坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

モーリス・ドニ いのちの輝き、子どものいる風景

2011年08月15日 | 展覧会
19世紀フランスの象徴派を代表するモーリス・ド二(1870~1943)の久しぶりとなる大型の展覧会が9月10日から開催されます。モーリス・ド二と言うとゴーギャンに啓発されて結成された「ナビ派」(ヘブライ語で預言者という意味)の主要メンバーと知られ、20世紀初頭への絵画の抽象化の道に大きな役割を果たしました。
これまでのド二の展覧会では、自身がカトリックの信者であったこともあり、宗教的テーマや聖書やギリシャ・ローマの神話を主題とした作品に重点が置かれていましたが、本展では、もう一つの側面であった、ド二の家族思いで、妻や子供たち家族を題材にした作品に焦点をあてて世界初公開の作品を含め100点の展覧となります。
生涯9人の子供(一人は4カ月で死去)に恵まれ、日々成長していく子どもたちの日常生活の一シーンを生涯描き続けました。
・掲載作品は、「バルコニーの子どもたち、ヴェネツィアにて」(1907年)オルセー美術館(カーン美術館寄託)です。
イタリア旅行でヴェネツィア滞在の折、バルコニーで遊ぶ3人の娘を描いた作品。まだ立つのがやっとの女の子を中心にお揃いの服を着た二人の姉がが優しく妹に手を添えています。背景には広々とした運河に浮かぶサン・ジョルジョ・マッジォーレ教会をとらえ、明るい色彩が溶け合っています。明るい陽光に映える淡いピンクのドレスと呼応するように鐘塔のある教会の壁面が印象的に浮かび上がります。
〈絵とは主題にかかわらず一定の秩序に従いながら、色彩によっておおわれた平面である〉とするナビ派の基調を表わすようにこの作品においても、子どもたちの愛らしい仕草の表現とともに、画面全体の色彩構成やドレスやバルコニーの装飾的なモチーフなどがこまやかに配され、ナビ派独特の装飾感も表現されています。ド二芸術の奥深い魅力が堪能できる内容となっています。

◆モーリス・ド二展/9月10日~11月13日/損保ジャパン東郷青児美術館


ハラ ミュージアムアーク 觀海庵

2011年08月13日 | 展覧会
伊香保グリーン牧場の一角にあるハラミュージアムアークは、現代美術のコレクションと先鋭的な企画で歴史のある原美術館(品川)の姉妹館にあたり、多様なアートのコレクションや企画が楽しめます。
黒い色調で統一された美術館は磯崎新さんの設計で、広々とした鮮やかな緑に映えています。9月11日までコレクション展として、〈この世界には色がある〉が開催されていて、草間彌生(敬称略以下同)、辰野登恵子、束芋、中村一美、立体のマックスストリッヒャー他が展示され、象徴的、記号的な意味合いや、無機質的なモノトーンなど色彩の変容の美をテーマに、自然の色、人工の色をみつめていきます。
・掲載作品は、このコレクション展ではないのですが、本館で所蔵するイスラエルの作家のメナッシェ・ガディッシュマン(1932年~)の「プロメテウス」(1986-87年)のイサクの生贄をテーマとした作品です。

今回注目したのは、ミュージアムアークに隣接する觀海庵の日本の近世絵画のコレクション展です。同じ系列の美術館で、明治時代産業振興に活躍した原六郎の古美術コレクションを基盤としています。狩野派などの日本近世絵画を中心に日本、東洋の秀作が常時展示されています。現在は、〈競・闘・争〉をテーマに、脅迫感や猛々しさなどが表現された作品が展示されています。江戸期の力士の闘争場面の屏風など躍動感にあふれています。他に狩野派「野馬図」「猛虎図」などが出品されています。
思いがけない貴重な作品との出合いが楽しみです。

