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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

青ひげ公の城

2014-12-02 | 演劇
 11月30日(日)に豊島公会堂で千秋楽を迎えたミュージカル「青ひげ公の城」は、流山児★事務所が豊島区及び公益財団法人としま未来文化財団とスクラムを組み、2012年から3年間にわたって寺山修司の作品を上演するというプロジェクトの集大成となる作品である。
 昨年の寺山修司没後30年という節目の年をはさみ、テラヤマ市街劇「地球☆空洞説」、テラヤマ歌舞伎「無頼漢」に続いての3作目、ついにとてつもない傑作が生まれた、そんな感慨に捉われる。

 河原崎國太郎、毬谷友子、美加里、蘭妖子をはじめ、流山児★事務所の手練れの俳優たちが繰り広げる本作は、まさにこの豊島公会堂という空間でこそ相応しい「劇」のための劇であり、「劇場」のための劇であった。
 豊島公会堂は昭和27年10月に開館したが、その年の4月28日まで、わが国は進駐軍の占領下にあったのだし、今のサンシャインシティが立地する場所は、当時、巣鴨拘置所として多くの戦犯を収容していた。手塚治虫の漫画「鉄腕アトム」が雑誌「少年」で連載開始されたのも、NHKラジオでドラマ「君の名は」の放送が始まったのもこの年だった。
 手塚治虫が豊島区内に新築された伝説のアパート「トキワ荘」に入居するのはその翌年のことである。
 今年で62年という時を刻み、いよいよ1年半後には取り壊される老朽化した劇場がそのまま劇の背景として昏い輝きを放ち、劇の構造と拮抗しながら観る者を引きずり込んでいく…。

 公会堂前の中池袋公園で始められる公開オーディションがそのまま劇の導入となって、青ひげ公の7番目の妻の配役に選ばれたという少女が舞台に現れる。少女はそこで出会った舞台監督に誘われるように、不思議の国のアリスよろしくいくつもの扉を経巡りながら、青ひげ公の何人もの妻たちと邂逅し、翻弄されながらもいまや迷宮と化した劇場の奥へ奥へと入っていく。それはかつてその劇場で照明係として働きながら行方不明となった役者志望の兄を探す旅でもある。
 そこで次々に登場する妻を演じる女優たちが実に妖しく魅力的である。歌舞伎、宝塚、ミュージカル、新劇等々、それぞれに出身は異なりながら、不思議なほど寺山ワールドに完全に溶け込んでいる。
 中でも第5の妻を演じた毬谷友子の崩れた女優ぶり、第2の妻の河原崎國太郎の妖艶さは特筆もので、宝塚や歌舞伎とアングラ劇との近似性を改めて感じさせられる。
 そういえば、この舞台で繰り広げられる台詞の数々が三島由紀夫の作劇におけるレトリックを想起させて興味深い。三島は寺山修司の芝居を面白いと認めていたが、この二人もまた根深いところで通底していたのかも知れない。

 本作は、シェイクスピアやチェーホフ、テネシー・ウィリアムズなど、先行する劇や文学作品を様々に引用し、韜晦しながら、聖と俗、貴と賤、支配するものと支配されるものが混淆し、価値観の転倒した世界を描き出す。
 まさに現代社会において紛い物が持つ真実を観客に突きつけるのだ。そこでは観客だからと安穏と観客席に座すことは許されない。
 劇場全体が舞台となったこの劇では、観客もまた登場人物の一人だからである。