世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ガラスのたまご・8

2015-02-09 07:11:23 | 瑠璃の小部屋

★ふたり

めずらしく、画家さんと手品師さんが、二人でカフェにきています。なんだか会話があまりはずまないみたいだ。一人足りないだけで、これだけさみしいのかと、感じている。なんだか、大切なものを、なくしそうな気もして、心が重い。

緊張感に耐えられなくなったのか、画家さんがぽつりと言った。

「おれはエロ本なんか平気で見るけど。ヌードデッサンなんかにも時々出かけるし。でもあいつは、そんなもん見たら一目散で逃げるだろうな」
すると手品師さんは、心なしかぼんやりとした声で答える。「…というか、死ぬんじゃない?」

画家さんが急に眼を鋭くして、横目で手品師さんを見た。手品師さんはすぐに気付いて、謝った。「ごめん。シャレにならない」

実は、詩人さん、入院してしまったのだ。いろいろあって、いろいろあって、とうとう、気持ちが切れてしまったらしい。画家さんと手品師さんは、一緒に詩人さんの見舞いにいって、かえってきたところである。ふたりとも、なんとなく、家や仕事に帰る気になれず、いつものカフェによって、ぼんやりとしているところだ。

病名は詳しくは教えてもらえなかったが、精神的なものもあるらしい。貧血のちょっとひどい奴だとは聞いたけど。

「愛よ おまえはいく 愛の ために」
ふと画家さんが呟くように言った。手品師さんがそれに振り返った。
「ああ、覚えてる。彼の書いた詩の中では、一番好きだ。
愛よ おまえはいく 愛の ために」

「針の 雨の中を
 たぎりたつ 風の中を
 ののしる いかずちの森を
 愛よ おまえはいく 愛の ために」

「国境を越え 怒りを捨て
 すべてを 導くために」

「愛よ おまえはいく 愛の ために」

二人の胸の中を、ベッドで笑っていた詩人さんの空っぽの瞳が横切る。不安が氷のように固まっていく。

詩人さん、生きるんだ。

(つづく)



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