◆ハラミュージアムアーク 觀海庵/開催中~9月11日 群馬県渋川市

ナゴヤアートフェア2011

2011年08月12日 | 展覧会
〈アートソムリエ〉として美術マーケットの拡大と若手作家支援活動、ギャラリーツアーなどを企画されている山本冬彦さんから名古屋初のアートフェアの情報を頂きました。
尾張名古屋は古美術の歴史が長い都市ですが、昨年開催された現代アートの祭典、〈あいちトリエンナーレ2010〉の成功を受け継ぐかたちで、創業400年の歴史を誇る松坂屋名古屋店に東京、大阪、名古屋の主要ギャラリー25軒が出展して開催されます。
思えば名古屋は80年代からコンテンポラリーギャラリーの活動も活発になり、名古屋市美術館などでも世界的なアーティストの良質の企画展を開催してきた経緯もあり、現代アートの発信地としての素地をつくってきました。
・掲載作品は、出品作品のひとつである西村美和さんの作品で、フランス在住作家、複数の写真の断片をつないで一つの絵画的な写真作品をつくりあげています。
油彩画で、記憶の中の温かいイメージを抽出した作品をつくりだす青山ひろゆきさん、新しいボールペン絵画の世界を切り開く前田さつきさんなど、フレッシュな先鋭的なアートが集います。
老舗のデパートで最前線のアートに触れ、お気に入りの作品を探す良い機会となりそうです。

*山本冬彦さんの講演会のお知らせ 9月8日午後2時から/松坂屋名古屋店
 テーマ「アートコレクターからアートソムリエへ」

◆VARIA NAGOYA ART FAIR 2011/9月8日~9月11日/松坂屋名古屋店マツザカヤホール

お盆休みに若手選抜展

2011年08月11日 | 展覧会
残暑の厳しい日が続いています。明日からお盆休みという方もいらっしゃるでしょう。
この期間を利用して美術館に行かれる方もいらっしゃると思います。銀座、京橋界隈の画廊は夏期休暇に入るところも多いのですが、日本橋三越で昨日から開催されている若い世代の実力作家が集う選抜展を、ゆっくり鑑賞というのもお薦めです。
本展は、大学院在学生以上の40歳未満の東京芸術大学出身の作家で、各専門の教授陣から推薦された日本画、油彩、彫刻、工芸の各分野から120点が、美術フロアー全体に展示されます。アートフェア東京2011に出品した川又聡さんの作品も展示されるなど、見どころの多い展覧となっています。

◆MITSUKOSHI×東京芸術大学 夏の芸術祭 時代を担う若手作家作品展
 /開催中~8月16日/日本橋・三越

辰野登恵子 抽象ー明日への問いかけ

2011年08月10日 | 展覧会
辰野登恵子さん(1950年~)は、1980年代に起こった日本のニューペインティングを代表する画家です。禁欲的なミニマリズムの絵画が盛んだった70年代中頃に画家として出発した辰野さんは、絵画の二次元的な面と色彩の構造への論理的展開の行き詰まりを模索していきます。このようなニューペインティングの流れは、絵画の復権としてシュナーベルら欧米でも大きな流れを生みだしました。
50年代に起こったアンフォルメル以後、美術の動向はモダニズムの問題提起への知的探求へと進んでいました。
日本のニューペインティングの画家たちは、その〈絵画は物質である〉という側面を原点として、形態と色彩の構造を探究していきます。
辰野さんの80年代の作品では、ぶどうの房のような丸い粒の集積、胞子状のかたち、四角形、十字形などのさまざまな形が現れてきます。その伸びやかなかたちが配されることで、色彩のイリュージョンによって奥行きが生じ画面が息づいていきます。その脈動はどこからくるのか、辰野さんは一つ一つの形状を丹念に掘り起こしていきます。
・掲載作品は、「水位」2005年。今年2月にトーキョーワンダーサイトに出品した作品です。
今回の資生堂ギャラリーでの個展では、リトグラフ(石版)の新作が並びます。今年の2月から1カ月パリの版画工房に滞在し、現在では稀少となった本格的な大理石の版を使っての制作。これまで手掛けた版画は、シルクスクリーン、木版、エッチングなど多岐にわたりますが、石版をつかってのリトグラフは初の挑戦となりました。
新作石版画約10点と、500号の新作油彩画が展示されます。抽象表現の新たな展開が期待されます。

