seishiroめもらんど

流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

27歳のスピーチライター

2009-01-23 | 言葉
 とある大規模な演説会場の舞台裏で、一人の若い地方議会議員が出番を控え、緊張の面持ちであれこれと言い回しを工夫しながら、これから話すスピーチの練習に余念がない。
 ふと微かな笑い声が聞こえたような気がして振り向くと、そこにいたのはジーンズ姿で坊主頭、まだ少年といってもよい童顔の若者だ。
 誰だろう。おそらく会場設営の学生アルバイトか何かだろうと思いつつ、「何か?」と問いかけると、「今のところだけど、こんな言い方にしたらどうかなあ」と話しかけてきた。
 訝しく思いながらも、青年議員は若者の言うとおりに語順を入れ替えたり、言い回しを変えてみる。
 「いいね。きっとうまくいくと思うよ」と若者は軽くウィンクすると、童顔をほころばせた。
 2004年の夏、民主党全国大会。「多様性の統一」を謳ったその基調演説によって、イリノイ州議会議員バラク・オバマは中央政界への鮮烈なデビューを飾った。
 演説を終え、興奮の面持ちで舞台裏に戻ってきたオバマは若者に話しかける。「うまくいったよ」
 聞けば若者は大統領候補ケリー上院議員のスピーチライターの一人だという。
 「気に入った。よかったら私のところに来ないか。一緒にこの世界を変革しよう」

 こんな勝手なシーンが思い浮かぶほど、オバマ大統領のスピーチライター、27歳のジョン・ファブローの話題は、歴史的な就任演説のサブストーリーとして私たちをワクワクさせる。
 スターバックスのコーヒースタンドで日がなパソコンに向かうという彼は、オバマ大統領の考え方を理解し、その意を汲み、「オバマ語」といわれる特有の言い回しを駆使しながら文章を磨き上げる。
 二人がキャッチボールを繰り返しながら練り上げた草稿をオバマは完全に覚えこむまで練習し、人々を魅了する演説に仕上げるのだ。
 
 翻って、わが国でこんなことがあり得るだろうか。キャリア官僚の書いた原稿を棒読みする我らが首相だが、国会審議のなかで漢字検定されるような有り様は何と言ったらよいのか言葉もない。
 思うのだけれど、本気で言葉を伝えようと考えるのならば、政治家の皆さんは是非、今どきの若い演出家や劇作家、役者とタッグを組んで、言葉を磨き上げるべきだ。
 昔、中曽根首相がレーガン大統領を迎えるにあたり、そのコーディネーターを演出家の浅利慶太氏に委ねたことがあった。当時は何だろうなあと首を捻ったものだが、今になって思えば慧眼だったのだ。
 麻生総理の横で岡田利規が笑っているなんて図、結構いけてるのではないかしら。