吉駒の下で修業しております。来春の美登利会は75回目の節目を迎えます。4月8日に開催いたしますので、引き続きよろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

今春の第74回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
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