◆辰野登恵子 抽象ー明日への問いかけ/8月23日~10月16日/資生堂ギャラリー(銀座8丁目)

ヨコハマトリエンナーレ2011 若手日本人アーティストも起用 

2011年08月08日 | 展覧会
今日は立秋ですが、残暑の厳しい日が続いています。横浜のみなとみらい地区で開催されている本展は、空や雲の動き、潮風の心地よさが開放的な雰囲気に浸れるこの地ならではの国際展の晴れやかさがあります。
国や文化、世代を超えて集うアーティストたちが、今それぞれが生きる社会の諸相をみつめていきます。3月11日に起きた東日本大震災は、日本人だけでなく世界各地で、高度文明社会に生きる問題の大きさを浮き彫りにしました。
参加アーティストの中には、作品を制作中であった、オノ・ヨーコ(敬称略以下同)、安部泰輔、ジュン・グエン=ハツシバ、島袋道造らは、被災地に思いを込めた強いメッセージも作品に展開していきました。
記者発表会で、登壇した田中巧起さんは「今回自分と同じようにまだ国際的に名前を知られていない日本人アーティストが多く含まれていることは意義深いし、これまでのトリエンナーレにはなかったことです」と話されていたのは印象的でした。
・掲載した写真は、横浜美術館でドローイング・インスタレーションを制作する佐藤允さん(1986年~)です。本展の最年少参加作家です。シャープペンシルや色鉛筆などを使いながら、人体の一部をひたすら詳細に描き重ね、つなぎ合わせながらドローイングを制作します。本展では師である田名網敬一へのオマージュとして、新作平面と、人物像などそこからはみだして増殖するスピード感のあるタッチに会場内に力強いエネルギーを放っていました。

◆ヨコハマトリエンナーレ2011/開催中~11月6日/横浜美術館、日本郵船海岸通倉庫他

ヨコハマトリエンナーレ2011 いよいよ開幕①

2011年08月06日 | 展覧会
現代アートの国際展として4回目を迎える本展のタイトルは、「OUR MAGIC HOU」。「世界はどこまで知ることができるのか?」の問いをもとに横浜美術館、日本郵船海岸通倉庫をメイン会場に、国内外の79名のアーティストらによる総計300点以上の作品が集結。インターネットの普及により急速に情報化が進み、世界の隅々まで情報が行き渡るようになりましたが、まだまだ科学や理性では計り知れない不思議が多く存在し、それは日常の中にも潜んでいます。
魔法や神話、伝説、アニミズムなどを基調にした作品に注目しているのも大きな特徴です。これは美術の原点回帰とも言えます。文化多元主義のもと、世界各国からどのように社会をとらえるか、興味深い展示内容となりました。
横浜美術館所蔵のマグリットやエルンスト、または浮世絵などを現代アートと並置することで、見え方も多様に異なってきます。
これまでのトリエンナーレでは、横浜という地に立脚したサイトスペシフィックな(地域性に着目した)大型作品などの野外展示が目立ちましたが、今回は美術館に展示ということもあり、作品をいかに見せていくかという、マジカルなセッテイングにも注目。国や時代をこえて世代もリミックスして展示され、時空間概念も大きく変容していくようです。
・掲載作品は、リナ・バネルジー(1963年~)インド生まれ、ニューヨーク在住。「お前を捕まえてやるよ、おじょうちゃん!」というタイトルも面白いインスタレーション作品です。
インド風の大きなランプシェードが天井から吊るされ、その下には世界地図を思わせるジオラマが広がっています。色鮮やかな装飾を施したラクダのフィギュアや小さなおもちゃなどが配置されています。〈オズの魔法使い〉のセリフから引用したというタイトルのように、マジカルでかわいいキッチュさが混交した世界でした。

