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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ガラスのたまご・18

2015-02-19 06:58:22 | 瑠璃の小部屋

★画家さんの結婚

ある宵のことである。画家さんは、ある結構高名な洋画家と一緒に、ある居酒屋で酒を飲んだ。その洋画家は日本画の趣のある題材を緻密な筆で描く、少々変わった画家だった。画家さんの絵を認めてくれる数少ない画家のひとりだ。長身美形の忍さんも、この小柄な画家の前に出ると、こどものように小さくなってしまう。

洋画家はその席で、少し困った顔をしながら、遠慮がちに、君に、会ってもらいたい娘がいるといった。画家さんは驚いた。洋画家はカバンの中から一枚の写真を取り出して、画家さんに見せた。写真の中では、丸顔で色白の、髪の長い少女のような女性が笑っている。

「しかし、自分はまだ駆け出しで、画家としてもまだ生活が…」
「いやね、実は、この娘が、君でなければいやだと言うんだ」

画家さんは、ぐっと、言葉を飲み込んだ。洋画家は、ぜひ、一度だけ会ってくれと頭を下げる。断るわけにはいかない。けれども、会ってしまったら、絶対に、結婚しなければいけなくなるだろう。

結局画家さんは、その娘さんと会うことを約束しなければならなかった。

居酒屋を出て、洋画家に別れを告げると、画家さんは目をあげて、夜空の星を見た。

これが、世間ていうものか。これが、人生って、いうものか。

好きでも嫌いでもない女性と、長い人生を一緒に暮らす。それは今、画家さんにとって、まるで真っ暗な洞窟の中に入っていくようなことに思えた。

少し町を歩いて夜風に触れ、酔いを覚ました後、画家さんは携帯を出して番号を押した。
「はい、利根…」
「よう、わたる」
「なんだ君か。何か用? モデルならしばらく遠慮するよ」
「ばあか」
画家さんはそう言ったまま、しばらく沈黙した。電話の向こうで、画家さんの息遣いを聞きながら、詩人さんは直感的に、何かあったなと、思った。

「しのぶ」詩人さんは静かな声で言った。「だいじょうぶさ。君は強い」

画家さんは唇を噛んだ。噛みながら、空を見た。涙が流れるのを我慢しようと思ったけど、できなかった。

「ばかやろう。んなことはわかってるよ」そう言って、携帯を切った。

画家さんは携帯をポケットにしまうと、向かい風に向かって、歩き出した。

(つづく)



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