世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ガラスのたまご・6

2015-02-07 07:26:13 | 瑠璃の小部屋

★手品師さんの舞台

手品師さんの舞台は、華麗だ。蝶のように華麗なステップを踏みながら、両手を舞わせ、何もないところから、鳩を出し、花を出し、美女を出し、時には大枚の金を出す。

銀のスーツを難なく着こなし、派手な化粧も似会う。舞台では、別人だ。

仕掛けなんてのは、けっこう簡単なものさ。必要なのは、5ミリの糸だったり、たった3グラムの重りだったり、カードの裏に隠した小さな紙だったりする。油も時々必要だ。それと、針金と、髪の毛と、水、まあ、あとは、企業秘密。

けれども、一度の華麗な手さばきの裏には、千回の素振りがある。

それが、手品師さんの自信を作る。

観客の視線を指先に誘い、そこから魔法のように、金が出てきたときの、観客の驚き。みなが我を忘れて、自分を見つめている。観客の期待にぴったり答えられたときの快感。期待以上のものを見せた時の、快い裏切りの、快感。

何もかもが自分をしびれさせる。

出演依頼者から、高い金をむしり取るのも、快感だ。

自分には、その価値がある!!

舞台の上の手品師さんは、全身でそう言っている。観客が浴びたいのは、何よりも、手品師さんのその、自信なのだ。

画家さんは、二度ほど、手品師さんの舞台を見に行ったことがある。

詩人さんは、チケットをもらった舞台は、できるだけ見にいくようにしている。

画家さんは黙って見ている。詩人さんはただ、見とれている。あの、次から次へと自分を越えていける強さはどうだ。自分にはないものを、二人は彼に感じている。彼が成功しているわけが、わかる。

ただで成功しているんじゃない。あれは、努力の結晶だ。実力を養うために、あらゆることをやってきた、自分への信頼なのだ。

手品師さんは、すごい。


★詩人さんの詩集

詩人さんは、一冊だけだが、詩集を出している。いまその詩集を画家さんが読んでいるところである。詩人さんの詩は、ところどころ、わけのわからん横文字や、これなんて読むんだ?て感じの難しい漢語などあったりするが、大体のところ、そうややこしい技術を弄することなく、平明なリズムで淡々と語りかけてくるので、よむものの心にすいすいと入ってくる。時に、ぐっとくる言葉に出会う事もある。一部に濃いファンがいるというのも、うなずける。

ちひさくもうすあをき かひをひしぎて
わがために きみの織りし
かぜのうすぎぬを
いわの戸として よそひては
かくしゑのもりの みえぬあざけりの
ほのほもこほる つぶてより
わがみを まもりてこしことの
おろかなるを いま
しひていはむとするもまた
おろかなりやととふは
われなるかそも
このむねに 月のごとゆるる
さんごのやいばの
いたき 血のしたたりの声にあるものか

まあた、ぐじぐじとちいせえことでなやみやがって…、なんて思うこともあるが、なかなかおもしろい、と画家さんは思っている。手品師さんは、詩人さんの詩に対して、いつも「整っている」という評をする。たとえば、たった一本の小さな釘のおかげで、手品のしかけが、寸分の狂いもなく全体として正しく動いていくことに似ているという。ふん。なるほど。で、画家さんは、詩人さんの使う言葉の、さんごだのうすあおい貝だのの、色彩感覚を刺激する言葉が好きだ。読んでいるとなんとなく、幻想的に美しい絵がうかんできて、描いてみたくなる。

けっこういいもんだ、とおもう。

「だが、もんだいは、だ…」と画家さんはためいきまじりに言う。

「こいつが売れれば、なんのしんぱいもいらないんだけどな…」

詩人さんの詩集は、将来、もっと売れるようになるかもしれない。けれど、その時にはもう、あいつはいないような気がする。

画家さんの胸を不安がよぎる。あいつが死んだら、誰にモデルをたのめばいいんだろう?

画家さんはくちびるをかみしめる。


★画家さんの絵

画家さんの個展は、けっこう盛況だった。たくさんの人が見に来てくれて、中には、この世界では結構名の知られている人が、こっそりと観にきていたりして、画家さんは少し緊張した。

画家さんの絵の魅力は、色調の整った愛を感じるやさしい絵から、まるで嵐のように色彩が躍る激しい絵までの振れ幅の大きさにある。大まかで荒いが、形のとらえ方がうまい。どんなにゆがんでいても、リンゴはリンゴに見える。まるで絵がリンゴの魂を吸い取ったかのように、リンゴの絵の中に、リンゴがある。

詩人さんが、画家さんの個展を見に来た。画家さんが詩人さんを迎える。詩人さんは自分がモデルになった絵の前に立ち止まって、ふと言った。

詩人さん「なんで花なんか持ってるんだ? 描いてた時、こんなもん持ってたっけ」
画家さん「そりゃ、花でも描かなきゃ、こんな変態男の絵、売れるわけないだろう」
詩人さん「誰が変態なんだ」
画家さん、口を滑らした。

実は画家さん、何度か詩人さんに画廊についてきてもらっているうちに、画廊の女主人に、妙な誤解をされてしまったのだ。

画家さんは、長身美形の熱血漢である。詩人さんは、長髪蒼顔の病人である。おまけにふたりとも女の子にはあまり興味がない。この二人が並んでいるところを見ると、特に女性は、ある種の想像をするらしい。

まことしやかなうわさが流れている町の中を、詩人さんはのんきに歩いている。その姿を見て、画家さんは、黙っていてやったほうが幸せだなと思う。迷惑なのは、画家さんも同じなのだが。詩人さんは、ある分野においては博学かつ繊細な感覚の持ち主なのだが、ある分野においては、鉄壁の鈍なのだ。つまり、女の子のことなんか、何にも知らない。

「へえ、いいね。これなんか、ゴッホのオリーブの林みたいだ」
「そりゃ山手の方の柿の林だ。あそこまで空を明るく描けない」
「ゴッホは絵の中で妖精があばれているのさ。だからとんでもない色になって、感覚が刃の噴水みたいになって吹き出てくる。この絵もどことなくそういうとこがあるよ」
「ふん、なるほどね」

詩人さんは西洋絵画に関する教養もあなどれないところがあるが、彼の感覚で絵を見るときの言葉には、画家さんの感性を強く刺激するものがある。

ところで、冒頭の詩人さんの絵、なんと、売れたそうである。それを聞いた時、詩人さんはなんとなくいやな予感がしたのだが、これには後日談がある。詩人さんは、ある日、散歩の途中で、その絵を買った、ある濃いファンの襲撃を受けたのだ。ショックを受けた詩人さんは寝込んだ。画家さんはリンゴを持って詩人さんを見舞った。寝床でうなっている詩人さんに、画家さんはやさしく、「リンゴむくか?」と言った。すると詩人さんは猛烈な勢いで起き上がり、「そんなことをするから、変な誤解をされるんだ!!」と叫んだそうだ。

(つづく)

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