◆ヨコハマトリエンナーレ2011/8月6日~11月6日/ヨコハマ美術館、日本郵船海岸通倉庫他

イケムラレイコ うつりゆくもの

2011年08月04日 | 展覧会
心のなかに潜んでいるイメージを辿りながら、その実体の行方を画面に定着していく。それは完結ではなくそれは心の軌跡のようなものかもしれません。キャンバスの赤の色相から浮かび上がってくる女の像。暗闇の中から少女の消え入るような横顔。光がさす水面のような漂い。キャベツの頭をもつ人物、岩の中に見える怪物のような顔など。たどたどしさにある不可解な何かにひかれていきます。
イケムラレイコさんは、現在はベルリンとケルンを拠点に活動している作家です。今回初めてとなる本格的な回顧展では、絵画、彫刻。ドローイング、彫刻など約145点の展観で、その半分以上がドイツからの出品で、新作も展示されます。
この不思議な身体感覚はどこからくるのでしょう。現実にいきているという実体と、一方向としてはとらえられない自然や動物、生き物の進化論的関係、他者を引き込むことによって生じる精神的な化学反応がどのようにおきてくるか、興味深い展観となりそうです。

◆イケムラレイコ うつりゆくもの/8月23日~10月23日/東京国立近代美術館(竹橋)
 三重県立美術館 11月8日~2012年1月22日

奥村晃史 細密描写とナイーフアートの混在

2011年08月03日 | アーティスト
ギリシャ神話の「アポロとダフネ」は、追いかけてくるアポロの手から逃れようと月桂樹に変身するダフネの姿をとらえたバロック芸術の最高峰とされるベルニーニの「アポロとダフネ」の彫刻が有名で、絵画的で映像的な動きの妙は、永遠の名作です。
現代はまたネオバロックの時代でもあります。異種混合の合体や化身はアニメなどでもおなじみですが、現代の絵画においてもその化身の姿は新しい視覚のビジョンになりつつあります。
奥村晃史さん(1972年~)の作品は、兎や羊、子豚など身近な動物をモチーフとして、「苺の皮を被った羊」など、今的な植物の着ぐるみという感じのシチュエーションの特徴的な表現で目を引きます。
17世紀オランダ絵画を思わせる背景をダーク調に抑え、精密な写実表現を基本に置きながら、優しさと怖さを秘めたナイーフ派(素朴派)を混在させています。
岐阜に在住されていて、モチーフとなる動物たちは身近な存在であり、表情は穏やかで癒されます。



新世代への視点2011 社会と個の接点

2011年08月01日 | 展覧会
銀座、京橋界隈は1970年代頃から、若手のアーティストの作品発表の舞台として歴史を刻んできました。現在では、アートの発信基地は展示空間の拡大を求めて木場や新富町など倉庫群を活用したギャラリーも増え、地域も広がってきました。
今年で12回目となる〈新世代への視点〉は、前線のアートシーンを担ってきた銀座・京橋の11画廊が同時期にそれぞれ一押しのアーティストの個展を企画する試みで、今年で12回目を迎えました。
40歳以下を対象にした作品は、今日的な多様な表現でありながら、トレンド的な流れとは一線を画した自らの表現の手法や素材、表現媒体にこだわった作品で、混沌とした社会の中で個の存在を確かめようとする試みがみられます。
ギャラリーなつかでの堀藍さんの「JUZU」のインスタレーションの作品では、漠とした白い画面の空間に小さく人物がドローイング的に描かれ、空間には網目状の小さい半円形の袋がぶら下がり、漂流する人間像を思わせるようでした。
GALERIE SOLの角文平さんの「空中都市」は、家という社会の一単位をテーマに、高層化していく家を、いくつもの細い鉄棒の上に木の家のミニチュアを配し、今日的な現象を象徴化していました。
・掲載の三浦健さんの「幸福画報・富と豊かさの理性的認識を目指して・卒園」(ギャラリー58)は、横3m以上の大作で、子供たちの集団肖像画と言えるでしょう。社会的制度の中で決められる幸福感をテーマとして、その記念的一シーンを一人ひとりの表情を克明に描くことで、表現の強度を高めています。

◆新世代への視点2011/開催中~8月6日/主催・東京現代美術画廊会議 事務局、藍画廊