★ふたり
めずらしく、画家さんと手品師さんが、二人でカフェにきています。なんだか会話があまりはずまないみたいだ。一人足りないだけで、これだけさみしいのかと、感じている。なんだか、大切なものを、なくしそうな気もして、心が重い。
緊張感に耐えられなくなったのか、画家さんがぽつりと言った。
「おれはエロ本なんか平気で見るけど。ヌードデッサンなんかにも時々出かけるし。でもあいつは、そんなもん見たら一目散で逃げるだろうな」
すると手品師さんは、心なしかぼんやりとした声で答える。「…というか、死ぬんじゃない?」
画家さんが急に眼を鋭くして、横目で手品師さんを見た。手品師さんはすぐに気付いて、謝った。「ごめん。シャレにならない」
実は、詩人さん、入院してしまったのだ。いろいろあって、いろいろあって、とうとう、気持ちが切れてしまったらしい。画家さんと手品師さんは、一緒に詩人さんの見舞いにいって、かえってきたところである。ふたりとも、なんとなく、家や仕事に帰る気になれず、いつものカフェによって、ぼんやりとしているところだ。
病名は詳しくは教えてもらえなかったが、精神的なものもあるらしい。貧血のちょっとひどい奴だとは聞いたけど。
「愛よ おまえはいく 愛の ために」
ふと画家さんが呟くように言った。手品師さんがそれに振り返った。
「ああ、覚えてる。彼の書いた詩の中では、一番好きだ。
愛よ おまえはいく 愛の ために」
「針の 雨の中を
たぎりたつ 風の中を
ののしる いかずちの森を
愛よ おまえはいく 愛の ために」
「国境を越え 怒りを捨て
すべてを 導くために」
「愛よ おまえはいく 愛の ために」
二人の胸の中を、ベッドで笑っていた詩人さんの空っぽの瞳が横切る。不安が氷のように固まっていく。
詩人さん、生きるんだ。
(つづく)