お風呂場の大掃除をしてうどんを食べて、午後、ふと思い立って薬師堂…近所の陸奥国分寺(跡)へ。
牛が住んでいるすぐそばに陸奥国分寺があるんですが、ここに住むようになってから行ってみようとは思いつつ、いつでも行ける近所ゆえに今まで行ったことがありませんでした。今日はまだ三が日ですし良いきっかけです。
陸奥国分寺の詳細についてはオフィシャルサイトでどうぞ。ちなみに「08943.com」=「オヤクシサン」か…。オリジナルおみくじ「だるまみくじ」インターネット版もあるようですので是非。。。
いつものJack Wolfskinのジャケットを着込んで外に出たら…うおぉぉぉ寒い寒いさむいさむいっ!風がっ!つつつ冷たいっ!写真撮ろうと思って半指のグローブしてきちゃったよ;;指が切れるっ!
でも道中、セーター姿でさくさく歩いてるばーちゃんがいました。完敗。見習って背筋伸ばしてさくさく歩こう。
到着。手水使おうと思ったら、ひしゃくに付いた水滴が凍ってる;手に水を受けたら指取れそう;
そんでもってついにお参りした薬師堂。「虹梁の木鼻は端象鼻」と言えばいいんでしょうか-神社仏閣の建物で、柱に渡してある梁(虹梁(こうりょう)と言うのだそうです)の両端に彫刻が施してあるんですが、薬師堂のは象でした。「端象鼻」って言うそうな。
これです。「阿形」のほう。もちろん反対側が「吽形」。
彫刻系に弱い牛は、旅先の神社仏閣で、祭られている神仏よりむしろこういうのにリスペクトしてしまう罰当たりです;
そういえばここの仁王門ってどうなったんだろう。ある日突然無くなった気がする。。。
牛が住んでいるあたりは、「城下町仙台を歩く 歴史的町名ハンドブック」によれば、藩政のころの町割りでは足軽屋敷が立ち並んでいたようです。道幅の狭い、一方通行の道路があり、それが多賀城までの街道だったという話は近所のおじさんからも聞いたことがあります。
牛は人の名前覚えるのが苦手で、しかも数字と人名と出来事を覚えることを強要された学校の歴史の授業はとても苦手で、全部「まんが日本昔話」と同じレベルで認識していた牛ですが、現在に名残のある近所の町名や建築物を目にすれば、なんとなく藩政時代までなら遡れそうな気になってきました。
いや、似たような名前たくさん覚えるのはダメだけど。
誰か神社仏閣の類見に行きたい方、ぜひ牛を誘ってください。ドライバーやります。その代わり解説をお願いします…。
さて、先日竹駒神社に詣でた時にひいたおみくじは中吉でしたが、「旅行」が今ひとつだったので境内で結んでお返ししてきました。
今日はリトライです。50円のおみくじをひいて、おそるおそる開くと…
あ。大吉だ。
「大吉は強すぎてむしろ良くない事もある」って言いますが。私にとって大事なのは「旅行」のトコです。さて。
「早く行きなさい。」
はっ?!早く???早く行けって…そんな事言われても…どどどどうしよう。早く行かなきゃ。行くってどこに?え、えぇと。行きたいトコ…リトアニア?はすぐは無理でしょう(笑)ってことは久慈かな?うはっ、青森の一歩手前ですよぅ、雪融けてからにしようと思ったんですけど;
困ったなぁ、コレ、早く行かないとどうなるんだろう。
一瞬お返ししようかと思ったんだけど、でもこの根性が気に入ったのでいただくことにしましたw
とりあえず、聖飢魔IIの「エルドラド」でも歌いながら、どこに行くか考えることにします。
♪早く行けぇ~・・・
商売 ひそかにすると…ってのも気になりますが。
でも大切なのは「早く」であって「速く」ではないところだと自分に言い聞かせ。
牛だしね^^;